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魔女伝  作者: 倉トリック
魔女の館編
49/136

廃墟

 この国には、巨大な廃墟がいくつもある。


 その中で最も有名なのが、『無冠城むかんじょう』呼ばれる館である。

 館なのに城と呼ばれている理由は分からない。その館が、城とはかけ離れている、あまりに酷い朽ちた様子を哀れに思ったのか、それとも皮肉を込めたのか、どちらにせよ、良い意味では決して無い。


 かつてそこは、貴族達が広間で盛大なパーティーなどを開き、夜でも明るい賑やかな場所であった。


 しかし、時代は変わり、彼らが新しい憩いの場を見つけると、あっという間にこの館は捨てられてしまった。


 捨てられ、忘れ去られ、取り壊される事も無いまま、何十年、何百年とその場から動かず、ただ佇んでいた。


 蔦が壁を覆い、木の根に押し上げられて、いたるところがひび割れている。


 もう人が住めるような場所ではない、住むどころか、例え雨宿りの為でも、近付きたくないと思わせるほど不気味な雰囲気を醸し出しながら、この廃墟は今もこの場に立っている。


 まるで誰かを待っているかのように、太陽に晒され、雨に打たれ、風に吹かれ、雪が積もり、月明かりに照らされながら、ただジッと、立っている。


 しかし、草木も眠る真夜中に、その場所に足を踏み入れる影があった。


 ベレー帽を被り、コートを身に纏う姿は、昔ながらの探偵を思わせる男だった。


 三日月にぼんやりと照らされる廃墟を訝しげに見上げながら、大きなため息をついた。


「なんだって俺がこんな場所に来なきゃならねぇんだか…な」


 そうぼやきながら、男はめんどくさそうに欠伸をする。


 探偵を思わせるような姿、と言ったが、彼はそんな主人公や、主人公を導くサポート的なポジションにいる男ではない。


 両手に握るむち、その持ち手には、折れた十字架の模様が刻まれている。


 この時代において、彼のポジションはむしろ悪役、探偵達の前に立ちはだかる連続殺人鬼のようなものだと言っても過言ではない。


 彼は『異端狩り』である。名は、『惨烈の異端狩り』パーキンズ。


 今でも魔女狩り再開を促し、時には実行に移る過激派の犯罪集団。彼らの目的は、この世から魔女を一人残らず絶滅させる事、彼らが現れるところに、魔女もいる。


 この場においても、それは例外では無い。


「人が住まなくなった廃墟…なるほど…な、人じゃない化け物なら、確かに住みそう…だ」


 彼は、ここに魔女がいるという情報を聞きつけてやってきたのだった。


 しかし、嬉々として魔女を狩りに向かったところまでは良かったのだが、いざ辿り着いた場所は、魔女どころか幽霊でも住んでいそうなほど不気味な場所。


 いくら大人の男とは言え、流石に怯んでしまう。子供なら確実に泣き出すだろう、自分だって、可能なら他のメンバーと交代して、すぐにでも帰りたいぐらいなのだから。


「ああ、頼むから…ここにいるのが魔女でありますように…普段は役に立たないんだから…こういう時ぐらい、せめて俺を安心させるぐらいはしてくれよ…な」


 重い足をゆっくりと動かし、建物内へと侵入していく。


 入って早々、床を突き破り、盛り上がっていた木の根に躓いて転びそうになり、パーキンズは苛立ちを隠そうともせず、わざとらしいため息を吐く。


 誰に見られているわけでもないのに、何故か嘲笑われている気がしてならない。


 いや、本当に笑っているのかもしれない。ここに住む魔女が、どこかから自分を見ているのかもしれないのだから。


「くっそ…こんな事なら…俺も回収役になりたかった…ぜ」


 この仕事が終われば、すぐにでも回収役に回ろうと決意するパーキンズ。

 実は、魔法の一つを見つけたという報告を最後に、エイメリコとの連絡が途絶えた事がかなり気がかりだった。


「アイツが持ってる『輪音』で操った魔物に勝てる奴なんているとは思えないけど…な、やはり、七つの魔法…一筋縄ではいかないということ…か」


 何かあったのなら、すぐにでも助けてやりたい、とパーキンズは思う。


 エイメリコは、魔具を使いこなせる貴重な戦力である同時に、大事な仲間だ。エイメリコの過去にパーキンズは酷くショックを受け、彼の決意に便乗し、自分も魔女を絶滅させる事を誓い、この『異端狩り』に入ったのだから。


「これ以上アイツから何を奪おうっていうんだ…魔女め」


 魔女への怒りがふつふつと湧き上がってくる。恐怖がかき消され、強い使命感に変わっていく。


 何があったのか分からないが、すぐにでも仲間の元に駆けつけなければ。


 そう思って、先に進もうとしたその時だった。


 中央にある階段を上った先にある踊り場、その壁に掛けられていた大きな時計が、大きな音を立てて鳴り始めた。


 鐘を打つような重低音が、静寂を破壊し、館中に鳴り響く。


「…まだ動いてるって…か? いや、そんなわけがねぇよ…な」


 ゆっくりと、巻いていた鞭を解き、いつでも振るえる状態にする。


 意識を集中させ、辺りの気配に気を配る。


 しかし、特に何がいる、というわけでもなさそうだった。


 ここにはいないのか、そう思った瞬間。


 重く激しい音と共に、背後の扉が閉じてしまった。


「おいおい…ベタだねぇ…ホラー演出としてテンプレだ…だが、結構効果ある…な、ちょっとビックリしたぞ」


 ビックリした、と言いながらも、パーキンズは至って冷静だった。閉じ込められる事に慣れている、わけではない、ただ、こんな事もあるだろうと、覚悟していのだ。


 しかし、これで先に進むしか道が無くなった。


「ハッ! 元より引き返す気なんてさらさらないけど…な!」


 階段を登り、すっかり静かになってしまった時計を調べる。


 元は天窓だったのであろう穴が、天井にいくつも開いているおかげで、ぼんやりとだが、辺りはまだ見える。時計を調べるぐらいの明るさは、十分にあった。


 特に変わった様子は無い、隠し扉があるわけでも無い。


 至って普通の、壊れた時計だった。


「鳴るはずが…ないんだけど…な」


 更に階段を登り、部屋を順番に、隅々まで調べていく。


 ボロボロになった衣装や、靴が散乱していたり、床が崩れていたり、よく分からない水溜りが出来ていたりと、かなり雰囲気がある場所ばかりだったが、誰かがいる様子は無い。


「死体の一つでも転がっててもおかしく無い雰囲気だったけど…な」


 一通り全ての部屋を見終わったパーキンズの素直な感想だった。最初の方こそ緊張感があったが、途中から完全にただの作業と化してしまい、むしろ探検感覚で楽しんでいたぐらいだった。


 魔女はいなかった、今までの出来事は、風とか…この建物を覆う植物の影響だろう。


 魔女はいなかったが、霊的な現象だとも思いたく無かったパーキンズは、それっぽい理由を考えて、自分を無理矢理納得させた。


「玄関の扉だって、案外すんなり開くのかも…な」


 階段を降り、まっすぐ出口に向かう。


 骨折り損のくたびれ儲けだ、とパーキンズは思いながら、玄関のドアノブに手をかけた。


「帰っちゃうの?」


 手をかけた、しかし、そのまま扉を開けようとはせず、背後から聞こえた声の主に振り向いた。


 そこにいたのは、黒い髪を腰まで伸ばし、白いワンピースを着た少女だった。


 肌は病気かと思わせるほど白く、逆に瞳は黒いビー玉でも詰められているのかと思うほど大きくパッチリとしていた。


 潤んだ瞳でこちらを覗き込む、無機質な表情は、まるで人形のようで、美しさと不気味さを同時に感じさせた。


 少女はまるでお願いするかのように、胸の前で手を組んで、小首を傾げながら、もう一度パーキンズに


「帰っちゃうの?」


 と、言った。


「ああ、良かった…ここに来たのがただの肝試しにならずに済みそう…だ」


 両手の鞭を突き出すように構えて、パーキンズは目の前の少女を睨みつける。


「この状況で、自分は人間です…とは、言わせねえ…ぜ? 幽霊にしちゃ足もあるし…魔女だな…お前」


 言われて、少女は恥ずかしそうに顔を俯かせてから、小さくお辞儀をしながら名乗る。


「『不可視の魔女』ドール」


「『惨烈の異端狩り』パーキンズ」


 本来名乗り合いは魔女同士でやるものなのだが、パーキンズも流れに乗って、そう名乗る。


 ドールは胸の前で組んだ指をもじもじと動かしながら、パーキンズをじっと見つめている。


「名乗ったのは久しぶり…ここに人が来たのも久しぶり…『異端狩り』? っていうのは分からないけど…貴方は何をしに来たの…?」


「『異端狩り』を知らねえのか…なるほどな、その様子じゃ、『最後の魔女狩り』も知らねえんだ…な…教えてやるよ『不可視の魔女』、魔女狩りは、終わったんだ」


「本当っ?」


 無機質だった表情が、純真無垢な笑顔に変わる。白かった頬がほんのり赤くなっていく。


 なるほど、魔女狩りから逃れる為に、この廃墟に隠れ潜んでいたわけか。結界を張らないのか、張れないのかは分からないが、案外、あえて張っていないのかもしれない。


 魔力の塊である結界など、自己主張以外の何者でも無いからだ。


「ああ良かった…ずっとここに一人で…寂しかった…貴方は…私みたいな魔女に、それを知らせてくれているの…?」


 勘違いをしているドールに、パーキンズは笑いを堪えきれず、つい吹き出してくっくっと笑ってしまう。


「お前…頭ん中お花畑か…よ! 魔女狩りが終わったぐらいで、魔女への敵対心が完全に無くなるわけないだろう…が!」


 敵意をあらわにするパーキンズに、ドールは不安げな表情を浮かべる。


「じゃあ…貴方は」


「ああ、お前を殺しに来た、正義の名の下に、悪しき魔女を駆逐する!」


 それ以上、ドールの話は聞かず、パーキンズは両手の鞭を無造作に振り回した。二股に分かれた鞭の先端には、クチバシのような突起が付いている。


「お前がどんな特異魔法を持って、どんな攻撃をしようと、俺に触れる事さえ叶わない…ぜ! 俺の魔具『鞭猛舞むちもうまい』に隙はない!」


 たった二本しかないのに、速すぎる鞭さばきのせいで、ドールの目には無数の鞭が乱舞しているように見えた。

 とても手首だけで動かしているとは思えない、まるで鞭そのものが意思を持っているかのようだった。


「…どうして…私は何も悪い事なんかしてない」


 ドールは潤んだ瞳でパーキンズを見つめて、今にも泣き出しそうな声を絞り出す。

 そんな彼女の様子を見て、パーキンズは更に嗜虐的な笑みを浮かべながら言う。


「魔女なんて存在そのものが悪なんだ…よ! 何が悪いかって? 生まれてきた事そのものが…だ! まぁ安心しろよ…今からぶっ殺して…お前の罪を清算してやる…さ!」


 鞭を振り回したまま、パーキンズはドールに突っ込んでいく。


 まるで結界のようにパーキンズの周りを乱舞する鞭、ドールが投げた短剣が、触れた瞬間弾き飛ばされてしまった。


 しかし、恐ろしいのはその威力である。


 鞭が触れた床が、まるで破裂するように破壊されてしまったのだ。


「なに…あれ」


「ビビってんの…か! 普通の鞭なわけねぇだ…ろ! 魔具なんだぜ…魔具! 魔女をも粉砕できるように、魔法で威力強化を施してあるんだよ!」


 他にも色々効果があるが、こんな見るからに弱そうな魔女には使うまでもない、粉砕して終わりだ、とパーキンズは思う。


「いやっ…こ、来ないで…」


「今更命乞いしても遅いんだ…よぉ!」


 原型が無くなるほど叩き潰してやる、そう言いながら、パーキンズは鞭を振り上げる。


 その瞬間、目の前にいたはずのドールが突如として姿を消してしまった。


「ああっ⁉︎」


 振り下ろすのを中止して、パーキンズは急いで元の防御姿勢を取る。どこから武器が飛んでこようと、自分の周りを乱舞する鞭が跳ね返す、もしくは破壊する。


 この鞭がある限り、どんな手を使おうが、パーキンズに触れる事さえ叶わない。


「居なくなった…わけじゃねぇよ…な! 魔女っていうのは馬鹿だぜ…肩書きで自分の魔法の特徴をバラしちまうんだから…よ!」


 ドールの肩書きは『不可視の魔女』。恐らく、彼女の特異魔法は透明化、のようなものだろう。


 本来なら、相手からは自分の姿が見えないようにして、隙をついて殺す、というような魔法なのだろう。


「甘い甘い…透明化したところで、お前自身が攻撃しなければならない以上、実質状況は変わってねぇだろう…が!」


 実際、パーキンズの言う通り、透明化しただけで、攻撃を透過するわけではない。透明だったとしても、今鞭に当たってしまえば体は粉々になるだろう、パーキンズ視点で見れば、何もない空間からいきなり血と臓物が噴き出すのだ。


 もしも相手がエイメリコなら、もう少し戦いを有利に進める事が出来たかもしれないが、こればかりは運が悪かった、相手が悪かった、相性が悪過ぎた。


 隙を突かねば攻撃出来ないのに、その隙が、無いどころか作る事さえ出来ないのなら、透明化など、その場しのぎの逃げ魔法でしかない。


 そして、透過しているわけではないので、埃の乱れや足跡など、逃げた痕跡ははっきりと残る。


「本物の馬鹿だ、館から逃げちまえばまだ助かる道はあったっていうのに…よ」


 埃の積もった床に、小さな足跡が薄く残っている。それは、すぐ隣の部屋に続いていた。


「袋の鼠だ…な! 今すぐぶっ殺し…おわっ⁉︎」


 最後に言葉が途切れたのは、彼特有の詰まりの所為ではない。

 うっかり床に開いた穴に、右足を突っ込んでしまったのだ。


「くそっ…ダッセェ…な! もしかして俺の破壊痕か…? だとしたら間抜けだぜ…」


 急いで引き抜こうとするが、割れた木片が食い込んで中々抜けない。


 もがいている内に、左足まで別の穴に突っ込んでしまった。もう完全に身動きが取れない。


「ああ最悪だ…仕方ねえ…破壊する…か」


 足に引っかかった床板を破壊しようと、鞭を振り上げようした。

 しかし、思い通りに鞭が動かず、勢い余って両手から鞭を離してしまった。


「ああ…? 何がどうなって…なんだ…あれ」


 よく見ると、鞭の先端が、床板の隙間に挟まれて、自分の両足同様に抜けなくなっていたのだ。


 叩きつける事で破壊できる鞭、それはつまり、振り上げる事が出来なければ威力を発揮しない。


 しかしそれよりも、パーキンズは異様な物体を発見する。


 丁度食堂からだろうか、何か、光を反射する円形のものがこちらに近付いてくるのだった。


 否、それは円形などではなく、平たい何かが高速で回転しているように見えた。


「…おい…まさか…! 嘘だろ!」


 その正体が分かった時、パーキンズのこれまでの余裕が全て消し飛び、思考と感情の全てが、恐怖に支配された。


 こちらに向かってくる回転する物体、それは風車の羽のように、もしくはプロペラのように、はたまた花のように、いくつものナイフや包丁が重なった物体だった。


 無造作に組み立てられた回転する刃は、徐々に速度を上げながらこちらに向かってくる。


「ヤバイ! ヤバイぞ! 早く…鞭で!」


 急いで鞭を拾おうとするが、穴から足が抜けない。


 ガッチリと、まるで噛みつかれているかのように、床板の割れ目に挟まっている。


「クソ! なんなんだ…よ! ま…まさかこれも…⁉︎」


「私の敵は…この館の敵…貴方は壊し過ぎた…私を怖がらせた…館は怒ってる…貴方を…許さないんだって…生きて返さないんだって…」


 どこからともなく、ドールの声が聞こえる。


 酷く冷たい、凍り付くような声色。


「お、おい! 『不可視の魔女』!」


 パーキンズは精一杯声を張り上げる。


「分かった! 降参だ! もうお前の事は狙わない! 仲間にもそう伝えておく! だから! あの刃を止めるか…この足を抜かせてくれ!」


 奥歯がガチガチとなるほど震えながら、パーキンズはさっきまで命を奪おうとしていた相手に、なりふり構わず命乞いをする。


 しかし、ドールの返事は無い。


「おい…! 聞いてるのか! 俺が悪かった! 悪かったって! だから! 頼む! 助けてくれ! 助けてくれよぉ!」


 子供のように喚きながら、必死に助けを求めるパーキンズ。そんな彼の目の前に、目と鼻の先に、再びドールが姿を現した。


 少女とは思えないほど、美しく整った顔で、ドールはパーキンズを黙って見つめていた。

 その両手に、魔具『鞭猛舞』を持って。


「これ…」


 ドールは遠慮がちに、鞭をパーキンズ差し出すように突き出す。


「そ、それを渡せ! それがあれば…俺は…!」


 しかし、パーキンズがそれを受け取ろうとした瞬間に、ドールは手を引っ込めてしまう。

 そして、もじもじと、大事そうに鞭を抱えながら言った。


「貰うね?」


 それだけ言い残して、再び姿を消し、それから全く、姿を見せる事はなかった。気配も感じない、完全にこの場を立ち去ってしまったのだ。


「や…やめろ…やめて! いやだぁあああ! そんな死に方したくない! 死にたくない! 死にたくない死にたくない! 助けて…やめて! うわあああああああああああああああああああ!」


 パーキンズの首元に、回転する刃が起こす風が当たる。


 最期まで叫び続けたが、ドールからの返事は無かった。


 やがて、パーキンズの叫びも、無くなった。

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