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魔女伝  作者: 倉トリック
第1章 魔女狩り
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旧友の魔女

 石畳を並べた道に煉瓦で作られた建物。人や馬車が行き交い、道沿いには様々な店が並んでいる。


(なんか随分変わったなぁ……何百年ぶりだろう? 外なんて)


 馬車の窓から流れていく街の景色を見つめながら、エルヴィラは思う。


 結局強制的に参加せざるをえなくなった『反乱の魔女』討伐作戦。魔女に魔女を狩らせるという異例の事態に街中は大パニック……かと思いきや。


(割と普通なんだ……これから滅ぶかもしれないっていうのに、みんな『自分には関係ない』って顔して過ごしてる……)


 平和ボケしていると嘆いていいのか、上手く国民を制御できていると褒めれば良いのか……。


 いや、ここは素直に褒めておこう。国民が混乱して国が動かなくなればそれこそ『反乱の魔女』とかいう輩の思うツボだろう。魔女が怖いからパニクってたら勝手に国が滅んでた、なんて笑えない。


「いかがですか? エルヴィラ様」


 前に座るベルナールが街を眺めながら言う。


「……別に、どいつもこいつも平和ボケしてるなぁって思うだけ」


「いえいえそうではなく」


 首を横に振りながら、エルヴィラに向き直って言い直す。


「魔女撲滅を祈る『平和ボケ』している国に…貴女も怒りや憎しみを感じられますか?」


 その問いに対して、エルヴィラは一瞬視線だけベルナールに向けて、すぐに窓の外に戻してから「別に」と一言だけそっけない態度で返した。


 怒りや憎しみ、悲しみなどの感情なんか、とっくの昔に通り越している。彼女の中で今この国にある感情は『無』だった。


 どうにでもなってしまえ、別にどうでもいい。エルヴィラは全く興味を無くしていて、明日この国が丸ごと消えてもしばらく気付かないかもしれない。それほどまでに、彼女は国にも人にも愛想をつかしていた。


(師匠? 貴女が言うほど外って素敵な場所じゃなさそうですよ?)


 芽生えた感情があるとすれば、それは『同情』だろうか。彼らは何も知らないまま死ぬかもしれない、もちろん慌てふためくだろう、しかし時すでに遅し。


 その時、一体どれだけの人間が、愛する人や友人、家族と共に最期の時を迎えられるのだろう。それぞれがバラバラで、孤独に、互いの名を呼びあって死んでいくのだろうか。そう思うと少しだけ、心が痛む。


 孤独の辛さは何より魔女が一番よく知っているから。


(…いや、やっぱりそれも無いな、孤独を辛いと思ってたのも最初の時だけだったし)


「ああ、でも…魔女狩りのために魔女を使うあたり…もう限界なんだろうなって思う」


「それは……私達人間にとってですか? それとも貴女達魔女にとってですか?」


「両方……って自信満々に答えられたら花丸なんだろうけど、生憎私はそこまでお利口さんじゃないんでね。素直に言わせてもらうけど人間にとってもう限界なんだろうなって思うよ。最悪滅びるんじゃない? 今の文明ごと」


 エルヴィラの答えに対して特に目立った反応もせず、柔和な笑みを浮かべたままベルナールは「そうですか」とだけ返す。


 そのまましばらく沈黙が続き、馬車の中には外から入ってくる雑音だけが響いていた。


 窓を流れる景色。しかしその流れが急にピタリと止んだ。続いて大きな振動が乗車している者を襲う。荷が崩れ、馬のけたたましい鳴き声が街の真ん中で響いた。


 異変の原因は、馬車が急停止したからである。


 何かにぶつかったなどいう事故ではない。まるで馬の脚が急に動かなくなったかのような、急停止だった。


「何事ですか?」とベルナールは馬引きに尋ねる。


 しかし馬引きも突然の事にパニックをおこしており、必死に馬に鞭を入れていた。


 周囲の人間も異常を感じ、辺りは騒然とする。


 たった一人、エルヴィラを除いて。


「ああ、ごめん。私が止めたの」


 全く心のこもっていない謝罪の言葉を口にして、エルヴィラは馬車の扉を開けて外へと飛び出した。急いで駆け出し人混みの中を進んでいく。


 そして、一人の少女の袖をぐいっと掴んだ。


「久しぶりじゃん」


 突然の事に驚き、振り返った少女はエルヴィラの姿を見るなりパァっと表情を明るくして


「エルヴィラさん! 久しぶりですねぇ!」


 と言った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ふわりと甘い香りが立ち込める部屋にエルヴィラはいた。街で見かけた『香水』とかいう鼻を突き刺すような匂いではなく、優しく包んでくれるかのような落ち着く匂い。


「紅茶はダージリンで良かったですよね? お菓子は、マドレーヌの気分だったので」


 そう言って少女は踊るようにエルヴィラの前に花柄のついた桜色のカップに注がれた温かい紅茶と焼きたてのマドレーヌを運んできた。


「いただきます」


 エルヴィラは大事そうに両手でカップを掴み、唇をつけて紅茶をゆっくりと流し込む。すると身体がぽかぽかとあたたまり、眠ってしまいそうなほどの安堵感に包まれる。


 少女はそんなエルヴィラの姿を見て、今か今かと何か待っているかのようにそわそわしている。


 数秒の間を置いて、エルヴィラは緩やかに微笑みながら「おいしい」と呟いた。


 その言葉を聞いた途端に少女の笑みはさらに明るいものとなり、今にも飛び跳ねそうな勢いで喜んでいた。


 少女の名はペリーヌ。エルヴィラと同じ魔女だ。


 まるでいちごのケーキがドレスになった様な柔らかい服装は、桃色の髪に満月の様な大きな瞳をもつ彼女の優しい雰囲気によく似合っていた。


「いやぁ、エルヴィラさんとこんな所でまた会えるなんて思ってませんでしたよ! なにせ結界から出て来ませんでしたからね! 生きてるなら手紙の一つぐらいくださいよ! 何の為の使い魔なんですかぁ!」


 徐々に声を荒げながら前のめりになって話すペリーヌの勢いに押されて、少し身を引きながらエルヴィラは「ごめんごめん」と言う。今回の謝罪には若干心が込められていた。


「いや、私もどうにかこうにか外には出ようとしたんだよ? したんだけどさ、あと一歩のところで…めんどくさくなっちゃうんだよね」


「想像よりもなお酷い最低の理由!」


「使い魔に行かせようと思ったんだけど……なんか……めんどくさくなった」


「今説明するのも面倒になってきてません⁉︎」


 ひとしきりツッコミを終えた後、クスクスとペリーヌはお腹を抱えながら笑った。それを見て、エルヴィラも静かに微笑む。


 二人は昔、同じ森に住んでいた。その頃は魔女狩りの範囲もさほど広くなく、ゆったりとお茶会が開けたものだった。


 しかし魔女狩りの魔の手が広がって、二人は知らぬ間に離れ離れになっていた。それ以降一度も会ってはいない。


 ペリーヌは数少ない魔女仲間で、唯一の友達であるエルヴィラの安否が気になって仕方なかった。もちろんエルヴィラもペリーヌがどういう状況にあるのか分からず若干不安だった。


 まさか魔女狩りに行く途中に再会する事になるとは思わなかったが、ある意味運命の再会だとエルヴィラは思った。


「エルヴィラさんは今まで何やってたんですか?」


 尋ねられたエルヴィラは思わず「ぐっ」と言葉に詰まる。まさか数百年間森の中に引きこもっていたなんて言えない。


「えっと、ずっと魔女狩りから逃げてたかな……色々移り住んでさぁ……そんな事よりペリーヌは何やってたのさ、魔女があんな堂々と街中歩いてたら危ないじゃん」


 話を逸らそうとエルヴィラはペリーヌに話題を振る。するとペリーヌはエルヴィラが進んで自分の事を聞いてきた、と思い、目を輝かせた。


「私はずっとお菓子屋さんをやっていましたよ! 今は近所からも評判良くってですね! 子供達がよく遊びに来てくれるんですよ! この『お菓子の家』に!」


 自慢気にそう言って、ペリーヌはどんと胸を張る。エルヴィラは紅茶を啜りながら家の中をぐるりと見回した。


 家具のほとんどがお菓子で出来ているやたらメルヘンチックな内装。今座っている椅子だってよく見たらビスケットだ。


(子供はこういうの好きそうだなぁ……大人になると衛生的に大丈夫か、とか、色々夢のない事ばっかり思っちゃうけど)


「まぁ、魔女なので不老不死ですから……当然歳も取らないわけでして……結局私もバレないようにあちこち移り住んでたんですけどね」


 ペリーヌは少し顔を俯ける。やはり、逃げ続けていたのだ。


 怖かっただろうし、辛かっただろう。不安だっただろうし、焦っただろう。


 彼女もまた、魔女狩りの被害者だ。


 そう思った瞬間、エルヴィラの心に靄がかかる。内側にまとわりつくような気持ちの悪い異様な感じ。


『反乱の魔女』って…。


「そういえばエルヴィラさん? あんな豪華な馬車に乗ってどこに行こうとしてたんですか?」


「あ、いや、なんでも……」


 隠そうとして、やめた。数少ない友人に、これ以上余計な心配をかけたくなかったから。


 エルヴィラは全てを話し、今自分がどんな状況にあるのか説明した。


 ペリーヌは黙って頷き、時折少し悲しそうな目をしていた。


「と、言うわけで……私はこれからその『反乱の魔女』を倒しに行く、ってわけ」


「事実上『最後の魔女狩り』ですか。反乱側が勝っても国側が勝っても魔女狩りは終わる……私達魔女にしてみれば良い話なのかもしれませんね……当事者でさえなければ」


 わかりました…。そう言ってペリーヌは戸棚から小さな包みを取り出して、そっとエルヴィラに手渡した。


「なにこれ」とエルヴィラは不思議そうにその包みを開ける。中にはクッキーが数枚入っており、小麦粉の甘い匂いがすんと鼻孔をくすぐった。


「エルヴィラさんがうっかりやらかした事は、私にはどうしようもない事ですけど……それでも無いよりマシかと思いまして、ピンチの時に食べてください、きっと役に立ちますよ?」


 これが何であるかを察したエルヴィラは、ふうっとため息を一つ吐き、その包みをスカートのポケットに入れた。


「紅茶ご馳走さま、また来るよ……ペリーヌ」


「今度はもっとゆっくりしていってくださいね、エルヴィラさん」


 エルヴィラは席を立ち、入ってきた扉のドアノブを握る。そこでふと思い出したように振り向いて「アレやっとく?」と言った。


 ペリーヌは一瞬きょとんとして、それからくすくすと笑いながらスカートの裾をつまみお辞儀をしながら


「『お菓子の魔女』ペリーヌ」


 と言った。


「『縄張りの魔女』エルヴィラ」


 続けてエルヴィラもそう言って、再会を約束して、再び外に出た。


 外の時間は、お菓子の家に入る前から全く進んでいなかった。

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