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魔女伝  作者: 倉トリック
紅の月編
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墓荒らし

 暗闇の中で、彼女は目覚めた。


 狭苦しい場所、身動きが取れない。


 嫌だ、こういう、暗くて逃げ場のない場所は大嫌いだ。


 なんとか脱出しようと試みる。


 自分は今仰向けになっていて、腕をまっすぐ伸ばすような事は出来ないが、肘までなら動かす事が出来る。


 暗くても、体の感覚でなんとなく、そういう状態だという事は理解した。


 つまり、今自分は、箱のようなものに閉じ込められているのだ。


 妙に首筋が痛むが、気にしていられない。


 狭くて暗い、逃げ場所も、助けも無い。


 早く、早く出ないと。


 早く出て、出てから、早く早く。


「……?」


 出て、どうするんだっけ?


 誰かに、会わないといけない気がする。誰だっけ。


 私はこれから、どうすればいいんだっけ。


 思い出せない、分からない。頭痛が酷い、でも、そんな事よりも、もっと大切な事を、思い出せない。


 いや、思い出せないから、痛いのか。


 チクリと、今度は胸が痛くなる。目頭が熱くなって、液体が頬を伝って溢れていく。


「…ここは…どこ? 暗いよ…怖いよ…ねぇ…一人にしないでよぉ…」


 誰かに対して、懇願する。


 彼女は暗闇の中で目が覚めた。


 しかし彼女の記憶は、暗闇に置いてきてしまっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「それでね、先生が、君は出来るだけ厨房に立つのは控えなさいって」


「いや、その話を聞いて私が思ったのは、お前が騎士団を壊滅させかけた事よりも、お前の飯をたらふく食って何事もなかった『鎧の魔女』にびっくりだわ」


 団長室で、そんな他愛の無い会話が交わされるのはいつ以来だろう。


 自分の料理の失敗談を、ドン引きしながら聞いていたエルヴィラを見ながら、ジャンヌは思う。


「でも、私はちょっと食べてみたいなぁ…ジャンヌのご飯でしょ?」


「そう? じゃあドールちゃん、今度一緒にご飯作ろっか」


 彼女、『不可視の魔女』ドールと無冠城の事件を解決して以降、七つの魔法絡みと思われる事件は、それっきり無くなった。


 ペリーヌに作ってもらった、魔法探知地図にすら、反応が出ないのだ。


 もちろん、毎日の調査は欠かしていない。


 しかしながら、魔法絡みの変わった事件は全く聞かなくなっていた。


(私達が回収に成功しているのは…未だ二つ…あと五つもあるのに…)


 魔法が消滅するという事は無いらしい、ケリドウェンという魔女は、そういう小細工が出来るほどに、強力で厄介な敵だったと、エルヴィラは言う。


 となれば、既に誰かが回収して、なんらかの方法を使って、探知魔法にすら引っかからないように隠しているのだろうか。それとも探知が出来ないような遠い地に行ってしまっているのだろうか。


 様々な可能性と不安が湧き上がってくる。


 自分だけだったら、既に心が潰れていたかもしれない。


(二人がいて良かったな…)


 エルヴィラと、ドール。二人とも、見た目こそ幼い少女だが、れっきとした魔女だ。魔法探しで魔女が味方にいるんなんて、こんなに心強い事は無いだろう。


 強力な味方がいるからこそ、今のジャンヌは冷静を保っていられるし、心に余裕を持てる。


 だから、こんな他愛ない会話も楽しめるのだ。


 先生がいたら、気を抜くなと怒られてしまうだろうが、しかし、どうしても、平和だと思ってしまう。


「お前忘れ形見と風呂入った事無いだろ、全てにおいて拷問だぞ」


「え、ジャンヌとお風呂? いいなぁ」


「バカだなお前、経験した事無いからそんな事言えんだよ、いいか、アレはお湯じゃない、マグマかなんかだ、灼熱地獄だ。更にな、全身を焼かれるような痛みに苦しんでるとな、追い討ちをかけるように目の前に現れるんだよ、忘れ形見のデカい乳がな!」


「ちょっ! エルヴィラ! やめてよ!」


 赤面しながら抗議すると、涙目になったエルヴィラが、下唇を噛み締めながら睨みつけてくる。


「うるせぇ! アレがどれだけ私の心を削ってると思ってやがる! 師匠もデカかった、そして師匠は私に言った、『エルヴィラは成長しないから可哀想だよな』ってな! 何百年もこのロリボディのままなんだぞ! この苦しみがお前に分かるか!」


「そ、そんなに気にしてたんだ…」


 意外と女の子らしい悩みだと思った。てっきりエルヴィラにとって、そういうのは無縁だと思っていたから。


「そういうのって、親の遺伝とかあるよね…エルヴィラのお母さんってどんな人だった?」


「親…そういやいたな、そんなの、もう完全に影も形も覚えてねぇけど、そういうお前はどうなんだよ『不可視の魔女』、お前は覚えてるのか、親の顔」


 エルヴィラに聞き返され、ドールは「うーん」としばらく考えた後、黙って首を横に振った。


 結局のところ、魔女狩りという激動の時代を生きてきた魔女にとって、自分を捨てた親という存在など、最初から居なかったに等しいのである。


 生きていくので精一杯だったのだから、無理もないだろう。


 だからと言って、恨んでいるわけではない。


 彼ら、彼女らにとってもまた、仕方のない事だったのだから。


 魔女を匿っていると知られれば、一家全員が焼き殺される。我が子とは言え、魔女は切り捨てなければならない。


 そう、だから、仕方のない事なのだ。


 当の本人たちがそれで納得しているなら、こちらからはもう何も言えない。


 言えないが、それでもやはり、悲しい気持ちにはなる。


 愛したり、愛されたり、そういう当たり前の事から無縁の場所にいた彼女達。それが現実と、納得せざる得なかった彼女達に、自分は何をしてあげられるのだろう。


 もしかして、そんな風に思う事自体が、おこがましいのだろうか。


 どれだけ距離を縮めようとしても、人間と魔女、その間にある壁は、高く、そして厚い。


「忘れ形見は?」


「え?」


 不意な呼びかけに、ジャンヌは戸惑う。


「え? じゃねぇよ、忘れ形見の親って…ああ、でもそうだな、お前は見るからに家族とか大事にしてそうだもんな、親孝行とかしてそうだもんな」


「ジャンヌのお父さんとお母さんはどんな人?」


 二人の魔女の何気ない質問に、ジャンヌは、はっきりと答えることができない。


 自分だって、人の事を言えた立場じゃない事を思い出した。


「どんな人なのかな、分からない…私って、両親に会ったことすら無いからね」


「は?」


 予想外の答えだった。しかし、何食わぬ顔で、ジャンヌは話を続ける。


「この騎士団ってさ、代々ジャンヌの一族が団長を務めてきたって知ってるよね? 実はそれって、ご先祖様が魔女になってからの話なんだ、魔法っていう異能と、剣術っていう技能、二つの力を持つ事ができる素質のある女性が、代々、騎士団と、名前、そして魔法を受け継いできた」


 自分は魔女になれなかった、いや、今までの黒い歴史は、先代がその命と共に、断ち切ってくれたのだ。


「素質のある女性って言っても、そうそう見つかるものじゃ無い、いくら魔女が不老不死とは言っても、戦って負ければ死ぬ事だってある、なんとかして、この力と血を絶やさないようにしたんだ…で、ここから先、結構キツイ話になるけど大丈夫?」


「なんか色々予想はつくけど、とりあえず続けろ」


「素質のある人間、魔力を受け継ぐ人間を定期的に補充できるように、私達のご先祖様は、種役と母体役と呼ばれる人間を、一族の中から出したんだ…その役目はね」


 ジャンヌは大きくため息をついてから、少し表情を曇らせながら続けた。


「ただひたすら子供を産み続ける事、牛とか豚とか、まるで家畜みたいに、後継者候補を産み続けるっていう…人のする事とは思えない、非人道の極み」


 そうしてジャンヌは、良質な個体を常に一族の中から出し続け、強い魔女を保ってきたのだ。


「マジかよ…騎士団にそんなダークな一面があったのかよ…って、待てよ、お前、親の顔知らないって事は…まさか」


「ご察しの通り、私はそうやって生まれた魔女候補の一人なの、だから私は両親の顔を知らない。お兄ちゃんとかお姉ちゃんとか、弟とか妹とかいるかもしれないけど、全然分からない。勿論向こうだって、私が子供だって知らないだろうしね」


「って事は何か、まだその種役と母体役っていうのは、続いてるって事か」


 エルヴィラが分かりやすくドン引きしていると、ジャンヌが慌てて首を横に振って否定する。


「いやいや! 流石にもう終わってるよ! 三年前、最後の魔女狩りで私達ジャンヌの、魔女の歴史は終わったの、私が団長を引き継いでから、騎士団は色々変わったんだ、もうみんな解放されてるよ」


 顔も知らない父も母も、今は自由の身になっている事だろう。


「色々と怖い歴史もあるんだよ、騎士団って。嫌な事ばかりじゃないけど、目を背けたくなるぐらい酷い過去も確かに存在してる…まぁでも、その全てに終止符を打ってくれたのは、他ならぬ、先代の団長…先生なんだけどね」


 改めて、師の偉大さを感じるジャンヌ。


 自分は彼女のようになれるのだろうか。


「あ、そうだ…先代といえば…」


 ここに来てジャンヌは、肝心な事を思い出す。


 ずっと聞きたかったのだ、恩師がどんな風に戦って、どんな風に死んでいったのか。先代の最後の戦場となった、『最後の魔女狩り』の生き残りであるエルヴィラに、あの戦いの全てを教えて欲しかったのだ。


 ここまで忙しくて、そして、何より怖くて聞き出せなかったが、今なら言える気がする。


「ねぇエルヴィラ…先生は」


 尋ねようとしたまさにその時だった、団長室の扉が叩かれ、団員が一人、入って来た。


 その額には汗が滲んでおり、顔は青ざめている。


「報告します団長! 緊急事態です!」


「何…? どうしたの?」


 唇を震わせ、団員は恐る恐る、言葉につっかえながら話す。


「な、『縄張りの魔女』…お前にも関係のある事だ…あの…『防衛の魔女』の…墓地にある、『防衛の魔女』数名の墓が…何者かによって破壊されてしまいました!」


「は?」


「あぁ?」


 平和な時間は終わりを告げた。


 新たな事件の幕開けは、ジャンヌの心を深く傷付けるところから始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 現場は酷い有様だった。


 巨大な墓石は押し倒され、粉々に砕かれていた。


 供え物の花は、乱暴に踏みつけられたようにしおれて地面に散っている。


 そして、全ての墓穴が掘り起こされて、棺桶が乱雑に放り出されていた。


「…酷い…」


 ジャンヌの口から溢れた第一声はそれだった。今にも泣きそうな顔をしながら、埋葬し直されていく棺桶を見つめている。


「わざわざ私の墓まで荒されてらぁ、私は生きてるっつーの…ったく…こりゃ愉快犯かぁ? 金目のものは取られてねぇらしいぞ、つか、金目のものそもそも入ってねぇし」


 一つ一つの墓を調べながら、エルヴィラは言う。しかし、それに対してジャンヌからの反応は無い。


 振り向くと、ジャンヌは立ったまま、表情一つ変えず、ピクリとも動かない。


 その視線は、自分の最愛の師、『鎧の魔女』ジャンヌの、荒らされた墓に向けられていた。


「…はぁ…誰の仕業か知らねぇが…悪趣味な事してくれるよな…魔女に恨みを持った犯行なんだとしたら…犯人はなんとなく目星つくよな」


「…まさか…異端狩り?」


「かもな、いや、証拠とかはねぇんだけど…今のところ、犯行動機とか私達の経験とかから考えたら…アイツらが一番可能性あるんじゃねぇかなぁって…」


「だとしたら…許せない…許さない…なんでこんな事…」


 ジャンヌは、今まで見た事ないほど、怒りを露わにしていた。怒りというか、殺気。現場の重苦しい空気を、更に張り詰めたものにするほど、鋭い殺気だった。


 そういえば、先代のジャンヌも、死者を冒涜するような行為に対しては、異常なまでの嫌悪感を示していたな、とエルヴィラは思う。


 それこそ『屍の魔女』モリーは、その特異魔法でジャンヌの怒りを買い、半ば私怨で殺された様なものだった。


 血は争えない、か。


 しかし、とエルヴィラはおもむろにジャンヌの横腹を小突く。


「ちったぁ落ち着け、忘れ形見。気持ちは分かるが、自分のイメージってのも大事にしろ、見ろよ、ガキがビビって近寄ってこねぇじゃねぇか」


 振り向くと、離れた場所から、ドールが気まずそうにこちらを見つめていた。ジャンヌに何か声をかけてあげたい、けど近寄り難い、そんな感情の板挟みになっていた。


「あ…ごめんね、ドールちゃん…おいでっ」


 自分の両頬を軽くはたき、いつも通りの笑顔を作って、ジャンヌはドールに向かって両手を広げる。


 ドールは一瞬、ビクリと体を震わせたが、すぐに駆け寄ってその両手を握りしめた。


「ジャンヌ…」


 ドールに不安そうな目で見つめられ、ジャンヌはやってしまったと後悔する。


 私がこの子を怖がらせてどうする。


「ガキに心配されてる場合か、忘れ形見、とにかくさっさと修復すんぞ、んで、犯人見つけてボコボコにする、悲しむのはそれからだ」


 いまいち分かりにくかったが、エルヴィラも励ましてくれているようだった。


「そうだね…ありがとエルヴィラ、ドールちゃん、ボコボコにするかどうかは分からないけど…今はやる事やらないとね…」


 それから、騎士団総出で修復作業に取り掛かり、お昼を過ぎる頃には、現場は元どおりの綺麗な墓地に戻っていた。


 そして、ジャンヌはそれぞれ指示を出し、団員達を情報収集などに向かわせた。


「私達も行こうか」


 ジャンヌが言うと、その後をドールが追いかける。


 しかし、エルヴィラだけは、何故かその場から動こうとしなかった。


 元に戻った墓を見つめ、何か考え込んでいるようだった。


「どうしたのエルヴィラ、もしかして友達のお墓だった?」


「バカ言え、この中に私の友達は一人もいねぇよ…そうじゃなくて…なんか引っかかるんだよなぁ…」


「え? エルヴィラ友達居ないの? ぼっち? カワイソー」


「ボコンぞ『不可視の魔女』…さっき作業中に気になったんだけどなぁ…なんだったか忘れちまった…」


 気のせいかな、と、エルヴィラもその場を後にする。


 無理やり納得してみたものの、しかし、一度覚えた違和感が、拭える気配は無かった。

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