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魔女伝  作者: 倉トリック
第2章 後始末編
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恐怖に支配された化け物

 正直、向こうから来てくれて良かったと思った。高い崖を登らなくても良くなったのだから、単純に手間が省けて助かった。


 だが、そんな安心を一瞬で吹き飛ばすような、絶望がジャンヌの心を支配する。


 崖の上にはウルとエルヴィラもいたのだ。


 恐らく戦ったのだろう、その証拠に、目の前にいる魔獣は全身が血で濡れており、あちこちに短剣が刺さっている。どうやら触手を封じていたらしいが、落ちた拍子でいくつか抜けてしまい、自由を取り戻している。


 戦闘をしていた魔獣が、今ここにいるという事は。


「嘘だ…」


 考えたくないが、思考はどうしてもそっちに傾いてしまう。

 まだ決まったわけでもないのに、思考がぐるぐるとまとまらなくなる。


「ひ…ひひ…マジでやられちまったみたいだな…魔女の奴、ざまぁみろ」


 そう言うエイメリコだが、冷や汗を垂らし、顔は引きつっている。彼にとってもこの状況は非常にまずいという事だ。


 武器は破壊され、両手も拘束されている、抵抗する手段が無い状態で、魔獣が目の前にいるのだから。


 ジャンヌを睨みつけ、唸る魔獣。


 そんな魔獣を、ジャンヌも睨み返す。


「あなたが七つの魔法の内の一つを持っているかどうか…私には分からないけど…でも絶対倒すから…!」


 そう言って、ジャンヌは『オーバードーズ』を構える。


 その瞬間、魔獣が大きく口を開け、血と共に青い炎を吐き出した。


「っ⁉︎」


 咄嗟に避けるが、避けた先には鋭い触手が迫っていた。

 それらも剣で斬りはらい、魔獣との距離を一度離す。


(『オーバードーズ』を突き刺せば、魔力を丸ごと吸い取って、完全に無力化出来る…! ただ一回、あの体に突き刺す事が出来れば!)


 呼吸を整え、『オーバードーズ』を突き出すように構えてから、ジャンヌは一気に駆け出した。


 たった一撃、突き刺す事が出来ればそれでいいのだから。

 攻撃を避けて、懐に潜り込んで、どこでもいい、でも一応心臓付近に、一撃。


 吐き出される炎を、突き立てられる触手をかいくぐり、ジャンヌは渾身の力を入れて『オーバードーズ』で魔獣の腹を突いた。


 勝負は終わる、今にこの巨体がぐったりと崩れ落ちる。


 そう思っていた。


「な…なんでっ!」


 思い通りにはならない、ジャンヌの描いていた勝利のイメージは、物の見事に打ち砕かれた。


 文字通り、『オーバードーズ』が音を立てて砕け散ったのである。


 状況を整理出来ないまま、ジャンヌは触手の束に強く打たれ、突き飛ばされてしまう。


「ぐぅ…どうして…」


 霞む視界で手に残る残骸を見る。


 硝子のように透明で美しい剣だったが、今はまるで錆びたような銅色に変わり、目の前で灰のようになって崩れ去った。


 魔法を回収する唯一の手段を失ってしまった。


 いや、それよりも。


「っ! うぐっ! ぐっ! ああっ!」


 再び触手が、ジャンヌを打つ。まるで、拳で殴りつけられているかのような衝撃が、鎧に守られていない顔面に何度も何度も与えられる。


 炎を吐いてトドメを刺すわけでもなく、魔獣はひたすら、触手でジャンヌを殴り続けていた。


 明らかに、嬲っている。意図的に、痛めつけているのだ。


(なんで…私を…)


 まるで恨みを晴らすかのように、触手による拷問は執拗に続く。


 ジャンヌの首に巻きつき、そのまま振り上げ地面に叩きつける。


「ーーっ!」


 呼吸が出来ず、更には肺に強い衝撃を受け、ジャンヌの意識はいよいよ途切れようとしていた。


 そこに、トドメと言わんばかりに、鋭く尖った触手の先端が、ジャンヌの首に突き立てられる。


 終わる。


 そう思うと同時に、触手が振り上げられ、そして、ジャンヌの首に真っ直ぐ振り下ろされる。


 触手はジャンヌの首を貫いて、強引に頭を引き千切る…はずだった。


「…あ…」


 魔獣の触手が振り上げられた瞬間、既にその鋭い先端は無くなっていた。

 そのまま振り下ろした為に、ジャンヌへの攻撃は空振りに終わる。


 魔獣自身も唖然としていると、突如その視界を奪われ、咆哮を上げながら首を激しく振り出した。


 魔獣の二つある右目に、二本の短剣が突き刺さっていたのである。


「覚悟は出来てるんでしょうね…ジャンヌ様を…こんな目に合わせるなんて…」


 魔獣目の前に現れたのは、見覚えのある白髪の騎士、ウルだった。

 ウルは無表情のままだったが、その声色と雰囲気で、その場にいた誰もが理解できた。


 今、彼は激怒しているのだ、と。


「…ウ、…ウル…! 良かった…無事で…」


 起き上がろうとするジャンヌの前に、もう一人、小さな影が現れる。


「あーあー、お前…『オーバードーズ』を粉々にしやがって…言ったろ、魔獣に魔法は効かないから、本体を引きずり出さなきゃダメだって」


 エルヴィラは、ジャンヌの額に人差し指を当てながら言う。


「エルヴィラ…! 二人とも無事だったんだ…!」


「あん? そう簡単に死ぬわけないじゃん、ってかじっとしてろ、回復魔法はマジで得意じゃねぇんだから」


 エルヴィラの小さな指先から、不思議な力が流れ込んでくる。すると、痛みや吐き気が徐々に消えてゆき、朦朧としていた意識も、元に戻り始めた。


「おい白髪頭! もう一回アレやれそうか⁉︎」


 回復させながら、エルヴィラがウルに向かって言う。


「貴女の魔力次第でしょう魔女さん、ちゃんと残ってるんでしょうね」


「ナメんな、こう見えても魔力だけは人一倍あるんだよ」


 ケリドウェンほどじゃねぇけどな、そう言って、エルヴィラは再び硝子のような透明な剣、『オーバードーズ』を出現させ、ジャンヌに握らせる。


「もう立てるだろ、忘れ形見、悪いけど戦ってもらうからな、次は気を付けて使えよ?」


「あ、ありがと…ごめんね…それにしてもこれ、何本も出せるんだね」


 ジャンヌが立ち上がり、不思議そうに剣を眺めながら言うと、エルヴィラは舌打ちをしてから、首を横に振る。


「馬鹿野郎、基本一本だけだよ、物体としての質量を持つほどの魔力で出来た剣だぞ? そんなにポンポン出せるか」


「そっか…ほんとごめん、なんだかんだで私が一番迷惑かけちゃって…」


「礼なら後でたっぷり貰うさ…コイツから魔法ぶんどってからなっ!」


 エルヴィラは、転移魔法で短剣を出現させる。


 そして、それらを全てウルに向かって飛ばした。


 再度、あの作戦を実行する。


「何やってるの⁉︎」


 しかし、事情を知らないジャンヌは、当然のごとく困惑する。


「黙って見てろ、それよりも、お前にはちょっとやってもらいたい事がある…」


「…え?」


 エルヴィラは素早くジャンヌに耳打ちしてから、もう一度短剣を出現させ、ウルに飛ばす。


「ほんと便利ですよね、その魔法」


 さっきと同じように、ウルはその短剣を掴み取って魔獣に投げつけようとした。


 しかし、先ほどとは違い、今は触手が斬り落とされていない。投げつけられる短剣は、全て触手に弾かれてしまう。


 そして魔獣も学習する。この中で誰よりも危険なのはウルだと、優先的に始末しようとする。


 魔獣の意識が、ウルに集中した。


「右目見えてないんだからさ、もっと慎重に動けって」


 目が潰され、視界が届かない右側から、エルヴィラの声が聞こえた。

 魔法が効かない魔獣にとって、魔女など特に警戒する相手では無いのだが、それでも、見えない場所から不意を突かれれば、反射的にそちらを向かざる得ないだろう。


 魔獣は大きく口を開き、声のした方向へ炎を吐き出した。


「おっと」


 エルヴィラは素早く避け、彼女の背後にあった木が勢い良く燃え上がる。


 その瞬間、魔獣は大きくバランスを崩し、ガクリと膝をついて、そのまま立ち上がる事が出来なくなってしまう。


 右足が斬り落とされてしまったのだ。


「剣士が二人もいるんですよ? 脚への防御を不可能にする事ぐらい造作もありません」


 ウルが触手を斬り落とし、その隙にジャンヌが足を斬り刻む。


 身動きを封じられた魔獣が出来る反撃は、炎を吐き出す事ぐらいだろう。


 そう、動きを封じる事が出来れば、自ずと行動が予測できる。


 開けようとした口を、再び剣を突き刺して、強制的に閉じらせる事ぐらい、予測出来ていれば造作もない作業なのだ。


「一本じゃ不安ですね」


 ウルは、先ほど回収していた短剣を取り出して、魔獣の口に乱雑に突き刺した。

 その内二本を使い、残っていた左目も潰す。


 激しく暴れる魔獣、しかし、これだけされていても、本体を潰さない限り、死ぬ事はない。


 だが、肝心の本体がどこにいるのか分からない。


「だったら出て来て貰えば良い」


 効かなくなった視界の中、エルヴィラの声だけが聞こえる。


 その瞬間、巨大な何かがのしかかってきた。押しのけられないような重量ではない、体が押しつぶされる心配は無いが、それよりも、別の問題に、魔獣は気付く。


 のしかかってきた物体が、異様に熱い。


 まるで燃えているかのように。


「鎧に付けた魔法で強化された脚力なら、燃えてる木を蹴り倒すぐらい簡単なんだぜ?」


 自分で吐き出す炎は制御出来ても、自分の意思とは関係無く引火した炎には対応出来ない。


 魔力による攻撃でも無いから、無効化する事も出来ない。


 みるみる内に、体毛に燃え移り、魔獣は火だるまになっていく。


「早く出て来ねえと丸焼けになっちまうぞ? 本体さんよぉ」


 エルヴィラがそう言うと、魔獣の脇腹が不自然に膨らみ始め、そして


「ぎゃあああああああああっ!」


 叫び声を上げながら、一人の老人が飛び出して来た。


「今だ忘れ形見!」


 すかさずジャンヌは、本体に『オーバードーズ』を突き刺した。


「ぐ…ぐぅ…貴様らぁ…どうやって…!」


 エルヴィラとウルを睨みつける老人の正体に、ジャンヌは目を丸くして驚いた。


「そ…村長さん⁉︎」


 驚いていたのはジャンヌだけではない、村長に雇われていたはずのエイメリコもポカンとしていた。


 しかし、エルヴィラは対して驚いた様子も無く、うつ伏せに倒れる村長に近付いて、しゃがんで目線を合わせてから、邪悪な笑みを浮かべた。


「なぁんにも不思議な事じゃねぇだろ? 私達魔女は、動かない物体を自由に動ける使い魔に変える事が出来るんだぜ? これだけ木が生えてるんだから、降ろしてもらう事ぐらい簡単だっつーの」


 得意そうに言うエルヴィラを、村長は鼻息を荒くしながら、悔しそうに睨み続ける。


「一体どういう事ですか⁉︎ 貴方が魔獣の正体…っていうか、七つの魔法を所持していた…でもそれだと…今までの事件って…」


「ぜーんぶ自作自演だろ? 全てはお前ら騎士団と、私達魔女を潰す為のな」


「何のために⁉︎」


 ジャンヌが言うと、村長は目を見開いて声を荒げた。


「決まっているだろう! 魔女と、魔女に支配された騎士団から国を守る為だ!」


 村長は、ジャンヌとエルヴィラを交互に睨みつけながら、喚き散らす。


「魔女は災厄だ! 存在しているだけで不幸を撒き散らす! そして騎士団もだ! そんな最悪が団長をしている組織が、まともなわけがない!」


「…な、何を言ってるんですか…? 先代も…私も…いつだって国の為に」


「何か企んでいたんだろう! その証拠に! 貴様はこの魔女と手を組んでいた! 善行を積んでいるように見せかけて、信用させてからこの国を滅ぼすつもりだったんだろ! 違うか! 穢らわしい魔女め!」


 最早誰も、何も言えなかった。


 呆れていたり、なんだか悲しくなったり、様々な感情が入り混じって、声にならない。


 言葉は通じるのに話が通じない、この奇妙な感覚に、エルヴィラですら苦笑いを浮かべていた。


「クソッ! おい『異端狩り』っ! 貴様も貴様だ! こんな小娘一人始末できん癖に! 何が魔女を絶滅させるだ!」


「…え、いや、アンタも今ボコボコにやられてんじゃん」


「やかましい!」


 喚き散らす村長から剣を抜き、ジャンヌはウルに、指示を出す。


「拘束してくれる? 私はエイメリコを連れていくから」


「分かりました」


 剣を収め、ウルは村長の老体を無理矢理起こし、腕を捻り上げ、ポケットから取り出した拘束具を両手に着ける。


「やめろっ! 触るな! 魔女の傀儡め! お前らも同罪だ! 儂は正しい事をした! 魔女は化け物だ! この世から根絶やしにすべきなんだ!」


「その根絶やしにすべき魔女の力を使って、自分の村を餌に僕達を誘き出し…あまつさえ死人さえ出した…さて、どこら辺が正しい事なのでしょう? どちらが化け物なのでしょう?」


 ウルは人差し指を自分の口に当て、喋るな、と、仕草で村長に指示を出す。


「続きは地下牢でゆっくり話しましょうね?」


 恐怖は人の理性や思考を奪う。恐怖が人を化け物に変える。


「…」


 ジャンヌは思う。


 その化け物に変える、彼らの恐怖の原因を作っていたのは…。


 エルヴィラの力も借りて、崖の上に登り、ウルは先に、村長とエイメリコを連れて森の出口へと向かった。


 その様子を、ジャンヌはただ見つめていた。


「とりあえず、一つ回収だな」


 エルヴィラが隣で言う。


「…ねぇ、エルヴィラ」


「んだよ」


 ジャンヌはエルヴィラを見つめる。


 魔女を憎む人間が引き起こした事件、でもその引き金となっているのは、他でもない、言い逃れできない、どうしようもないほどに、魔女という存在だった。


 魔女に支配された騎士団、という言葉が、ジャンヌの頭の中で浮かんでは消える。


 あの『最後の魔女狩り』が、この世を変えたのは確かだが、それは表だけの話なんだと、改めて実感した。


 魔女狩りの廃止、それが良い事だとは、今でも思う。だけれど、それでも、魔女に対する恐怖や憎しみは無くならない。


 そして、それが無くならない限り、こんな事件はこれからも起き続けるだろう。


 その動機がどれだけ理不尽で、理にかなっていなかったとしても、それでも原因は魔女にあると言われ続ける。


 その事実を、魔女であるエルヴィラは、どう思っているのだろう。


「……」


 ジャンヌは、間を置いてから、小さく首を横に振る。


「ううん、何でもない」


「んだよ、用もないのに呼ぶな」


 ケッ、とそっぽ向くエルヴィラ。


 エルヴィラは、あちこちボロボロで、傷だらけ。もちろんジャンヌ自身も同じだった。


 それでも、普段と変わらない態度でいられるのは、心が強いからだろうか。


 それとも、もう全てを諦めているからだろうか。


 後者なんだとしたら、自分には何が出来るんだろう。


「疲れたね」


「まぁな」


 大した事は出来ないかもしれないが、小さな事からなら、始められる。

 まずは、嫌われ続ける魔女に、少しずつ歩み寄るところから始めてみよう。


 ジャンヌはエルヴィラに、笑顔を向けながら言う。


「疲れたし…汚れたし…とりあえずさ、一緒にお風呂入ろっか」


「なんでこの状況から、更に拷問受けなきゃならねぇんだよ」


「恥ずかしいの?」


「違う、もう拷問は嫌だと言っている」


「まぁまぁ、女の子同士なんだし、そう照れないで、っていうか、貴女の方が年上でしょ?」


「聞く耳を持て! 熱湯責めはもう嫌だ!」


「猫じゃないんだから、ほら、行くよ」


「やめろ! 引っ張るな! やめろ! やめて! お願いします! やめてください! ほんとすんませんでした! 許して! 許して! もう熱湯は嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 少しずつ、歩み寄って行こう。


 七つの魔法。

 一つ、回収完了。

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