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魔女伝  作者: 倉トリック
紅の月編
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視線の先の悪意

 少々、いや、かなり話が四散してややこしくなって来たので、ここで少し現状を簡単にだが整理して行こうと思う。


 そもそもだが、騎士団や異端狩りの戦いの火種となっているのは、『才能の魔女』ケリドウェンから散らばった数千とある魔法、その中でも最も強力な魔法である『七つの魔法』である。


 この七つは、通常の魔法とは違い、宿主が女性に限定されておらず、男性だろうと動物だろうと、武器や家だろうと憑依する事が可能なのだ。


 魔女で無くても使える強力な魔法、それを手にすれば戦力面において、この世界でかなり優位な立場を獲得できる。


 分かりやすく言えば、世界征服も夢ではないのだ。


 …最も、魔法を狙う者の中に、世界征服を目論む者は一人もいないのが現状である。誰も世界になどという巨大過ぎるものに興味は無いのだ。


 変えたいとすれば、ごく身近で些細な事だろう。


 話が逸れたが、要するに、魔法を使って己の欲を満たさんとする者達よりも先に、全ての魔法を回収し、戦力としてから除外する、それが今現在の騎士団の目的である。


 騎士団対魔法を狙う全ての組織による、魔法の争奪戦。


 そして現在、騎士団は七つの魔法の内、二つを回収する事に成功している。


 一つ目は、村の村長に魔獣化という恐ろしい能力を与えた魔法。彼の魔女に対する怒りや恐れに反応したこの魔法は、さしずめ『憤怒の魔力』とでも言うべきか。


 二つ目は、『不可視の魔女』ドールが住んでいた館、『無冠城』を魔具へと変化させた魔法。住む者に一切の苦労を与えず、自分の中で怠惰を謳歌させ、逃さないようにしてからその命を貪る事で存在を維持し続けるこの魔法は、『怠惰の魔法』と名付けられた。


 回収した魔法は団長のジャンヌだけが知る場所に厳重に保管してある。ので、この二つに対しては特にこれ以上追求するべき事は無い。


 さて問題は、残る五つの魔法である。


 宿主の感情や状態によって、その性質と効果を変える七つの魔法には、ハッキリとした取るべき対策というものが存在しない。全て、行き当たりばったり、その状態に応じて臨機応変に対応していくしか無いのだ。


 これは騎士団だけで無く、異端狩りやマギアにとっても同条件である。


 一つは桃月郷だと特定しているので、残り四つ、その内のどれかの在り処が分かれば良いというわけではないのだ。対処できなければ、回収どころの話ではない。


 その点だけは、騎士団に優位性がある。


 魔力を吸収し、封じることの出来る魔剣の特異魔法。それを使える『縄張りの魔女』エルヴィラの存在は、騎士団にとっての大きなアドバンテージだ。その他にも、『怠惰の魔法』所持者だったドールも仲間にいる。


 魔女が二人も味方にいるのだ。


 対して異端狩りには、魔法のエキスパート的存在は一人もいない。魔具という強力な武器はあれど、最終的には全員が人間の戦士達だ(というか、魔女狩り推進の過激派集団に味方する魔女はいないし、そもそも彼らが仲間になどしないだろう)。


 しかし、その分彼らには強い目的意識と圧倒的な『容赦の無さ』という強みがある。


 騎士団とは違い、既に罪人集団である彼らには、人道や道徳と言ったおおよそモラルと呼ばれるものは一切存在しない。討伐対象である魔女が相手なら、決して容赦する事なく殺す。それを阻む者もまた殺す。迷い無く、慈悲なく、情け容赦無く殺す。殺せる。


 それは人としての欠点という点に目を瞑れば、かなり厄介な強さである。


 騎士に、罪人をその場で裁く権利はない。相手が人である以上、その場で斬り捨てる事は許されず、必ず一度は捕らえて、国がその処遇を決めるまではその命を脅かすような行為は決して許されないのだ。


 その決まりがある以上、どれだけ相手が危険だったとしても、全力では戦えない。どうしても、あと一歩、トドメの一振りが振れなくなる。


 殺せるか殺さないか、この違いは大きく勝敗を左右する。だからこそ、許されざる罪人とはいえ、異端狩りは強い。


 未だ七つの魔法を一つも手に入れる事は出来ていないが、それを抜きにしても、騎士団にとって、異端狩りが驚異な事に変わりは無い。


 そして、その対立組織である魔女信仰宗教団体マギアにも同じ事が言える…はずだった。


 元々(どちらかといえば)国の秩序をギリギリ守ってひっそりと活動してきた組織であるため、戦力のようなものは持ち合わせていなかった。時折マギアが関係していると思われる暴行事件などはあったものの、異端狩りほどの脅威は無かったはずなのだ。


 しかし、この時点ではジャンヌも異端狩り幹部達も知る由も無いのだが、マギアの教祖、アレックス・マーガレットは七つの魔法の一つを手に入れ、あろう事かその魔力で魔女化までしている。


 その方法までは不明だが、彼女は自らが信仰の対象としていた魔女になれたのだ。


 恐らく、今現在抱えている問題の中で、断トツで厄介なのが彼女の存在なのだが、残念ながら、未だその事実に誰も気付いていない。


 さて、随分長々としてしまったが、結局まとめると現状はこうである。


 騎士団、回収完了魔法二つ。現在三つ目の回収は向かっている。


 異端狩り、回収完了魔法無し。ただし、場所の特定はしている。


 マギア、回収完了魔法一つ。


 行方不明魔法、三つ。


 これに加え、墓荒らしという別問題もあるのだから笑えない。


 勿論国を守る組織である以上、これら全てを解決しなければならないのだが、まだ先の話になりそうである。


 とにかく今は、三つ目の魔法回収に乗り出す事で精一杯だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お前さ、私のを…吸った時にさ、やたら興奮してたけど…アレなんで?」


 目的地へと向かう馬車、その中には、ジャンヌ、エルヴィラ、クロヴィス、ウルの四人が座っている。その途中、まだダルそうにジャンヌにもたれかかっているエルヴィラが、首筋をさすりながらクロヴィスに言ったのだ。


 その途端、室内が一気に凍りついた。


「お前馬鹿じゃ無いのか? 変な言い方をするな、滅茶苦茶誤解されるだろうが」


 勿論反論するクロヴィスだったが、騎士二人から冷たい視線が送られている事に気付く。


「クロヴィス、この件が片付いたら別の件で貴方を拘束させてもらうから」


「女児に手を出すなんて、吸血鬼の風上にも置けないクズですね、今ここで首を刎ねましょうか」


「待て待ておかしいだろ、もう誤解は解けたんじゃ無いのか? というかその魔女、確か七百歳ぐらいなんだろ? 女児扱いはおかしいだろ」


「デリカシー無いなお前、魔女は成長しねぇんだよ、長く生きてるだけで、体は十歳のままなんだから、せめて七百歳児って言えや」


「お前のデリカシーの線引きがよく分からん!」


 三人からの一斉攻撃、もとい口撃に翻弄されながら、クロヴィスは今自分の身に起きている怪現象について再度詳しく説明していく。


「魔女、お前は確か、他人の魔力を奪う魔法が使えるんだったよな」


「ああ…まぁ使うのは忘れ形見であって、私は作るだけなんだけどな…」


「どうやら、俺も似たような事が出来るみたいだ」


 そう言ったクロヴィスに、先程とは違う色の視線が集まる。期待や、興味のような、少なくとも敵意とは違う眼差し。


「お前から血を吸った後、俺の中に別の力が溢れて来たんだよ。まぁ、吸った血の量が少しだったから、かなり微弱だったんだけどな、多分もうちょっと吸えば、お前らの言う特異魔法とか言う魔法が使えたんじゃないか?」


「おお、あっぶねぇ、私の魔法パクられるとこだった…しかし、これは結構良いニュースなんじゃねぇか? やったな忘れ形見、回収要員が増えるぞ」


 こいつもちょっとは役に立つかもな、と言いながらエルヴィラはパタリと体を倒し、ジャンヌのももに頭を乗せる。


「わ、どうしたのエルヴィラ」


「酔った…気分悪い、お前このまましばらく私の膝枕になってろ」


「もお、しょうがないなぁ」


 そう言いながら、まるで膝に乗った猫を撫でるように、ジャンヌはエルヴィラの頭を撫で始める。その顔はとても癒されていた。


「誰も撫でろとは言ってねぇんだよ…つーかやるなら背中さすってくれよ…」


「膝の上で吐かないでね?」


 膝の上のエルヴィラをさすりながら、ジャンヌはクロヴィスに視線を戻す。


「回収要員になってもらえたら確かに嬉しいけど…でもまだ出来ないかな」


「そうか? 俺だって割と戦える方だと思うぞ」


「うーん、問題はそこだけじゃないんだよね…えっと、まず大前提なんだけど、貴方はその体を元に戻したいんだよね?」


 人間に戻れるなら戻りたい、そう言ったのは他でもないクロヴィスだ。彼の能力に利用価値があるからと、その願いをこちらの都合で諦めさせるわけにはいかない。


「戻れるなら、な? この場合、俺の体はもう人間には戻れない、という場合を前提に考えた方が良いんじゃないか?」


「んー、まぁそうだね…じゃあそれは別問題として、じゃあ次に、その能力はエルヴィラの血を吸って初めて気付いたんだよね? 吸血能力について、私達どころか、貴方自身も把握しきれて無いんじゃないの?」


「…確かに」


「どんな事にも必ずデメリットがあるよ、リスクが未知数な内は、貴方の能力を完全に頼る事なんて出来ないな」


 それに、これは本人には言わないが、戦えると言った彼の戦闘能力に関しても、ジャンヌは疑問を感じている。


 血を吸って、完全に体力を回復し、なおかつ身体能力が上がった状態で、彼はジャンヌに負けている。


 いや、確かにあの時はエルヴィラを抱えていたし、ほとんど不意打ちをしたようなものだから、自信満々に自分の方が強いとは、ジャンヌには言えないのだが。


 それにしても、ジャンヌから見て、クロヴィスの動きはかなり読みやすかったのだ。


 戦いに関しては恐らくド素人、力はあっても戦い方を知らないのでは無力と同じだ。


 貴重な戦力になってくれる可能性があるのなら、もう少し力をモノにしてからの方が絶対に良い。


 何にせよ、今はあくまでクロヴィスには案内役として来てもらう。戦力としては数えない、これは自分自身の身の安全の為でもある。


「とにかく、今は私達に任せて」


 ジャンヌがそう言った途端、馬車が急に動きを止めた。


 車体が大きく揺れ、全員がぐらりとバランスを崩す。


「うおお…吐く、吐いちゃう…」


「やめてエルヴィラ! 我慢して!」


「何があったんだ…?」


 すると、馬を引いていた団員が慌てて駆け寄り、青い顔をしながらジャンヌに言う。


「だ、団長! 大変です!」


「どうしたの? 急に止まるからこっちもかなり大変なんだけど…主にエルヴィラが」


「す、すいません…ですが、その、急に人が飛び出して来まして」


「え…なにそれ…まさか」


 ジャンヌの頭に嫌な文字が浮かんでくる。こんなところで、まさか騎士団の馬車が人身事故を起こしてしまったというのか。


 しかし、結果はまるで違うものだった。


 同時に、団員の顔色が悪い意味も理解出来た。


「いえその…飛び出して来た人というが…」


 ジャンヌは不審に思い、エルヴィラを膝から降ろしてから、車外に出る。


 馬車を通せんぼするように立っていたのは、豪華絢爛な衣装に身を包んだ男だった。


 その姿を見て、いや、正確にはその衣装の両肩についた模様を見て、ジャンヌは咄嗟に剣を握った。


「挨拶も無しか…ふん、所詮は魔女の弟子…礼儀など知らんか」


「どうも…はじめまして? わざわざ私に何の用かな…異端狩りの人が」


 苦笑いを浮かべながら、それでも剣を構えるのをやめないジャンヌを不愉快そうに見ながら、男は堂々と名乗りあげる。


「我は『絶滅の異端狩り』マシューという、礼儀知らずな魔女の弟子よ、お互い名乗り合うのが世の常識というものだ、手本にして覚えるといい」


 心底見下したように言って、マシューはジャンヌの剣を指差す。


「もう一つ教えてやろう、初対面の相手に対し武器を構えるなど無礼の極みだぞ、騎士団の団長ともあろう女が、そんな事も弁えられずにどうする…剣から手を離せ、我は貴様と争うつもりはない」


「貴方に私と争うつもりが無くても、私は貴方を捕らえる理由があるんだよ、貴方こそ、自分達の立場とか理解して無いの?」


 その場が一気に戦場になったかのような、張り詰めた緊張が走る。


「前にもあったな…この展開…最近こんなんばっかりだな…」


 馬車の中でぐったりしているエルヴィラが呟く。


 騎士団一行は、予想外の形で足止めを食らう事になった。


 マシューの視線は、とても禍々しい悪意に満ちていた。

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