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魔女伝  作者: 倉トリック
魔女の館編
56/136

戯れ

「結局夜じゃねぇか」


 月明かりに照らされる、廃墟『無冠城』を見上げながら、エルヴィラはぼやく。本当なら、真昼に乗り込むはずだったのだが、マーガレットとの対談に、予想以上に時間を取られてしまい、辿り着いた時には既に陽は沈んでいたのだ。


「なんかいつも夜だよね、私達が何かする時って」


 言いながら、ジャンヌは前回の事を思い出す。


 魔獣化した村長の急襲に、油断してはぐれてしまい、危うく死にかけた。


「なるべく離れないように気を付けないとね」


 ジャンヌが言うと、エルヴィラも小さく頷いた。


 しかし、頷いたエルヴィラは、実は全く違う事を考えていた。


(前回といい今回といい、やはり分からねぇな、ケリドウェンの魔力を感じるから、アイツが仕掛けた魔法に違いは無いんだろうけど、それでもピンと来ねぇ)


 魔獣化した村長、人間の、男が、魔獣化していたのだ。今まで『皮剥の魔女』マリ・ド・サンスしか使えないと思っていた、驚異の魔法を。


 元々アレをケリドウェンが持っていたのだとしたら、アイツは何故それを使わなかったのか。


 いや、使えなかったのかもしれない。精神どころか何もかもがゴテゴテの不安定になってしまう魔獣化を、みだりに多用する奴だとは思えない。


 しかし、だとしても、アレだけ頼りになる仲間がいたのに、何故ケリドウェンは魔獣化という奥の手を最後まで使おうとしなかったのか。


 あの村長戦から、エルヴィラはそんな疑問を感じ取っていた。


(『最後の魔女狩り』で、アイツが最後になった魔獣とは、また違う感じだしな、アレは完全に魔力の暴走だった)


 だとすれば、考えられるのは別の可能性。


 そもそも、村長に宿ったあの魔法に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 老人の体に、強力な魔力が耐えきれず、魔獣化した、と考えるのが自然かもしれない。だが、その割には、村長は魔獣化を操っていたように見える。


 だから、つまり、あの魔法は、ややこしい考え方かもしれないが、()()()使()()()()()()()、魔獣化という効果を得たのかもしれない。


 そうなると、あの魔法の特性がかなり変わって来ることになる。


(まさか…)


 まさか、七つの魔法は、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 今はまだ分からないが、そうだとすれば、かなり厄介だ。


 本当に対応出来なくなってしまう。


(まだ可能性の域を出ないが…あり得ない話じゃない)


「どうしたの? エルヴィラ、難しい顔して…もしかして調子悪い? やっぱり出直そっか?」


 心配そうにこちらを覗き込む視線に気付き、エルヴィラは咄嗟に舌打ちして、わざと機嫌が悪いアピールをする。


「なんでもねぇよ、魔力も体力も絶好調だっつーの、私はいつでもヤれるぜ?」


 そう言って、エルヴィラは館の玄関に手をかける。


「さて、ご対面と行こうじゃねぇか」


 珍しくエルヴィラは、戦う気満々であった。あわよくば、自分の推理があっているのかどうか、確かめたかったからだ。


 ジャンヌが鞘に手をかけ、扉に張り付くようにして待機するのを確認すると、エルヴィラはゆっくりと扉を開いた。


 室内は、破れた天窓から差し込む月の光に照らされているおかげで、思いのほか明るく、視界を全く遮断される、という事は無かった。


 念のため持ってきたランプに明かりを灯し、一歩、中に足を踏み入れる。


「よぉ、また来たぞ、いるんだろ? 隠れてないで出てこいよ」


 おもむろに、エルヴィラが大声で話し始める。


 同じ魔女なら心を開いてくれるかもしれないという、ジャンヌの安直な思いつき作戦であった。


「隠れながらじゃねぇと攻撃できねぇのか、相手が弱ってねぇと話さないとか? 勘弁してくれよ、引きこもって隠れるだけで、お前他に何が出来るんだよ、ああ?」


 毎度の事だが、もうちょっと言い方を考えて欲しいと、ジャンヌは心から思う、今後の対応に支障が出る危険性だって十分にあるのだから、その辺の配慮ぐらいして欲しい。


 しかし、他に頼れる魔女がいるわけもないので、ここはエルヴィラに任せ、口の悪さにも目を瞑るしか無い。


「反応無し、か、聞こえてねぇのか無視してんのか、もし無視してるんならよ、無視出来ないような状況に追い込んでやればいいか? 例えばこの建物に火を付けるとかよぉ」


「…あれ? 貴女昨日の…」


 今回は、攻撃よりも先に、少女の声が二人に向かってかけられた。


 咄嗟に二人とも周囲を警戒する。


「おかしいな…大きいお姉さんはともかく、金髪の小さい子は、昨日確実に殺したはずなのに…もしかして、お姉さん、蘇生魔法でも使えるの?」


「…え?」


 予想外の問いに、若干ジャンヌは戸惑ったが、すぐにその謎は解けた。


 なるほど、彼女はジャンヌが魔女だと思っているのか。確かに昨日の状況だと、まるでジャンヌが暗闇の魔法を使って目眩しをして、エルヴィラを抱えて逃げていったように見えただろう。


「何しに来たの…? もしかして仕返し? 急に入って来た貴女達も悪いと思うけど…それとも私に何か御用?」


「人にあれこれ聞く前に、まず自分から名乗ったらどうだ、魔女なんだろ? 出来るか? 名乗り、なんなら私が手本見せてやろうか」


 エルヴィラはスカートの裾をつまみ、お辞儀してから名乗る。


「『縄張りの魔女』エルヴィラ」


「『不可視の魔女』ドール」


 反射的にドールも名乗って、すぐに自分の勘違いに気付いた。


「あ、魔女は貴女だったんだ、ごめんね、あまりにもあっさり死んでたから…勘違いしてた」


「悪かったな! 豆腐並みの強度で!」


 声を荒げるエルヴィラに対して、ドールは冷静に、静かに質問を続ける。


「もう一度聞くけど…何しに来たの…エルヴィラが魔女なら、お姉さんは誰? その腰にかけてる剣は何?」


「私は騎士団団長のジャンヌ、訳あって、貴女の魔法を調べに来たの、敵意はないよ、剣は標準装備だから腰についてるだけ」


 ジャンヌは剣から手を離し、見えない相手の質問に答える。


 未だに、ドールは二人の前に姿を見せない。声しか聞こえないのだ。


「私の魔法…? そんな事調べてどうするの?」


 魔女にとって、自分の魔法を知られるというのは、あまり気持ちのいいものでは無い。その証拠に、エルヴィラだって、自分の魔法の全てをジャンヌ達に教えているわけでは無い、本質的な事の大半を隠している。


 魔法を知られる、という事は、魔法の弱点を知られるという事。それは、いざという時、自分で自分を追い詰めるという結果に繋がりかねない。


 どんな事情があるにせよ、魔法を調べているなどと言われれば、疑い、警戒するのが自然な反応である。


 そんな事は、ジャンヌもエルヴィラも承知の上だ。


 だからこそ、こちらは下手に隠さず、自分達の目的を明かしていく。自分達から正体を明かし、警戒心を解いていこうという事だ。


(まぁ、その明かした正体が、騎士団の団長なんだから笑えねぇよな、余計警戒心を強くさせるだけだっつーの)


 正直に答えるジャンヌを横目で見ながら、エルヴィラはそう思う。


「魔法を調べてる理由は、それが危ないものかもしれないから、貴女が元々持ってる魔法の他に、別の魔法は無い? 特にこの三年間で発現したような魔法が」


「……あるけど、危なくないよ…少なくとも私を魔女狩りから守ってくれる、大事な魔法だから」


「魔女狩り…」


 聞き慣れた言葉に、ジャンヌは少し動揺する。


 彼女も、長い月日を生きて来たのだろう、そしてその分、魔女狩りに狙われた過去を持っているのかもしれない。


 結界を張り、館に引きこもり、入って来た者を襲う。その行動原理が、何となく分かった気がする。


 しかし、既に魔女狩りは終わっている、彼女の心配は、今この場においてかなり的外れなものとなっている。


 まずは安心させるのが優先か。


「そっか、身を守る為に必要なんだね…でもね、安心して、もうそんな事しなくていいんだよ? 魔女狩りは終わったから」


「……」


「今まで怖い思いしたかもしれないけど、もう大丈夫だよ、自分の身を守るのに必死になる必要は無いの、どうしても不安なら、私が守ってあげるから」


 長い間ここに隠れていて、外の事を知らないのだとしたら、彼女は、魔女狩りが終わった事自体知らない可能性がある。ならば、ストレートにその事実を教えてあげればいい。


 そうすれば、彼女が一番心配している不安が無くなって、


「もういいよ、そういう嘘」


 無くなる、はずだった。


「避けろ忘れ形見!」


 エルヴィラの声が耳に届く頃には、ジャンヌは体を傾けて、前方から飛んできたナイフや包丁の束を避けていた。


 その直後、天井から伸びて来た、輪っかになったロープを剣で斬り裂き、ジャンヌはやっと態勢を整える。


「なに…が」


「テメェ、どういうつもりだ『不可視の魔女』!」


 困惑するジャンヌの前に立ち、エルヴィラが怒声を上がる。


「うるさい…うるさいうるさいうるさい、もう騙されるもんか…前に来た男みたいに、どうせ貴女達だって私を騙して殺そうとするくせに」


 ドールの声の調子が変わった。ヒステリックというか、塞ぎ込んでしまったような、悲鳴にも似た叫び。


 前に来た男、というのが、どんな人物だったか分かりかけて来た。


 斬首された彼は、彼女を騙して殺そうとした、今の時代そんな事をするのは、異端狩りぐらいしかいないだろう。


 エルヴィラは、そのまま放置された首無し死体を恨めしそうに睨みつける。


 余計な事しやがって。


「おい『不可視の魔女』! お前を殺しに来た奴らは異端狩りっていうイカれた連中だ! そいつらと私達は無関係だ」


「そうだよ! 私達騎士団とも対立してて、私達はその人たちみたいに嘘はついてない! 貴女を助けたいの!」


 必死に呼びかけるが、攻撃が止む気配は無い。二人の前に、丸鋸のように回転する刃の束、異端狩りの首を斬り、身代わりのエルヴィラを斬り裂いたあの凶器が、再び姿を現した、しかも今回は一つだけでは無い。


 五つの束が、二人の周りをぐるぐると回っている。


「信じられると思うの? 私の魔法を調べて、何をするつもりだったのか分かったよ、どうせ仲間に教えて、袋叩きにするつもりだったんでしょ、私を助ける? そんなつもりないくせに!」


 ドールの叫びに反応するように、凶器が二人に襲いかかる。


 フリスビーのようにユラユラと、しかし高速で、ジャンヌとエルヴィラの首に向かって飛んでくる。


「っ!」


 ジャンヌは咄嗟に剣を振り上げて、凶器のバランスを崩す。弾かれたソレらは、ジャンヌの髪を擦り、明後日の方向へ飛んで行ってしまった。


 ジャンヌに向かって飛んできたのは三つ、残り二つはエルヴィラが防御した。


「いや、悪い忘れ形見、ミスった」


「どうしたの⁉︎ もしかして怪我した」


「いや、そうじゃねぇ、転移魔法で短剣出して防御しようとしたんだよ、そしたらさ」


 エルヴィラが言い終わる前に、ジャンヌはエルヴィラの失敗に気付いた。


 凶器の数が、増えている。


「まさか、エルヴィラ、短剣取られたの?」


「まさかくっつくと思わねぇじゃん? 現に忘れ形見の剣は取られてねぇしっ!」


 エルヴィラは爪を伸ばし、襲いかかる凶器を押さえる。しかし、回転の勢いが落ちる事はなく、みるみるうちに爪は削られていった。


「長くは持ちそうにねぇな! 忘れ形見! さっさと本体を殺れ!」


「ええっ⁉︎ でも」


「でもじゃねぇ! こうなったらもう交渉も何もねぇだろうが! 完全に敵対してる、殺らなきゃこっちが殺られるぞ!」


 エルヴィラの言い分はもっともだ、この期に及んでまだドールを説得しようとしている自分がおかしいのだろうと、ジャンヌは思う。


 でも、彼女だって被害者なのだ。こんな手を取らざるを得ない状況に追いやられたのは、ドールだって同じだ。


 同じ国に住む魔女を、騎士が守らなくて誰が守るのだろう。


 導けるのは自分だけだ、魔女に鍛えられた、人間の自分。


「ドールちゃん!」


 ジャンヌは防御しながら、魔女の名を呼ぶ。


「私は貴女を、ううん、貴女だけじゃない、今まで苦しんできた魔女を助けたい! 守りたい! この言葉に嘘はないよ!」


「ソレを私が信じられるだけの根拠がないもの、大体、どうやって私を守るの?」


 ドールは、冷ややかな笑いを含みながらジャンヌに言う。


「知りたいなら教えてあげる、私の特異魔法は『過不可視(フル・インビジブル)』透明化出来る魔法…私だけじゃなく、私が触ったものも透明化出来る…見えないし、匂いもしない、私を見つける事すら出来ないくせに、どうやって守るの?」


「…!」


「悔しかったら、私を見つけてよ、かくれんぼでもする? なんてね、お姉さん、それどころじゃないものね」


「…あ、遊んでる場合じゃ……遊ぶ?」


 ジャンヌは、マーガレットが言ったことを思い出す。


 姿を隠す相手は、恐れているから。見えないのであれば、見えなくさせられているのであれば、その理由を取っ払ってしまえばいい。


(あの人、この子のこと知ってたんじゃないの?)


 真意は分からないが、それでも、あの助言のようなものが、早速役に立つとは思わなかった。


 彼女、ドールが姿を隠している理由は、自分達が怖いから…だけでは無いだろう。


 彼女が姿を隠す理由を取り除くには、自分達の方から歩み寄って行くしかない。


 だからこそ、ジャンヌは、声を大きくして言う。


「分かった! だったら、見えない貴女を私が見つけ出す! 見つける事が出来たら、守れるって証拠になるよね!」


「…は?」


 ジャンヌの予想外の反応に、ドール本人が、困惑を隠せないようだった。


 しかし、考える隙も、反論する隙も与えずに、ジャンヌは、かなり一方的に話を進める。


「騎士ってね、人を守る存在なの、そんな騎士の団長が、女の子一人守れないなんて、あってはならない事だからね! 私は絶対貴女を見つけ出す、貴女はそのまま隠れてて、いや、見えないから、逃げ回ってもいいよ、絶対見つけるから!」


 超ハイレベルなかくれんぼだ、とジャンヌは言う。


 肉体の成長が止まっている魔女、外の世界に触れなければ、その精神すら止まったままだろう。


 少女のまま、何百年も、ひとりぼっち。


 そんなの寂しいに決まっている。彼女はきっと冗談のつもりで言ったのかもしれないが、それでも、彼女の言葉が、全て嘘だとは思えない。


 抑え込んできた感情が、願望が、言葉の裏に隠されている、ような気がする。


 ようするに、誰かと一緒に遊びたい。普通の子供みたいに。


 でも、今までは、世界がそれを許さなかった。魔女が存在する事自体、許さなかった。


 そんな彼女に、大人としてしてあげられる事。


 ひとりぼっちの女の子を、安心させて、なおかつ信頼してもらえる、唯一の方法。


「ドールちゃん、お姉さんと一緒に、かくれんぼして遊ぼっか!」


 ハイレベルでハイリスク。


 騎士団団長のジャンヌ、ここに来て、はじめて子供をあやすという経験をする事になる。


 命懸けで。

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