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魔女伝  作者: 倉トリック
紅の月編
67/136

異常者の襲撃

 エルヴィラとクロヴィスが攻防を繰り広げていたその頃、現在騎士団にとって、いや、ジャンヌとエルヴィラにとって最大の敵である魔女狩り集団、通称『異端狩り』の幹部達が密かに集まっていた。


 場所は不明だが、どこかの山小屋のようである。


 ぐるりと円になって並びながら、合計五人の男女が顔を見合わせていた。しかし、どの顔も、楽しそうには見えない、むしろ神妙な面持ちを浮かべており、まるでお通夜のようだった。


「エイメリコ…アイツは…まだ生きているのだろう?」


 円を時計に例えるならば、零時の方向にいる男が、話を切り出す。男の持つ不思議な雰囲気は、見ようによっては若くにも、老けても見える。


 男の名はマシュー。彼は『絶滅の異端狩り』と呼ばれ恐れられている。個性豊かというか、クセの強い異端狩りの幹部達をまとめ上げる、実質的なリーダー的ポジションの男である。


 それを象徴するかのように、マシューが身に纏っている衣装は豪華絢爛だった。


「生きてはいるだろうけれど、あの子はもう戦えないさね。なんせ魔具を壊されちまってる、それに、あの子が幽閉されているのは騎士団の地下深くの牢…脱獄させるのは、特異魔法を持つ魔女を討伐するよりも骨が折れそうさね」


 マシューから見て左隣、三時の方角にいる若い女が、腕を組みながら答える。


 三白眼が特徴的な彼女、『千針せんしんの異端狩り』こと、アンリである。


 金色の髪をくるくると弄りながら、アンリは大きくため息を吐く。


「パーキンズは確実に死んでいるさね、マシュー、前にも言ったけど、私はチームが半数以下になればこの計画から降りさせてもらうからね」


 強い口調で言うアンリだが、組んだ腕は小刻みに震えている。


 エイメリコもパーキンズも腕利きの戦士だった。たかだか魔女一人、剣が強いだけの騎士なんかに負けることなどあり得なかったのだ。


 だが負けた、一人は捕まり、一人は斬首されて殺された。


 二つとも、七つの魔法に関わった瞬間の出来事だった。


(関わるべきでは無かった、今まで通り、魔女を利用して作らせた魔具で活動を続けて行くべきだったと思うさね)


「言っていたな、そんな事を。しかしアンリ、我ら異端狩りの立場というのは思っている以上に崖っぷちなんだぞ。実に歯痒いが、人の目無くして組織は存在できない、我々は今、そう今まさに、自分達の存在を、そしてその有益さを、人々にアピールしていかなければならない」


 その為には圧倒的な力が必要だ。マシューはアンリだけでなく、他の三人に向けても言う。


 その声に、ビクリと反応する姿があった。鼓舞されたわけではない、語るマシューの勢いに、酷く怯えているのだ。


「あ…あの」


 控えめな声がマシューに向けられる。しかし、小さ過ぎてその声は届かない。


「あ…あの…あの…えとあの…ああ…うう…マ、マママ…マシュー様…」


 緊張で冷や汗を垂らしながらも、懸命に名前を呼んだ事で、ようやくマシューは彼女が何か訴えようとしている事に気付いた。


「ん、ああ…すまない、気付かなかった。お前はボソボソ喋る上に声が小さいからな…で、なんだ、何か言いたいのかリオ」


 マシューと向かい合う形になる六時の方向に、黒いクローシュを目深にかぶった幼い少女がいる。彼女は、自分から話しかけたくせに、名前を呼ばれただけでビクリと小さな体を震わせた。


 リオ、それが彼女の名前である。なんと九歳にして『錯乱の異端狩り』と呼ばれ、異端狩りの幹部を務めている天才だ。


 しかし、彼女にその自覚は無く、そして自信もない内気な性格ゆえに、幹部どころか部下からも軽く見られている節がある。


 そんなリオを、アンリは心配そうに見つめた。


 こんなにも幼くして、戦場に出なければならないほどの理由があったのだろうか、と、いつも思う。


 実は、リオの過去や正体を細部まで詳しく知っている者は一人もいない。そこがまた、軽く見られている理由の一つなのだが、しかし、アンリは逆にそこが不気味だと、いつもリオを警戒している。


「おっ、リオが自分から喋り出したって事は…少なからず何か事が動いたって事だよな」


「アジトをあちこち破壊して回った馬鹿の居場所でも分かったのかよぉ⁉︎ ちっくしょお…ムカつくぜぇ! いくらフェイクと言ってもよぉ、なんかナメられてるみたいだよなぁ!」


 八時と九時の方向に、並んで立っている二人組の男。『四散の異端狩り』ボダンと、『収縮の異端狩り』マルティンが、期待に目を輝かせながら、リオに言う。


 急に二人から話しかけられたリオは、あうあうとテンパり、つっかえながら要件を話す。


「あの、え、えと、その…き、アジトを破壊した犯人なんですが…今は…その…しょ、正体はまでは…わ、分かりません…ですが…えと…ど、同時期に…き、騎士団が…それについて、さ、ささ、探りを、入れ始めました…」


「相変わらず仕事が早いな、流石騎士団だ。つまり、我々が動くのを狙っていると言うことか」


「は、はいぃ…お、恐らくは…」


「まさか犯人は騎士団かよぉ⁉︎ アイツらまさか…俺たちに揺さぶりをかける為にこんな真似しやがったてのかぁ⁉︎ ケッ! 所詮は魔女が頭やってた組織だなぁ! やる事がきたねぇぜ!」


 一人で勝手に興奮するマルティンを、ボダンが静かに片手で制す。


「落ち着けよマルティン、勝手に突っ走るのは君の短所だぜ? リオはまだ何か言おうとしてる、最後まで聞いてみようぜ」


「う、うう…あ、あのぉ…そのぉ…き、騎士団が犯人…とは、か、限りませんが…す、少なくとも…随分と前から…か、監視はされていた、ようです…はいぃ…な、なので、こ、ここ、今回の件に…き、騎士団が全く無関係とは…お、思えません…」


 おどおどして聞き取りにくいが、しかし、彼女の思想はしっかりとしている。とても子供だとは思えない、態度こそ弱気だが、立場は完全に他の幹部達と対等だった。その場にいる全員、キレやすい単細胞のマルティンまでもが、リオの話を大人しく聞いているのが何よりの証拠である。


「なるほどな、つまり遅かれ早かれ、我々の偽アジトはなんらかの方法で潰されていたと言うわけか…私の考えが浅かったな」


「いや、少なくとも私達の居場所を特定するまでには至ってない…そういう意味じゃ、破壊されたアジトは、本来の役割を果たしているさね。それに、逆に言えば、私達が敵さんの動向を見れるきっかけにもなった、やられっぱなしじゃない事は確かさね」


 アンリが言うと、マシューは「なるほど」と納得したように頷いて、少し笑った。


「リオ、他にはないのかい?」


「は、はいぃ…えと、つ、つつ、次の…な、七つの魔法の…居場所につ、ついて、な、なのですがぁ」


「アンタ…本当にどこからそんな情報仕入れてくるんだい」


 今までの魔法の在り処を調べ上げたのも、全てリオである。彼女はどこからともなく情報を仕入れて来ては、自分達に伝える。そして、その情報に誤りがあった事は一度も無い。


「リオの情報源を探るのは、今はやめておこう。我々の害になるなら厄介だが、味方であるのならこれほど頼もしい者はいないだろう?」


 マシューが言うと、おどおどしたまま、リオはほんの少しだけ笑顔を見せた。すぐに泣きそうな顔に戻ってしまったが、彼女が表情を変えるのは珍しい。


「み、味方…な、なな、仲間…や、役に立てました…う、う、うう…えと…その、ま、魔法の、あ、在り処なのですが…と、桃」


 リオが全て言い切る前に、アンリは動き出していた。


 魔具による攻撃で、素早く天井を破壊する。


「ひっ! ひぃいいいいっ⁉︎」


 突然の事にリオは悲鳴を上げ、勢い良く壁際まで後ずさる。


 他の幹部達は、皆一斉に魔具を取り出して、破壊された天井に注意する。


「妙な感覚さね、手応えはあったっていうのに、始末したという確証が持てない…」


「どこまで聞かれていた? いや、別に今までの会話で聞かれて困るような事は無かったか…よく気付いたな、アンリ」


「どうって事無いさね、私も気付けたのはほとんど偶然なんだからね、さっさと出てきな! 逃げ場なんてないよ!」


 天井に隠れていたであろう人物からの応答はない。しかし、アンリの言う通り、妙な気配だけはする。


 妙な気配、と表現するのは、人間がいるのとは違う、だからといって、小動物の動きも感じられないからだ。しかし、確実に何かはそこにいる、強いて言うなら、アメーバみたいにはっきりとした形を持たないモノが這いずっているかのような、気持ちの悪い感覚。


 それがゆっくりと、動いている。


「しゃらくせぇなぁ! 俺がミジンコみたいにしてやるよぉ!」


 マルティンが威勢良く、己の魔具に力を込める。


 彼の魔具は、小さな筒である。両手の指に挟むように装備している、計六本の小さな筒。


「待ちな! ボダン! その壁をぶち破って、リオを連れて逃げな!」


 疑問を持って理由を尋ねる、なんて無駄な行動は一切せず、ボダンは言われた通りリオを抱えて壁を突き破り、外に転がるように飛び出した。


「恐らくコイツの狙いは、情報を持ってるリオさね、私がコイツを引き止めておくから、アンタ達はリオを連れて遠くに逃げな!」


「お前一人で大丈夫か、相手の正体も掴めていないだろう」


 マシューが言うと、アンリは「その通りさね」と、呆れたように言う。


「私だって命は惜しいさね、だからアンタ達がちゃんと逃げ切れたと思ったら、すぐに私も後を追うさね、訳の分からない敵相手に、いきなり命を賭けて戦うなんて愚かな真似、私はしない」


「だろうな、むしろこのやり取りをして、俺たちが一箇所に固まっているせいで全滅、なんて言う結果になる方がもっと愚かだな、よし、任せたぞアンリ」


 そう言って、リオを連れたメンバーは山小屋から一瞬にして姿を消した。


 残ったのは、アンリと謎の気配だけ。


「どうやら瞬間移動的な能力は使えないらしいね、そろそろ姿を現したらどうなんだい、どうせ隠れていたってさぁ、私の『千針刻せんしんこく』には意味がないんだからさ!」


 そう言ってアンリは、天井に突き出すように拳を伸ばす。そこには、小さな針の束が握られていた。


 これが彼女の魔具、そしてその二つ名の由来となっている武器、『千針刻』である。


「…なんと、健気なのでしょうぅぅ…貴女方のような卑劣で矮小で最底辺の人種にもぉぉ…仲間を盟友を友人をぉぉ…思いやり助けるなどという発想があったのですねぇぇ」


 そう言って、ようやく姿を現したのは、異様な出で立ちをした女だった。ダラリと不気味に伸びる長い髪、包帯でぐるぐる巻きにされた両目、身体中に描かれた術式のような文字の羅列。


 アンリは、この女をよく知っていた。


「アレックス・マーガレット…マギアのイカレ大将が、一体なんの目的で、そしてどうやってここまで来たのか、色々調べないといけない事が山積みさね…すぐには殺さない…というか、殺されるつもりもないんだろう? 魔具を持っているな、出すといいさね」


「よくご存知ですねぇぇ…本当にぃぃ…不愉快至極きわまりないですねぇぇ…貴女…貴女貴女貴女のような劣等種ごときにぃぃ、気安く呼んでもらいたい名前ではないのですがねぇぇ」


 歯をガチガチと鳴らし、マーガレットは不愉快を露わにする。マギアと異端狩りは敵対組織、その幹部と教祖が対峙しているというこの状況。


 誰がどう見ても、殺し合いは避けられないだろう。


 だが実際は、一方的な殺意を向けているのはマーガレットだけであり、アンリの方に殺害の意思はない。


 彼女が最初に言ったように、マーガレットには聞きたい事が山のようにある。だからこそ、すぐには殺さない、ジワジワと嬲って、痛めつけ、絞れるだけ情報を絞り出さないといけない。


 この時点で既に、アンリから戦線離脱の可能性は消えていた。何故なら、絶対的な自信があるからだ。


(既に針の射程圏内、コイツに最初から逃げ場なんてなかったけど、迂闊に出てきてくれたおかげで、更に狙いやすくなったさね)


 マーガレットはしばらくアンリを睨みつけていたが、やがて体をゆらゆらと揺らし、ニタニタと笑い出した。


「まぁまぁまぁ、良いですよぉぉ…下賎な私は今…とてもかなり非常にぃぃ…気分が良いんですぅぅ」


「はぁん、それは絶体絶命すぎて、脳が麻痺してるんじゃないのかい? ねぇアンタ、一応親切心で警告だけしてあげるんだけど、私の質問に素直に答えて帰るなら、今は見逃してやっても良いさね」


 アンリの提案を、マーガレットは快く受け入れる…はずもなく、口が裂けるのではないかと思うほど口角を釣り上げ大爆笑した。


「ククククヒヒヒヒヒャヒャヒャアアアッ! ああああああ貴女方のそういうところが私は大嫌いなんですよぉぉ…下等のくせに劣等のくせに惰弱くせに脆弱くせにぃぃ…何故そんなにも自分中心で上から目線で支配者ぶっていられるのですかぁぁ? おこがましいと思った事はぁぁ? まぁ…極論ぶちまけて魔女という神聖で高貴で高潔な存在を否定するしか能の無い貴女方にぃぃ…理解を求めるだけ無駄なのでしょうけれどねぇぇ」


「あっそ、じゃあ死にな」


 アンリは心底つまらなさそうに、一掴みの針束をマーガレットに投げつけた。


 特に早いわけでは無い、すんなりと軌道が読める程度の、普通の速度。


 マーガレットでさえ、体を晒すだけで避けられた。


「なんですぅぅ? 今のぉぉ」


 こちらも、と、マーガレットが両手を広げて掲げた、その瞬間だった。


「あぁぁれぇぇ?」


 背後から、避けて散ったはずの針が、両手に突き刺さっていたのである。


「はい刺さった、これでアンタはもう逃げられないさね」


 立て続けに、アンリは針を投げつける。


 すると、今度は先程より素早い動きで、針がマーガレットへと向かっていく。まるで吸い寄せられているように、マーガレットの全身に刺さっていく。


「ぬぅぅ…邪魔ですねぇぇ…しかし、しかししかしぃぃ…激痛と言うほどではありませんねぇぇ…我慢できますしぃぃ…大したダメージではありませんねぇぇ…この程度なのですかぁぁ?」


「さてね、この針がどの程度の攻撃なのか、あとは自分で体験すると良いさね」


 意味深に言って、不敵な笑みを浮かべるアンリ。不審に思ったその直後、マーガレットの全身を鋭い痛みが襲った。


 慌てて確認すると、刺さった針一本一本が、徐々に体内へと入り込んでいくのが分かった。


「これはぁぁ」


「そうさね、私の魔具『千針刻』は動くものに反応して、刺さるまで追尾するという効果があるんだよ。そして体に刺さった針は、更に動くものに向かっていく、収縮する筋肉、呼吸するたびに動く肺、そして心臓にまで到達し、千本の針全てが心臓を貫くのさね」


 針は針を引き寄せる効果も付け加えてある、嬲り殺しにするには最適な魔具だった。


「ぐぅぅ…腕がぁぁ…足がぁぁ…」


 その場で膝をつき、うずくまるマーガレットに、針を構えたアンリが近寄る。


「アンタが死ぬにはまだ時間があるさね、その前に二、三質問に答えてから死にな」


「言う事聞くと思いますぅぅ?」


「別にどっちでも良い、ただ嘘をついたら…そうさね、この針を千本飲ます」


 アンリはマーガレットの口元に針を押し付けて、質問をする。


「私達のフェイクアジト、アレを全滅させた犯人を知っているか?」


「知ってるも何も、下賎な私ですよぉぉ」


 なんとなく予想はしていたが、やはりコイツだったか、そう思ったアンリは少しがっかりする。


 どんな方法を使ったか知らないが、こんな無能に全滅させられるなど、情けない。


「まぁこれで、アンタを始末する明確な理由が出来たさね…さて二つ目だけど…どうやって殺したのか…何か特別な手段があると、私は睨んでいるさね」


 アンリの問いに、マーガレットは急に口を閉じて、死体のように黙り出した。


 まさか、痛みで死んでしまったのだろうか。


「お前、このタイミングで死んだふりするとか頭大丈夫かい。針は今なお順調に心臓に向かっているさね、心臓が止まっていれば、針は動かなくなる。アンタが生きてる事はお見通しさね」


「貴女は愛を感じますかぁぁ?」


「は?」


 マーガレットは、急に口を開いたと思えば、訳の分からない事を話し始めた。


「両親から、友人から、恋人から…貴女は愛を感じますかぁぁ? 私はねぇぇ、感じたんですよぉぉ…魔女の深い愛を…愛を感じた事が無いのだとすればぁぁ…それは貴女に問題がある…愛を求めるだけではダメなのですぅぅ…愛というのは、いわば等価交換…相手と自分の愛を交換する事が、愛し合うという事なのですよぉぉ…」


「さっきからアンタ何言ってんのさね」


 ニタニタと笑いながら、マーガレットは更に話を続ける。


「信じあい、許し合い、認め合う事…それが愛を生み、愛を授ける事が出来る最も単純な近道ですぅぅ…私は魔女への愛を欠かしませんでした…毎日、毎日、毎日毎日毎日毎日毎日ぃぃ! そしてようやく…私の愛は届いたのですぅぅ」


 アンリがその言葉を理解するよりも先に、マーガレットは動いていた。


 突き付けられた針、そこに、なんと自ら舌を突き刺さしたのである。


「なぁっ⁉︎」


 突然の出来事に、防御出来なかったアンリは、直後、恐ろしい結末を迎える事になる。


 舌から吹き出す血、その飛沫を浴びるのは、他でも無い、マーガレット自身だった。


「気分が良いぃぃ…気分が良いんですぅぅ…今の下賎な私はぁぁ…誰でも愛する事が出来るぅぅ…そう、貴女でさえ、愛に溺れさせる事が出来るぅぅ!」


 血を浴びたマーガレット、その身体が、だんだんと透き通って行く。


「なんだってんだい…これは…」


 気付いた頃には、マーガレットの体は既に、人の形を保った液体と化していた。体内深くは潜っていたはずの針が、その身体の中をプカプカと浮いている。


「何って、こんな存在をよくご存じでしょうニィィ」


 マーガレットは素早く動いて、その液状の腕をアンリの口に押し込みながら、嬉しそうに、心底嬉しそうに、まるでずっと欲しかった玩具をプレゼントしてもらった子供のように、無邪気な笑顔を見せながら、堂々と名乗った。


「『不定形の魔女』マーガレット」


「特異魔法っ!」


 叫びたかったが、アンリはもう声を出す事は出来なくなっていた。


 口から、鼻から、耳から、液体が入り込んできて、器官を塞ぎ、呼吸が出来ないでいたからだ。


 他でも無い、液体化したマーガレットが、アンリの体内へと侵入を始めたのである。


「陸地で溺れるとは…貴重な経験ですねぇぇ…いやはや、実に羨ましいぃぃ」


 まるで大海に飲まれたような気分だった。いくらもがいても意味がない。だってここは陸地なのだから、ただ虚しく宙を掻くだけだった。


 喉を塞ぐ水を取り出そうと、自ら針を喉に突き刺したが、意味が無い。人一人分の水分が、喉に詰まっているのだから。


 ついにアンリは倒れこむ。バタバタと暴れ、水を吐き出そうとするが、意思のある水は、彼女の身体を内側から犯して行く。


 そして、アンリの体から力が抜けて行く。


 視界が霞み、思考がまとまらなくなる。そして、失いつつある聴力で、最期に聞いたのは。


「私の愛に溺れさせてあげる」


 不愉快な女の声だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 後日、異端狩りのアンリは、山小屋で溺死しているという、変死体で見つかった。


 奇妙な事に、その死体は手を胸の前に組んだ状態で、丁寧に寝かされていたと言う。


 しかし、その死に顔はとても安らかなものではなく、苦痛と恐怖に歪められていた。


 彼女の腹部は、まるで何かが内側から突き破って出てきたような、大きな風穴も空いていたという。


 七つの魔法の存在を、組織の誰よりも警戒し、仲間が半数以下になれば降りるとまで宣言していた彼女自身が、その半数に含まれる事になった。

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