その後
無冠城に憑いていた魔法は回収したが、その魔力を封印したオーバードーズは館の主、『不可視の魔女』ドールにあずけたまま。
つまり、今現在、ジャンヌの元に二つ目の魔法は無い。
「どうやって報告しよう…」
王宮へと向かう馬車の中で、ジャンヌはポツリと呟く。
ドールの保護と、無冠城の建て直しを、王に直接交渉しようと思っていたのだが、手持ちに何も無い状態では、話を上手く進ませる事が出来ないかもしれない。
やはりオーバードーズは返してもらうべきだったかと、ジャンヌは小さくため息を吐く。
ちなみに、無冠城での戦いから既に五日ほど経っている。
何故ジャンヌが、今になって報告しに向かっているのかといえば、それは五日間ずっと寝込んでいたから、である。
あの後、ドールと別れて、宿に向かう途中の道で、ジャンヌはぶっ倒れたのだ。
脳震盪とか、内臓の損傷とか、骨折とか、心身ともに致命的なダメージを受けていたジャンヌの体力は、舗装もされていない道の真ん中でとうとう限界に達してしまったのである。
偶然通りかかった農家の荷馬車に助けられたから良かったものの、あのままだと、普通に死んでいたかもしれない。
(エルヴィラも焦ったって言ってたし…心配かけちゃったなぁ…)
エルヴィラは、切り傷やかすり傷なら、瞬時に治せるぐらいの治癒魔法は使えるが、骨折や内臓への傷ともなると、かなり時間がかかる上に、完全には治しきれない。
それでも懸命に、医者の治療を受けるまで、ずっと治癒魔法をかけ続けてくれていたらしい。
(ちゃんとお礼しなきゃね…)
そんな事があり、懸命な治療と治癒魔法のおかげで、五日という短期間で、ジャンヌの傷はほとんど完治した。
まだ身体のあちこちに痣があるが、報告するだけなら、動いて喋るようになれば十分だ。
(ほんとは完治して、あんまり見苦しくない姿で出向いた方が良いんだろうけど…状況的に、そんな時間無いしね)
個人的には、五日でも休み過ぎだと思っている。
そんな事を思っているうちに、見慣れた巨大で豪華な王宮が現れた。
礼を言って、金を払い、馬車から降りたジャンヌに、一人の男が歩み寄る。
使用人のサッフィだった。ジャンヌの姿を見た彼は、悲しそうに表情を曇らせる。
「あ、サッフィ、迎えに来てくれたの? ありがとう」
「お待ちしておりました…ジャンヌ様…また…傷が増えていますね…」
彼は今にも泣き出しそうに、目を閉じながら、深くお辞儀をしながら言った。
「あはは…いやぁ、恥ずかしいなぁ…騎士としては名誉の負傷って言えるんだけど、女の子としては致命的だよねぇ、特に顔の傷とか」
顔を赤らめ、ジャンヌは恥ずかしそうに頬を指先でかく。どこか呑気な彼女に、サッフィは感心したように笑顔を向けた。
「本当に強い人ですね、貴女のその強さ、十分の一ほどでも私に分けていただきたい思うほどです」
「何言ってるの、確かに剣の腕には結構自信あるけど…それ以外に私に取り柄なんか無いよ、咄嗟の判断とか苦手だし、結構混乱しやすいし…料理とか苦手だし」
「一芸に秀でる者は万芸に秀でると言います、ジャンヌ様なら、苦手分野の一つや二つ、明日にでも克服されるでしょう」
「あはは、それは言い過ぎだよ」
他愛の無い会話を交わしながら、王の元へ向かう二人。
ちなみに、基本的になんでもそつなくこなすジャンヌだが、料理の腕だけは例外的に壊滅的である。
一度、彼女が作った料理のせいで、騎士団が壊滅しかけたという、誇張なしの伝説が残っており、先代のジャンヌにすら「もうキッチンに立つのは控えろ」と釘を刺されたぐらいであるが、サッフィはそれを知る由も無い。
「ジャンヌ様、私如きではありますが、何か力になれる事があればなんでもおっしゃってください、貴女は少し…無茶をし過ぎです」
「ありがとう、でも大丈夫だよ、サッフィ。騎士団のみんなにも、サッフィにも、ちゃんと私は助けられてるから、むしろ任せ過ぎなくらいだよ」
それが、既に抱え込み過ぎだと、サッフィは言いたくなる。
どう考えても、どう見ても、一番負担が大きく、働き過ぎているのはジャンヌ方だ。
にもかかわらず、周りに気を遣い、相手を立てる事を優先する。
腹立たしい。
彼女をこんなにも追い詰めている全てが憎い、彼女を傷つける人間が憎い、彼女を守れない無能な連中が憎い。
その無能の中には、自分も入っている。
彼女を守れない、傷つくところを見ているしか出来ない、分かっていながらも追い詰めることしか出来ない、負荷をかけることしか出来ない、負担を軽減してあげることも出来ない、一緒に戦う事すら出来ない。
何も出来ない無能な自分が、殺したいほど憎らしい。
黒い感情が湧き上がる、それが表に出ないように必死に抑えながら、サッフィは、
「本当に…お強いんですね」
とだけ言って、それから王室まで、何も言葉を発することは無かった。
(貴女を守りたい、貴女が傷付かなくてもいいようにしたい)
彼の想いは誰よりも強かったが、残念ながら、ジャンヌの周りにいる誰よりも、彼が一番弱かった。
「相変わらず大きいね、この扉」
木製の巨大な扉が開き、ジャンヌはその中は入っていく。
サッフィは、そんな彼女を、黙って見送った。
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「無冠城か…話には聞いていたが、まさか怪奇現象の正体が魔女だったとは…」
ジャンヌの報告を一通り聞いた王は、やれやれという風に言いながら、チェスの駒を動かす。
「しかし、危険な魔女ではありませんでした、少なくとも、好んで人を殺すような…そう、『反乱の魔女』のような思想は持ち合わせていない、温厚な少女でした」
ジャンヌは、ドールに対する素直な印象を言いながら、チェスの駒を動かした。
「だからと言って、回収した魔法を魔女の手に渡すというのは…いくらお前の判断とは言え…流石に思うところがあるな…あ、マジか…ビショップが…」
「あの場で、半ば強奪に近い事をして、彼女から恨みを買うよりも、徐々に和解したのちに、いずれこちらの手に渡るように手放した方が安全と思ったの判断でした…」
「和解したのち…ねぇ、それは、和解できる可能性を感じたから言っているのか? それともお前のただの理想か?」
駒を掴んだまま、王はジャンヌの目を見つめる。
ジャンヌはそれに対して、にこやかに笑みを浮かべながら
「両方です」
と、答えた。
「…先程も言いましたが、彼女、『不可視の魔女』ドールは好戦的ではありません、むしろ温厚で、何より平穏と静寂を望む魔女です、そんな彼女だからこそ話は通じました、なにより、少しズルい話ですが、彼女の精神はまだ幼い少女そのものです、歪んだ発想が生まれる前に、こちらかの都合の良いように言いくるめる事も可能かと…」
「なるほどな、流石騎士団をまとめる団長といったところか…なかなかどうして抜け目ない」
王は苦笑いを浮かべながら駒を動かす。
「抜け目だらけですよ…私がしてる事なんて所詮、相手の弱味につけこんでいるだけです…汚い女ですよ、私は…やっている事の本質は、異端狩りやマギアと変わりないです」
「そう自分を悪者にするな、お前は良くやっている…騎士団がなければ、この国の秩序は保たない…今こんな風にチェスが出来る平穏も、お前達が守っていると言っても過言ではないんだから」
笑顔を浮かべながら言う王に、ジャンヌは静かに礼を言う。
「無冠城の事は私がなんとかしよう…ところで、ジャンヌ、マギアの…マーガレット、だったか? 道中奴に遭遇したと聞いたが…」
「ええ…彼女に、七つの魔法回収を手伝わせてくれ、と交渉を持ちかけられました…勿論断りましたが、アレはまたくるでしょう…それよりも問題は、七つの魔法の情報が、どこからどこまで漏れているか…という事です…」
ジャンヌの言葉に、王も表情を曇らせる。
よりによって、マギアにまでその存在がバレている、無冠城の一件で冷静に考える暇もなかったが、これは相当厄介な事だと二人とも思っている。
「三竦み…いや、騎士団と異端狩り、騎士団とマギアが衝突する分には、まだ被害は抑えられるだろう…お前達の戦力は桁外れだ、間違っても烏合の衆に負ける事は無いだろう…だが問題は…マギアと異端狩りの衝突だ…互いに魔具を使用しての大規模な戦闘を街中で起こされたりしたら…」
「被害は計り知れませんね…それほどまでに、どちらも容赦が無い」
魔女反対派と魔女信仰派、しかしどちらも過激派な事に変わりは無い。
「それに、あながち烏合の衆とは言えませんよ、異端狩りはまだ謎が多いですが…マギア、彼女達は恐らく、かなり連携のとれた組織だと思います」
でなければ、そもそも七つの魔法の情報を得る事も、あの日、ジャンヌ達があの道を通ると言う情報を得る事も無かっただろう。
「これから…更に厳しくなるな…」
「心配ありませんよ、この国の平和は必ず私達騎士団が守ってみせます、いえ、守らなければ、私はもう騎士でもなんでもありません、ただの鎧を着た女に成り下がってしまいます、どんな事態に至ろうとも、必ず守ってみせます」
力強く言って、ジャンヌは駒を動かす。
「…はは…頼もしいな…さて、次は私の番……んんっ⁉︎」
「…あは、チェックメイトです」
にこやかに言うジャンヌに、王は苦笑いを浮かべる。
「よ、容赦無いのはお前もだな…」
「王相手に手加減なんて、その方が失礼ですよ、というか…何故今このタイミングでチェスなんですか?」
入室して早々、ジャンヌは席につかされ、王と二人でチェス盤に向かいながら話をしていた。
「ん、いや、これと言った理由はない、ただそうだな…お前なんか疲れてたし、たまには息抜きも必要だろ?」
「王がわざわざ私の身を気遣って…こんな光栄な事はありません…ありがとうございます」
その後も二人はチェスを続けた。結果はジャンヌの全勝という、とても王相手とは思えない事になってしまったが、それでも、確かに、ジャンヌの軽い息抜きにはなった。
「それでは、私はこれで」
そう言って、ジャンヌは王室を後にする。
色んな人に助けられている、その言葉に嘘は無い。
守るものがあるから、自分は強くあれる。
ジャンヌの心は、不思議な充実感に満たされていた。
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「ただいま」
そう言って、自室、ではなく、騎士団の本拠地に辿り着いたジャンヌの目に映ったのは、驚きの光景だった。
あまりの衝撃に、ただいまの『ま』から口が塞がらないほどだった。
ここでもチェスによる対戦が行われていた。
チェス盤に向かい合う二人。
一人は見知った金髪で、目付きの悪い少女、いや、魔女、エルヴィラである。
貧乏ゆすりをしながら、チェス盤を睨みつける彼女は、対戦相手を指差しながら怒鳴り散らしていた。
「テメェ! 今絶対イカサマしただろ!」
「してないよ、エルヴィラちょっと弱すぎだよ…ちゃんと考えてる?」
エルヴィラの威圧に全く動じず、冷静に駒を動かしているのは、騎士では無い。団員達は、その様子を賑やかに見物しているだけだからだ。
エルヴィラの対戦相手は、黒髪の少女。
ビー玉のように綺麗で大きな瞳と、見惚れてしまうほど美しい白い肌は、まるで人形のようだった。
彼女、『不可視の魔女』ドールは、何食わぬ顔で、そこにいた。
「ド…ドールちゃん?」
「あ、ジャンヌ」
ジャンヌの姿を見ると、ドールはパァっと表情を明るくして、彼女の名を呼んだ。
「おい見ろよ忘れ形見、コイツ、チェスでめっちゃイカサマしてくるぞ、やっぱ悪い魔女だったな、討伐した方がいいんじゃねぇか?」
悔しそうに歯を食いしばりながら、エルヴィラはドールを睨みつけて言う。
「何度も言わせないでってば、イカサマなんてしてないし、普通にエルヴィラが雑魚いだけ」
「んだとぉ⁉︎ ほらここ! ここみろ! この駒を特異魔法で細工したんだろ!」
「もう! そんなショボい特異魔法あるわけないでしょ! ジャンヌー、このチンピラどうにかしてよぉ」
「え、うん…ダメだよエルヴィラ…いや、それよりも…ドールちゃん、どうしてここにいるの?」
ジャンヌが言うと、ドールは思い出したように立ち上がり、ジャンヌに駆け寄って、両手を広げる。
「やっぱり返す」
ドールが言うと、その両手の上に、透明な剣が現れた。
それは、無冠城の魔法を閉じ込めたオーバードーズだった。
「ええっ⁉︎ いいの? これは貴女を守ってた」
「いいの、もういいの、無冠城は、私に新しい居場所をくれたんだから」
ドールは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う。
「貴女風に言うなら、交渉だよ、ジャンヌ…この剣を返すから…私をここに居させて欲しいの」
「ええっ⁉︎」
突然のお願いに、驚きを隠せないジャンヌ。しかし、ドールの表情は真剣そのものだった。
「私、貴女の役に立ちたい、私の特異魔法は、きっとジャンヌの役に立てる、だからお願い」
「…そ、そんな事か…びっくりした…私てっきり、無冠城で何かあって、ここに逃げてきたのかと勘違いしちゃったよ」
ジャンヌはホッと胸を撫で下ろし、ドールの頭を優しく撫でながら、笑顔で言う。
「勿論良いよ、ドールちゃん、大歓迎、今日から騎士団が、貴女の居場所だよ」
ドールは一瞬目を大きく見開いて、それから飛び付くようにジャンヌに抱きついた。
「ありがとうジャンヌ! 私頑張るね!」
「こちらこそ…で、なんでエルヴィラとチェスしてたの?」
ジャンヌが言うと、ドールは頬を膨らませながらエルヴィラを指差して言う。
「だってエルヴィラが、私にチェスで勝てたら役に立つって認めてやるよって言うから…」
「私に負けるような奴いらねぇからな」
「でも惨敗じゃん」
「うるせぇ! もう一回しろコラァ!」
吠えるエルヴィラに少し引きながら、ジャンヌは小声でドールに言う。
「ああ…ごめんねドールちゃん、エルヴィラって不器用なの、最初から歓迎するつもりだったんじゃないかな…多分親交を深めるためにゲームに誘ったんだと思う」
「うん、何となく分かってるよ、だってエルヴィラ子供だもん」
くすくすと笑うドールに、ジャンヌも笑いかえす。
王様に言ったこと、取り消さないと。
ドールは、もう十分大人だ。
渋々席に戻っていくドールを見て、ジャンヌはそう思った。
なんにせよ、正式に、二つ目の魔法回収。
そして更に、新たな仲間が増えたのだった。




