怪事件
犯行の推定時間は昨晩から今朝にかけて、の、はずなのだが、その時間帯に墓地に訪れた者は誰もおらず、墓地に向かう者、墓地から出てきた者を見たと言う目撃情報すら掴めないまま、ジャンヌ一行は一度帰還した。
「そもそも動機が分かんねえもんな」
ジャンヌの鎧に魔力を補充しているエルヴィラが、視線を変えずにそう言った。
「それは、エルヴィラの言った通り、愉快犯なんじゃないの?」
「だったら対処はしやすいんだけどな、見つけ出して、ボコれば良い…でも、そうじゃなかった場合はどうだ」
鎧に仕込んだ術式を組み直してから、エルヴィラはやっとこちらを向いて話す。その表情は、いつものめんどくさそうな顔ではなく、真剣なものだった。
「何か明確な目的があって、私達『防衛の魔女』の墓を荒らしまくったんだとしたら…かなり不気味じゃないか? 魔力すら残ってない…なんなら死体すら無い墓だってあるんだ、『餓狼の魔女』とか『皮剥の魔女』とかは、死体が回収出来てないからな」
「ちょっと気分の悪くなる話だけど、死体にも特に被害は無かったんだよね…」
「全員もれなく骨だもんな、どうもしようがねぇだろ」
それでも、あの墓荒らしに目的があったのだとすれば、犯人は何を企んでいるのだろう。
もしかして、欲しかったのは金品でも死体でも魔力でも無かったのかもしれない。
それがなんなのかは、皆目見当もつかないが。
「確かに不気味…嫌な感じがするね…七つの魔法絡みじゃなくても、ちゃんと解決しないと」
「異端狩りとか…マギアの連中の仕業って可能性もあるからな、めんどくせぇけど、無視もできない」
不機嫌そうに、舌打ち混じりに言ったエルヴィラは、鎧を抱えてジャンヌに渡す。
「メンテ終わったぞ」
「ありがとー、もうこの鎧無いと不安で不安で…私魔法無しじゃ生きていけないかもしれない」
「騎士としてどうよそれ…そういえばさ」
エルヴィラはふと気になった事を、ジャンヌに尋ねる。
「お前回収した魔法…オーバードーズってどうしてんの? 封印するとかなんとか言ってたけどよ、金庫とかに入れてんのか?」
「え、いや、金庫には無いよ…というか、ごめんね、場所は言えないんだ…そういう約束でね」
「ほお、私にもか? オーバードーズを作ってんのは私の特異魔法なんだが、本体の私にも言えないのか?」
「国家級の秘密事項、私か王様しか知らない事だからね…ん、でもエルヴィラの特異魔法なんだし、自分の魔力を辿ればすぐ見つけられるんじゃないの?」
言われて、エルヴィラは首を横に振る。
「あのな、何回も言わせんな、私はそういう細かい、器用な魔法は苦手なんだよ…ペリーヌじゃあるまいし」
「自分の魔力辿るぐらい普通でしょ…、細かい魔力調節もいらないし、器用さだっていらないよ、私が使えるんだから…エルヴィラって偏り激しいよね」
不意に、部屋の隅に現れたドールがエルヴィラに言う。
現れた、というより、最初からそこにいたのだろう。透明になって、一人で本を読んでいた様だ。
「うるせぇな、愛嬌だろうが。つーかお前こそ、なんでいちいち透明になってんだよ、それ特異魔法なんだろ? 魔力の無駄遣いじゃねぇか」
「愛嬌でしょ」
「いや、二人とも結構なんでもない場面で特異魔法使ってるよね」
意味もなく透明になったり、本棚の上の方にある本を取るために爪を伸ばしたり。
なんだかんだ言って、魔法をフル活用している、魔女という自分を都合良く利用している。
「そんな事言ったら忘れ形見だってそうだろうがよ、私見たぞ、お前がこの間、チビどもに頼まれて木に引っかかったボール取るために、引き寄せ魔法使ってただろうが」
「アレは必要な場面だったでしょ、私木登り下手だし、だからって子供達に登らせるのも危ないし」
「過保護すぎると弱っちい大人になっちまうぞ、仕方ねぇな、今度私も孤児院についてってやるよ」
「みんなが怖がるからやめて」
ジャンヌとエルヴィラの会話の中に、聞き慣れない単語が出た事にドールは気付いた。
「孤児院? ジャンヌは団長の他にも仕事をしてるの?」
「ううん、騎士団が近くの孤児院を支援してるだけ、週に二回は様子を見に行ってるけどね」
「…団長の仕事って沢山あるよね…? 魔法集め以外にも色んな依頼来るし、王様ともお話しないといけないし、その都度書類も書かないといけないし、新人達の教育もあるし、エルヴィラの面倒も見ないといけない…その上…騎士団とは違う施設の事も見ないといけないって…ジャンヌっていつ休んでるの?」
「えっと…うーん…夜かな、夜は寝てるよ?」
答えた瞬間、ドールに真面目に心配された。
無言でこちらを見つめてくる。
「いや、でも、アレだよ? ドールちゃん、私は仕事好きだから、仕事も趣味も同じようなものだから、別に辛いと思った事はないよ? それに、こんな風になんでもない会話してる時は、それこそ休んでるようなものだし」
「やめとけ忘れ形見、純真無垢な『不可視の魔女』に、それ以上社畜精神を植え付けるな、ショックがデカい」
エルヴィラにまで哀れむような目で見られた。
真面目に仕事してるだけなのに、可哀想な人扱いされている。
…解せぬ。
そんな妙に気まずい空気を破壊したのは、扉をノックする音だった。
先程とは違って、落ち着いた音だったので、緊急事態では無いのだろう。気まずい空気から一刻も早く解放されたかったジャンヌは、即座に「どうぞ」と入室を許可した。
扉が開かれ、現れた彼を見たエルヴィラは、みるみる内に不機嫌になっていく。
「失礼します、ただいま帰還しました、ジャンヌ様」
小柄で白髪の少年。
現れたのは、ウル・アルテミスだった。
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今回、ウルは異端狩りという組織を調査するという仕事をしていた。
他ならぬジャンヌ直々の依頼だったので、出発前はやる気に満ちた目をしていた。
しかし、たった今帰ってきたウルは、どことなく落ち込んでいるような雰囲気だった。普段からかなり大人しいが、今日は輪をかけてテンションが低い。
異端狩りの調査中に、マギアの動きがあったという報告は受けているが、まさか何かあったのだろうか。
「おかえり、無事で帰ってきてくれて何よりだよ…でもどうしたの、何か落ち込んでる?」
ジャンヌが心配そうに言うと、ウルはしょんぼりしながら「報告します」と言って数枚の書類を机の上に並べた。
それは、地図であった。住所が書き込まれ、赤い丸がいくつかつけられている。
「これは?」
「異端狩りの基地があった場所です、合計十五ヶ所、実際に行って、内三ヶ所に潜入もして確認しましたので、間違いありません…ですが、中にいたのは魔具使いでも無い、訓練もされてないただの人間ばかりでした」
「ダミーかな…彼らの本拠地では無いって事だね…でも偉いよウル、これだけ場所を特定出来れば、異端狩りを一網打尽に出来る手がかりだった見つかるかも」
「ええ、そのはずだったのです、僕もそのつもりでしたから…ですが…その」
ウルは一瞬躊躇いを見せたが、意を決したように話を続ける。
「発見した異端狩りの基地全てが、何者かの手によって破壊されました」
「え?」
「中に潜んでいた異端狩り達も皆殺しにされていました、それはもう酷い有様で…僕達が到着した時にはもう辺りは一面血の海で…」
せっかく見つけた手がかりを、全て失ってしまった。ウルはそこに責任を感じているようである。
しかし、それも無理はない。タイミング的に、状況的に、犯人が自分達を通じて、基地の場所を知ったのは、火を見るよりも明らかだ。
情けない話だが、尾行者や内通者がいるなど、全く気付かなかった。
ジャンヌがそんな事で責めたりしないのは十分理解しているが、彼女の役に立たなかった己の不甲斐なさがどうしても許せないでいるのだ。
「そっちもそっちで厄介だな、おい、犯人の目星とかついてんのかよ」
地図を眺めながらエルヴィラが言うと、ウルは更にもう一枚紙を取り出した。
「現場の遺体全てに、これが貼り付けられていました」
黒く乾いた血塗れの紙、そこには大きく、
『制裁』
と、書かれていた。
「こりゃまた随分ベタなことしてくれるな、しかしなるほど、かなり犯人が絞られて来たな」
「だね」
全員同じ意見のようだった。
魔女狩りを続ける異端狩りに対しての『制裁』。
彼らに対しての強い恨みや怒りを感じるこの文章は、犯人が何者であるかを明確に示していた。
「犯人は魔女だ、しかもその様子から察するに、そうとう力を持った魔女だろうな」
「かなり恨んでたんだろうね…厄介だな…一筋縄じゃいかなそう…」
「すいません…僕がもっと注意していれば」
悔しそうに握り拳を固めるウルを、ジャンヌはそっと撫でて笑顔を向ける。
「大丈夫、ウルは良くやってくれたよ、だって全く無駄になったわけじゃないだろうし」
「何故ですか?」
「多分彼らにとっても想定外の事態のはずだよ、これ、ダミーとはいえ、捨て駒だったとはいえ、それが一度に全て無くなったとなれば、話が変わってくるでしょ?」
いざという時の為に切り捨てられるからこそ、囮として役に立つのだ。敵の動きも把握できない内に全滅したとなれば、全ての対応が遅れてしまう。
「必然的に、異端狩りの主力達が動かざるを得なくなるってこと、彼らに明らかな動きが出れば、私達も動きやすくなるよね」
殺しまではしないが、ジャンヌもこのまま基地の調査を進めていれば、同じような作戦をとったかもしれない。
揺さぶりをかけるという点で、ウルの働きは全く無駄では無い。更にいえば、事を起こしたのが騎士団以外の第三者である事も、騎士団にとって有利に働くだろう。
「だからね、ありがとうウル」
「ジャンヌ様ぁ…」
今にも泣き出しそうなウル、それをなだめようとジャンヌが手を伸ばした瞬間、その間にエルヴィラが割って入る。
「いや、盛り上がってるとこ悪いんだけどよ、もう一個聞きたいことがあるんだわ、白髪頭」
「何ですか、くだらない内容でしたら斬り刻みますよ」
エルヴィラとウルは睨み合いながら続ける。
「お前ここに帰ってくる途中で怪しい奴とか、変な話とか聞かなかったか、ああ?」
「知りませんよ、目付きと口の悪い金髪の魔女が騎士団に居座っている以上に怪しい出来事なんてありませんて」
「墓荒らしの話聞いてねぇのか、お前は毎回情報が足りてねぇんだよ、この情報弱者」
「すみませんね、何せ貴女と違って忙しいもので…って、いや、そういえば妙な話を聞きましたね、そうだ、これも報告しないといけなかったんですよ」
ウルは視線をジャンヌに向き直す。
「ジャンヌ様、どうやら街で奇妙な事件が起こっているようです」
「奇妙な事件? 一応聞くけど、それ墓荒らしとかじゃないよね?」
「いえ、違いますね…僕が聞いたのは…通り魔的な話です」
「なんだよ通り魔『的』って、ただの通り魔じゃ無いってのか?」
エルヴィラが茶々を入れると、「だから奇妙な事件だと言っているでしょう」と、呆れたように首を横に振りながら、ウルは言う。
「夜道を歩いていると、突然首筋に痛みを感じると、そしてその後被害者は皆意識を失ってしまうのだとか…幸い命に別状は無く、死人などは出ていないのですが…既に九人も同じ被害にあっているそうです」
「そ、そんなに? 結構大ごとだよ、それ…他に何か情報は?」
「襲われた九人全員に共通する傷があるんです、これが、また奇妙なんですけど…全員、首筋に、何か鋭い牙に噛まれたような痕があったんです、そして、倒れた理由は全員貧血、血の量が著しく減っていたんですよ」
「き、牙の痕があって、血が減ってるって…それじゃあまるで」
ジャンヌの顔が青ざめていく、どうやらこの手の話は苦手なようだ。
「ええ、一人だけ、犯人らしき姿を遠目で見たと言う目撃者がいたので話を聞いたんですけど…なんでも、仕事が遅くなって一人で夜道を歩いていると、暗闇の中に二つの赤い光を見たそうです、何かと思って見ていると、それはゆっくりこちらに近づいて来たそうです、やがて雲の影から月明かりが射して、その姿を照らし出したとき、彼は恐怖のあまり一目散に逃げ出した、と」
「ウル、これ怪談じゃないよね?」
「彼が夜道で見たものは、スラリと背の高い男だったそうです、しかし、赤く光る瞳に、口元からチラリと覗く牙、そう、それはまるで…吸血鬼のようだった、と」
ウルが話し終わると同時に、ジャンヌは耳を塞ぎながら叫び出した。
「やーめーてー! 夜道歩けなくなるでしょー! 嘘でしょ? 嘘だよね? どうせ仮装した変態だよ、放っておこう? そういうのは相手にするとダメなんだよ」
「今までのキャラを一瞬でぶち壊すレベルのビビリ方だな、お前無冠城は平気だったくせに、今の話の何にビビってんだよ」
呆れ顔のエルヴィラを、涙目で見つめながらジャンヌは首を振る。
「ほんと無理なの、無冠城は魔法絡みだって分かってたから平気だっただけで、私基本的に怪談とかは無理なの、知らないのエルヴィラ、吸血鬼に噛まれると吸血鬼になるんだよ! 二度とお日様見れないよ、陽に当たるとハイになって死ぬんだって」
「ほお、知らなかった、吸血鬼って陽に当たるとテンション上がり過ぎて死ぬのか」
イントネーションがおかしくなるほど怖いのか、とても今まで魔獣や魔女と戦って来た騎士とは思えない。
「大丈夫だよ、ジャンヌ、怖くない怖くない、今はお昼だから大丈夫だよ」
怯えるジャンヌはドールに任せて、エルヴィラはウルに「他には」と情報の提供を促す。
「いえ、それ以外に特には…先程ジャンヌ様が、吸血鬼に噛まれると吸血鬼になる、と言われましたが、被害者にその様な変化はございませんし、陽の光も普通に浴びられてます」
「ふーん、で、お前はどう思う? ただの変態だと思うか?」
「まさか、それにしては妙ですからね、まず気配も感じさせず血を抜き取るなんて芸当、普通の人間に出来るとは思えません」
「だろうな、あと目的も意味不明だしな、吸血鬼だなんてこれっぽっちも信じちゃいねぇが…まぁ、それらしい存在なら私達よく知ってるよな」
「貴女と意見が合うとは珍しいですね、魔女さん、僕もそう思ってたんですよ…多分、正体は魔具使いじゃないですかね」
墓荒らしに、襲撃者に、吸血鬼。
一度に三つの怪事件、正直うんざりだ。
「いつまでも幼児退行してんじゃねぇよ忘れ形見、お前がやらなくて、誰がこの国の平和を守るんだよ」
言われたジャンヌは、ヨロヨロと立ち上がり、暗い表情を浮かべながら言った。
「じゃあとりあえず手分けして調査しよっか、私達は墓荒らし、ウルは吸血鬼、他のみんなに、基地襲撃の犯人、及び異端狩りの動向を見張ってもらおう」
こうして、それぞれが動き出した。
しかし、世の中そう予定通り行くものではない。
ジャンヌは今回、生まれて初めて、人間でも魔女でも魔獣でもなく。
怪物と戦う事になるのだった。




