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魔女伝  作者: 倉トリック
第1章 魔女狩り
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命の灯火

 どちゃっと重たいものが落ちる音が室内で鳴り、全員が落ちて来たであろう物体に視線を移す。


 そこには上半身と下半身に分かれた女の死体が転がっていた。よく見るとその死体には四肢が無く、まるでダルマのようだった。


 彼女がここに来るはずだった最後の魔女の成れの果ての姿である事は言うまでもない。


 そして何が起こったか理解する間もなく、『彼女達』は現れた。


 空間に現れた巨大な魔法陣から十一の影が降りて来る。国を滅ぼす強大な力を持った魔女集団『反乱の魔女』。その全員が一度に姿を現した。


 ゆっくりと降り立った彼女達は、そのまま動こうとはせず、ただジッと佇んでいた。


 異様な雰囲気を放つ彼女達に対して警戒心は持つものの、エルヴィラ達も大した反応は見せず、自分達をここに集めた『彼』が来るのを大人しく待っていた。


 ただ一人、『鎧の魔女』を除いて。


「随分と手荒い真似をするじゃないか、とても魔女の為に国と戦わんとする英雄達のする事とは思えないな」


 バラバラのダルマにされた魔女の亡骸にそっと寄り添い、『鎧の魔女』ジャンヌは見開かれた彼女の目を閉ざした。


「私は君達と殺しあうつもりは無いのに、どうにか平和的解決を」


「話すならぁ……まず先に名乗ったらどうかしらぁ?」


 呆れたような表情を浮かべ、『反乱の魔女』の一人が口を開く。ゆったりと抑揚のついた声で話す彼女は、その優しそうな声色とは裏腹に異様な衣装を身に纏っていた。


 まるで布の上に色んな絵の具をぶちまけたかのような、お世辞にも綺麗だとは言えない衣装。所々に歯車のようなものがぶら下げてあり、時折キコキコと音を立てながら動いていた。


 ジャンヌが受けた第一印象は『ガラクタ』だった。


「『才能の魔女』ケリドウェンよぉ」


 奇怪なスカートの裾をつまみながら、彼女は早々に名乗りあげる。


「『鎧の魔女』ジャンヌだ」


 ジャンヌも立ち上がり、胸に手を当てて名乗る。


「それでぇ?」とケリドウェンは優しく微笑みながら「何が言いたいのかしらぁ?」と首を傾げた。


「彼女は君達が殺したのだろう? 魔女を守りたいと願うはずなのに、何故自分達からその願いを叶わなくさせる?」


「先に仕掛けてきたのは貴女達なのよぉ? 『防衛の魔女』……あ、これはぁ、勝手に私達が呼ばせてもらってるだけだからぁ、気にしないでねぇ?」


 ケリドウェンはジャンヌを含む十一人を一人一人ゆらゆらと指差しながら言う。


「この中の誰かがぁ……私達の仲間を一人殺してるのよぉ……ここに来る前に……誰かがぁ……」


「ふむ?」


 そこでジャンヌは気が付いた。確かに彼女達が聞かされていた人数より一人少ない。十二人と聞いていたのに、十一人しかいない。ケリドウェンの言うことが本当なら国防衛の魔女の中に犯人がいると言う事になるが。


「誰か心当たりがある者はいるか?」


 ジャンヌは振り返り、防衛側の魔女達を見ながら言う。


 もちろん全員が首を振る。心当たりどころか犯人であるエルヴィラも興味なさそうに首を横に振った、否、否定せざるを得なかったのだ(というか今思い出したのだ)。もし自分が犯人だとバレてしまえばまず最初に標的にされるだろう。見るからに強そうな魔女が集団で襲いかかってきた日には死ぬよりも酷い目にあうだろう。


 アイツらから恨みを買ってはならないとエルヴィラは再認識する。それと同時に、この戦争には絶対勝たなければならないと言うことも再認識した。


「誰も名乗り出ないが……本当に私達の中の誰かがやったと言うのか?」


「黒猫ちゃんがそこらの魔女狩りや魔女に負けるとは思えないものぉ……あるとすればぁ……あの不愉快な男が集めた力の強い貴女達の中の誰かだって考えるのが自然じゃない? ……丁度あの子にはあの男の監視をさせていたしぃ」


 ケリドウェンは首をグラグラと傾げたまま話し続ける。


「確かあの子からの最期の連絡はぁ……あの男が森の中に入って行ったって事だったかしらぁ? この中で……森に住む魔女ってぇ?」


「あのさぁ」


 ケリドウェンの言葉を遮って、別の魔女が苛立ちを隠そうともせず、ため息混じりにそう言った。


「アタシらって確か国の存亡をかけた殺し合いをしに来たんだよね? いつから探偵ごっこになってんのさ? 別にいいじゃん誰が先に殺されてようと…要は全滅した方が負けって事でしょ?」


 壁にもたれかかって爪をいじっている犬耳と犬歯を生やした少女はジャンヌとケリドウェンを交互に睨みながら言う。


「君は?」


 ジャンヌの問いに犬っぽい彼女は「『餓狼の魔女』シェイネ」と短く答える。


「シェイネ、君は本当にそう思っているのかい? おかしいとは思わないか? お互い仲間を殺されている、そしてどちらとも証拠も無いのに相手を疑っている……これは第三者の陰謀という可能性もある」


「ふはっ! そっちのオバさん連中と殺された魔女は仲間だったかもしんないけど……少なくともアタシはそこでダルマになってるねーちゃんとは無関係だよ? 他の連中も含めて、アタシはここにいるほとんどの魔女の事を知らない、初めましての人ばっかりだ」


 シェイネは鼻先をツンと尖らせる。


「『反乱の魔女』には仲間を殺された恨みはある、けど私達にはそれが無い。他人同士だしね、そんなアンバランスな関係性で、憎しみ合わせる事が出来る? ここで第三者の介入を考えるなんて余計混乱させるだけだとアタシは思うけど?」


 シェイネの言葉にジャンヌは「それもそうだ」と納得した様子で頷いた。続けて「ではこの殺害の件を中心に話し合って行こうじゃないか」と彼女は言った。


 呆れ果てた顔をしたままシェイネがジャンヌに何か言おうと口を開こうとしたその前に「話し合いはしない」と『反乱の魔女』側から別の声が聞こえた。


 しかしその声の主が再び発言するより先に、部屋の明かりが突然消えて、強制的にその場に沈黙を生んだ。


 そしてスポットライトのように王座が照らされ、そこにあの異端審問官、ベルナールが立っていた。


「お待たせしました、少々準備に手間取ってしまいました」


 彼は深々と頭を下げる。そして柔和な笑みを浮かべたまま集まった魔女達を一望した。


「『反乱の魔女』『防衛の魔女』それぞれお揃いのようですので、早速此度行われる『最後の魔女狩り』について説明をさせていただきます」


 ベルナールは前に進み出て、魔女一人一人に小さな箱を手渡した。


 それはなんの変哲も無いただのマッチだった。


「全員に行き渡った事と思います。それでは皆様、どうかそのマッチであちらの台に置かれている蝋燭に一人一本火を灯していただけますでしょうか? 右が『反乱の魔女』左が『防衛の魔女』用となっております、お間違えのないよう」


 なんか、随分一方的に指示されるな、と、少しエルヴィラは気を悪くした。しかし意外にも他の魔女はすんなりと言われた通り火を灯して行くので、仕方なく彼女もマッチを擦る。


 暗闇の中、二十二の光がぼんやりとそれぞれの台を映し出していた。


「タネを明かさせていただきますが、今しがた皆様に灯して貰った蝋燭はただの蝋燭ではございません。とある魔女に作らせた特殊な蝋燭にございます」


 特に誰もこれと言った反応は見せない。それはそうだ、部屋に入った瞬間から、微かにこの場にいる誰のものでも無い魔力が微弱だが感じ取れていたからだ。そしてほとんどの魔女がそれが蝋燭から発せられていると気付いていた。


「この蝋燭は火を付けた者の生命と繋がるようになっております。こちらからはどのような手段を持ってしてもこの火を消す事は出来ません。火を消す方法はただ一つ…蝋燭と繋がった者の命が消えた時……つまりは灯した者の死だけでございます」


 だろうな、とエルヴィラは思う。なるほど、大体話が見えてきた。


「『反乱の魔女』と『防衛の魔女』、先に蝋燭を全て消した方が此度の勝者とさせていただきます。交渉により、『反乱の魔女』が勝利した場合はこの国の滅亡を、『防衛の魔女』が勝利した場合は魔女狩りの廃止とそれぞれの望むものを与える事を約束します」


 どうしたって結局は殺し合い。あの火は差し詰め命の灯火と言ったところだろうか?


 まぁでも、シンプルで分かりやすい。


「それでは皆様、何か質問はございますでしょうか?」とベルナールが全員の顔を見ていく。するとジャンヌが手を挙げて「一ついいかな?」と言った。


「私は彼女達とは話し合いで解決したいと思っているのだが……現状それは不可能に近い。だが、もし仮にそれが成功してこの戦いを終わらせる事が出来たとしたらどうなる?」


「その場合は恐らく現状維持……つまりは魔女狩りは廃止されず、我々人間はこれからも魔女を恐れていくことになります」


 まぁその通りだろう。ジャンヌの言う通りになるのは人間とっては好ましいことでは無い。最悪防衛と反乱が手を組んだ、ともなれば国一つの問題じゃ済まなくなる。


 もちろんジャンヌはあくまで「戦いを終わらせる」と言う事を軸に話をする気なのだろうが、そんなものはその日暮らしのその場しのぎでしか無い。


 根本的な解決は魔女狩りが終わる事にあるわけであって、魔女と人間、どちらかが大人しくしてればいいと言う問題ではない。


「異端審問官さん? 私からもいいかしらぁ?」


 反乱側からケリドウェンが手を挙げて言う。


「この戦争……の、ようなものにはぁ……制限時間とかあるのかしらぁ?」


「いえいえ、制限時間などは一切ございません。何日でも何週間でも何ヶ月でも何年でも何十年でも何百何千年でも……この炎が全て消えるまで戦ってもらいます」


 微笑むベルナールにケリドウェンは礼を言って頭を下げた。


 何百年とか、不老不死である魔女なら可能だろうが、人間には到底無理な話だろう。一体どうやってこの不毛な争いの行く末を見届けて行くつもりなのだろうか?


「あ、あのう……」


 再度防衛側から質問の声が上がる。


 おどおどとした態度に自信なさげな表情を浮かべている小柄な少女。しかしその背には巨大な牢を背負っていた。


「わ、私も……一つだけ……いいですか? ほんとすぐに終わるので……!」


「もちろん構いませんよ? 構いませんが、先に自己紹介だけはお願いします」


 ベルナールに指摘されて彼女は慌ててスカートの裾をつまみ「『幽閉の魔女』ジョーン」と名乗りあげる。


 はて、『幽閉の魔女』。どこかで聞いた事があるような気がする、と、エルヴィラは記憶を探るが特に思い当たる事は無い。気のせいか?


「あのぉ……わ、私……魔法の都合で結構動くんです……だから……そのぉ、距離の制限はあるんでしょうか……? バトルフィールドは一体どこからどこまでなんですか?」


「はい、フィールドにつきましても時間同様限りはございません。国外でも空中でも海中でも地中でも、全てが行動範囲内でございます」


 流石に地中に行くような魔女はいねぇよ、とエルヴィラは思いながら、今までの質問から得た今回の戦争の流れを整理して行く。


・命と繋がった炎が灯っている蝋燭を全て消した方が勝ち。


・炎を消す方法は灯した者が絶命する事。


・時間、行動範囲の制限はナシ。


 まとめてみると意外と少ないが、しかしまぁ、これだけで充分だろう。複雑にする意味が無い。


「皆さん、質問はよろしいですか? それではこれより……『防衛の魔女』対『反乱の魔女』による『最後の魔女狩り』を開始させていただきたいと思います! 皆様のご健闘を心よりお祈りさせていただきます」


 まるでスポーツでも始めるかのように、ベルナールはそう言ってパチパチと手を鳴らす。その瞬間、部屋の中央にあった王とその家族の生首が青く発火した。


 戦争開始の合図だった。


 そして直後、部屋を埋め尽くすほどの巨大な火の玉が『防衛の魔女』一同に襲いかかっていた。

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