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魔女伝  作者: 倉トリック
魔女の館編
55/136

交渉の対価

 ジャンヌとエルヴィラは、館への道を引き返し、街の喫茶店へとやってきた。


 喫茶店『ウォーカー』。名前の通り、旅人など、街を歩く人の憩いの場所として親しまれている。


 ちなみに人気メニューはサンドイッチ。


 そんな中に、騎士と魔女、そして異様な姿をした女がテーブルを挟んで座っていた。


 当然のごとく、ざわつく店内。店員すらも、動揺していた。


「言っとくけど、もてなすつもりは無いからな」


 エルヴィラはサンドイッチを頬張りながら、不機嫌そうにそう言ってマーガレットを睨みつける。


 ちなみに、サンドイッチに挟まれていたハムは、全てジャンヌの皿へと乗せられている。


「なんで私のフルーツの上に生ハム乗せるの」


「私は菜食主義なんだよ、肉は食わねえ」


「だったら最初からサラダとか…ああ、もういいよ…」


 そんな二人のやりとりを、相変わらず不気味に笑いながら、マーガレットは見ていた。両目は包帯で隠されているので、確信はないが、恐らく、ずっとこちらを見ている。


「随分と…距離が近く仲睦まじく親交が深くあるようですねぇぇ…いやはや…羨ましい限りですぅぅ…もてなすなどととんでもない…今日は本日はこの度は…下賤な私が勝手に、大事なお話があって現れた次第でございますゆえ…」


 マーガレットは小さく頭を下げる。


 本当はこんなところでゆっくりしている暇はない、すぐにでも『無冠城』に向かいたいというのが二人の本音なのだ。


 しかし、マギアという組織が、異端狩りとはまた違った意味で厄介な相手であることを、ジャンヌは知っている。

 異端狩りは、魔女に対して容赦が無いが、マギアは魔女否定派に対して容赦が無い。


 実際今まで、マギアの犯行と思われる暴行事件などがいくつか起きている。しかし、いつも決定的な証拠が見つからず、取り押さえる事すら出来ずにいた。


 異常な宗教団体である事は間違いないのだが、しかし、それでも、異端狩りに比べれば、人からの支持は高い。


 今なお魔女狩り再開を謳い、時代にも人にも逆らう異端狩りより、魔女を信仰し、魔女を肯定していくマギアの方が、今の時代に合っていると言うところだろう。


(まぁ、そんなだから、異端狩りとマギアは対立してるらしいけど)


 組織同士の対立、当然といえば当然ではある、しかし、これを当たり前にしてはいけないのがそもそもである。


 国を守る身としては、やはりどちらも放っておけない。


 しかし、それでも、ジャンヌはマギアの方が厄介だと思っている。


 危険ではなく、厄介。


 何故なら、ジャンヌには、マーガレットの頼みを簡単に断れない訳があるからだ。


「さっさと話せよ、私らだって暇じゃねぇんだからよ」


「はいぃぃ…そうしたいところは山々なのですがぁぁ…下賤な私としては…あなたの正体がわからない内は、迂闊に無謀に軽々しく、話を進めるわけにはいかないのですぅぅ…」


「ああん?」


 不機嫌さを増していくエルヴィラだが、マーガレットの言い分は至極もっともである。そもそも、エルヴィラが一方的に名乗らせたくせに、エルヴィラ本人は自分の正体を何も明かしていない。


 勿論、魔女である事は隠しておかねばならない、魔女を信仰するマギアであれ、それは同じだ。


 否、相手がマギアだからこそ、エルヴィラが『防衛の魔女』の一人、『縄張りの魔女』エルヴィラだと知られるわけにはいかない。


 何をされるか分からない、それはエルヴィラ本人が一番よく分かっている。


 それでも礼儀として、相手に名乗らせたのであれば、自分も名乗らなければならないのは当然である。


「貴女はぁぁ…どこの誰ですかぁぁ?」


「……」


 エルヴィラは、ジャンヌの方をチラッと向く。


 どうする? と聞いてるようだった。


「あ…えっと、この子は」


「ジャンヌ様、下賤な私が高貴な貴女の言葉を遮るなど、無粋の極み、失礼極まりない事は重々承知なのですがぁぁ…ですが、下賤な私はこの子の口から、自らの正体を聞きたいのでございますぅぅ…」


 ジャンヌが紹介する前に、先手を打たれてしまった。


 ごめん、と言いたげな目で、ジャンヌはエルヴィラを見る。正直、エルヴィラに、気の利いたほどよい嘘が吐けるとは思えなかった。


 正直に名乗ってしまうのかも。ジャンヌの不安は膨らんでいく。


「チッ…エリーだ」


 エルヴィラは少し考えて、ポツリと偽名だけを答える。


「エリーちゃん、なるほどなるほど、可愛らしいお名前ですねぇぇ…それで、それでそれで、ジャンヌ様とはどのようなご関係にあられるのですかぁぁ?」


 流石に名前だけでは満足しないようで、しきりに関係性を尋ねてくる。正直言って、さっさとこの場から離れて、自分だけでも先に館に向かってしまおうかと思っている。


「この間、村が魔狼の群れに襲われてな、忘れが…団長さんに危ないところを助けられたんだよ、でも親が死んじまったから、とりあえず騎士団のお世話になってる…いわば孤児ってやつだな、これからどうするだろうな」


 もっと悲しそうに話してよ、とか、なんで所々他人事なんだよ、とか、そもそも口調が少女じゃないよ、とか、色々突っ込みたくはなったが、ジャンヌはグッと堪えて、苦笑いを浮かべていた。


「…そういう事でしたかぁぁ…エリーちゃんも大変でしたねぇぇ…なるほど、ジャンヌ様の慈悲に救われた少女…ああ、なんと、素敵な話なのでしょう…ジャンヌ様の素晴らしさが、より一層深く強く尊くなってゆく…」


 このいい加減な話を、マーガレットは信じたらしく、何故かひたすらジャンヌを褒め称え始めた。すっかりエルヴィラには興味を失っているようだった。


「あ、マーガレットさん、エリーは私の側にいないと、心が不安定になっちゃうから、席を外す事は出来ないんだけど、大丈夫ですか?」


 ジャンヌが言うと、マーガレットはにんまりと笑いながら「問題ありません」と言った。


「それでは本題へ移らせていただきますぅぅ…と、その前にぃぃ…一つ、確認をさせていただきたいのですがぁぁ」


 マーガレットは笑みを浮かべたまま言う。


「ジャンヌ様…」


「なんですか?」


「今現在、七つのうち、魔法はいくつ回収できておられますか?」


 ドクン、と、大きく心臓が跳ねる。露骨に視線を向けるわけにはいかないので、ハッキリとは分からないが、エルヴィラも驚いたような表情をしているようだった。


「なんの…ことですか?」


 ほぼ確定だが、それでもジャンヌはそう言わずにはいられなかった。

 いや、相手にかまをかけられている可能性もある、それこそ迂闊に話すわけにはいかない内容だ。


「…そうですよねぇ、当たり前ですよねぇ、至極当然ですよねぇ、国家レベルの機密事項、迂闊に話すわけにはいきませんよねぇ…しかし、残念ながら、既に七つの魔法の事は、多くの者が知っておりますよ…ジャンヌ様ぁぁ」


 違う、その事じゃない。ジャンヌが心配しているのは、そこじゃない。


 七つの魔法の存在が知られているのは、もうどうしようもない。村長が魔獣になり、異端狩りが魔法を狙っている、もはや情報の流出を止める事は不可能だろう。


 しかし、ジャンヌ、もとい、騎士団がその魔法の回収にあたっている事だけは、誰にもどこにも話していないはずだ。


 回収方法すら、分かっていないはず。


 でなければ、エルヴィラの正体をわざわざ確認したりしないはずだし、偽名を名乗った時点で何か動きがあってもおかしくないはずである。


 もし、マギアにその情報が流れているのだとすれば、誰が、何の為に、そして、どこまで。


 誰が、という点に関しては、ジャンヌはあまり考えたくなかった。


 この事実を知っているのは、王かその側近、そして、騎士団の仲間達しかいないのだから。


 緊張で早くなる鼓動、そして動揺を必死に隠しながら、ジャンヌは相手の言葉の意味を汲み取る事に集中する。


「ジャンヌ様? いまいくつ…集められてますか?」


「…」


 ジャンヌは、ゴクリと唾を飲み込み、マーガレットに笑顔を向ける。


「…何も出来てませんよ…魔法を見つける方法すら分からないのに…というか…なんで私達が()()してると思うんですか…? 破壊でも保管でもなく…」


 ジャンヌは賭けた、恐らく、まだマーガレットが自分達に対してカマをかけているのだということに賭けた。

 その可能性は十分にあると思ったから。彼女が、事実を細部まで知っている、と言うには、情報があまりに部分的すぎる。


「…んん…ふふふ…そうですかぁ…なるほどなるほど…ふふふふ」


 マーガレットは、満足そうに笑う。何か意図を含んだようなその笑い方は、ジャンヌの不安を一層大きくしていく。


「ジャンヌ様」


 マーガレットは嬉しそうに、声を弾ませながら言う。


「下賤な私達にぃぃ、その七つの魔法事件解決を、手伝わせていただかませんかぁぁ…?」


「…は?」


 ジャンヌは、思わずそんな声を上げてしまう。


「いえ…やはり、と、申しますかぁぁ…いくら騎士団とは言え、目に見えない魔法を使っての事件を解決するのは、苦戦、苦労されているのでは、と思いましてぇぇ…特に、七つの魔法騒ぎは、国同士の争いの火種になりうる可能性も孕んでおりますぅぅ…故に、騎士団が動かないわけが無いと思ったのですぅぅ…」


「…み、見事な推理力ですね」


 と、言ってみたものの、当然の事ではある。国を守る為の騎士団が、戦争に巻き込まれるかもしれないと言う事件を、無視するわけが無い。


 やはり、というならばこちらもやはり、と言わざるをえないだろう。


(やはり、情報を引きずり出そうとしていたんだ)


 本質的な事は何一つ知られてない。


 ジャンヌは改めて、マギア、いや、マーガレットの恐ろしさ、おぞましさを痛感する。


 散々褒め称えるような事を言っておきながら、マーガレットは、あろう事か、団長であるジャンヌ本人を利用して、無理矢理協力関係を築かせようとしたのだ。


 ジャンヌに喋らせる事によって、自分達が優位な立場にしようとした、マギアのバックに、騎士団をつけようとしたのだろう。


「恥ずかしながら、マギアは力が弱く、世間対して大きな影響力を持っておりません、しかし我々マギアが騎士団のお役に立てば、知名度と支持を上がり、我々の社会的地位が確立される…その為に、いわば卑しくも、騎士団を利用しようとした事を、どうかお許しくださいぃぃ」


「え、いや、ええ…」


 開き直ったように、自分達の胸の内をぶちまけるマーガレット。その真意が再び分からなくなり、ジャンヌは困惑する。


 これだって、自分の同情を買う為の演技かもしれない。


 しかし。


「ジャンヌ様ぁぁ…どうか私達に、社会に貢献するチャンスを与えていただけ無いでしょうかぁぁ…」


 すがるように言うマーガレットに、ジャンヌの心が少し揺れる。


 自分で作った組織とはいえ、人をまとめるという立場の気持ちは、痛いほど分かる。


 少しぐらい、手伝ってあげてもいいのかもしれない。人手は多いに越した事は無いだろうし。


「悪りぃけど、協力関係は多分無理だろ」


 ジャンヌの様子を見かねたのか、そんな風にエルヴィラが口を挟む。


「何故ですかぁぁ?」


「全てにおいて、騎士団にメリットがねぇだろうが、ボランティア集団じゃねぇんだぞ、今自分たちを利用しようとした、何企んでるか分からない奴らをうっかり仲間になんかしたら、余計な危険分子が増えるだろうが」


 エルヴィラはマーガレットを睨みつけながら言う。


「そもそも、お前は騎士団が『回収』していると断定した、まずそこがおかしい、そんな危険な魔法を、方法もわからないのに何故『回収』すると思うんだよ、普通は誰も近寄らないようにするとか、もっと安全な方法があるはずだ」


「魔法ですからねぇぇ…騎士団であれば、何か役に立つ事に使われるかと」


「どんな能力かも分からないのにか? 多くの人間を管理して、その安全も守らなきゃならない組織のトップが、そんな判断すると思うか? 魔法の回収、その言葉の真意は簡単だ、恐らくお前らにその発想があるからだ、何か目的があって、その為なら危険な魔法をも利用する、そんな発想があるからこそ、他の人間も同じ事を考えているかもしれないと言う結論にいきつく」


 エルヴィラはジャンヌの方を見ながら言う。


「そんな面倒くさい考え抜きにしても、この協力関係には、やはりお前らマギアにとっての利点の方が多すぎる。社会的地位を確立して何をしたいのか知らないが、騎士団を出し抜こうとしているのが見え見えだ」


 マーガレットは、ジャンヌ達に、既に魔法回収の手段があると言う事を知らない。お互いが、魔法に対して無力だと思っている。


 つまり、魔法に対する協力関係を築くならば、その関係性はあくまでも対等でなければならない。


「いつの間にか、お前らが騎士団を()()()()()()みたいな言い方してたが、そもそもそこから間違ってる、お前らが地位を確立する為に騎士団に協力して欲しいなら、それ相応のものを騎士団に対価として渡すべきだろう?」


 エルヴィラは、そこから先は任せた、と言いたそうに、ジャンヌの脇腹を肘で小突き、再び沈黙した。


 当のジャンヌは、呆気にとられいた。


 まさかエルヴィラに、こんな形で助けられるとは思わなかった。なるほど、危なく立場をとられて、みんなを危険な目に合わせるかもしれなかったのだ。


 人の上に立つ者として、様々な可能性を考える、そんな当たり前の事が出来ていなかった。


「マーガレットさん、そもそも、魔法を回収する手段はあるんですか?」


 彼女の目的が『魔法の回収』なら、手段が無いというのは致命的だろう。騎士団に貢献できるとか、そんなどころの話では無くなる。


「…なるほどなるほどなるほどぉぉ…どうやら考えが甘かったようですねぇぇ…例えこちらが援助する、という形でも、対価が必要になりますかぁぁ…」


「貴女達が騎士団を援助出来るなら…ですけどね、言い方は悪くなりますが、騎士団に恩を売る、という時点で、どう立ち回っても、貴女達にとってのメリットが大きくなる事は隠せませんよ、不公平さが目立ちます」


 それぐらい、騎士団という組織は力がある。武力も権力も、小さな宗教団体が肩を並べるには、あまりにも違いすぎる。


「分かりましたぁぁ…ここは出直すとしますぅぅ…騎士団と肩を並べられるだけの対価を用意する為にぃぃ…」


 マーガレットは、そこで初めて笑みを消し、残念そうに口を閉じた。


「あの、ちなみに、これも嫌味のようになってしまいますが、対価がお金でも無理ですよ、騎士が傭兵のような真似は出来ません」


「承知しておりますぅぅ…それでは、またの機会にぃぃ…」


 そう言って、マーガレットは立ち上がる。そして、そのまま背を向けて立ち去ろうとした足を、ふと止めて、再びジャンヌに向く。


「ジャンヌ様」


「どうしましたか?」


「見えないものに苦戦する、と下賤な私は言いましたが…それについて、及ばずながら補足させていただきますぅぅ」


 マーガレットは、残念そうな声色のまま言う。


「見えない、と言う事はそれそのものが利点であり、それ以外が欠点という事でありますぅぅ…姿を隠す理由は様々ですがぁぁ…多くの場合は、恐れという感情が大きな原因でしょうねぇぇ」


 私達と同じです、とマーガレットは呟く。


「見えない正体を無理に暴こうとするより…まずは姿を隠す理由を無くしてしまう事を優先すべき…自ら姿を表すような環境を作る事で、解決の道が開ける事でしょうぅぅ…もし、姿を隠すような相手に苦戦されるような事がございましたら…下賤な私の貧相な発想ですが、参考にしていただければ、幸いですぅぅ」


「…ありがとうございます」


 マーガレットは、小さく頭を下げると、今度こそその場からそそくさと立ち去ってしまった。


 後に残ったのは、妙な安堵感だけ、ジャンヌは、今までに無いぐらい、心が疲弊していた。


「知ってか知らずか、今のアイツの助言、今の私達にピッタリだったな」


 エルヴィラはそう言って、皿に残されたサンドイッチを全て口の中に押し込み、紅茶で流し込んでから、ゆっくりと立ち上がった。


「さて、私達も行くか」


「そうだね」


 会計を済ませ、再び館へと向かう二人。


 ジャンヌの心には、様々な不安が渦巻いていた。


 その不安のほとんどが、現実のものとなるのだが、それはまだ先の話。


 今はまだ、その時では無い。

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