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魔女伝  作者: 倉トリック
第2章 後始末編
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魔法の力

 鼻先をくすぐられるような感覚に、ジャンヌはゆっくりと意識を覚醒させていく。

 木に引っかかりながら落ちた為、落下の衝撃は多少弱くなったいたのかもしれないが、それでも、気絶してしまうには十分な高さだったようだ。


「…生きてる」


 あちこち痛む、意識がまだ霞む、それでも、その感覚こそが、生きているという何よりの証拠だった。


 ゆっくりと指先を動かしてみる、両手の五指は問題なく動いた。

 次に、強く目を瞑ってから、ゆっくりと開いていく。


 どうやら仰向けに倒れていたようで、薄暗い森の木々が、徐々に視界に広がっていく。視力にも問題は無さそうだった。


「無傷じゃないけど…大丈夫そう」


 油断したなぁと、ジャンヌはうんざりする。


 その時、崖の向こう側から爆発音が聞こえた。


「⁉︎」


 それが爆発音ではなく、爆音に近い動物の咆哮だと気付いて、ジャンヌは慌てて身を起こす。

 激しい痛みに顔を硬ばらせるが、すぐに視線を上に向けた。


 しかし、その視界はすぐに遮られる。


 赤い光が、こちらを眺めていた。

 さっき鼻先をくすぐっていた物の正体。


「ま、魔狼⁉︎」


 すぐに剣を取ろうと腰に手を当てるが、普段あるはずのものがそこには無かった。

 装備が根こそぎ、取り上げられていた。


「お目覚めですかぃ? 団長さん」


 魔狼の背後に、見覚えのある青年がいた。割れた十字架のエンブレムのついたローブ姿、手元で回している笛は、未だ謎に包まれている。


「エイメリコ…!」


「おお! 名前覚えててくれるなんて嬉しいねぇ! アンタみたいな美人なら尚更だ、テンション上がるねぇ…今日は鎧着てるのか? パジャマ姿の方が可愛らしかったのになぁ、ひひひ!」


 邪悪な笑みを浮かべながら軽口を叩くエイメリコを、ジャンヌは黙って睨み続ける。

 自分の周りには、赤い眼光がいくつも見える、つまり、囲まれているのだ。


「怖いねぇ、でもズルいなぁ、怒っていても美人は様になるんだからよー、まぁ気の済むまで睨んでなよ、今のアンタに出来ることはそれぐらいなんだから」


 そう言って、エイメリコは自分の隣にいる魔狼に親指を向ける。魔狼は、しっかりとジャンヌの武器を咥えていた。


 普通の剣と、エルヴィラの特異魔法である『オーバードーズ』。


 彼の言う通り、今のジャンヌに反撃する術はない。ただ睨みつけながら、手も足も出ずに…。


 …いや、待て、おかしい。


「なんで…貴方私を攻撃しなかったの?」


 気絶している相手なのだから、殺す事だって容易かったはずだ。殺すのを躊躇ったにしても、腕を折るなり、足の腱を切るなりして、行動不能にしてしまうことま出来たであろう。


 しかし、見たところジャンヌは五体満足である。


「言ったはずだよな? 俺が殺すのは魔女だけだ、アンタらに危害を加えるつもりはねぇよ」


 よくもまぁぬけぬけとそんな台詞を吐けるものだと、ジャンヌは呆れを通り越して感心する。村で起こした竜巻で、大勢の人が家を壊され大怪我をしたというのに。


 死人が出なかったのが不思議なぐらいである。


「じゃあ装備返してよ、貴方が何もしないなら私だって何もしない」


「あー、それは無理だわ、保証がねえ、それにアンタ、どうせあの魔女とここに来たんだろ? ()()()()()()()()()()()


「貴方…やっぱり知ってるの⁉︎ エルヴィラが生きてた事も! 散らばった七つの魔法の事も!」


 ジャンヌが飛び上がるように起きた途端、魔狼達が瞬時に姿勢を低くして唸り始める。


 危害を加えるつもりはない、などと言っていたが、本当にこんな状態でよく言えたものだと、改めて感心する。


「ああ、知ってるよ…色々教えてもらったからなぁ…ひひひ! 魔法を回収できれば、効率的に、効果的に魔女を駆除できるようになる! 元は魔女の力だが、関係ねえ、魔女を殺せるならなんだって利用してやる」


 これも同じさ、とエイメリコは笛を見せる。


 しかし、ジャンヌにとってそんな物、今はどうでも良かった。


「誰から教えてもらったの? その目的って何?」


 しつこく質問をしてくるジャンヌに、先程まで浮かべていた笑みを消し、鬱陶しそうに「うるせぇな」とエイメリコは凄む。


「教えるわけねぇだろ、団長さんよ、アンタは俺の攻撃対象ではないが、味方でもないんだ、むしろ敵だぜ? アンタに情報を流すって事は、あの金髪の餓鬼の姿をした魔女にも協力するって事になる、例え脳みそを掻き回されて、おかしくなったとしても魔女の味方なんてしねえよ」


 怒りに満ちた声色から感じる、彼の決意は固かった。


 どうしたものかと考えていると、エイメリコの表情が元のニヤけた顔に戻っていた。


「まぁ、一つだけ教えてやるよ、この七つの魔法っていうの…実は色んな奴らが知ってるんだぜ? その力を狙ってる奴は、俺たちやアンタ達だけじゃない」


「え…」


 唐突にエイメリコが言った話の内容に、ジャンヌは言葉を失う。


「魔女を憎んでる俺たちをはじめ、魔女を崇高するイカれた『マギア』の連中も、あちこちにいる『反乱の魔女』の残党どもも、みーんな七つの魔法を狙ってる」


 アンタらが思ってるよりもデカいヤマなんだぜ、とエイメリコは続ける。


「そりゃそうさ、今の時代、魔女の存在が許され、魔法が公になってるこの時代だ、いつの時も、力を持ってる奴があらゆる権力を握れるようになるのは必然だろうが、ましてや、その強力な魔法を、魔女だけじゃなく、誰でも使えると来たもんだ」


 手に入れようとするだろう、多くの人が、私利私欲のために、下手をすれば国ぐるみで、世界を揺るがす力を一つでも多く手に入れようと動き出すだろう。


 例えどんな手を使ってでも、邪魔する者がいるなら、排除してでも。


「魔法をめぐっての、争奪戦争が始まるだろうな、魔法をより多く集めた方が、この世界を好きにできるってわけさ!」


 ありえない話じゃない、何故なら、魔女や魔法を使った戦争はこれが初めてじゃない。時代を良くも悪くも変えた『最後の魔女狩り』という前例がこの国にはある。

 魔女と手を組むのが難しい事じゃ無くなった今なら、各国がどう動くのか予想がつかないが、魔法を使って笑顔で暮らせる平和な世の中になるとは、残念ながら思えなかった。

 どこでもそうだが、この国だって、敵対国ぐらい、いくつもあるのだから。


「貴方達はそれでいいの…? もし戦争が起こったとして、貴方達みたいな小さな組織が、大国に勝てると思ってるの?」


「ちっぽけな組織が国を落とせるほどの力だからこそ、どいつもこいつも狙ってるんだろ? って、まぁ、ついさっき回収に失敗したばかりなんだけどな」


 崖の上を睨みながらエイメリコは舌打ちする。


「失敗した?」


 エイメリコの言葉を、ジャンヌは繰り返す。


「ああ、失敗だよ、あの魔獣を笛で操ろうとしたんだがな、なーんの効果も無しだった、どころか俺が従えてた魔狼を逆に操って来やがった、とんでもねぇ化け物だぜ」


 やはり、薄々勘付いてはいたが、あの魔獣が七つの魔法の一つを所持していたようだ。


 回収に向かったという事は、エイメリコ達は、魔獣が魔法を持っているという事を知っていたという事になるが、聞いたところで教えてはくれないだろう。


 失敗したと言ってはいるが、もし彼が魔獣を操れていたと考えると恐ろしい。


「その様子じゃ、アンタも魔獣にやられて真っ逆さまなんだろ? 団長さんともあろう方が情けねえの、魔獣相手には回避が基本だぜ?」


「貴方だって逃げてきたんでしょ、人の事悪く言わない」


「戦略的撤退と言ってほしいね、俺はまだアイツを諦めたわけじゃないんだ」


 エイメリコは笛を見つめて、何か含んだような笑みを浮かべる。何か策があるのだろうか、魔法が効かない魔獣相手に、魔具しか対抗手段のない人間なんて、恰好の餌食であろう。


 彼にはまだ聞きたいことがたくさんあるのだ、喰い殺されるかもしれないのに、放ってはおけない。そうでなくても、もしも彼が、あの魔獣を従わせる事が成功してしまえば、大惨事になるだろう。


 どちらにせよ逃すわけには行かない、エイメリコには村を破壊した罪もある。捕らえる理由は十分だ。


 しかし、ジャンヌの周りには、無数の魔狼が取り囲んでいる。

 これは幻覚でも誤認識でもない、れっきとした現実の光景だろう。


 この数は、武器があっても正直キツい。加えてこの魔狼達の中には、あの竜巻のように魔法を使える個体もいるのだろう。


 万事休す、か。


(ん、そういえば)


 ジャンヌは自分の姿を見て思い出す。今自分が着ている鎧には、エルヴィラが魔法をかけてくれているはずだ。

 場所は教えてくれなかったが、どこかに小さな魔法陣が描かれているらしい。


 エイメリコはそれを知らないのだろう、知っていれば鎧まで脱がせているはずだ。


 これを上手く利用すれば、ここから脱出できるかもしれない。


 しかし、一つ問題があった。


(エルヴィラが、この鎧にどんな魔法かけたか知らないんだけど…)


 いや、大体の想像はつく。エルヴィラは頑なに()()()()()()()()()()を、この鎧に付与する事を拒んでいた。

 相手が魔獣だった場合、それらは全て意味が無くなり、逆に弱点になるかもしれないから、というのが理由だったはずだ。


 つまり、特殊効果は付いていない、そうなると、効果はかなり絞られてくる。

 恐らく身体強化系の魔法が付与されているはずだ。


 魔法で強化した物理なら、魔獣にも抵抗できるから。


 エイメリコは、それを知らなかったのだろうか? 魔獣に魔法が効かないと、知っていればしないような失敗をしているところを見ると、その可能性もある気がする。


 魔具には、人を強化する効果など無いのだろうか? それとも、気付きにくい変化なのだろうか?


 そう思って、ジャンヌは自分の体に意識を集中させる。


(でも確かに…この鎧を着てから…ちょっとだけ、変な感じがする)


 なんというか、何かを引き寄せているような、自分の体が磁石にでもなっているかのような、不思議な感覚。


 これが、力が湧いてくる、という感覚なのだろうか。


 例えば身体能力が上がったとして、走って魔狼から逃げ切れるのだろうか。

 それとも勢いを付けて、武器を咥えてる魔狼を倒してから、装備を整えて戦うとか。


 先にエイメリコを倒してしまって、笛を取り上げるとか。


 いや、どれにしたって成功する未来が見えない。下手に動けば喰い殺されるか、生かされても、手足があるかどうかの保証は無い。


(駄目だ…無茶するより…効果薄いだろうけど、説得してみよう)


 駄目で元々だ、彼が心を許してくれれば、大人しく捕まってくれないにしても、今回は引き上げてくれるかもしれない。

 ベストは武器を返してくれる事だが、贅沢は言ってられない、元々成功率の低い賭けなのだから。


「ねぇ、エイメリコ?」


「あん? なんだよ、やる事ないからっておしゃべりか? 言っとくけど、何言ったって無駄だぞ、俺は魔法を手に入れるし、アンタに協力する気はサラサラねぇからな」


 こちらの意図を読んでいるのかのように、エイメリコはジトリとこちらを睨みつけながら言う。

 しかし、そんな事は百も承知だ。


「ち、違うの、その…私は貴方が心配なんだよ?」


「は?」


「だってそうでしょ? エルヴィラは不死身の魔女だから余程のことが無いと死なないし、私の部下だって、すごく強いし、すばしっこいから、いざとなったら魔獣からも逃げられるかも? でも貴方は、笛が無くなったら丸腰じゃない」


 心配をしているのは本当だ、別の意図があるが、出来るだけそれを悟られないように気を付ける。


「私は、どんな人でも…その、死んじゃうのは嫌だ、私達の一族は、魔法の継承だって言って、先祖代々、魔女が自害して次の世代に魔法を渡してたの、目の前で死なれる恐怖は、ほんと、耐えられない」


 これも本当だ、実際には、先代の死に顔も死に様も見てはいないのだが、まるで母親のように接してくれた恩師が自ら命を絶つ姿なんて、絶対に見たくないだろう。


「俺が死んだら悲しいってか? いや、信じられねえな、他人の死を本気で悲しめる人間なんていねえだろ」


 しかし、エイメリコの様子に変化は無い。しかし、言葉に反応を示したと言う事は、会話の余地はあると言う事だろう。

 ならば、そこに潜り込むまで。


「ううん、悲しいよ、悲しいし悔しいよ、私は騎士だから、守れるはずの人を守れないのは、とても辛い…だからね? エイメリコ、もう貴方の秘密を教えてなんて言わない…だから」


 ジャンヌは一呼吸置いて、それから朗らかに笑って手を伸ばす。


「貴方に協力させて?」


「はぁ? ぷっ! ひひゃははははははは!」


 エイメリコは、思わず吹き出してしまった。ジャンヌの顔を見ては、腹を抱えて大爆笑する。


「アン…タ…マジかよぉー! 傑作だぜ! どこの世界にそんな見え見えの嘘で説得を試みる馬鹿がいるんだよ! あーたまんねぇ!」


「う、嘘じゃないよ! 貴方の目的に協力する事は出来ないけど、貴方の身を守る事を手伝わせて欲しいの!」


 怯まずジャンヌは続ける。エイメリコはなおも笑い続けているが、それでも構わない。


 共に行動できれば、ここから動けさえすれば、確実にチャンスは訪れるはずだから。


 ジャンヌは、差し出した手に力を込めながら、強引に話を続ける。


「さっきも言ったけど、貴方は笛が無くなれば丸腰になる、笛が壊されて、魔法の効果が切れれば、魔獣だけじゃなくて、この魔狼達も全員敵になる…絶対死ぬよ」


「だからどうして欲しいんだよ、同じく丸腰のアンタを連れて、なんの役に立つんだ?」


「だから…そうならない為に…武器を返して?」


 エイメリコは大きくため息を吐き、ジャンヌの顔を見据えた。その瞳は、まるでジャンヌの思惑を全て見破っているとでも言わんばかりに、赤く、怪しく光っている。


 あの目の色の変化、魔具を使っている証だろう。つまり、彼は今、魔狼達に何か指示を出したと言う事だろう。


 案の定、武器を咥えていた魔狼が、剣を二本ともゆっくりと地面に置いた。


「じゃあテストだ、ここに武器を置いてやる、自分で取りに来い」


 エイメリコは自分の目の前に剣を置き、手招きする。


「アンタが一歩近づくたびに、魔狼をアンタに近付ける。アンタが武器を取った後、何もしなければ何も起こらない、だがしかし、武器を手にとって、少しでもおかしな行動をしたら…近付いてきた魔狼が一斉にアンタの四肢を喰い千切るぜ」


 ほら、来いよ、とエイメリコはニヤケなが手招きする。


 完全にナメられている、しかし、これはいい展開になった。

 武器さえあれば、この状況を打破できる可能性がグッと広がる。


「分かった…ありがとう、エイメリコ…何もしないって…約束するから」


 ジャンヌは笑顔を浮かべて、武器に手を伸ばす。


 武器との距離は、人の大股の歩数で考えて、六歩分ぐらいある、手を伸ばしても届くはずがない。

 あくまで彼女は、予備動作として、武器に向けて手を伸ばしたのだ。


 だから、彼女にも訳が分からない。


 一歩も動いていないのに、既に武器が二本とも手の中にある理由が分からなかった。


「あれ?」


 エイメリコの顔は固まって、魔狼達もピクリとも動こうとしなかった。何が起きたのか分からず、脳の整理が追いついていないのだろう。


 何より困惑しているのは、ジャンヌ本人なのだから。


 エルヴィラが付与した魔法は、身体能力の上昇…()()()()()()()()()()


 確かに、胴の部分にはその魔法陣を描いたが、両手の籠手には、また別の魔法陣を描いていたのだ。

 とっておきの、便利な魔法。


 装備していなければ意味がないが、きっと役に立つだろうと、あえて付けておいた唯一の特殊効果。


 ジャンヌが感じていた、何かを引き寄せているかのような感覚、その正体はこれであった。


 ジャンヌは、遠くにあるものを、自分の手の中に引き寄せられるようになっていたのだった。


「…ごめん、嘘ついた」


 ジャンヌは剣を抜き、そのまま戦闘態勢へと入る。


「……ああ、そうかよ!」


 エイメリコの目が、怒りで更に赤く染まる。


 その炎のような真紅の目が、ジャンヌを睨む。


 直後、全方向から、鋭い牙と爪が一斉にジャンヌに襲いかかってきた。

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