集められた魔女
お菓子の家には時間操作の魔法がかけられていたようで、エルヴィラが馬車を無理矢理止めた所から時間が進んでおらず、何事も無かったかのように再出発した馬車は、あっという間に王宮へと辿り着いた。
その後馬引きに滅茶苦茶怒られたが。
エルヴィラが案内された場所は反乱の魔女が宣戦布告してきた王室である。
ベルナールは用事があるからとどこかに姿を消し、エルヴィラは一人長い廊下を歩いていた。
現在進行形で誰ともすれ違っていない。
(全員を別の場所に移動させたのか、それとも国外か)
その場合は最早『避難』であるが。いや、実際そっちの方が正しいのかもしれない。
(そりゃ魔女同士の戦いがあるなんて聞かされたら、逃げ出さずにはいられないだろうね)
化け物同士の殺し合い、巻き添え御免の無差別攻撃必至の戦争だ。最悪どちらが勝とうとこの国が滅びかねない。
あの黒猫が言ってたナンセンスというのはかなり的を射ている。しつこいようだが、魔女に魔女を狩らせるなんて自殺行為にも等しい愚行だ。
いくら切羽詰まっているとしても、それだけは避けるように行動すべきだ。
(火事が広がらないように周りの家を焼き払うようなもんだよ……万が一、反乱側と私達が手を組んだらどうするつもりなんだろう?)
エルヴィラは既に反乱側の魔女を一人殺してしまっているわけだから、相手が勧誘してくる事は無いだろうけれど、他の魔女は分からない。
(それとも全員、何か国側についてメリットがあるのかな?)
自分にはほとんどメリットは無い、身を守る為に参加しただけだ。だが『味方』となる他の国側の魔女達になんらかの大きなメリットがあるのだとすれば?
(いや、考えにくいな……だとすれば全員が……いや、それもあんまり考えられないけど)
全員がなんらかの弱みを握られている。とも考えたが、それこそ反乱側と協力して黙らせれば良いだけの話だ。極端な話かもしれないが、これがダメならああしよう、という思いつきみたいな事が簡単に出来るのが魔女という存在だ。だからこそ忌み嫌われるし、時には頼られる。
特別な存在。それ自体は否定しない。
別に人間扱いして欲しいわけじゃ無い。ただ存在する事を許してもらいたいだけだ。
(私達が人間みたいな形をせず、思考も持ってなかったらもうちょい重宝されたかも? 死んでもごめんだけどね)
もっとも、魔女はちょっとやそっとじゃ死なないが。
ちょっとやそっとでは、死なない。しかし今から始まるのは魔女が死ぬ可能性がある戦争。
エルヴィラは大きくため息を吐き、金色の髪をくるくるといじりながら考える。
(謎はまだまだあるんだよなぁ……ベルナールが私を勧誘しに来た時、その前に来たあのハンター……あれは完全にベルナールからの刺客だった……死ぬと分かってて挑ませたのか? 上手く言いくるめたとしても……やっぱり効率が悪い気がする)
エルヴィラの勝手な評価だが、あのベルナールという男はバカでは無い、と思う。少なくとも国が大ピンチという時に、その大切な兵力を無くすような愚行はしないはずだろう。ましてや味方にする予定の魔女ならなおさらだ、組ませればもっと強力な戦力になったかもしれない。
とってつけたような、いい加減な作戦。故に考えがさっぱり読めない。
(……まぁ、いいや。私は私の為に戦うだけだし、さっさと終わらせてペリーヌのお菓子食べよう)
そんな事を思っているうちに、王室の扉の前まで来ていた。他の扉とは違って豪華な装飾で彩られていたのですぐにそこが目的地だと分かった。
エルヴィラは大きな取っ手を両手で握り、力一杯押す。大きさも他の部屋のと比べると三倍はありそうな木製の扉がゆっくりと開いた。
「あん?」
部屋に入ったエルヴィラは、怪訝な顔で中央の台座を見る。
真っ赤な絨毯が広げられ、真っ白な壁に囲まれ、奥にはこの国の国旗が掲げられた王室のど真ん中に設置してある四つの台座の上に四つの生首が置かれていた。
豪華な部屋の雰囲気を一気に不気味に変えているソレの正体は、なんとなく察しがついた。
既にこの国に王はいないのだ。既に国としての戦争には負けている。兵士の血も国民の血も一滴も流さないまま、大敗していたのだ。
(なるほどねぇ、だからこそこんな国を捨てるような真似が出来るわけだ)
勝負に負けた敗者なら、ゲームに参加出来なくなった部外者なら、ルールを守る義務も必要も無いという事だ。
「それにしても……」
その生首もさることながら、もう一つ。この部屋の中で浮いているものがあった。
部屋の両脇に置かれた石の台。その上にそれぞれ十二本ずつ蝋燭が立てられていた。
(合計二十四本、なんだあれ? この部屋はなんか儀式とか行われてたわけ?)
んなわけあるか。
疑問を残しながら、最後にエルヴィラは部屋のあちこちにいる集められた魔女達に目を向ける。
当たり前だが、やはり自分だけではなかったかとエルヴィラは少し安心した。
何人か見知った顔もいる。目的が同じなら彼女達全員が今から味方なのだ。はっきり言って心強い。
(アリスにペトロ……あの二人がいるのはびっくりだな、ってかよくあの二人に声かけたな)
エルヴィラは少しだけベルナールに感心した。
(いや、それを言うならアイツに声かけたのも相当か)
エルヴィラが向けた視線の先には、騎士のような鎧に身を包んだ長い金髪で、左目に眼帯をした女がいた。彼女は部屋の隅で、ただじっと目を瞑ったまま佇んでいた。
(『鎧の魔女』ジャンヌ……魔女であり騎士でもある変わり者……アイツ傭兵とは違って金では動かないんだけどなぁ)
彼女の行動原理は正義か悪かである。こちら側にいるという事は、今回は国側に彼女なりの正義があると判断したのだろう。と、エルヴィラは勝手に結論付けて、それ以上考えるのはやめた。
その他にもまだ魔女はいるようだが、エルヴィラが顔を知っているのはその三人だけだ。もっとも向こうが覚えていないかもしれないが、それでも顔見知りな事に変わりはない。
「君、随分小さいね、君も魔女なのかい?」
不意に、若い女の声がエルヴィラにかけられる。見るとそこには紫色の髪とマントを付けた長身の女がいた。
誰だろう、初めて見る顔だ。
「ああ、うん、そうだよ。『縄張りの魔女』エルヴィラ」
「『残虐の魔女』フランチェスコ。そうなんだ、お互い大変だねぇ……おっかない魔女達と戦わされるなんて」
あんたの肩書きも相当おっかねぇよ、とエルヴィラは思う。残虐の魔女って、一体何したらそんな風に呼ばれるんだ。
自分から名乗ってるんだとしたらもっとヤバい奴だけども。
「まぁ仕方ないよね、どんな奴らか知らないけど……国滅ぼすって言ってるんだったら止めないとね」
「へぇ、アンタは素直に国の為に戦いに参加してるんだ?」
「……? そりゃあ住むとこ無くなったら困るでしょ、食べ物とか必要なもの買えなくなっちゃうし」
ああ、そういう理由か。まぁ別の国に移り住むっていうのも一つの手なんだろうけど、かかる手間が半端ない。魔女だとバレれば即死刑。だから変装とかしなくてはいけないし、偽の住所とか名前とかも用意しなければならない。
だったらそもそも都市部なんかに住むなって話なんだけど、ペリーヌみたいに完全に社会に溶け込み紛れる事が出来れば人間が多く住むこの場所は便利だし快適な住処だ。
せっかく快適に暮らし始めたのに、国を滅ぼされたんじゃたまったものじゃない。今までの苦労が水の泡だ。
「エルヴィラは? どんな理由で?」
「あ、いや、私は」
エルヴィラが返答に困っていると、入口の大きな扉がゆっくりと開いた。
フランチェスコが「また来た」と言ったので、エルヴィラもそちらを向く。
入って来たのは男女の二人組だった。
(あ? 男女?)
「うん? あれ? 女ばっかり……ってか魔女ばっかりじゃん」
「うーわっ! ほら見ろよ姉ちゃん! 完全に俺だけ浮いてんじゃねぇかよ!」
不思議そうに辺りを見回す黒いローブにとんがった帽子といかにも魔女という格好をした銀髪の女と、背中にマスケット銃を携えた、気まずそうにしている猟師の様な金髪の男。
そんな二人を……というよりは男の方を不思議そうにエルヴィラが見ていると、フランチェスコが先ほど自分に声をかけて来た時と同じように二人に近寄り「こんにちわ」と言った。
「貴方達も参加するの?」
「もちろんもちろん、『反乱の魔女』とかいう連中をぶっ殺してやる為に来たんだよ! 商売の邪魔だからねぇ!」
溌剌とした声でそう答える女に対して「姉ちゃんあんまり知らない奴と話さない方がいいんじゃねぇ?」と、男が一歩前に出て、若干テンションが高い女を制止する。会話から察するに、二人は姉弟なのだろう。
「大丈夫だよ、私達は同じ目的を持った味方になるんだから……っていうか君はなんだい? 魔女が集められているこの場に何故男の人が?」
フランチェスコの問いに弟は顔をしかめて姉を指差し「ついて来いって言われたんだよ」と短く言った。
怪訝そうな顔をして「えー、私のせいにすんのかお前……」と姉は言ったが、すぐに思いついたよう「あ、自己紹介忘れてた!」とフランチェスコに向き直った。
「『凍結の魔女』ゲルダ! よろしくぅ!」
「『残虐の魔女』フランチェスコ……なんだけど……そっちの彼は?」
「別に俺は魔女じゃないんだからいいだろ……」
顔を背ける弟だったが、ゲルダに肘で小突かれ渋々「ウィッチハンターのカイだよ……」と答えた。
「ウィッチハンター?」
フランチェスコはその単語に反応する。いや、彼女だけではない、その場にいた魔女全員が彼の方を向いた。
「なに、もしかして私達の敵って『反乱の魔女』だけじゃないの? だとしたら貴方達姉弟はお互いに殺し合いに来たってわけ?」
警戒心剥き出しにして問うフランチェスコをキョトンとした表情で姉弟は見ながら
「はぁ? 何言ってんのこのねーちゃん? 私が弟を殺すわけないじゃん」
「ああ? 何言ってんだこのスレンダー魔女? 俺が姉ちゃんを殺すわけねぇじゃん」
二人は声を合わせてそう言って、そのまま離れて行った。途中王とその家族達の生首を見てゲルダが爆笑していたが、弟の方は完全にビビっていた。
姉弟を含めて現在この場には十人の作戦参加者がいる。そして『反乱の魔女』は全部で十二人。
来るとしたらあと二人か?
いや、もっと来るかもしれない。なにも律儀に人数を向こうに合わせなくても数で攻めてしまったっていいのだから。
これはスポーツじゃなくて殺し合いなのだから。
「ねぇフランチェスコ?」
エルヴィラは暇つぶしに近くにいた彼女に話しかける。
「うん? どうした?」
「あと二人……だと思うけどさ? 誰が来ると思う?」
「あと二人?」
フランチェスコは首をかしげる。
はて、何かおかしい事を言っただろうか?
しかしすぐにフランチェスコは「あ、そっか」と言って天井を指差す。不思議に思いながらもエルヴィラは指差す方を見上げる。
部屋をキラキラと豪華に照らす大きなシャンデリア、その上にモゾモゾと動く影があった。
「なにあれ」
「『皮剥ぎの魔女』マリ・ド・サンスだって、ここに来てたの彼女が一番乗りだったらしいよ?」
布を適当に縫い合わせた継ぎ接ぎだらけの服を着て、両手に巨大な鉤爪をつけたエルヴィラよりも幼い少女。彼女は髪と同じ真っ黒な瞳で、ジッと集まった魔女達を見下ろしていた。
「あの子がいるから……あと一人、来るとしたら、だけどね?」
フランチェスコはそう言って、入口の扉を見つめたままそれっきり喋らなくなった。
部屋全体に重苦しい雰囲気が漂う。大して気になっているわけでもないが、最後の一人の到着を全員が待っている感じだ。
もちろんエルヴィラもどんな奴だろう? という程度には最後に来るであろう魔女に興味は持っていた。
もちろん彼女達は知らない。
既に自分達の味方になるはずだった魔女は殺されていて、ここに来る事は無いという事を。
既に戦争は始まっているという事を、知る由も無い。