救援者
「これで…全部…かな?」
最後の一匹がぐったりと倒れ、力尽きたのを確認してから、ため息とともに言葉を漏らす。
しかし、まだ増援があるかもしれないので気は抜けない。
しばらく辺りを捜索したが、他に気配は無く、どうやら本当に今のが最後だったようだ。
たった三人で、数百という数の魔物、それに加えて一匹の魔獣を全滅させてしまった、という事になる。
もはやどちらが化け物か分からない。
ジャンヌに至っては、巨大な魔獣を単騎で討伐するという偉業を成し遂げてしまったわけだ。
「流石ですジャンヌ様、流石四天王の一人、実力は一流以上ですね」
小さく拍手をしながらウルが言う。
「やめてよ恥ずかしい…というか、その四天王って、騎士団や国の公認じゃないよね? 全く、勝手に…誰が言い出したの、それ」
「騎士団西支部の支部長様が…」
「ゼノヴィアさん? もう…あの人自分の発言の影響力とか考えて欲しいんだけど…って事は、もしかして四天王って、私、ゼノヴィアさん、ランスロットさん、ローランさんの四人だったりする?」
「おお、ご名答です」
「身内贔屓が酷すぎる。私みたいなのが、ランスロットさんやローランさんと肩を並べて四天王なんて名乗れないよ…その四人の中じゃ、間違いなく私が最弱だよ」
ジャンヌは恥ずかしそうに手を振ると、エルヴィラの元に駆け寄る。
「大丈夫? エルヴィラ、魔法の方はどう?」
エルヴィラは、さっきよりも体調が悪そうだった。若干呼吸が乱れて、目が虚で、どこを見ているか分からない。いつもの強気で傲慢な態度は完全に消え失せ、風邪で弱った幼児、という雰囲気を醸し出していた。
「ダメっぽいね…どうしよう、一回帰った方がいいかも」
「待て、騎士団長」
エルヴィラを抱え、来た道を見つめるジャンヌに、クロヴィスが慌てて声をかける。
「どうしたの?」
「お前、あの異端狩りとかいう変な奴等と話してたよな? で、アイツらは確か、騎士団よりも後に魔法の回収に向かうと言っていたはずだ」
「うん…私達との接触を極力避けるように…ね」
「だとしたら、今戻るのは危険じゃないか? 騎士団は、ここに一度訪れた、しかし、魔法は回収出来ずにそのまま放置…つまり、異端狩りが魔法回収に向かう条件が揃ってしまうぞ…」
「あ…」
あくまでも後から回収する、と言っていたのだ。先行を譲っただけで、魔法の回収を諦めるとは一言も言っていない。自分達が今ここから去れば、瞬時に彼らはここに訪れるだろう。
彼らに魔法を回収する方法があるのかは分からないが、案外、あっさり出来てしまうかもしれない。いや、彼なら、あのマシューという男なら、出来なくてもやってしまうかもしれない。
一目見て分かった異常性、少し違うが、マーガレットと似ていたかもしれない。
何をするか分からないという、圧倒的な不気味さ、マーガレットにもマシューにもそれがある。
クロヴィスの言う通り、今ここを離れるのは得策ではないかもしれない。
でも、だからと言って。
「エルヴィラをこのままにしておけないよ。魔法が使えなくなるなんて、どう考えても良くない異常だよ? それに苦しそうだし…このままだと、死んじゃうかも…」
「…ハァ…ハァ…おい…忘れ…形見」
エルヴィラが、かくんと小さく首を動かして、顔だけジャンヌに向けて、静かに言う。
「どうしたの…エルヴィラ?」
「吸…血鬼…の…言う…通りだ…あんな奴等に…魔法を取られてたまるか……ここからは動くな…誰か…助けを…呼べ」
「でもそれじゃあエルヴィラが」
「だから…! 助けを呼べって…言ってんだよ…! 出来れば…魔女がいいな…最悪お前でもいいけど…とにかく、魔力が沢山入りそうな奴だ…『不可視の魔女』は…」
「…エルヴィラ? 何を言ってるの?」
不安そうに見つめるジャンヌの手を、エルヴィラはそっと握った。
慰めているわけではない、死ぬ間際に手を握って欲しいというわけでもなさそうだ。しかし、ジャンヌはそれだけで、エルヴィラが何をしようとしているのか理解した。
「私が…もう…助からねぇなら…死ぬ前に…この魔法を…誰かに移せ…私の中から…魔力が…消えているわけじゃない…ただ、魔法として…魔力が使えなくなっているだけだ…私以外の身に移せば…また、同じように使えるはず」
魔女が死ぬ間際に手を握り、魔法と記憶を他の者へと移す継承の儀。
彼女は、既に死ぬ覚悟と、その後の対策を考えていた。
「エルヴィラ! そんな事言わないでよ…約束したよね? お互いこの争奪戦中には死なないようにしようって!」
「時と場合に…よるだろ…今一番…避けなきゃいけねぇのは…魔法を回収する…手段を失うって…事だ…現状、私のオーバードーズしか…お前らに魔法を回収する手は無い…私の魔法が消える事は…絶対に…避けないといけないんだよ」
「それはそうだけど、まだ諦めるには早いよ! 絶対何とかなるはず…何か方法が…」
どうするか? とりあえず、やはり来た道を戻って誰かに助けを求めよう。魔法を取られる、というリスクはかなり大きいが、それはそもそも、彼ら異端狩りに魔法を回収する手段がある、という事を前提にした話であって、その手立てがなければ、実質的に無害ではある。
むしろ、ただの杞憂でエルヴィラを死なせてしまう方が、損失が大きい。
そうじゃなくても、エルヴィラはここまで一緒に戦ってきた仲間だ。見殺しになど出来るわけがない。
(それに…あの戦争の事、先生のことだって、まだ何も聞けてないし)
しかし、戻るにしたって魔女を治せる医者などあるのだろうか。心当たりなどあるはずが無い、なにせ、今までエルヴィラは、その負傷を全て自分で治してきたのだから。
いや、そもそも、医者に見せたところで魔力が関係しているなら手の出しようが無いだろう。
魔女の事なら、やはり魔女に頼るしか無い。
エルヴィラの事で頼れる知り合いの魔女なんて、一人しか居ない。
「ペリーヌさん…ペリーヌさんなら、エルヴィラを助けられるかも!」
「はい、正解です」
どこからともなく声がした。
エルヴィラを抱えたままのジャンヌの前に、彼女は当然のように、笑顔を浮かべて立っていた。
「ペリーヌ…さん?」
「ええ、『お菓子の魔女』ペリーヌです」
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正直状況は全く飲み込めていない。彼女がいつ自分達の前に現れたのかすら定かでは無い。何せ彼女は、目の前に現れるその時まで、気配が一切しなかったのだから。
ウルもクロヴィスも、誰も気付かないうちに、ジャンヌの前に現れたのである。
まるで、その空間から生まれたかのようだ。
しかし、そんな疑問など吹き飛ぶほど、ジャンヌは安堵していた。
これで、エルヴィラは助かる。何故かは分からないが、そんな確信があった。
「ありがとうございます、ジャンヌさん、エルヴィラさんをここまで守っていただいて」
ペリーヌはペコリとお辞儀をすると、エルヴィラの顔を覗き込む。
「しんどそうですね、エルヴィラさん」
「ペ…ペリーヌ…? なんでお前…こんなとこに」
ペリーヌは、エルヴィラの頭をソッと撫でると、クスクスと笑う。
「なんでって…エルヴィラさんを助けに来たに決まってるじゃないですか、全く…ちょっとは反省してください、貴女のいい加減な性格が祟ったんですよ、コレ」
笑ってはいるが、ペリーヌは少し、怒っているようだった。
「ペ、ペリーヌさん、あの、エルヴィラは戦いの負傷で…」
「分かってますよ、だからこそです、よりによってこのタイミングで魔力を大量に消費した挙句、自己治癒出来ないほどのダメージを負うなんて…体調管理が杜撰だとしか言いようがありません」
「いや、違うんだ、魔女、俺がコイツの血を吸い過ぎたから」
あまりに責められるエルヴィラを見て、良心が痛んだのか、クロヴィスも庇うように言う。
そんなクロヴィスを、ペリーヌは不思議そうに見つめていた。
「貴方は…はじめまして、ですよね? 私は『お菓子の魔女』ペリーヌです」
「え? ああ、俺はクロヴィス…って、そうじゃなくてだな、エルヴィラのダメージは、俺が作ったものなんだ…本当にすまない」
頭を下げるクロヴィス、その肩を、なだめるようにペリーヌは叩く。
「お気になさらず、多分、エルヴィラさんの方から、瀕死になるぐらいまで血を吸うように言ったんでしょう? それが軽率な行動だと言っているんですよ、貴方に全く非がないわけでは無いですけど、特に気になさらなくても大丈夫ですよ」
さて、と言って、ペリーヌはジャンヌからエルヴィラを抱き上げる。
「治しましょうか、傷と魔力」
「な、治せるんですか?」
「ええ、すごく簡単です」
不安で落ち着かない様子のジャンヌとは違い、ペリーヌは冷静そのものだった。エルヴィラの両手を指を絡ませながら強く握り、子供をあやすように、エルヴィラを自分の方へと引き寄せる。
小さな頭を胸に乗せながら、ペリーヌは幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「エルヴィラさん、ジャンヌさん達との生活はどうですか? もう二つも魔法を回収されたようですけど…」
「どうって…別に、普通だよ、普通…確かに…剣の使い方が下手くそな私の代わりに、オーバードーズを使ってくれる事に関しては、流石に感謝してるけどな…」
「ふふ、エルヴィラさんがそんな事言うなんて、よっぽどジャンヌさん達が好きなんですね」
「冗談ポイだぜ、私の中の一番は、いつだってペリーヌだけだよ、他は二番三番だ」
「んー、普段なら小躍りしたくなるほど嬉しいんですけど、皆さんが見てる前なので自重させてもらいますね…そうですか、でも、私が一番…だけじゃなくなってるんですね、二番目に大切な人、三番目に大切な人、エルヴィラさんの中で、大切だって思えるものが増えてる事が、私は嬉しいです」
言われて、エルヴィラは一瞬顔を上げ、反論しそうになったが、すぐに諦めたように再び顔をペリーヌの胸に埋める。
多分、照れ隠しであろう。
「エルヴィラさん、貴女が大切だと思ってる人の数だけ、エルヴィラさん自身も大切だと思われてるんですよ?」
ペリーヌは諭すように言う。
「貴女を大切だと思ってる人達を、悲しませるような事をしたら、ダメです。戦うなら勝ってください、負けそうなら逃げてください、そして…自分の魔力の低迷期ぐらいちゃんと覚えててください」
「…あぁー、それかぁ…忘れてたわ完全に」
エルヴィラは顔を埋めたまま、モゴモゴと叫んだ。
「だと思いましたよ、なんでこの時期に、こんな血迷った事してるのかと、本気で呆れましたよ」
「え、あの」
思わずジャンヌはペリーヌに尋ねる。
「魔力の低迷期って…?」
「先代のジャンヌさんから聞いてませんか? 魔女の魔力が著しく低下して、不安定になる時期です。個人によって違うんですけど、大体半年に一回ぐらい、三日間から一週間続きます、魔力が低下している上に、流れが不安定なわけですから、強力な魔法は使えなくなります。もし無理して魔力を消費すると、簡単に回復しなくなるんですよ、勿論傷や病気も治りにくくなります…で、エルヴィラは今その時期なんです」
なるほど、彼女の言う体調管理が杜撰とはそう言う意味だったのか、と、ジャンヌは納得する。
「じゃあ今やってる治療っていうのは…」
「治療ってほどでもなくて…私の魔力を流し込んで、私が調節してるだけです。低迷期が原因で死ぬ事なんてありえませんよ、普通は」
その後、驚くほどあっさりと、エルヴィラの体調は回復した。何か、必要以上に二人が密着していた様な気がするが、多分気のせいだろう。
思いもよらぬ救援者のおかげで、一同の不安の種は消えた。
逆に、あれだけ生死の境を彷徨ってるかの如く騒いでいたのが、ものすごく恥ずかしくなってきたのだった。
「んあー、すっかり元気になったぞ、ありがとうな、ペリーヌ」
エルヴィラは、伸びをしながらペリーヌに礼を言う。
「お気になさらず、でも自分の低迷周期ぐらいはちゃんと理解しておいてください」
「お説教は後で聞くよー、それよりペリーヌ、どうやってここまで来たんだ?」
それは、他の者も知りたがっている事であった。なんの脈絡もなく登場した魔女だが、明らかに不自然であるし、どう考えても都合が良すぎる。
助けてもらってこんな事を思うのは失礼極まりないが、怪しさしか感じない、この妙に落ち着いた態度にも、いささか不自然な点がある。
ペリーヌの返答に、エルヴィラ以外の三人は、警戒こそしないものの、注意ぐらいはしていた。
そんな中、ペリーヌはスカートのポケットから、おもむろに、小さな手鏡を取り出して言う。
「ジュリアさんに連れてきてもらいました」
「ジュリア? あの『鏡の魔女』か? ペリーヌってアイツと面識あったのかよ」
「ええ、割と古い友人…と言いますか、悪友と言いますか、腐れ縁といいますか…とにかく困った時に手を貸してもらえるほどには、ええ、面識、ありますよ」
ジャンヌ達には、ジュリアがどういう人物なのか分からないが、ペリーヌをここまで連れてきてくれたというのなら、実質彼女も恩人になるのだろう。
是非お礼ぐらい言いたいと、ジャンヌは辺りを見回すが、どこにも気配は感じない。
「無駄だぞ、忘れ形見、アイツはここには…つーか、この世界にはいねぇんだろうな、だろ?」
不機嫌そうに、というか、ヤキモチを焼いて不貞腐れているように、エルヴィラは言う。どうも、ペリーヌとジュリアの仲が思ったよりも親密で、嫉妬しているようだ。
私の方が役に立つのに、と、ブツブツ呟いている。
「そうですね、ここにはいません。彼女の鏡の魔法を使えば、ジョーンさんほどではありませんが、空間を飛び越えて移動するぐらいの事はできますからね、私をここに送り届けた後、すぐにどこかに行ってしまいました…いえ、そうじゃなくても、彼女が鏡の中から出てくる事は滅多にありませんよ」
基本的にビビリなんです、と、苦笑しながらペリーヌは言う。その様子を見て、ますますエルヴィラの嫉妬心は深まっていく。
鏡の世界、どこかで聞いたワードな気がする、と、ジャンヌはこっそり首を傾げる。
「そんな事より、ペリーヌ、なんかさ、探知地図の様子がおかしいんだけど」
「おかしい? と、いいますと?」
エルヴィラは、ジャンヌのポケットから地図を抜き出すと、ペリーヌの前で広げて、現在地を指す。
「ここが今私達がいるところだろ? ここに七つの魔法の一つがある事はまず間違いないんだ…でもな? ほら、印、マーカーが出ねぇんだよ、私達には反応してるのに、魔法の印は出てこねえ、これってどういう意味だ?」
ペリーヌは、広げた地図に手をかざす。しばらくなぞるようにしてから、首を傾げ「特に問題は無さそうですね」と言った。
「となると、答えは簡単です、桃月郷に七つの魔法は無いという事です」
「えぇ?」
流石に驚愕を禁じ得ない。七つの魔法関係で無いにも関わらず、これほどまでの危険地帯となっているというのか。
魔獣や魔物がこんなに居て、赤い月が浮かぶという怪現象まで起きているというのに。
「ペリーヌさん、確かなんですか?」
思わずジャンヌが尋ねると、少し困ったような顔をして、ペリーヌは言う。
「それらしい反応はありませんし…ここに七つの魔法は無いという事で間違い無いと思いますが…ですが、確かにこの魔獣や魔物の数…異常ですね…うーん、どういう事なんでしょう」
何故だろう、本当はペリーヌは、全てを分かっているような気がする。分かってて、自分達を試しているかのような気がする。
「でもとりあえずは、調査を続けましょうか」
その提案を切り出したのは、意外にも、ペリーヌだった。
「ここからは私も同行させていただきます、エルヴィラさんは別に低迷期から逃れたわけではありませんしね」
「危ないぞペリーヌ、やめといたら?」
「今のエルヴィラさんを見逃す方が危ないです、他の方にも迷惑がかかりそうですので、今回ばかりは私も同行します」
付いていく、そう言ったペリーヌは素早くエルヴィラを抱き上げた。
「ジャンヌさん、ここから先の事は、貴女が決めてください、どうやって調査を進めるのか、私はそれに従いますので」
急に話を振られて一瞬戸惑うが、しかし、ジャンヌの気持ちは決まっていた。
「調査を続けて、クロヴィスを元に戻そう。七つの魔法が関係してなくたって、ここが危険地帯だった事に変わりは無い、問題を事前に解決するのも騎士団の仕事だよ、だから、まずは、クロヴィスが赤い月を見た場所まで行こうか」
素早く指示を出し、クロヴィスに案内を頼む。
不思議でどこか怪しいが、とても頼りになる救援者のおかげで、ひとまず不安は取り除かれた。
魔獣も倒し、後は魔力の根源を探すだけ。
しかし、そうは問屋が卸さない。
一行は、まだ危機を脱出しては、いなかった。




