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魔女伝  作者: 倉トリック
魔女の館編
57/136

やりたい事

「何考えてんだ忘れ形見!」


 声を荒げるエルヴィラをおもむろに抱き抱えて、ジャンヌは飛び出すように走り出す。


 そして、そのまま一番近い部屋へと転がり込んだ。


 室内は暗く、よく見えなかったので、ジャンヌはランプで明かりを灯す。


 砕けた木製のテーブルに、荒れたベッド。どうやらここは寝室のようだった。


 来客用なのか、ここの従業員用なのか、判断がつかないほど荒れていたが、今はそんなことどうでもいい。


 ランプをまだ形が残っている椅子の上に置いて、部屋の真ん中に設置する。中身のアルコールは十分だから、しばらくはここの明かりを確保できるだろう。


 注意すべきは、閉じた扉に突き刺さったまま、ガタガタと震えている刃物の束だろう。


「突き破ってくるのも時間の問題か…早くドールちゃん探さないと」


「忘れ形見…お前、ほんと何考えてんだ」


 エルヴィラが、苛立ちを隠そうともせず、震えた声で言う。


「何って…見えない相手と戦うより、あの子の欲求を満たしてあげて、説得した方がいいでしょ、あの子、寂しいだけなんだよ」


「アイツが寂しいっていうのは、私達が殺されていい理由になるってのか?」


 エルヴィラは扉に防御魔法をかけ、一時的に木製の扉を、硬い盾へと変える。

 突き刺さったままのナイフや短剣は、硬化した扉に挟まれ、身動きが取れなくなってしまった。


「効率の話をしてるっていうなら、さっさと見えないガキを殺すべきだ、姿が見えないってだけで、痕跡は必ず残る。それを辿れば、本体を叩くのなんて容易い」


「あのね、エルヴィラ、私達は魔女狩りをしに来たんじゃない、魔法を回収しに来たの。ただの物探しに、死人が出ていいわけ無いでしょ」


「その点で言ってみても、もう遅いだろうが、首無し死体が転がってるの見てなかったのか? アイツは魔法を使って人殺しをしている、もう誰に殺されても文句は言えないんだよ」


「…それは…ドールちゃんが望んでやった事じゃ無いかもしれないし…」


 果てが見えない会話に、最初に折れたのはエルヴィラだった。彼女は小さく舌打ちすると、扉を睨みつけながら言う。


「とにかく今はこのクソみたいな状況をどうにかする事が優先だ、言いたい事は山ほどあるが、ここで死んだらどうしようもねぇ、おい忘れ形見、何か考えがあってここに転がり込んだんだろうな?」


 防御魔法とはいえ、いつまでも待つわけじゃ無い。一定量のダメージを受けてしまえば、ただの扉に戻ってしまう。


 とは言え、今はかなり長持ちしている方だった。それは、ドールの魔法が弱いという何よりの証拠である。


 これがもし、『反乱の魔女』の誰かが相手なら、一瞬でこの扉は破壊されて、自分達は追い詰められていただろう。


 会話する時間も、考える時間も十分にある。


 エルヴィラには、それが逆に不気味だった。


「考えはあるよ…かなり強引な手だけどね、エルヴィラ、鎧の魔法効果はまだ生きてるよね?」


「当たり前だろうが、ここにくる前に全部メンテしたからな」


「そう、じゃあ良かったっ!」


 ジャンヌは天井に手を伸ばす。すると、まるで吸い寄せられるように、ジャンヌは天井に引き寄せられ、まるでトカゲのように張り付く事が出来た。


 エルヴィラが鎧に付けた魔法効果、物体を引き寄せる魔法、それは、対象が重すぎたり、固定されていたりすると、逆に自分が吸い寄せられるという性質を持っていた。


 それを利用すれば、壁や天井をも足場に出来るということである。ジャンヌは、前回の戦いでそれに気付き、今までこっそり練習していたのだ。


「立体的に動けるなら、攻撃範囲も退路も多く確保できる、戦術の幅が広がるよね、予想以上に使える魔法だよ、これ」


「そいつはどうも、で、どうするんだ? そうやって張り付いたまま、天井ぶち破ってここから出るつもりか?」


「いや、わざわざ壊さなくても、ほら、色んなところに穴が空いてるし、そこからとりあえず別の場所に出よう」


 ジャンヌは、蝙蝠のように逆さにぶら下がり、エルヴィラに手を伸ばす。その様子を見て、若干、いや、かなり引きながら、エルヴィラは彼女の手を握った。


 正直、遠くにある武器を取れたら便利だろうな、ぐらいの気持ちで付けた魔法だったのだが、こんな使い方が出来るとは思っていなかった。


 今までが強烈過ぎて、印象が薄かったが、やはり彼女も、『鎧の魔女』候補だっただけの事はある。剣だけでなく、魔法を使う事に対しても、かなり才能があるように思えた。


 エルヴィラが腕にしがみついたのを確認してから、ジャンヌは再び張り付いて、ポッカリと空いた大きな穴をくぐる。


 一体どうなったら、こんな大きな穴が空くのだろう、などと考えながら、先の空間へ顔を覗かせる。


 恐らく二階にある、どこかの部屋だろう。作りは先ほどまでいた部屋と、ほぼ同じだった。


「何もない…何もいない…よし、安全」


 ジャンヌは床に這い上がり、エルヴィラを引き上げてから、恐る恐るドアノブに手をかける。


「声と様子から察するに、多分ドールちゃんは階段を登ってすぐ、あの古時計があった場所にいる…と、思う」


 見えないので確証は無いが、位置的に、あの場所が一番、自分達の様子を見やすいのではないか。


 だとすれば、気付かれずに二階に上がれば、背後を取れるかもしれない、もし古時計前にいなかったとしても、まだ自分達が一階の客室にいると思っているのなら、あの扉の前にいる可能性が高い。


「…問題は、姿が見えない相手の背後をどうやって取るか…だよね」


 問題どころか、そこが一番肝心要、真っ先に考えるべき事であるはずなのだが、攻撃を受けてる最中では、逃げ道を探すのがやっとだった。


「そこは、私が攻撃を仕掛けりゃいいだろ、アイツの注意が私に向けられれば、アイツの背後にお前が立ちやすくなる、後は刺すなり斬るなり好きにすりゃあいい、数の利を活かそうぜ」


 いきなり刺すつもりも斬るつもりも無いが、エルヴィラの作戦には賛成だった。しかし、それをするにも、一つだけ問題がある。


「それだとエルヴィラが集中攻撃を受ける事になると思うんだけど…大丈夫?」


「その点に関しては心配すんな、二日も連続でこの場所に私は来ている、何秒分過去の私がいると思ってるんだ」


「ああ…なるほど…本当はそういう自分を盾にするみたいな方法はやめて欲しいんだけど、わがまま言ってられないか…」


 じゃあ行くよ、そう言って、ジャンヌはドアノブを回す。


 回そうと、した。


「あれ? 扉が開かない」


「あ? 鍵でもかかってるってか?」


 そんなはずはない、それに、これは鍵がかかって開かないというよりも、ドアノブ自体が固定されていて、回す事が出来ないから開かない、という感じだった。


 これはまずい、完全に予想外だ。てっきり朽ちているから、どこでも出入り自由なのかと思ったが、どうもそうではないらしい。


 いや、考えてみれば自然な事かもしれない。


「どうしよ、無理矢理突き破ったりなんかしたら、物音で完全にバレちゃう」


 剣で扉の接続部を切るか。いや、それでも少なからず音はする。それにかなり時間もかかる。


「なぁ、忘れ形見」


「ん?」


 エルヴィラが、天井を見上げながら言う。


「私もしかして、急成長したのかな?」


「は? 何言ってるの、こんな時に、冗談なら後にしてよ」


「だよな、そんなわけないよな…」


 言葉を濁すエルヴィラが気になって、ふと、ジャンヌは彼女が見つめる先を見る。


 しかし、特に何もない。天井が広がっているだけだった。


 しかし、何か違和感を感じる。


「…エルヴィラ、何か…妙なんだけど」


 心なしか、息苦しい、どこか圧迫感を感じる。


 この部屋は、この部屋の天井は、はたして()()()()()()()()()()()()()


「…まさか」


「だよな? 見間違いじゃねぇよな」


 天井が低くなっている、否、自分達を押しつぶそうと、迫ってきているのだ。


「っ!」


 理解した瞬間、ジャンヌの行動は早かった。


 急いでエルヴィラを抱えて、自分達が這い出てきた穴に飛び込み、一階の部屋へと避難する。


 着地した直後、上の階で、重い衝撃が走った。


「あ、危なかった」


「忘れ形見! だから油断すんなって!」


 ジトリと、湿ったカビ臭い匂いがジャンヌの鼻をかすめる。それが何か理解する間もなく、ジャンヌは急激な息苦しさに襲われた。


「うぁっ!」


 何が起こったのか分からない、しかし、何をされているかは分かる。


 じっとりと湿った何かが、自分の首に巻きついているのだ。それは、徐々に力が強くなり、振りほどく事すら出来なくなっている。


 このままでは、首の骨を圧し折られるか、呼吸困難か、どちらにしても、良い結果は見えて来ない。


「…え…ぅ…いあ…!」


 霞む視界でエルヴィラを見る。しかし、そこには、自分と同じように、首を絞められているエルヴィラの姿があった。


 そこで、ジャンヌは初めて、自分達が何に絞められているのか分かった。


 エルヴィラの首に巻きついているのは、役目を全く果たさず、垂れているだけだったカーテンだった。まるで、意思を持った蛇のように巻きついている。


 となると、位置的に、自分の首に巻きついているのは、朽ちたベッドのシーツだろうか。


(って、いや、そうじゃないっ!)


 生き物じゃない、家具が襲いかかってくる。


 カーテンにシーツ、いずれも布から作られている。


 だとすれば、かなり好都合だ。


 ジャンヌは力を振り絞り、部屋の真ん中まで一気に移動する。


 動けば動くほど締め付けは強くなっていくが、しかし、無理したおかげで、目的の物を手に入れる事が出来た。


 最初に設置したランプ、それを掴み、思い切り自分の首に叩きつけた。


 ランプは割れ、中のアルコールが染み出す。


 直後、首を絞めていたシーツに引火して、勢いよく炎をあげる。


 湿っているとはいえ、完全に濡れているわけではない。もっと言えば、湿っている部分でさえ、ほんの一部分だけだ。


 燃やすには十分である。


 パラパラと灰になっていく部分に、剣を突き立て、ザクリと野菜を切るように斬り裂いた。


 一歩間違えれば、頚動脈を切りかねない危険な行為だったが、そこは剣の達人である騎士ジャンヌ、朦朧とした意識の中でも、冷静に対処する。

 自分の首を切るような、そんな無様な失敗はしない。


 シーツは崩れ去り、締め付けの苦痛から一気に解放される。しかし、安堵する間も無く、そのまま剣をエルヴィラの首に突き立て、自分と同じように、カーテンをザクザクと斬り裂いた。


「がはっ!」


 二人とも、酷く咳き込みながらも、何とか呼吸を整えて、すぐさま部屋の外へと飛び出した。


「わぁ、すごい、生きてたんだ…」


 姿なき魔女が、静かに驚く。


「はぁ…はぁ…ド、ドールちゃん…そこでしょ、その時計の前にいるんでしょう…見つけた事に…なったりしない?」


 かなり無理をして笑顔を作りながら言うジャンヌに、ドールは小さくため息をつく。


「本気でかくれんぼのつもりなの…? お姉さん今死にかけたのに? 分からないわ…それに、かくれんぼなら、ほら、私に触れないと、タッチしないと捕まえた事にならないでしょ?」


「え、タッチのルール私知らない…」


「忘れ形見!」


 息を荒くしながら、エルヴィラが今度こそ本気の怒声を上げる。


「ここまでされてまだ分からねえのか! 話が通じる相手じゃねぇんだよ! 言葉も想いも通じねぇなら、戦うしかねぇだろうが! お前は何だ、何の為にその鎧と剣を身に付けてんだよ!」


「話は通じてる! 私達が戦う理由なんて、本来全く無いんだよ! そんなにエルヴィラは殺し合いたいの⁉︎ 私は無駄な死人を出したく無い…死にたくないし、誰も殺したくない! 私がやりたい事は、こんな事じゃないの!」


「ああ、そうかよ…それは大層ご立派だなぁ、忘れ形見、だがな」


 辛そうにしゃがみこみながら、声を荒げるジャンヌの胸ぐらを掴み、ものすごい剣幕で睨みつけながら、エルヴィラは声を低くして言う。


「誰かを守るっていうのが、戦う事を放棄するって意味だと思ってんなら、お前はもう騎士でも何でもねぇ…自分のわがまま突き通して、自分も味方も殺したいっていうなら…それがお前のやりたい事なら…好きにすればいいさ」


 私はごめんだがな、と言って、エルヴィラは転移魔法で出現させた剣を自分の周りに漂わせ、見えない敵を睨みつける。


「…なんか、すごい仲間割れみたいな事したけど…大丈夫? 貴女一人で戦えるの?」


「安心しろや、こう見えて、私はまぁまぁ強い…ここにいる"騎士もどき"よりよっぽど戦えるさ、言っとくけど、私は甘くねぇぞ、容赦しねぇからな」


「ふーん…」


 月明かりが差し込み、館全体が明るく照らされる。


 中央にある階段、それを登ってすぐのところにある、大きな古時計。


 その前に、彼女はひっそりと立っていた。


 黒く長い髪に、ビー玉のように黒く輝く大きな瞳、病気かと疑ってしまうほど、白い肌をした少女が、そこに立っていた。


 両手に鞭を持ち、興味無さそうにこちらを見ていた。


「隠れるのはやめたのか」


「意味が無いと、思ったから」


 両者、武器を構えて、そして本日二回目の名乗りを上げる。


「『縄張りの魔女』エルヴィラ」


「『不可視の魔女』ドール」


 魔女同士の対決が、再び開始された。

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