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魔女伝  作者: 倉トリック
第2章 後始末編
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引き寄せる

 エイメリコは、どこにでもある普通の家庭の次男として生まれた。

 明るく活発な性格で、周りからも愛されすくすくと育っていった彼は、純粋に、この世の全てが素晴らしいものなのだと、信じて疑わなかった。


 ただ一つ、普通の家庭と違うところは、父と兄と職業だった。


 二人とも騎士団に所属する騎士だったのだが、彼らの戦う相手は人間では無かった。


 活発化する魔女狩りに、騎士団まで駆り出されており、父も兄も、魔女騒動が起これば、隣の国だろうが呼び出されていた。


 家にほとんど帰らない二人だったが、それでも、幼いエイメリコは、二人がヒーローに見えた。


 世のため人のために、悪しき魔女と戦う姿は、いつしかエイメリコにとって憧れの存在となっていたのだ。


 そんな彼を、父はたくましい腕で抱き上げ、


「お前もなれるさ」


 と、誇り高げに言った。


 しかし、兄だけは、不満そうな顔をしていた。


 魔女を悪と信じる父とは違い、兄は、魔女狩りに対して疑問を持っていたのだ。


「魔女だというだけで命を奪っていいはずがない」


 兄は強く、とても優しく、虫も殺さないような、命を尊ぶ人だとエイメリコは尊敬していた。だが、その優しさを、魔女にまで向ける理由が分からなかった。


 兄には、魔女も人も同じ存在に見えていたのだ、それ故に、ある魔女を愛してしまっていたのだが、その事実をエイメリコが知る事は無かった。


 ある日、村に大勢の人が来た。


 彼らは全員、見た事もないような武装しており、ただの兵士や騎士ではない事は一目瞭然だった。


 彼らは国が集めた腕利きのウィッチハンターらしく、当時世界を騒がせていた『反乱の魔女』の居場所が判明したので、奇襲をかける、その為に人手が必要だから、村の男達を徴兵しに来たのだという。


 幼いエイメリコは選ばれなかったが、当然ながら、父と兄は、半強制的に討伐隊の一員にされた。父が自ら志願する姿に、エイメリコが目を輝かせる一方で、エイメリコの母は、夫の手を強く握り不安そうな顔ををしていた。


「大丈夫だよお母さん! 父さんも兄さんも強いんだから!」


 きっと明日には、いつも通りの日常がやって来るはず、そう信じて、討伐隊を見送った。


 その夜、大きな音と、耳をつんざくような叫び声で、エイメリコは目を覚ました。


 慌てて外にとびだすと、目の前に広がる光景に、エイメリコは言葉を失った。


 真夜中だというのに、周りがとても明るい。当然だろう、村の家屋が全て火に包まれ、空高く煙を上げていたのだから。

 そして、それよりも、衝撃的だったのは、村を出たはずの討伐隊が、村の中で戦っていた事だった。


 戦っている相手は、魔女ではなく、同じ討伐隊の仲間と、村人達。


 何が起こったのか分からず、ふらふらと足を動かした時、何か柔らかいものが、エイメリコのつま先に当たった。


「…? うわぁああ⁉︎」


 それは、胸を滅多刺しにされ、大きな剣を顔面に突き立てられて倒れている、母の変わり果てた姿だった。

 そのすぐ側に、よく遊んだ近所の子供達の姿もあった。


 年端もいかない子供とは思えない、ひどく歪んだ表情を浮かべ、彼らは血を流して死んでいた。


「ど…どうして…どうなって…」


 混乱するエイメリコ、そんな彼に一人の男がゆっくりと近付いて来た。


 母や友をこんな目に合わせた犯人なのかもしれない、次は自分の番だ、そんな恐怖を感じながら、幼いエイメリコは恐る恐る、近づいて来る影の正体を見る。


「…父…さん?」


 剣を握り、血塗れの甲冑を着ていて、一瞬誰か分からなかったが、炎に照らされて映るその顔は、間違えようのない、いつも見ている父の顔だった。


 虚ろな表情を浮かべている父に、それでもエイメリコは安堵の涙を流しながら駆け寄った。


「父さん! か…母さんが! みんなが!」


 怖かったのだろうと、いつもみたいにたくましい腕で抱き上げてくれるのだろうと、期待した。しかし、腕を伸ばし、父が掴んだのは、エイメリコの首だった。


 父の手が、まるで死体のように、異様に冷たかったのだが、そんな疑問も、混乱の渦に飲まれて消えてしまう。


「がっ…! ど…ざん?」


 虚ろな表情のまま、父はその力を緩める事なく、どんどん強く締めていく。冷たい指が、エイメリコの柔らかい首にくいこんでいく。


 どうして? そんな言葉も出なくなり、意識が飛びかけたその時、突然父の手が首から離れ、呼吸が解放される。


 咳き込むエイメリコを抱え、家の中に駆け込んだのは、兄だった。


「に…兄さん」


 エイメリコが何か言おうとする前に、兄は彼をクローゼットの中に隠して、その扉の前に家具でバリケードを作った。


「エイメリコ…アレはもう父さんじゃない…お前の友達も、母さんも…もうじきアレと同じになる…動く死体になってしまう…!」


 兄の震えた声が、扉の向こうから小さく聞こえる。


「すまないエイメリコ…全部俺のせいなんだ…俺が…みんなを…」


 兄の言葉は最後まで聞こえず、代わりに何かが崩れるような音と、甲高い笑い声が響いた。


「感謝するデスよ! アンタが教えてくれた情報で、先手を打てたのデスから! 死か死ぃ…頭悪いデスよねぇ? わた死達『反乱の魔女』にお前らみたいなヘボい人間が、鉄持ってるだけで勝てるわけないで死ょうがバァーカ!」


 人を嘲る不愉快な声は、兄に向かって言う。


「申死訳ないんデスが、アンタにも死んでもらうデス、わた死達『反乱の魔女』に逆らうとどうなるか? まぁ見せ死めデースYO!」


 兄は、『反乱の魔女』に心を許し、そして味方の情報を流したのだ。

 その結果、討伐隊ごと村は焼け落ち、そして、兄自身も見せしめに殺された。


 騎士団が駆け付けた時には、焼け野原と化した村()()()場所しか残っておらず、生き残りは、死んだように眠るエイメリコしかいなかった。


 その後、エイメリコは、兄のせいで討伐隊が全滅した責任を取らされ、酷い仕打ちを受ける事になった。

 子供だから死刑にこそならなかったが、彼の受けた拷問は、幼い身にはあまりにも酷で、いっそ死んだ方がマシだろうと誰もが思っていた。


 牢獄の中で、殴られ蹴られ、心無い罵倒を浴びせられ続けたが、エイメリコはそれに対して、痛みも、悲しさも、感じていなかった。


 彼の心の中あったのは、あの時の魔女に対する、子供とは思えないほどの激しい憎しみだけだった。


「魔女…魔女…殺す…殺してやる…一人残らずぶっ殺してやる…殺してやる、殺してやる…殺す殺す殺す殺す…」


 自分に痛みを与え続ける拷問官など気にもとめず、ただひたすら、毎日毎日魔女に対する呪詛の念を吐き続けた。


 そんなある日、拷問官ではない別の誰かが、エイメリコの前に現れた。


 白髪を腰まで伸ばし、光を反射する鏡のようにぼんやりと輝く女。

 エイメリコは、一目で彼女が魔女だと気付き、腕に繋がれた鎖をジャラジャラ鳴らして暴れながら憎しみを吐き出した。


「魔女ぉぉ! 死ねぇ! 死ね死ね死ね! 殺してやる! ぶっ殺してやる!」


 獣のように唸り、飛び出してしまいそうになるほど目を見開くエイメリコに、彼女は怯む事もなく、しゃがんで、目線を合わせ、ニコリと微笑んだ。


「じゃあ殺す?」


 そう言って彼女は、細長い筒のようなものをエイメリコの前に置いた。

 それは、なんの変哲も無い、ただの笛だった。


「殺したいと願うなら、殺せると思うなら、殺したいなら、やってみな? ボクが手を貸してあげる」


「ふざけんな…魔女の力なんか借りるか…!」


「ならどうやって殺す? 矢で動きを止めてから、松明で焼く? 罠にはめて、再生不能になるまでその身を刻む? 残念だけど、そんな方法で殺せる魔女なんて、魔女じゃないよ」


 使えるものは、利用しなきゃ。


 白髪の魔女は、そう言ってエイメリコの鎖を握る。

 その瞬間、まるで生き物のように鎖がうねり、カランと音を立ててエイメリコの両腕から離れて落ちた。


 不思議そうに両腕を見つめるエイメリコに、彼女はもう一度、妖しい笑みを浮かべながら、


「殺す?」


 と言った。


「…殺す…お前も…でも今じゃない…お前はせいぜい利用する…利用して…殺してやる」


「期待してるよ、人間が魔女を凌駕する、そんな大どんでん返しを期待してる…ボクは見たいんだ、逆転劇をさ」


 笛を握り、エイメリコは冷たい床を歩いていく。

 父の死体を操り、兄を殺し、村を焼き払った魔女に復讐する為に。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 この手で殺してやりたかった。


 死体を使う魔女が、『屍の魔女』モリーだと知った時にはもう遅かった。

 標的は、『最後の魔女狩り』でとっくに死んでいたのだ。


「だが関係無え、魔女が存在し続ける限り、同じ様な悲劇は必ず繰り返される」


 エイメリコは、赤い目でジャンヌを睨みつけながら、笛を握る手に力を込める。


「魔女がのうのうと生きてやがる原因は、アンタみたいな奴が原因だ…中途半端に公平な立場と見せかけて、結局は自分の得になる方の味方をする…その鎧に付けられた魔法効果がいい証拠だ、あの金髪の魔女はアンタの役に立つから、アンタはあの魔女を守ろうとしている」


 十匹中三匹の魔狼の魔力が、みるみる上がっていく。そして、それぞれその身に属性魔法を纏っていく。


 ジャンヌに電撃を浴びせた魔狼は電気を、もう一匹は冷気を纏い、別の一匹は、地面が不自然に盛り上がっていた。


(まずい…あの時と同じだ…魔法が使える個体をより強化してる)


 暗く、木々という障害物も多い森の中で、三つの攻撃魔法から逃れつつ、エイメリコの笛を破壊するのは至難の技だろう。


(でもやるしか無い…彼をどうにかしないと、ウルとエルヴィラのところにいけない)


 だからと言って殺すわけにはいかない、エイメリコは重要参考人なのだ、必ず生かして捕らえる。


 ジャンヌはヨロヨロと立ち上がり、再び剣を構える。


「不意打ち…成功…? これでおあいこだね…エイメリコ…」


 不敵に笑うジャンヌを、不快そうに睨みつけながら、エイメリコは頭上を見上げる。


「音…聞こえなくなったな…上ではお前の仲間が魔獣と戦ってたみたいだけど…もう戦闘音が聞こえねえ…死んだんじゃねぇの?」


「…それは…やだね」


 態度を変えないジャンヌ、動揺させて隙を作るのは無理そうだ。


「だよな、置いて行かれるのは嫌だろうな、同じところに送ってやるよ、団長さん」


 エイメリコの目が赤く光る。


 その瞬間、一匹の魔狼が牙をむき出しにして唸り、地面をガリガリと爪で削る。すると、地面が、ジャンヌめがけて槍の様に鋭く隆起した。


「っ!」


 咄嗟に跳び退き、即座に地面を操っている魔狼に向かって走り出す。その後を追う様に、地面は鋭く隆起を繰り返していた。


「キリがない…!」


 ジャンヌはもう一度引き寄せの魔法を使い、一度木の上に避難しようと跳び上がる。


 その瞬間、再び電撃が襲いかかってきた。


「黒焦げになっちまえ」


 逃げ場の無い空中、一直線にジャンヌに向かっていく電撃だったが、直後不自然に軌道を変え、近くの木にぶつかり、厚い皮を抉った。


「あ⁉︎」


 苛立つエイメリコとは逆に、ジャンヌは安堵の溜息をつく。


「良かった、魔力とはいえ、性質自体は普通の電気と同じなんだ」


 抉られた木には、剣が突き刺さっていた。


 刃は金属で出来ている、ジャンヌは咄嗟に剣を投げ、電撃を逸らしたのだ。


 すぐに剣を引き寄せ、ジャンヌは武器を回収する。


「この魔法すごく便利…流石エルヴィラ」


「すぐに魔法を使いこなすあたり…マジで魔女みたいだな」


 忌々しそうに言ってから、エイメリコは更に魔狼の魔法を発動させる。

 再び地面を隆起させ、それを伝って魔狼にジャンヌを襲わせる。


 剣で斬り裂いてしまう事は容易いが、死がダイレクトにエイメリコに伝わってしまう以上下手な事は出来ない。


 魔狼が集まった隙を狙って、防御が手薄になったエイメリコを直接叩くしかない。


 自分に向かって、鋭い牙が近付いてきた瞬間、ジャンヌは木から飛び降りて、着地する。


 しかし、着地したジャンヌは不覚にも、滑って転んでしまった。その拍子に、構えていた剣を、放り投げてしまった。


 剣はエイメリコへと向かったが、難なく躱され、情けなく地面に突き刺さった。


「なっ⁉︎ 滑っ…⁉︎」


 滑る、地面との摩擦が極端に少なくなった理由。元々ぬかるんでいた地面が更にツルツルと滑りやすくなっていたのだ。


 手から伝わる冷たさ、ジャンヌの周りだけ、地面が凍っていたのだ。


「冷気を操る魔狼…!」


 バランスを崩したジャンヌは回避する事も防御する事も出来ない、そこへ、容赦なく隆起した地面がジャンヌを襲う。


 腹部を強く打たれ、一瞬呼吸が止まる、更に追い討ちをかける様に、背後から強烈な電撃がジャンヌに浴びせられた。


「やっ…いああああああああっ!」


 全身に刺す様な痛みが走り、筋肉が膠着し、動けなくなる。その間も、隆起による打撃は絶えず与え続けられた。


 ようやく電撃から解放されたジャンヌだったが、そのまま力なく倒れてしまう。そんな彼女の背中を押さえつける様に、魔狼が踏みつけた。


「なんか色々足掻いてたが…無駄だったな」


「う…うう…あ」


 言葉を出そうと口を動かすが、痺れが取れず、上手く舌が回らない。

 ピクピクと痙攣する腕や足は、自分の意思では動かせそうになかった。


 そんな様子を、エイメリコは興味無さそうに見下ろしていた。


「付け焼き刃の魔法で、魔具使いに勝てるわけないだろ、剣の達人とか…言われてたみたいだけど、魔法を使った戦いじゃ何の意味も無かったな」


 エイメリコは、笛を構えて、目を赤く輝かせる。


「終わりだ、喰い殺してやる」


「あ…う…」


 わずかに手を伸ばし、ジャンヌは抵抗する様な素振りを見せた。その悔しそうな表情を見て、エイメリコは満足気な笑みを浮かべる。


「まぁ、どんなに強い奴でも死ぬのは怖いよな、しかも生きたまま喰い殺されるんだからよ、仕方ねぇな、俺も鬼じゃねぇ、最期に言いたいことぐらい言わせてやるよ、ほら、喋れよ」


 勝ち誇るエイメリコを見上げながら、ジャンヌは必死に唇を動かす。

 しかし、やはり舌が上手く回らない。


「……って…」


「あ? 何だって? はっきり言えよ団長さん」


 ジャンヌは手を伸ばして、必死に声を出す。


「……来て」


「は? 誰が…がふっ⁉︎」


 突然、エイメリコは鋭い衝撃を背中に感じ、思わず嗚咽する。

 そして、自分の胸から突き出る剣を見て、大きく目を見開いた。


「な…刺さっ…!」


 背後から突き立てられた剣は、深々と刺さり、エイメリコが構えていた笛をも貫いていた。


「と…届いた…背後からなんて卑怯だ、なんて言わないでね…貴方だって散々多数で戦って来たんだから…」


 エイメリコは、思い出す。自分に向かって放り投げられた剣の事を。


 そして、アレは偶然投げられたのではなく、狙って投げられたのだと、気付く。


「テメェ…! 剣を引き寄せて…!」


 引き寄せて、剣が自分のところに来る軌道上にエイメリコを誘い込み、突き刺さる様に魔法を発動させた。


 自分を殺す意思が無い様に見せかけて、容赦の無い事をするものだ、と思ったところで更に気付く。


 自分の傷口から、一滴も血が出ていない事に。


 それどころか、嗚咽したはずなのに、血を吐き出しすらしていない。


 どう見ても胸に突き刺さっているのに、自分の意識ははっきりとしている。致命傷に、なっていないのだ。


「ど…どうなって…」


 混乱するエイメリコ、そんな彼の目の前で、ジャンヌは当たり前のように立ち上がり、彼の背中から剣を引き抜いた。


「鎧に付けられてた防御魔法に助けられた…とはいえ…ある程度痺れてたのは、ほんとだけどね」


「てめっ…!」


 咄嗟にエイメリコは胸を押さえたが、傷どころか、服が破れもしていない、ただ一つ、武器である魔具の笛だけが、粉々に砕け散っていた。


「思った通りだ…エルヴィラが言ってたんだ…この剣で魔女を斬っても、怪我はするけど死なないって…魔力を吸い取るだけの剣だから…殺傷能力はほとんど無いんだ…ましてや相手が魔力の無い人間なら、そもそもダメージにすらならない」


 エルヴィラの特異魔法で作られた、魔剣『オーバードーズ』を見つめながら、ジャンヌは息を切らしながら言った。


 笛が破壊され、エイメリコの支配から解放された魔狼達は、既に体力に限界が来ていたのか、すぐに森の中へと消えていった。


「貴方に勝つには、笛を破壊するしか無いって思った…どうにかして、『オーバードーズ』でそれを破壊できないかって…かなり雑な作戦だったけど、上手くいって良かった…エルヴィラが言ってた事、正しかったなぁ」


 獲物を仕留めたからといって、油断してはならない、その瞬間が、最大の隙になる。


「私の勝ちだね、エイメリコ」


「ふ…ふざけんな!」


 エイメリコが殴りかかるが、逆に腕を掴まれ捻り上げられてしまう。


「ふざけてるのはどっち? 見せしめに家族や友達を殺された…貴方の悲しみは計り知れない…でも、その腹いせに罪のない魔女を殺す、その仲間を殺す…もう一度言うよ? やってる事は『反乱の魔女』と変わらないじゃない」


「…! 俺はあんな奴らとは違う! 魔女のせいで苦しんでる人間は沢山いるんだよ! 俺はそんな奴らを一人でも多く救ってやりたい、魔女への憎しみを晴らしてやりたい! 人助けは正義だろうが! お前らとやってる事は同じだろうが!」


 叫ぶエイメリコをうつ伏せに押し倒し、ジャンヌは呆れたようにため息をつきながら言う。


「違うよ…全然違う…まぁ私だって自分がいつも正義の味方だ、なんて思ってないし、人には人の正義の価値観はあるだろうけど、貴方のそれはただの傲慢だよ、正義っていうのはね、正しい事をしてこそ正義なの」


 ジャンヌは、エイメリコのローブで彼の両手を縛り上げ、拘束する。


「誰かに伝わってこそ、行いは正しくなる。認められて、初めて正義は生まれるの、貴方の腹いせのどこに正しさがあるの? 良識無くして何が正義なの? 私達はいつだって区別をつけてる、子供だって出来る事だよ、やって良い事と悪い事の区別」


 復讐の対象がいなくなったからと言って、無関係な魔女を無差別に殺しまくる事が、やって良い事のはずが無い。


 家族を殺され辛い思いをしたからと言って、それを免罪符にする事が、正しいわけがない。


 それは、殺された家族すらも侮辱している、ただの八つ当たりだ。


 ジャンヌの声には、明らかな怒気が含まれていた。エイメリコのエゴと、自分達が守っている正義を一緒にされたのが、この上なく腹立たしい。


 きっとこれもエゴなのだろう、でも自分の正義は、あの人が作ってくれたものだ。


 例え間違っていると言われたって、自分の芯とも言えるものは、ここにある。


「私の正義を馬鹿にしないで」


 吐き捨てるように言ってから、ジャンヌは崖の上を見上げる。


 引き寄せの魔法を使えば登れるだろうか。


「とはいえ…私もまだまだ未熟だな…いつかあの人みたいに、かっこ良くて正しい人になりたい」


 今、自分にできる正しい事。


 戦争で殺されるなんていう、間違った死に方をするかもしれない人を、一人でも多く救う事。


「やっぱり良くないよね、戦争なんて」


 ジャンヌは、剣を握り、強く思う。


 この争奪戦を止める。


 あの人が守ったこの国を、あの人から教わった正義で守る。


「だからまずは…あの子達を助けなきゃ」


 そう言ってジャンヌは、崖に手をかける。


 すぐに助けに行かないと、エルヴィラも、ウルも、たった一人しかいない、自分にとって唯一無二のかけがえのない仲間だ。


 引き寄せの応用で、固定されたり、重過ぎる物体には、自分の方が貼り付ける事が分かった。


 虫かトカゲみたいに、少々格好悪い態勢になってしまうが、この崖を這っていく事は出来るだろう。


 登ろうとした、しかし、その必要が無くなってしまった。


「おい! やべぇぞ!」


 エイメリコの声が響く。


 その直後、崖の上から巨大な何かが落ちて来た。


 強烈な爆発音のような咆哮をあげるソレは、昆虫の脚のような触手を揺らしながらジャンヌを睨みつける。


 引き寄せられるのは、どうやら武器だけでは無さそうだった。

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