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魔女伝  作者: 倉トリック
番外編
62/136

騎士団壊滅未遂事件

 これは、今のジャンヌ、エルヴィラから『忘れ形見』と呼ばれている彼女が団長になる前の話である。


 なので、これから出てくるジャンヌは、先代の団長、つまりは在りし日の『鎧の魔女』の事であり、現在魔法集めをしている団長のジャンヌとは別人であると言うことをここで明確にしておく。


 これは、『最後の魔女狩り』が起こる少し前の騎士団で起きた、とある事件の物語である。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日、団員達はひどく混乱していた。


 目の前に広がる異様な光景に。


「……」


 皿に盛られた異様な物体。それが人数分、テーブルの上に置かれている。


「…これ…なんですか」


 その場の雰囲気に耐えきれなくなったのか、団員の一人が言う。


 しかし、その質問に答えられる者などいるはずも無く、皆一様に、首を横に振るだけだった。


 どうしてこんな事に、何故こうなった。


 全員が、同じような事を考えていた。


 しかし、考えても無駄である。


 始まりは、突然だったのだから。


 そう、突然。彼らは長期任務から帰って早々に、騎士団の食堂に呼び出されたのである。


 個人では無く、全員が。


 まさかこのまま次の任務に行かされるのだろうか、などとうんざりしていたが、今の状況に比べれば、むしろその方が納得できた。


 仕事が重なる事自体、そんなに珍しく無いのだから。


 重い足を引きずって、食堂にたどり着いた彼らを迎えたのは、金髪の少女だった。


 彼女は、はにかんだ笑顔を浮かべながら、ぺこりと遠慮がちに頭を下げる。


 どこか柔らかい雰囲気で、あどけなさが残る彼女だが、しかし、彼女こそ『鎧の魔女』の力を引き継ぐ事になっている次期団長候補の少女なのだ。


 そんな彼女の言葉は、最早団長の言葉だと言っても過言では無い。故に、こんな風に全員を一箇所に集める事が出来るのだ。


 そしてそれは、何も団員に限った話では無い。


 奥の席で、何食わぬ顔をして座っているのは、我らが英雄にして騎士団団長の、『鎧の魔女』ジャンヌだった。


「だ、団長⁉︎」


「ん、ああ、来たか」


 ジャンヌは、こちらに気付くと、手招きして全員席に着くよう指示を出す。


 よく分からない状況のまま、団員達は、言われるがままに座っていく。


「あ、あのぉ、団長…これは一体」


「詳しい話は彼女から聞くといい、だが、まぁ悪い話では無いさ」


 ジャンヌはそれだけ言って、静かな笑みをこぼし、愛弟子へと視線を送る。


「あ、はいっ! 皆さん、長期任務お疲れ様です」


 ジャンヌに促され、彼女は再び頭を下げてから言う。


「任務成功、そしてなにより、全員無事に帰還出来て本当になによりです、それでですね…わざわざお疲れのところ集まってもらったのは…そんな皆さんに、今日は元気になってもらおうと思ったんです」


「元気になる?」


 彼女の真意は未だ掴めないが、なるほど、確かに悪い話じゃ無さそうだ。


 激務に疲れた自分達の労をねぎらってくれるのだろう。


「で、具体的には何をしてくれるんだ」


 ジャンヌが言うと、少女は自信たっぷりに胸を張って答えた。


「美味しいご馳走を作って、召し上がってもらおうと思っています! 長期の、しかも激務だったという事ですから、皆さん、まともに食事とか取られていないんじゃないかと思いまして」


「ああ、確かに…腹に溜まるようなモノは食べていなかったな…」


 まともな食事、どころの話ではなかった。それほどまでに、今回の任務は生き残る事で精一杯だったのだから。


 これは普通にありがたい。


 栄養失調が死因につながる事だって大いにあり得るのだ。それに、味がある料理を食べる事自体久しぶりだ。


 流石は次期団長候補、団員の事をしっかり考えた行動だ。


 そう感心していた、この時は、全員が。


「では、今から作りますから、少し待っててくださいね」


 そう言って彼女が厨房に消えた。


 その十数分後、全員が戦慄する事になるとも知らずに。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 次々に運ばれてる異形の物体。


 彼女はこれを『料理』だと言っている。


「嘘だろ…」


「なんでこのスープ、さっきからちょくちょく色が変わってるんだ」


「なぁ、このソーセージっぽいもの、今ちょっと動いた気がするんだが、気のせいだよな?」


 食堂のあちこちから、様々な声が聞こえるが、この物体を賞賛しているような声は、残念ながら一つもなかった。


 しかし、そんな声も、厨房から少女が出てくると同時にピタリと止んだ。しかし、どんよりした雰囲気は拭いきれていない。


「まずはこんなところですね」


 どんなところだ、と声に出そうなのを必死に我慢する。


「さぁどうぞ、冷めないうちに召し上がってください」


 いや、いやいやいや、召し上がってくださいと言われても!


 目の前の物体Xに視線を移す。


 木の器に盛られたソレを、よく観察していく。


 敵の正体がわからないまま攻撃を仕掛けるなど、そんな愚かな行為を騎士が犯すはずが無い。


 いや、騎士じゃなくても、コレには警戒するだろうが。


 パッと見はスープ料理のようだ。


 しかし、その色がまずおかしい。


(なんだこの…青っぽいような…でも空みたいな綺麗な青じゃなくて…なんていうか、濁ってるというか)


 そう、群青色。スープの色が、群青色なのだ。


 その中に浮かぶ、数々の物体。コレに至ってはどれだけ注視したって正体がわからない。


「ああ、すまないが、一つ聞いていいか」


 すると、ジャンヌが手を挙げて、少女に尋ねる。


「これはなんていう料理なんだ」


「あれ? 先生知りませんでしたっけ? コレはビーフシチューですよ」


 衝撃の正体に、一同驚きを隠せなかった。


 ビーフシチュー? コレが?


 その特徴と、何一つ一致しないこの物体Xが?


「ああ、なるほど、ビーフシチューか…すまない、私が知っているものと、かなり見た目が違うかったからな…」


 ここにいる誰もがこんなビーフシチュー見たことないです。


「えへへ…私の特製なので、普通のものは少し作り方が違うんですよ」


 だったらコレはもうビーフシチューではないだろうが!


 そんな言葉の数々が喉まで出かかっていたが、団長もいる手前、グッと堪える。そうでなくても、相手は少女、大の大人の男達が、こんなところで取り乱すところを見せたくはない。


 我々は、誇り高き騎士なのだから。


「ささ、先生! どうぞ!」


「ああ、では、いただくとしようか」


 勧められるまま、ジャンヌはそれをスプーンですくって口に運ぶ。


 嘘だろ⁉︎ マジか!


 そんな声が小さく聞こえたが、ジャンヌはモグモグと咀嚼して、飲み込むと、そのまま二口目を口に運んでいく。


 あろうことか、顔色一つ変えず、普通に食べているのだ、このビーフシチュー(?)を。


「…どうした、お前達、私の顔ばかり見て、食べないのか?」


 こちらの視線に気付いたジャンヌが、不思議そうに言う。


 いや、不思議なのはアンタの方だよ、と思いつつも、全員渋々スプーンを手に取る。


 いや、もしかしたら、案外美味しいのかもしれない。


 団長が自ら率先して毒味役をしてくれたのだ、あの様子からして、毒物は入っていないだろう。


 そして、特にリアクションもない事から、こう見えて、味もそんなに悪くないのでは無いのか。


 そう思うと勇気が湧いてくる。流石は団長だ、この騎士団をまとめ上げいる人だけの事はある。


 彼女の行動は、いつだって、自分達に勇気を分けてくれる。


 だったら、自分達に出来る事はただ一つ。


 俺たちは、団長にどこまでもついていくだけだ。


(お前らぁ! 団長に続けぇ!)


 団員達は、次々に、ビーフシチュー(疑)を口に運び入れていく。


「!!!!?????」


 口に入れた瞬間、ドスンと、重い何かが舌全体を襲った。


 数秒遅れて、それがとてつもない苦さなのだと気付いた時、既に二人の団員がテーブルに突っ伏し、戦闘不能状態になっていた。


(うおおおお⁉︎ なんだこの許せない苦味、味わいも何もない、ただの深い苦味、しかも全然消えない、いつまでも舌先に居座ってやがる!)


 既に満身創痍に近い状態だが、それでも、具らしき物体を咀嚼する事に成功する。


 否、それは成功などではない、噛んでしまった事により、むしろ自分を最悪の状態へと追い込んでしまう結果になった。


 肉だと思って噛み締めたソレは、柔らかくジューシーな牛肉などではなく、何か謎の酸味を感じる不可解な物体だった。


 いや、この食感、そしてほんのり香るこの匂い、コレ自体は知っている、しかし、普通ビーフシチューに入れるものではない。だから、ありえるはずがないんだ、だがしかし、このつぶつぶとした食感、疑いようがない、信じられないが、信じるしかない。


 まさか、こんなものが。


 スプーンですくって、自分の目でも確かめる。


 肉のようにゴロゴロと入っていたのは、


 大粒の苺だった。


「苺ぉぉぉぉぉお⁉︎」


 ついに団員の一人が声を上げる。


 ソレはそうだ、予想外過ぎる。


 いや、もし仮に、コレがいい隠し味となっていて、上手く調和のとれた旨味になっているなら話は別だ。


 しかし、ここにある苺に、そんな前向きな役目を果たそうと言う意思は微塵も感じられない。


 そもそも、何故苺独特の酸味だけを、こんなにも色濃く残しているのか意味がわからない。


「ぐうっ⁉︎ なんか…歯に挟まっ…」


 別の団員が口を押さえながら言う。


 まだ何かあるって言うのか?


 本当はもう、スプーンを動かしたくないのだが、しかし、団長が未だに食べ続けている以上、自分達も食べ続けるしかない。


 諦めて、もう一口。


 すると、今度は何か得体の知れない硬いものを噛み砕いた。それだけで済めばいいのだが、そうは問屋が卸さない。


 噛み砕いた中から、妙に水っぽい、ゼリー状のものが流れ出して来た。


 これも知っている…だが、コレは、自分達が知っているアレが、こんなにも、不快感を出しているのか?


「…え…海老…?」


 小ぶりの海老が、まるごと入っていたのだ。


 煮込んでいるはずなのに、その殻は硬く、噛み砕けば口内をズタズタに引き裂きにくる。そして、中から溢れ出る身は、プリプリというよりドュリュンドュリュンした、もうとてもじゃないが海の幸とは言えないような、おぞましい食感となって舌の上で大暴れしている。


 というか、ソレ以前に、何故か海老を口に入れた時だけ、磯臭さが鼻腔をつんざく。


 その後も、不味さのパレードは続いていく。


 苺や海老だけにとどまらず、ナメコ、火の通っていないカボチャ、チョコレート、火の通っていない人参、魚の目玉、火の通っていないジャガイモなど、常軌を逸した具材が、味覚と嗅覚を確実に破壊していった。


 何故頑なに野菜には火を通さないんだ。


 というか、ここまで一度も牛肉らしき物にかすりもしていない。


 ビーフシチューじゃなかったのか。


 様々な味が、我先にと味覚に突っ込んでくる。


「も、もう限界だ…み、水…何か飲み物を…」


 そんな中、誰かが嗚咽しながら声を漏らす。


「あ、ごめんなさい、飲み物忘れていました、今持って来ますね」


 少女が慌てて厨房は駆け込んでいく。


 誰だか分からないがナイスだ、飲み物があれば、多少は楽になるかも知れない。


 水、ジュース、酒、なんでもいい、とにかく今すぐ口内を洗い流せる何かをくれればソレで。


 その瞬間、彼らの背中に、ゾクゾクとした嫌な感覚が走る。


 これは…殺気?


 嫌な予感がする。全身が逃げろと叫んでいる。筋肉が震え、脳が恐怖に支配されていく。


「お待たせしましたー」


 直後、その嫌な予感は的中する。


 少女が持って来た飲み物は、水やジュースといった平和な物などではなく。


 狂気に満ちた、虹色の液体だった。


「私特製、栄養ドリンクです」


 その時の彼女の笑顔は、魔獣や魔女よりも、恐ろしく感じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 すっかり静かになった食堂で、ついにジャンヌがスプーンを置いた。


「ごちそうさま」


 手を合わせて、ジャンヌが言う。


「どうでした? 美味しかったですか?」


 少女がワクワクした顔で尋ねる。


 そんな彼女の様子を、霞む視界で朦朧としながら見ていた団員達は思う。


 死ぬかと思った、と。


 しかし、声が出ない。喉が焼かれたのか、脳がやられたのか、もう自分達は助からないのかも知れない。


 だからどうか、団長、彼女の目を覚まさせてあげてください。


 これが悪戯でなく、本当に善意からの行動なのだとしたら、彼女はいつか、その善意で人を殺しかねない。


 団長として、師として、彼女を正しい方向へ。


 ただ一言、不味かったと。


「そうだな、君はコレを作るときに、何を思っていた」


「何を…もちろん、皆さんに健康になっていただきたいと思って」


 現在進行形で健康が蝕まれているんだが。むしろ疲労困憊だった方が、ぐっすり眠れて健康になれたんじゃないだろうか。


「なるほどな、健康に…確かに、色んな具が入っていたな…調味料も、ソレらを全て食べやすいようにシチューにしてくれたのも、全て君の心遣いか…」


 ジャンヌはしみじみと、思い出を語るように言う。


 アレ? なんか、風向きが怪しい。


「戦場で身も心も疲弊した私達の身体を気遣った、そんな君の優しさが、この料理には込められていた、私は、君の師として、とても嬉しいよ、君を後継者に選んで良かったと、本気で思った」


「せ、先生…!」


 少女は、感極まったのか、瞳が潤んでいた。


 団員達は、まさか過ぎる団長の言葉に、若干二人を恨んでいた。


 何二人だけで完結しようとしてんだ。


 こちとら百人単位で被害が出ているっていうのに。


「だが、一つ欠けているものがあるな…たった一つ、しかし、一番重要なものだ」


「一番…重要?」


「君は、コレの味見をちゃんとしたか?」


「え」


 ジャンヌが言うと、みるみる内に少女が青ざめていく。そして慌てて厨房に駆け込むと、残ったシチューを一口食べた。


「うっ…これは…」


 別の意味で、少女の顔が青ざめていく。


 やはり、味見をしていなかったのだ。


 健康を気にするあまり、味という最も重要な料理の要素を、忘れてしまっていたらしい。


 いや、普通忘れるものではないのだけれど。


「君は優しい、人の気持ちを考え、人の体の事を気遣える、人の上に立つに相応しい子だ…だが、こういう見落とし一つが、命取りになる」


 見ろ、とジャンヌは満身創痍の団員達を指差しながらいう。


「ここが戦場なら、彼らは死んでいただろう、私の指示一つ、君が団長になれば、君の指示一つで、人を百人も殺してしまう」


「そ、そんな…私は…そんなつもりじゃ」


「分かってるさ、何度も言うが、君の気遣いはとても嬉しかったし、何より大切な事だ…だが、忘れてはいけない、形が無ければ想いは伝わらない…せっかく栄養満点の料理を作ったって、美味しくなければ食べてすら貰えない、食べてもらえなければ、栄養も想いも意味をなさない」


「う…うう…ごめんなさいぃ…!」


 ついに、少女はその場に泣き崩れてしまった。


 いや、なんか、こっちこそごめんね。

 だって不味かったんだもん。


 意味不明の罪悪感が、団員達の心を襲う。


「泣くな、また頑張ればいいさ、努力家なのが君の良いところだ、そして、君はいつも結果に出す、また君の料理が食べられる日を、私は待っているよ」


「せ、先生…」


 美しい師弟愛を見ながら、団員達は心から安堵した。


 帰れる。やっと終わった。これで解放される。


 何をしよう、家に帰ったら。そうだ、ご飯を食べよう、パンにスープに魚のフライ、しみったれた、でも懐かしい、いつだって自分達の胃袋を満たしてくれた、普通のご飯。


 フラフラと力なく立ち上がる。


 その時、ジャンヌの声が聞こえた。


「まぁ、しかしな、彼らにとってはかなり不味かったみたいだが…アレだぞ、私にとって、独特な味で…なんというか、面白い味だったから、嫌いじゃなかったぞ、うん」


「ほんとですか⁉︎」


「ああ、君には、色んな才能があるんだな、ははっ」


 マジか。


 この人は…この魔女は…!


 最後の最後で守りやがった! 自分の先生としての好感度を!


 土壇場になって取りやがったんだ、安全牌!

 ()()()()()()()などという、無難な答えで逃げやがった!


 部下の殺気を感じたのか、バレないように、ジャンヌは団員達に、口パクで伝えた。


「すまん」


 今日の日のことは永遠に忘れない、そう心に誓いながら、団員達は、深い眠りに落ちていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 後日、騎士団の団員達が、謎の腹痛、目眩、嘔吐、発熱などで次々と倒れたという報告がジャンヌの耳に届いた。


 そこから一週間、騎士団は機能しなくなり、他の支部に応援を要請するハメになった。


 一部では、敵に毒を盛られた騎士団が全滅したという噂まで流れ、国中が、騎士団壊滅という大事件に、大騒ぎしていた。


 あながち間違いではないので、ジャンヌも説明に困っていたが、しばらくすれば、また元通りの騎士団に戻っていた。


「ああ、君は努力家なところが良いところだと言ったが…そうだな、うん、なるべく厨房に立つのは控えろ」


「分かりました」


 苦笑いを浮かべながら、弟子は師匠にそう誓った。


 騎士団壊滅未遂事件は、今も密かに、騎士団の中で語り継がれている。

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