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魔女伝  作者: 倉トリック
紅の月編
75/136

怪物

 彼女の名前とか、正体とか、目的とか、それらを一切無視して、ジャンヌ一行の暴れん坊は攻撃を仕掛けていた。


 ナイフや短剣を大量に出現させ、一気に投げつけるエルヴィラの得意な戦法。病み上がり(?)だった彼女は、やっと魔法が思い通りに使えて、かなり満足そうである。


 しかし、突如現れた鋭利な刃物達に、彼女は全く驚いた様子も、怯えた様子も無かった。


「野蛮ねぇ」


 そう呟いて、彼女は縫うように攻撃の嵐の中を潜り抜けていく。凄まじい動体視力、なんて表現が甘く聞こえるほど、その動きは常軌を逸していた。


 銀色の風に見えるほどだ。


 一気にエルヴィラとの間合いを詰め、そのまま鋭く伸びた爪で喉を掻き切ろうと、掌を薙いだ。


 咄嗟にエルヴィラも両手を突き出し防御する。いや、それだけではない。


「爪なら私も伸ばせんだよ!」


 防御する為に突き出した両手の爪が、槍のように鋭く伸びた。防御態勢をとったまま、攻撃に移れる、つくづく使いやすい便利な魔法だと、エルヴィラは感心した。


「うっ⁉︎」


 流石に強烈な不意打ちに驚きはしたものの、瞬時に回避して、エルヴィラから間合いを取る。


「チッ…もうちょっとで目玉くり抜いてやれたってのによぉ」


「ハッ、礼を言うわよ、アンタのおかげで本当に久方ぶりに『びっくりした』っていう感覚を体験できたわ。アンタ魔女ね? 魔女なら、ほら、名乗りがあるんでしょう? 特別に名乗らせてあげるわよ」


 クックッと、不敵に笑う彼女に煽られ、かなり苛ついた様子のエルヴィラ。そんな彼女に、ペリーヌがこっそりと近付く。


「エルヴィラさん、大丈夫ですか?」


「いや、だいぶイライラする。ペリーヌ、どうすりゃいいと思う?」


「とりあえずちゃんと名乗りましょうか、正々堂々、ボコボコにしましょう」


 それだけ言って、ペリーヌは下がっていった。


 普段温厚なペリーヌが、そこまで言うという事は、話が通じる相手では無いと判断したのだろう。元よりエルヴィラは話し合う気などさらさら無かったが、親愛なるペリーヌと意見が一致した事により、完全に吹っ切れた。


 こんなヤバい幻術を使う相手が、まともなわけがないのだから。


 だが、今の一撃で対処できない相手だという事は分かった。直接の戦闘なら、ジャンヌやウルもいるこちらに利がある。


 これだけこちらが有利だというのに、余裕を崩さないナメた態度が気に入らない。ここはこちらが強者なのだと見せつける為にも、名乗りに加えて一言脅してやったほうが良さそうだ。


 実際、あの『最後の魔女狩り』を生き残ったエルヴィラは、ある程度強者の風格はあるはずである。


 エルヴィラはわざとらしいため息をついてから、鋭い爪を構えたまま、短い時間で必死に考えた強者っぽい名乗りを高らかに言った。


「『縄張りの魔女』エルヴィラ…つって、名乗らせてどうすんだよ? ああ? もうこんな名前、思い出す事もねぇだろうに、これからお前は死ぬんだからさぁ!」


 予想以上に雑魚っぽくなった。


 敵だけでなく、味方にまで雑魚っぽいと思われている事に、エルヴィラ本人が全く気付いていないのが、更に小物臭を引き立たせている。


 ものすごく、やりきった顔をしている。


「魔女って精神の成長も止まるのね、なんかちょっと同情するわ…なるほど、エルヴィラねぇ…よく見たら可愛らしい顔してるじゃない、その突き刺されそうな鋭い目付きを除けば、だけどね」


 彼女は腕を組み直し、エルヴィラを値踏みするように見つめたまま続ける。


「私はカーミラ、吸血鬼よ」


「吸血鬼ぃ? おいおい、いつからここは御伽噺の世界になったんだ? 現在絶賛錯乱中の奴も、最初は自分の事吸血鬼だって名乗ってたけどな」


 未だに意味不明な事を呟き続けているクロヴィスを親指で指しながら、エルヴィラは呆れたように言う。


「テメェが自分の事を吸血鬼だって信じてぇなら、別に構わねぇけどよぉ、一応言っておくぞ、多分お前も魔女だ」


「はぁ?」


 突然、ある意味存在を否定されたカーミラは、不満そうに眉をひそめた。


「お前がそうなったのは、三年前ぐらいじゃないか?」


「…まぁ、そうよ…、でも、私と私の知ってる魔女とはかなり違うみたいだけど?」


「ほう?」


 カーミラは自分の身体を撫でるように触りながら、子供に言い聞かせるように、声を穏やかにしながら言う。


「私の知ってる魔女は、人の血を吸ったりしないわ。目が赤く光る事も、牙が生える事も無い…何より、私の知ってる魔女っていうのは、成長しない、でもね、私は三年前から何の問題もなく、()()()()()()()()()。これでもまだ私が魔女だって言う?」


 身長が伸びている、つまりは、成長をしているという事である。魔女最大の特徴である、身体の成長の停止が当てはまらない。


 魔女では無く、しかし人ならざる力を持っているという事は、やはり、彼女の言う通り、吸血鬼という存在なのだろうか。


「分からねえかな、だから、()()()()()()()()()()()()()()?」


 エルヴィラは、バキッと伸ばした爪をへし折って、手のひらの上に透明で綺麗な剣を作り上げる。


 魔力吸収の魔剣、オーバードーズ。


「こういう、普通の魔法からはボール五つ分ぐらい外れた、奇想天外っつーか、異常で異質、特異な魔法を、特異魔法って言うんだ、力の強い魔女は大体使える」


 エルヴィラはオーバードーズをジャンヌに渡しながら続ける。


「目が赤くなって、牙が生えて、人の血を吸って、その分凄い力が使えるっていう魔法だろ、お前の特異魔法は。()()()()()()()()()()()()、そういう能力なんだよ。身体が成長したんじゃなくて、単にお前が無意識のうちに、成人のような体になれるよう、魔法を使って身体を作り変えてるだけ…だと思うけどな」


 そう言い終わると、エルヴィラはジャンヌに手招きする。


「そういうわけだから、手加減せず思いっきり刺していいぞ」


「ええ…でもまだ不明な能力がいくつかあるよ…それに」


「私が…魔女?」


 明らかな怒気を含んだ声色で、カーミラがエルヴィラを睨みつけながら言う。


「ああ…そうだと思うけど?」


「ふざけないでよ…魔女なんかと…一緒にしないで欲しいわ」


 カーミラは、小さく唇を震わせている。悔しさや、怒りが、滲み出ているようだった。


「私はねぇ…魔女ってのが大嫌いなのよ…人知を超えた力…それを利用して好き勝手に暴れる化け物ども…憎くて憎くて仕方なかったわ…でも、今までの私は無力だった…魔法なんて卑怯な手を使える奴らに、手も足も出ない虫同然の存在…でもね、そんな時、私はこの力に目覚めた」


 カーミラの目が再び赤く光る。


 その瞬間、ウルが抑えていたクロヴィスが、突然苦しそうに暴れ出した。彼の目もまた、カーミラと同様に赤く染まっている。


「がっ! がっ、うがぁああああ⁉︎ つ、月が! 赤い月が落ちてくるぅぅ⁉︎ やばいぞぉ! このままじゃ…呑まれる」


「落ち着いてくださいクロヴィスさん! 赤い月なんてどこにもありませんよ! 正気に戻ってください!」


 必死に抑えて肩を揺らすが、発狂する彼は、一向に静まる気配は無い。


「私の血を与えた者は、私の忠実な下僕になるのよ! 強力な力を持った吸血鬼にねぇ! ククク、素晴らしいわ! 幻術だった扱える、命をも吸いとれる、そして圧倒的なパワー! 私は魔女より何もかもを超えた神秘的な究極の存在! 吸血鬼になれたのよ! これで私は…憎っくき魔女どもを一人残らず殺してやれるわ」


 アンタは記念すべき一人目よ、と言って、カーミラは鋭い殺気を放ち、再び戦闘態勢を取る。


「神秘的ねぇ…私に言わせりゃ、お前だって十分化け物に見えるけど?」


「アンタみたいな魔女に、分かってもらおうなんて、微塵も思ってないから安心なさい…それにね、アンタ達化け物に対抗できるのは人間じゃない、人の力を超えた、怪物だけよ…魔女を滅ぼせるなら…私は喜んで怪物になる」


「えらっそうに…しゃしゃってんじゃねぇぞパッと出のモブ風情がぁ!」


 唐突に、殺し合いが再開された。再びエルヴィラは大量のナイフを飛ばし、攻撃する。しかし、今度はそれに加えて、自分達の周りを真っ暗な闇で覆った。


 ジャンヌやウル、ペリーヌの視界まで塞がれる。一寸先どころか、自分の指先すら見えない、この状態で襲われれば、応戦のしようが無い。


「エ…エルヴィラ! これ」


 攻撃も防御も、援護すらも出来ない状況をなんとかしてもらおうと呼びかけるが、既に闇の向こうでは金属音が鳴り響いている。


 こんなに盛大に魔力を使っても大丈夫なのだろうか、とジャンヌは不安になるが、それよりも、カーミラについての謎が多すぎるという事に、何より焦っている。


 そもそも、吸血鬼という特性を持った存在が、複数いるという事自体が想定外だった。


 いや、クロヴィスの身体に異変が起こった場所なら、何か秘密があるとは思っていたが、ここに来て新たな吸血鬼が立ちはだかるとは、まったくもって予想外だった。


 しかも、こちらの方が完成している。


 いや、むしろこれ全てがカーミラの罠なのか。


「幻覚で絶景を生み出し、それに引き寄せられた人間を自らの眷属に変えていた…クロヴィスが人の血を吸っていたのも、私達に接触したのも、ここに引き寄せる為…使える駒が沢山欲しいから…? その目的ってなんだろう…」


 カーミラは言った、この力は、魔女を倒しうる力だと。


 彼女は頑なに自身が魔女である事を認めないが、どう考えても魔法を使っている。吸血鬼化、という魔法があるとして、その魔法を使うのに必要なコストがあるのだとしたら。


「クロヴィスはカーミラの傀儡で…彼女の指示通り…というか、プログラム通りに動かされていた…血を吸う事も…人を誘き寄せる事…いや、それだと…おかしいな」


 それならば、魔女をわざわざここに招き入れる意味が分からない。いや、カーミラ本人が、エルヴィラ達に幻覚が通用していない事に驚いていたのだから、彼女自身も、魔女がこの領域に入って来た事自体が想定外だったのかもしれない。


 カーミラは、魔女に幻覚が通じない事を知っていた…だからこそ、この場所に魔女が来ないように指示を出していたはず。


「ん、待てよ待てよ…そうなると、クロヴィスにエルヴィラを襲わせたのって、ただの偶然? 運が悪ければ、自分の存在が特定されるかもしれないのに?」


 彼女の事は何一つとして知らないが、カーミラが魔女を異常なまでに恨んでいると事は分かった。


 心底、こんな厄介な敵が、異端狩り側に居なくて良かったと思う。


 そんな彼女が、わざわざ憎っくき魔女に敵対され、あまつさえ尻尾をつかませるような真似をするだろうか。


 意味があるはずだ、眷属を増やす以外に、まだ何か、彼女の思惑が、クロヴィスに刷り込まれている。


 ジャンヌは考える、クロヴィス達の言動を、カーミラの言葉を思い出す。


 何か、引っかかる。


「…そういえば…エルヴィラは…魔力の低迷期にもかかわらず…リスクを犯してまで、死にかけのクロヴィスに血を分け与えて、瀕死になった」


 これが、そもそもおかしいんじゃないか…?


 エルヴィラが、好き好んで自分を犠牲にしてまで、自分を殺そうとした相手を助ける?


「いや、エルヴィラの成長だって信じたいけど…それでも、わざわざ死ぬ寸前まで血を分け与えるような子じゃ無いでしょ…エルヴィラが、瀕死になってまで、血をあげるような理由…」


 自分なら、どうするだろう。瀕死になった、いや、瀕死に追いやった吸血鬼。彼が助けを求めたとして、自分の命を犠牲にしてまで、相手を全回復させる程の血を、分け与えるか。


 答えはノーだ。せいぜい、虫の息から回復する程度で止めるだろう。自分が意識を失って、そのまま殺される可能性の方が高いと考えるだろう。


 なにせ、相手は一度自分を殺しに来ているのだから。


「…血を、あげなければならない状況…というよりも、自分の方から、血を与えたくなるような状況にでもならない限り…敵を回復なんて…」


 血を、与えたくなるような状況。


「エルヴィラは…血を二回吸われてた…もし、もし吸血鬼の吸血行動自体に、何かしらの中毒性があるのだとしたら…?」


 例えば、快楽物質が分泌されるとか。ある種の虫は、卵を別の虫に寄生させ、その体内で子を育てるという。育った幼虫は、宿主の腹を食い破り、成虫になるための栄養を得る。


 この時、大切な栄養となる宿主が簡単に死なないように、そして、抵抗しないように、彼らは苦痛を快楽に変えるような、特殊な成分を与えるらしい。


 虫については詳しく無いが、そんな話を聞いた事がある。


 エルヴィラがもし、その快楽成分を与えられていたのだとしたら、その時の気持ちも行動も、全てその毒が原因なのだとしたら。


「…魔女のエルヴィラを狙ったのは偶然じゃ無い!」


 クロヴィスは言った、彼は、エルヴィラから血とともに魔力も吸えたと。


 彼の中にある、エルヴィラの魔力は今、どこにある?


 魔女を倒しうる力、それは、身を焼き尽くす業火か、もしくは、同じ力。つまり魔法。


「まさか…! カーミラの能力の本質はそこか! エルヴィラ! 今すぐそこから離れーーー」


 突然、闇が晴れた。


 素早く瞬きをし、眩んだ視界を出来るだけ早く回復させる。


 そこでジャンヌが見たものは。


 全身にナイフを突き刺され、桃の木に磔にされているエルヴィラの無残な姿だった。


「エ…エルヴィラァァァァァァァ!!!!」


 怪物の赤く鋭い眼光が、ジャンヌを睨む。

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