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魔女伝  作者: 倉トリック
魔女の館編
50/136

再会

 その日の仕事を終え、ジャンヌが自室に戻ると、エルヴィラが不機嫌そうな顔を浮かべながらベッドに寝そべっていた。何か怒っているような気もするし、少し弱っているような気もする。


「ど、どうしたの?」


 何か気に障る事があったのだろうか、それとも何か嫌な事をされたのだろうか。


 あの事件から既に十日経っている。だが、新たな魔法による怪事件などは起きていない。


 いつでも対応できるように、エルヴィラには、七つの魔法全てを集めるまで、騎士団に居てもらう事にしたのだ。もちろん、生活面でのサポートも騎士団でしている。


 だが、集団行動というのには、どうしても向き不向きが出てくる。誰にも迷惑をかけずに生きていくなんて不可能だ。


 エルヴィラだって例外では無い、ジャンヌのちょっとした言動が、良かれと思ってした事が、もしかしたら全て仇になっていた可能性だって十分にある。


 悪い事をしてしまったのなら謝らないと、今後の生活にも支障が出てしまう。


 そう思って、様子を伺っているのだが、エルヴィラが何か言いだす気配は無い。


「えっと…な、何かあったの…? 悩みがあるなら相談に乗るよ?」


 ジャンヌはエルヴィラの顔色を伺いながら、恐る恐る尋ねてみる。


「…ん、ああ…別に、なんでもないよ…ちょっと…考え事してただけだよ…」


 ようやく口を開いたエルヴィラは、今やっとジャンヌに気付いたかのような反応を見せた。さっきからずっと目はあっていたのだが、相当考え込んでいたようだ。


「そうなんだ、考え事って…七つの魔法の事? それとも、『異端狩り』の事?」


「七つの方…かな、いや…まぁ…『異端狩り』だって…注意しなきゃいけないんだけどね…それよりも…どうにかして…魔法を探せるようにならないかな…と思ってたんだ…」


 現状、魔法を使ったものと思われる怪事件が起こるまで動けないという、受け身の状態だ。

 事が起こってから動いていたのでは、他の国や、組織に先を越される恐れが十二分にある。


 争奪戦、というからには、一番大事なのは先手を打つ事である。先手を打ち、相手を出し抜き、隙をついて、奪う。


 それらが全く出来ていない、エルヴィラはこの状態に少し、いや、かなり焦っていた。


「んん? でもそれは向こうも同じなんじゃないかな? 魔法を探知する方法なんか、それこそ魔女ぐらいしか出来ないでしょ」


「いや、魔法の探知ぐらいなら、魔具でも十分出来るよ…魔女は個体数が少ないけど…魔具使いはそこら中にいるからね…装備するだけだから…持ち主さえいれば…いいわけだし…三人いれば文殊の知恵っていうけど…まさにソレかな…魔具使いが大勢いれば…魔女一人よりも出来る事は増えるでしょ?」


 加えて私は探知が下手だ、と付け加えて、エルヴィラは紅茶を飲み干す。


 真面目な話をしている途中だが、しかしジャンヌは、別に気になる事があった。いや、気になると言っても些細な事なのだが、それでも、やはり違和感を覚えずにはいられない。


「ごめんエルヴィラ、話の腰を折るようで申し訳ないんだけど、一つ確認させて? やっぱりどこか体調悪いの?」


「ん…? なんで…? 私は別に…いつも通りだよ?」


「えー、全然いつも通りじゃないよ。普段はそんなに大人しくないし…もっと言葉遣いが乱暴っていうか…そんなお淑やかなキャラじゃないよね」


 あまりの言われように、流石に怒るかと思ったが、しかしエルヴィラは、首をかくんかくんと傾けながら


「そうかな…」


 と短く答えるだけだった。


 明らかに様子が変だ、いつものあのチンピラのような態度からは想像も出来ないほど大人しく、ある意味子供らしくあった。


 まるで借りてきた猫みたいな。


「それより…何か…変わった事はあった? 魔法絡みの事件とか…『異端狩り』を見たっていう話があったとか…」


 ゆっくりと起き上がり、眠そうに目をこすりながら、エルヴィラは言う。


「あ、ごめんね…やっぱり何も無かったよ…エイメリコと村長を捕らえてから、魔物被害もかなり減ったし」


「そっか…もうすぐ夜か…この時間からは、私の出番かな…」


 エルヴィラには、あまり目立って欲しく無いので、昼の外出は控えるようにお願いしてある。窮屈だとゴネられるかと思ったが、元々そんなにアウトドアな性格では無かったらしく、これ見よがしにいろんな仕事を任された。


 しかし、魔力をたどるには、やはり魔女であるエルヴィラの協力が必要不可欠なので、昼のうちにジャンヌ達が情報を集め、夜にエルヴィラがそれを確かめに行く、という事になっているのだ。


 いつもは「めんどくせぇ」や「かったるい」など、ぶつぶつ文句を言ってから出掛けるのだが、今日はやはり何か変だ。素直すぎる。


「ふわぁあ…眠い」


 少しふらつきながら、欠伸をして、ゆっくりと伸びをする。


 いつもと違って、大人しくて素直なエルヴィラ。そんな彼女に、ジャンヌの悪戯心がくすぐられた。


「エルヴィラ、髪結い直してあげようか?」


「ん、いいの?」


「もちろんっ! おいで」


 髪をほどきながら、エルヴィラは早足でジャンヌに近付いて、そのままぺたんと座り込んでしまった。


 解いた髪を両手で握って、差し出すようにジャンヌに向ける。

 まとまった金色の髪は、まるで一枚の布のように滑らかで、思わず見惚れてしまう。


「いいなー、エルヴィラ、目つきは悪いけど可愛いし、髪も綺麗で、お肌もモチモチだもんねー」


 エルヴィラの頬を両手で掴み、ぐにーっと引っ張る。触れた瞬間、ぴったりと吸い付くような張りに、ジャンヌは普通に嫉妬した。


「いひゃい」


「歳もとらないし、魔女はいいなー、羨ましい。ちっちゃくてモチモチして可愛いなー、ぐにぐにー、あはは! すごい! ほっぺすごい伸びる! 普段からこんな風に大人しくて素直なら、可愛いのにー!」


 サラサラの髪に、モチモチの頬、どれだけいじっても抵抗しないエルヴィラに、ジャンヌの悪戯はエスカレートしていく。


 …ちなみに、実はエルヴィラは朝が弱い、というか、寝起きから完全に目覚めるまで、かなり時間がかかるのだ。大体三十分ほどで、いつもの彼女に戻るのだが、その間、まるで別人のようになってしまう。


 親友のペリーヌは、その時間を『ゴールデンタイム』と呼んで、密かに楽しんでいたのだが、それはまた別の話。


 今現在、エルヴィラが大人しいのは、寝起きだからであり、ずっと続く状態では無い。目覚めたのはつい二十五分ほど前。


 ジャンヌはそれを知らなかったのである。


「おもちみたーい! あはははもっちもち!」


「…おい」


 無抵抗だったエルヴィラから、急に威圧的な声が聞こえ、ジャンヌは凍りつく。恐る恐るエルヴィラの顔を見ると、物凄い形相でこちらを睨みつけていた。


「…何やってんだテメェ」


「…えっと…マッサージ?」


 苦しい言い訳も虚しく、直後、ジャンヌは、両頬が引き千切れるかと思うぐらい引っ張られたのは言うまでもない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜のひんやりした肌寒さを感じながら、エルヴィラは黙って街の中を歩く。


 その後を申し訳なさそうに歩くのは、頬が赤く腫れたジャンヌだった。ふざけた罰として、夜の調査に付き合わされているのである。


「…やっぱ夜は冷えるな」


 と言って、エルヴィラはぶるっと体を震わせるが、正直ジャンヌには心地いいぐらいだった、頬を冷やすのに丁度いい。


 もう二度とエルヴィラを弄ったりしないと、心に誓うジャンヌ。


「さっきも言ったが、やっぱ先手を打てる方法が欲しいな」


 前を歩くエルヴィラが、ポツリと呟く。


「特定の魔法を探知する…みたいな、幸いにも、つーか、辛くもケリドウェンの魔法は一つ手に入れる事が出来た、その魔力パターンを追いかけられる魔法でもあれば楽なんだが…」


「エルヴィラにはどうしても使えないの? いや、苦手って言うことは聞いたんだけど、でも全く使えないわけじゃ無いんでしょ?」


 そもそもエルヴィラは、前回魔獣の魔力を探りながら森の中を歩いていたはずだ、それに、魔法には色々属性がある事を説明するときに、ほぼ全属性を扱ってもいた。


「あのな、一面の雪景色の中に残す深い足跡みたいに、くっきりと魔力の痕跡が無いと探知できないレベルだぞ? そんなもん使える内に入るかよ、私は別に万能な魔女じゃない、助けてもらえるなら助けてもらいたいんだよ」


 自分の身を守るので精一杯だ、とエルヴィラは自嘲気味に言う。


 魔法が使えない、魔女ですらないジャンヌには分からない世界の話だ。異能の力を持っているだけでもすごいと言うのに、それを用途に応じて、様々な効果に使い分けるなんて、想像すらできない。


(先生の力を受け継いでいたら…分かってたのかな)


 継承の儀で受け継げるのは、魔法だけではない、記憶も一緒に引き継げる。だから、修行しなくても、いきなり特異魔法が使えるようになる。


 もちろん、リスクもあるが。


「ん、リスクといえば…」


 ジャンヌは気になる事を思い出した。


「ねぇ、エルヴィラ、特異魔法を持てるだけの容量が無いと、魔獣化するか、持ち主が死んでしまうんだよね」


「よく知ってるな…って、ああ、先代から聞いたのか」


「え、いや、エルヴィラからだけど…自分で言ったのに忘れてたの?」


 脇腹を殴られた。本当に忘れていたらしい。


「何が言いたいんだよ、そんな特異魔法を四つも持ってる私がすげーってか? 褒めても何も出ないぞ」


「あ、いや、そうじゃなくて、ケリドウェンの特異魔法を受け入れられる体がそうあるのかなって、まだ魔法だけが漂ってる場合があるんじゃないのかなって、思ったんだけど…」


「無いとは言い切れないが、可能性は低いと思うぞ、ケリドウェンは馬鹿じゃねぇ、その辺の対策はちゃんとしてるはずだ…とはいえ、確かにな、魔法が本体を離れてるかもしれない事も視野に入れておかねぇとな、持ち主が魔女だった場合は特に」


 魔女も不便だな、とエルヴィラは舌打ち混じりに言う。


「死ぬ以外に、本体から魔法が抜け出る場合があるの?」


 ジャンヌは、またも初耳な情報に困惑する。


「滅多に無いけどな、お前、魔女は男に恋をすると魔法が使えなくなるって噂、聞いたことねぇか?」


「あ、あるよ、でもアレって嘘じゃないの?」


「当たらずと言えど遠からず、だ」


 エルヴィラは、自分の下腹部に手を置きながら、顔だけジャンヌに向けて言う。


「正確には、魔女が妊娠した瞬間、魔法が使えなくなる、だ…」


「に、にんっ…」


 唐突に放たれた妊娠という言葉に、ジャンヌは、やっと治っていた顔を再び赤くさせながら、目をそらす。


 別にやましい事ではない、むしろ普通の事だ、普通に大事な事だ、将来的には自分にも良い相手が見つかれば、いずれそういう日が来るかもしれないのだから、関係ない話ではない。


 そんなジャンヌの気も知らず、エルヴィラは淡々と話し続ける。


「腹に子供が出来た時点で、一切の魔力が消える、何故か不死性だけは残るが、結界も使い魔も作れなくなる…そして出産と同時に、不死性も無くなる、見た目だけ変わらず、人間と変わらない寿命になるんだ」


「へ、へぇ…確かにそれは、恋をしたら魔法が消える、と勘違いされても不思議じゃないね」


「ところがどっこい、それがあながち勘違いでも無い」


 エルヴィラは、自分を指差しながら続ける。


「お前、私に子供が作れるように見えるか?」


「エルヴィラ、もうこの話題やめない?」


 同性同士がしてるとはいえ、客観的に見れば、ドン引きする内容かもしれない、そうじゃなくても、単純にはしたない。


「真面目な話だ、私に子供が作れるように見えるか?」


 しかし、エルヴィラに話を中断する気は無いようだった。


 渋々ジャンヌは、黙って首を横に振る。


「だろ? 私は身体の成長が十歳で止まってる、そんな魔女はそこら中にいる、それでも、妊娠によって魔法が消える事はある、それは何故か? 答えは簡単、男と両想いになると、何故か子供を作れる身体に急成長するんだよ、その時点で魔法は使えるが、後はお察しの通りだ」


 まぁ、こんなガキを口説く変態なんてそうそう居ないだろうけどな、とエルヴィラは笑っていたが、正直言って無い話では無いだろうと、ジャンヌは顔を引きつらせる。


 世の中には色んな性癖を持った紳士がいるのだから。


「なんだってこんな話題に…って、ああ、なるほど、持ち主が魔女なら、って、そういう事?」


 ようやくジャンヌは冷静さを取り戻し、話の本質に追いつく。


 つまり、そういう理由で魔法が見つからないという場合もあるのだ。確かにそれでは見つけようが無い。


 考える事が増える、恥ずかしがっている場合では無かった。


「まぁケリドウェンには子供がいたらしいけどな、なんでアイツが魔女として生きてこれたのか、謎だ」


 なんとなく想像はつくが、年端もいかない子供が処刑されたなんて、胸くそ悪い話をわざわざする事無いだろうと、エルヴィラはここで話を止めた。


 話も、足も止めた。


「まぁ、ごたごた言ってても埒があかねえ、二人で考えるより、三人で考えた方がいいぜ、言ったろ? 三人寄れば文殊の知恵ってな、つーわけで、助けを求めるとするか」


「ここって…」


 エルヴィラは適当に歩いていたわけでは無い、明確な目的地があったのだ。


 いつも不機嫌そうなエルヴィラの顔が、年相応の無邪気な笑顔に変わる。


 そして、ジャンヌも、懐かしそうに、目の前にある不思議な家を眺めていた。


 不思議な、というより、おかしな、家。


 どこもかしこもお菓子で出来た、お菓子の家だ。


 ジャンヌは、ここを知っている。


 修行時代に、一人で何度か来た事があるのだから。


(修行が辛い時とか…よくここのお姉さんに話聞いてもらったけど…まさか…)


 その予感は、的中する。


「特別に紹介してやるよ、私の親友をな」


 エルヴィラは、ワクワクした表情のまま、扉を開けた。


「ようこそ! 『お菓子の魔女』のお菓子の家に!」


 明るい笑みを浮かべながら、挨拶する桃色の髪の少女は、ジャンヌが子供の頃、こっそりあっていたあの時から、姿が全く変わっていなかった。

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