魔法争奪戦
事件解決後、騎士団は混乱する村人への対応や、エイメリコを捕らえた事による『異端狩り』への警戒などの慌しさに追われた。
そんな中、ジャンヌだけは、ある場所に呼び出されていた。
本当は傷を完治させてから、出向きたかったのだが、早急にという事で、包帯をあちこち巻いたまま馬車に乗ってその場所までやってきた。
「久しぶりだな…ここに来るときは…あんまりいい話じゃないんだよね…」
白く巨大な建物を見上げながら呟くジャンヌ。
呼び出された場所、それは王宮だった。
つまり、国王からの呼び出しだったのだ。
別に王宮に来る事自体は珍しい事ではない、月に一度の報告会や、たまに食事会などにも参加しているので、むしろ慣れているぐらいだ。
しかし、国王から直々に呼び出された事は数少ない。過去にあるとすれば、それこそ、自分が騎士団の団長なった時の、継承式で出会ったぐらいだろう。
今は随分と綺麗になっているが、当時はまだ、戦いの跡がいたるところに残っていた。
ちなみに、蝋燭は今もある。
「お待ちしておりました、ジャンヌ様」
黒いスーツを身に纏った使用人の男が、ジャンヌを出迎える。彼に連れられ、歩き慣れた大きな廊下を渡り、王室へと向かう。
「…ジャンヌ様、傷は痛みますか?」
男がこちらを向かずに言う。表情は見えなかったが、その声で、ジャンヌの事を本気で心配しているのだと分かった。
「大丈夫だよ、ありがとうサッフィ、本当に貴方は優しいね」
ジャンヌが笑顔でそう言うと、少しだけ、男の肩が震えた。
「私などの名前を…覚えておられるのですか?」
「継承式の時…つまり三年前、新人の初めての仕事だって言われて…私の護衛してくれたでしょ? 初々しかったから、なんか印象に残ってるんだよね」
「光栄です…ですが、今にして思えば、貴女に護衛など…必要なかったのかもしれませんね」
サッフィは、相変わらずこちらを向かず、歩く速度を落とすことも無く、そう言った。
「貴女はあの頃から強かった」
「そんな事ないよ…今でも自分が強いだなんて思ってない…その証拠にさ、今回だって、こんなにボロボロだし…その点ウルはすごいよ、ほとんど無傷だもん」
ウルの名前を出した途端、サッフィは小さくため息を吐き、少しだけ、こちらを振り向いた。
「あの子供が…ですか…しかし、ジャンヌ様にこのような傷を負わせ、自分は無傷というのは…私としては、彼の実力不足を否めませんね…貴女を守れないなど、騎士として失格なのでは」
「いやそんな事ないよ、ウルは一生懸命私達を守ってくれた、確かにちょっと他人に対して冷たいところもあるけど…あの子は立派な騎士だよ? どうしたのサッフィ? いつもはそんな事言わないのに…」
「…失言でした…申し訳ありません…貴女の傷を見て…気が動転してしまったようです」
サッフィはついに足を止め、こちらに振り向いて、深く頭を下げた。
「そ、そんなに深く謝らなくても…それも私を気遣ってくれての事だったんだね…私こそごめんね、気付かなくて…」
サッフィはもう一度頭を下げると、再び歩き出した。そこからは、お互い無言で、会話が交わされる事は無かった。
すぐに王室に辿り着き、サッフィが大きな扉をノックする。すると、内側から扉が開き、中の空間が姿をあらわす。
「さて、じゃあ行ってくるね…ああ、緊張する」
ジャンヌは一度深呼吸してから、室内に足を踏み入れる。
そのすれ違いざまに、サッフィが小さく言葉を漏らす。
「私に貴女を守るだけの力があれば…」
幸か不幸か、その声がジャンヌ本人に聞こえることは、無かった。
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「国王様、騎士団団長ジャンヌ、ただいま到着いたしました」
王座に座る男の前で、ジャンヌは跪きながら言う。
「久しぶりだな…三年ぶりか…よく来てくれたな、顔を見せてくれ」
国王、というには、まだ若い男。前国王の兄の息子、なのだそうだ。
三年前、『反乱の魔女』に国王の一族は皆殺しにされた。しばらく王不在の状態が続くと思われたが、一人の男が、他の国に移り住んでいた王の親族をこの国に招き、新たな王にしたのだ。
他の国に移り住んでいた理由、それは前王の兄、彼の治療の為、である。
本来なら、前王の兄に新たな王になってもらう予定が、彼はもう病気で長くないとのことで、急遽、彼の息子を王へとしたのだ。
幸いにも、息子は優秀で、人の上に立つ素質もあった。ただ、二十八という若さ故に、彼に反発する者も少なからず存在した。
国内にも、他国にも。
彼らに認めてもらわなければ、国を取り込まれかねない、そうなれば、再び魔女狩りが行われるかもしれない。
王として、たとえ魔女であろうと、国民は守らなければならない。
彼は、常にその想いを抱えている。
彼の信念は、正しい。ジャンヌには、王の姿が、どこか先代と重なるような気がしていた。だからこそ、彼が下す命令は、確実に成功させたいと思えるのだった。
ジャンヌはゆっくりと顔を上げる。
「…心が痛むな…」
ジャンヌの傷だらけの顔を見て、王は酷く悲しそうな顔をする。
「お前はまだ二十三…普通なら、華々しく女としての人生を謳歌している年頃だろう…そんなお前に…私は重荷を背負わせている…」
「お言葉ですが、私は今の自分を不幸や不憫だとは思いません、それに…若くして重荷を背負われているのは…私だけではありません」
ジャンヌは真っ直ぐに、王を見つめながら言う。向けられる視線に、王は苦笑いを浮かべながら、「そうだったな」と言った。
「ベルナール…あの異端審問官に推薦され…私もまた、若くして国王などという立場に押し上げられた…だが、私はこれを重荷だとは思っていない…守るべきものがあるというのは…人生にはっきりとした意味を与えてくれる…なるほどな、ジャンヌ、お前もか」
王が言うと、ジャンヌは静かに頷いた。
「お前がいてくれて本当に助かるよ…私と一緒に、守る為に戦ってくれる…だからジャンヌ、私に力を貸してくれるか」
「私に出来ることならば、なんなりとお申し付けください、私はこの国を守る盾であり剣です」
ジャンヌが言うと、王は嬉しそうに笑い、そして部下に何か指示を出す。
すると、彼らはジャンヌの前に、拘束された老人を突き出した。
いうまでもない、今回の騒ぎの犯人、村長であった。気絶させられているのか、息はしているものの、ピクリとも動かない。
「…あの戦争の禍根が…未だに残っているのだろう?」
王の顔から笑みが消え、不安…というより、恐怖が滲み出る。
「魔法…魔女の力…それが今や魔女だけのものではなくなっている…お前が捕まえてくれた『異端狩り』から聞き出した…この力を悪用されれば、また多くの命が奪われる…危険な力だと、再び魔女狩りが起こるかもしれない…」
王は拳を握りしめながら言う。
「人から信用されるのは並大抵な事ではない、私が魔法を悪用しないと言っても、信じてくれる者は少ないだろう…だが、お前にだけは信じて欲しい、私は、自国はもちろん、他国にも、無用な血を流して欲しくないのだ」
だから頼む、と、王はジャンヌに命令する。いや、それはもはや、懇願、という表現の方が、正しかったかもしれない。
「散らばる残り六つの魔法を、回収してもらいたい…速やかに、回収した後、もう誰の手にも届かないように、永遠に封印してしまいたいのだ」
正直、この人なら、魔法を正しく使ってくれるかもしれないと思った。でも、逆になるかもしれない。人知を超えた超常の力を手に入れた時、自分の中に潜む欲が爆発してしまうかもしれない。
いや、むしろそれが普通なのかもしれない。誰だって、自分の欲は満たしたいのだから。
自分が自分じゃなくなる瞬間、そんなものがあるとしたら、それはどれほどの恐怖で、どれほどの快楽なのだろう。
人間を保っていられるかどうかさえ危うい、そんな所に堕ちてしまうかもしれないという、実態のない恐怖が、ジャンヌにはある。
恐らく、王にも、あるのだろう。
だからこそ、封印してしまおうという王の判断は間違っていないと思った。
思ったが、それでも、ジャンヌは少し引っかかった。
果たして王は知っているのだろうか、魔法を回収する手段を。
「国王様…一つだけよろしいでしょうか」
「ん…なんだ?」
「魔法はどのように回収すればよろしいのでしょうか」
魔剣『オーバードーズ』の事は、まだ報告していない。エルヴィラは死んだと思われている、彼女の特異魔法だとバレれば、余計な敵が増えるかもしれないと思ったからだ。
エルヴィラの事は、タイミングを見計らって報告して、極秘にして欲しかったのだ。
だから、魔法を回収する方法については、王は知らないはずだ。
「ああ、その事なんだが…実は、変な話が私に入ってきてな…」
王は考え込むように顎に手を当てて、首をかしげる。
「本当は真っ先にお前に確認した方が良いのだろうが…なにせ本当に、何の根拠もない、根も葉もない噂だったから、気にも留めなかったんだが…でも、その矢先、お前が連れてきただろう? この老人を」
王は、眉をひそめながら、遠慮がちにジャンヌに言う。
「お前が、他者から魔法を奪う力を持っている…という…話があってな…」
「それは…誰からですか?」
ジャンヌは、妙な苛立ちを覚えた。
自分の勘が現実味を帯び始めて、こんなにも不愉快になった事は初めてだ。
「誰からかは分からない、実はそこも調査中なのだ、ある日、私の机の上に手紙が置いてあったのだ、さっきの内容が書かれたな」
「無礼極まりない事を言いますが、この王宮内の誰かが置いたという可能性は」
「それが、無いんだよ…何故ならその手紙は…いや、その手紙に書かれた文字は…私にしか見えなかったんだ…他の者には、全然違う文章に見えるんだ…そんな事、王宮内どころか、人間には出来ない」
なら、もう答えは決まっていた。
「国王様、魔法回収の任務、心して受けさせていただきます」
ジャンヌは立ち上がって言う。
ああ、腹が立つ。やり場のない怒りを、誰かにぶつけてしまいそうになる、意味があるとは思えない、心底楽しんでいるようにしか思えない。
エイメリコと戦っている時から感じていた、違和感と、考えていた可能性。
何の目的があっての事かは分からないが、この戦争は、誰か個人の意思で起こされようとしている。
しかも、恐らく犯人は魔女だ。自らの首だけでなく、全ての魔女の首を絞めるかのような行為。
目的があるにせよ無いにせよ、わざと戦争を起こそうとしている意図が見え見えだった。
個人のためだけに、どれだけの人の命を奪うつもりなのだろう。
「ジャンヌ…命じたのは私だが…大丈夫か? 魔法を回収する方法は、本当にお前が持っているのか…? それから…これは個人的に心配なのだが…お前、酷く顔色が悪いぞ」
王に言われ、ハッとジャンヌは我にかえる。
「申し訳ありません…少々血が上って…ええ、本当です、方法については、後で報告します…ですが必ず迅速かつ安全に、魔法を回収してみせます」
「ああ、頼む…だが気を付けろ…魔法を集めているのは私達だけではない…他国や…組織も狙っている…間違いなく戦闘は避けられない…魔法の争奪戦だ」
同じ事を、エイメリコも言っていた。
「それを分かって上で、もう一つお願いだジャンヌ、私からの、お願いだ…どうか、死ぬな」
なかなか無茶を言う、と、ジャンヌは少し心の中で笑った。本当に優しい、というか、人に対してとことん甘い。
非情な決断を下さなければならないと分かってはいるが、非情になりきれていない。
欠点なのかもしれないが、直して欲しいとは思わない。
「ええ、死にませんよ…安心してください、貴方の剣は、決して折れません」
そう言って、ジャンヌは王室を後にする。
いよいよもって、本格的に始まってしまう。
危険な魔法の争奪戦、異例の魔女狩りの後始末。
良くも悪くも受け継がれる。
新たな魔女伝の、幕開けであった。




