血の力
磔にされたエルヴィラを見て、思わず叫んでしまったジャンヌだったが、正直それほど焦ってはいなかった。
いや、彼女がもし本当に本物のエルヴィラなら一大事なのだが、こういう前例がいくつかあるので、今回もまぁ、そういう事だろうと思う。
ジャンヌだけでなく、ペリーヌまでも、呆れたような表情を浮かべているのが良い証拠だろう。
(多分…偽物じゃないかな…あれ)
味方を巻き込んでの盛大な目眩しを仕掛けていたのだ、エルヴィラが何もしていないわけがない。彼女はああ見えて、実に用心深い、というか、臆病なぐらい慎重なところがある。
だが、こんな開けた場所で、隠れられる場所が多くあるとは思えない。磔にされているエルヴィラが偽物だとすれば、本物はどこにいるのだろう。
「なーんか、大した事無かったわね、コイツ」
そう言って、カーミラはパチンと指を鳴らす。すると、彼女の周りに大量のナイフや短剣が現れた。
「転移魔法…使えたんだ」
「使えるようになったのよ、アレだけ得意げに使われたら、そりゃ覚えるでしょ…っていうか、そろそろ返してくれないかしら、ソレ」
カーミラは大きく腕を振り、呼び出した凶器をウルにめがけて一斉に飛ばした。
目的は、彼が取り押さえていたクロヴィスの解放である。
「酷い事をするものです、止む終えませんね」
ウルは即座にクロヴィスから離れ、同時に飛ばされてきた武器を剣で弾き飛ばす。
回避から防御までの動きはまさに一瞬で、ウルはかすり傷一つ負ってはいない。
その隙に、半狂乱のクロヴィスは無我夢中でカーミラの元まで駆け寄って行った。
「申し訳ありませんジャンヌ様…」
「大丈夫だよウル、逆に言えば、ウルも動けるようになったんだし、心強いよ」
剣を構えたまま、ウルはジャンヌと並ぶ。その向こうで、カーミラは、目が泳いで意識がはっきりしていないクロヴィスに、何か教え諭すように両頬を優しく持ちながら語りかけていた。
「良い子ねぇクロヴィス、今までの下僕の中でもかなり優秀…本当に使える子、初っ端からこんな素晴らしい栄養を私に運んでくれるなんて…後でご褒美あげるから、とりあえず、今は、私の言うことを聞いて、アイツらを蹴散らして? 良いわね?」
「えい、よ…う? おれは…あかい、月が」
洗脳、なのだろうか。その割には、クロヴィスには自分としての意識がまだかなりあるような気がする。
カーミラの言葉に何度も頷きながら、クロヴィスはゆっくりとこちらを向いて、その瞳を赤く光らせる。
クロヴィスとは一度戦っているが、今回は少し毛色が違う。直接カーミラから与えられた攻撃司令は、彼の戦闘能力をかなり底上げしているようだった。
「ジャンヌさん、エルヴィラさんの魔法は、まだ消えていませんか?」
コソリと、ペリーヌが耳打ちをする。
「え、ええ、身体強化も引き寄せも、鎧にちゃんと付与されています…これって、エルヴィラは生きてるって事ですよね」
「間違いなく、ただ、このタイミングで姿を消した意味が分からないんですよね、何か企んではいるんでしょうけれど…幸い、カーミラさんは、エルヴィラさんが生きている事に気付いていないようですけど…」
「もう…作戦があるなら私達にも教えて欲しかったんだけど…とにかく、エルヴィラが何をするつもりか分からないけど、私達で時間を稼げって事かな…」
「多分そう言う事だと思いますね、というか、そういう事だと信じたいです…さて、ここからが本題なんですけれど…ジャンヌさん、私に何か出来る事はありませんか?」
ペリーヌは、おっとりとしていて温厚な性格だが、魔女としての実力は桁外れだと、エルヴィラが言っていた。そんな彼女の力を借りれるなら是非とも頼りたいのだが、正直、ペリーヌの魔法の特性を全く知らない自分達が、その力を上手く使いこなせるか、ジャンヌは不安だった。
最悪、自滅してしまうかもしれない。強力で強大な力には、それ相応のリスクが付くものだ。
今は失敗して良い時じゃない、余計なリスクは負えない。
…ちなみに、ジャンヌ達はもちろん、エルヴィラでさえ知らない事だが、ペリーヌは、あの『反乱の魔女』を作った張本人であり、長年あの曲者揃いの組織をまとめてきた、本物の実力者なのだ。そんな彼女にとって、相手に負担をかけずサポートする程度の事は容易すぎる事なのだが、残念ながら、それが伝わるほどの信頼は、まだ築けていないようである。
「ペリーヌさんは、エルヴィラを探して貰えませんか?」
「…エルヴィラさんを…ですか?」
予想外の答えに、ペリーヌは少々困ったような表情を浮かべたが、すぐに小さく頷いて、大人しくその場から離脱した。
「良いんですか、ジャンヌ様、魔女さんがどこかに隠れて何かを企んでいる、という確実な保証は無いんですよ? もしかしたら、あそこで無様に刺されてる、アレが本物なのかも…」
「ウルの言いたいことは分かるけど、今はエルヴィラが生きてるって方向で動こう? 迷ってたら何も出来なくなる、前提は必要だよ」
「何をコソコソ話してんのよ、もう一人は逃したわけ? アンタ達を下僕にしたら、すぐに捕まえてやるってのに、健気なもんね…」
カーミラが再び辺りに武器を出現させる。もうこの後どういう動きをするのかはよく分かる。
最近こんな戦い方をする人増えてないか?
「私達に乱れ投げは通用しないよ、っていうか、カーミラ…だよね?」
ジャンヌは、いつも通り、軽い交渉に出てみることにした。勿論警戒態勢は解いていないし、先に戦闘を仕掛けてきた彼女が、素直に話に応じるとは思っていない、だが、騎士として、念の為、という事もある。
「貴女のその力…元々は魔女のものらしいんだけど…その辺の話はさっきエルヴィラとしてたよね?」
「はぁ…私が魔女だって話? だからさ、やめてよね、虫唾が走るわ」
「その、貴女が虫唾が走るほど嫌いな魔女の力、それ、放っておくと貴女自身も巻き込んで、大惨事を引き起こす可能性があるらしいんだよ、その力を利用しようと、色んな人間が、貴女を捕らえに来るかもしれない」
「その時は全員殺せば良い話よ」
よほど、自分の能力に自信があるのだろう。
確かに、彼女のいう下僕が増えれば増えるほど、彼女は力を増していく。
おそらく彼女の魔法は、傀儡を通じてその力を自分のものに出来る、という能力だろう。いや、逆に自分の力を与えて、傀儡を武器に変える事も出来るし、その応用で、待ちきれない魔力を傀儡の中に貯めておく事も出来るのだろう。
しかし、だとしても、数で押されればいずれ必ず限界は来る。
「貴女一人で何千何万の人間を相手に出来ると思うの? いや、その中には魔女だっているかもしれないし、魔具使いだっているかも…」
「それは怖いわね、それで、何が言いたいわけ?」
「そういう危険な目に遭わないように、その力を手放す気にはなれないかな?」
「は?」
「私達は、その魔法が戦争の火種にならないように回収しているの、既に二つ持ってる、方法はまだ教えられないけれど、貴女の生命を脅かすような事はしない、魔法だけを回収できる方法を私達は持ってる、だから」
「なによそれ、結局アンタ達も魔法を狙う者の一部じゃない、この力を手放す? 私にとっては、アンタ達に取られるのも、他の連中に取られるのもごめんなんだけど? というか、結果は同じに見える…騎士だかなんだか知らないけど、平和的な理想を掲げればなんでも思い通りになるとか思わない事ね」
聞く耳は、やはり持ってくれないか。
というか、カーミラの言い分はもっともだ、胸が痛くなる話だ。
魔法は、どうしたって特別な力だ。どんな理由であれ、それを取られるなんて、所有者にしてみれば冗談じゃないと思うのは、普通の事だ。
七つの魔法は、所有者の求める力へとその性質を変える。つまり、本人が一番欲しかった能力になるのだ。
望んでいた力が手に入ったのに、みすみす他人に渡す者はいないだろう。
それがどんなに危険な力であっても。
だから、こうなる事も普通の事だ。
「じゃあ、初対面で会ったばかりだけど、実力行使させてもらうね」
「やってみなさいよ、ってか、最初からそのつもりでしょう…がっ!」
雨のように刃が降り注ぐ。
さっきよりも数が多く、防御しても防ぎきれない。
「一旦距離を取らないと…」
「はぁ? 攻撃範囲から逃すわけないでしょ、クロヴィス!」
クロヴィスは跳ねるように素早く動いて、ジャンヌ達を挟むようにカーミラの向かい側に移動する。そこで、硬く握られた拳で、思い切り地面を殴りつけた。
その瞬間、地面が一瞬波打つように見えるほどグラリと揺れたかと思うと、クロヴィスを中心に、波紋状の衝撃波が辺りを流れた。
「これは…! さっきの魔獣の能力!」
迫り来る透明な壁に押し戻され、ジャンヌ達は刃の雨の中へ放り込まれてしまう。
咄嗟に剣を抜き、防御態勢をとるが、元々防ぎきれる量ではない。鎧に付与された魔法の効果によって防御力が上がっている為、命中しても刺さりはしないものの、威力がある分、態勢は崩される。
腕に当たれば剣が逸れるし、足に当たればグラついてしまう。強化されているだけで、完全に攻撃を無効化しているわけではない、このままでは、いつか鎧を砕かれる。
「…っていうか…いつまで続くの…これ!」
ナイフや短剣は、未だに自分達の頭上から現れては降り注ぐを繰り返している。全く終わりが見えない攻撃に為すすべが無い。
これだけ魔力を消費すれば、カーミラだって疲労するだろう。視線を彼女に向けてみるが、カーミラは涼しい顔をしてこちらを眺めている。
「魔力切れ…を、狙っているのかしら? 馬鹿ねぇ、さっきから言ってるじゃない? 私を魔女だと考えるのはやめなさいって、私は吸血鬼なの、血の力は無限なの、クロヴィスがこの三ヶ月で吸い続けた血は、全て私の力に変換されるのよ、その上魔女の魔力まで追加されるわけ、血の力が、魔力を増幅させ続ける、限界なんてあると思う?」
それにねぇ、と、カーミラはニヤリと妖しい笑みを浮かべながら続ける。
「クロヴィスだけが私の下僕じゃない、アンタ達がぶっ殺してくれた魔狼や魔獣だって私のモノよ、かなりの数がやられたけど、アレで全部だと思わない事ね、まだまだこの森にはいる、魔力の貯蔵庫代わりにしてる便利なペット達がね、魔力も持ってない、剣の予備も無いアンタ達と違って、私には魔力の予備も戦力の予備もある、全てにおいて圧倒してるのよ」
そう言ってる間にも、凶器の雨は勢いを増していく。
ジッとしていても始まらない、彼女との戦力差は十分分かったが、諦めるわけにはいかないのだ。
「ウル! とにかくここから脱出しよう!」
「ゴリ押しですか、お伴します」
雨と表現しているが、水滴よりも大きな鉄の塊が降っているのだ、当然、本物の雨よりかは隙がある(ジャンヌ達が辛うじて潜れるぐらいの小さな隙を、隙と呼んでもいいのかは分からないが)。
降り注ぐ剣の一本を掴み、二本の剣で防御の手数を増やし、カーミラへと向かって走り出す。
「うわ、本当にゴリ押ししてきた、脳筋すぎでしょコイツら…クロヴィス!」
再び、クロヴィスが二人の前に立ちはだかる。今度は両手を広げ、勢い良く突き出した。
先程と同じように、今度は突き出した両手を中心にした衝撃波が、ジャンヌ達へ螺旋状に広がっていく。
「っ!」
空気を斬り裂くように、なんていう表現方法もあるが、実際に見えない空気の壁を斬り裂くことなんて出来ない。ジャンヌが出来る事は、押し戻されないように、地面に突き立てた剣に必死にしがみ付く事ぐらいだ。
「バッカじゃないの? 地面を抉るほどの威力があるのよ! 剣もへし折るし、アンタの全身なんかズタボロにするに決まってるじゃない!」
「どうだろうね? ノーダメージではないけど…少なくとも、道は出来たよ?」
直後、衝撃波が二人を襲う。たちまち剣にヒビが入り、ジャンヌの露出した肌から、切り裂かれたように血が噴き出した。
「ぐうううううっ!」
だかしかし、同時にジャンヌ達を上から襲っていた刃物達も砕け散り、一瞬だけ降り止んだ。
「ちゃんと指示は出すべきだったね、カーミラ!」
勢い良く走り出し、ジャンヌは腰につけていた半透明な剣を抜いて構える。
「チッ! このバカッ! さっさと私を守りなさいよ!」
もう一撃、衝撃波を繰り出そうとクロヴィスは拳を振り上げる。
あの女騎士から、自分はまでは、まだかなりの距離がある。その間にクロヴィスが立っているのだ、雨を抜けたところで、自分に辿り着けるわけがない。
カーミラは、再び雨の準備をする。クロヴィスが押し戻した瞬間、今度こそ串刺しにしてやる。
「違うよカーミラ、狙ってるのは貴女じゃない、ここからとどくわけ無いんだもの」
「は?」
ジャンヌは、半透明の剣を思い切り投げつけた。
見事なフォームで、一直線に飛んでいく。
クロヴィスを目指して飛んでいく。
「しまった! 最初から目的は壁を潰す事⁉︎」
油断していた、クロヴィスの事を仲間だと思っているジャンヌには、そんな事出来ないとタカをくくっていた。
しかし、思った以上に容赦の無い女だ。どれだけ平和主義を謳っていたって、いざとなればこれぐらい平気でするのか。
「前々から思ってたけど、オーバードーズって、まだ何か能力あるよね」
魔力を吸い取る魔法の剣、オーバードーズ。防御する間も無く、クロヴィスはソレに貫かれる。
ダメージは無い、元々殺傷能力は皆無の剣だ。血が出ないどころか、服に綻びすら無い。
だが、クロヴィスはぐったりとそのまま倒れてしまった。
魔力が無くなり、衝撃波を放つ事が出来なくなったのだ。
「チッ!」
このままでは確実に自分のところまで来る。後数秒、その間に仕留めきれるか。
こんなに近くなっては雨は使えない。ならば肉弾戦しかない、身体能力は遥かに自分の方が上だ、剣を持っていようが二人がかりだろうが負ける事は無い。
カーミラは爪を立てて、接近戦の構えを取る。
しかし、その予想は大きく外れる事になる。
ジャンヌはクロヴィスから剣を抜き、そのままカーミラに向かってその剣を大きく振った。
何をしたか理解する間も無く、カーミラは強力な力に突き飛ばされる。
「なっ⁉︎ これっ…!」
間違いなく、それはついさっきまでクロヴィスが使っていた衝撃波だ。
剣を振ったら、衝撃波が放たれた。
「何が…起こった…」
「ジャンヌ様…それ」
ウルも不思議そうに見つめている。
「オーバードーズって…魔力を奪うだけじゃ無いみたい…実は前から薄々気付いてたんだよね」
垂れる血を拭いながら、ジャンヌはオーバードーズを眺めながら言う。
「…カーミラ、貴女と同じ…貴女が言うところの吸血鬼と同じような特性を持ってるんだよ、この剣」
「…同じ…?」
クロヴィスが言ったのだ、エルヴィラの血を吸った時、魔力も一緒に取り込んだと。そして、その力を使えたかもしれないと。
ジャンヌは、オーバードーズにも同じ様な特性があるのではないかと、その時点で気付いたのだ。
その予感は見事的中した。
「この剣ね、奪った相手の魔法を使えるんだ」
剣先をカーミラに突きつけながら、ジャンヌは言う。
…間合いに、入った。




