重複される異常事態
「話が違うよエルヴィラ」
村に向かったジャンヌ一同は、村の男達に門前払いをくらってしまった。
エルヴィラの話では、騎士団と魔女を非難していた連中は、村の中で数人しかおらず、大した力は無いとの事だったはずなのだが。
「おっかしいなぁ…なんでお前らまでこんなに嫌われてるんだろ」
森に入らなきゃ事件解決も何も出来ないというのに。
「魔女さんがどうやってその情報を仕入れたのか知りませんけれど…失礼ですが、その…その際何か村の人達の気に障るような事をしたり、言ったりしたんじゃないですか?」
「あらぬ誤解だ! なんもしてねーよ!」
声を荒げるエルヴィラだが、ウルは全く信じていない、ジャンヌですら少し疑っている。
「私は余計な事や、言わなくていい事をわざわざ言ったりしねーよ、ただアイツらに、守ってもらってた分際で偉そうに被害者面してんじゃねぇよって…本当の事を言ってやっただけだよ…」
「いや、十分余計な事だよ…」
関係を悪化させるには十分すぎるぐらい、心無い一言だろう。村人達は、突然自分達の生活を破壊された怒りを、誰にぶつければいいか分からないだけなのだから。
一時的な協力関係とはいえ、騎士団側にいる魔女のエルヴィラの発言は、予想外の効果を伴うことぐらい考えて欲しかったと、ジャンヌは思う。
まぁ、エルヴィラなりに、騎士団をかばってくれたのかもしれないが、意図が伝わらなければ、言葉も行動も意味をなさない。
ただキツイ事を言ってれば良いというわけではないのだ。
「あ、あと、騎士団の優先順位は私の目的を手伝う事なんだから、二番煎じがしゃしゃり出るな、とも」
「いや十二分に余計な事だよ!」
もれなく騎士団のイメージまでダウンさせていた。全く気など使っていなかった。
というか、村に入れない原因は、完全にエルヴィラにあった。
「仕方ねぇ、ぐるっと周って見張りのいないところから、直接森に入るしかねぇな」
見張りのいない地帯、つまりは魔狼がうろうろしているであろう危険地帯である。
足を踏み入れた瞬間、群れに襲われる、なんて事もあるかもしれない。
しかし、足止めをくらったままでは埒があかないので、仕方なく三人は村から一度離れ、忍び込めそうな場所を探す。
村全体は木でできた柵で囲まれている、入り込める場所は、どう考えても森への入り口付近しかない。
「あ、罠まだ使ってるんだ…エイメリコがいるし…あんまり意味無くなってると思うんだけどなぁ」
魔狼を操って、結界すら越えさせることが出来るのだ、目に見えた罠に引っかかっていたら、それこそこちらに対する罠だろう。
村人達の目を盗み、三人は柵を越えて森へ足を踏み入れる。
もう昼前、真上まで来ているというのに、森の中は陽の光が僅かにしか射さず、少し離れてしまえばお互いの顔が見えなくなるぐらい暗かった。
つまり、いつも通り薄暗い。
奥に進めば進むほど、地面はぬかるんでおり、歩きにくくなっている。
「あのガキ、確か魔狼に乗ってたよな、まさかとは思うが…私の家なんかに侵入してねぇよな? 勘弁してくれよ…」
先にある暗闇を見つめながら、エルヴィラは不安そうに言う。この森の奥の奥、最深部に、エルヴィラの隠れ家があるらしい。
既に、最初にジャンヌ達が魔狼と戦った場所よりも奥にいる。木につけた傷の目印が無くなったのがその証拠だ。
しかし、エイメリコの姿どころか、魔狼の姿すら見ていない。
「もう魔女を狩るのに十分な戦力をここで集めて…どっか移動したのかもな」
「うーん…可能性が無くは無いけど…一日も経たずそんな事出来るとも考えにくいなぁ…むしろ、ここにエルヴィラが住んでたって分かったなら、尚更この場から離れようとしないんじゃないかな」
それにしたって、エイメリコ本人にとっても危険すぎる場所な気がする。
彼が一度に何匹の魔物を操れるのかは知らないが、魔法を使う群れに襲われた時、対処出来るのだろうか。
「魔力は? 何か感じたりしないの?」
ジャンヌが言うと、エルヴィラは腕組みをして顔をしかめる。
「いや、魔力だけは感じるんだよ、あちこちからな、でもこれが、魔狼本体から感じるものなのか、それともアイツらが残したただの痕跡なのか分からない」
エルヴィラが曖昧な返事をするということは、やはりこの近くには居ないのかもしれない、とジャンヌは思う。
もし魔力の発生源が近くにいるのなら、魔法を使えないジャンヌにも分かるはずなのだ。
幼い頃から魔法に触れて来たから、その感覚は人よりも鋭い。
念の為、周囲に気を配りながら、更に進み続ける。その間もエルヴィラは「弱い魔力は感じる」と言って、気配のする方へと進んでいく。
何か、誘導されているような気がする。
「エルヴィラ、これ罠なんじゃない? どこかに誘い込まれてるんじゃ…」
「…ああ、なるほど、そうかもな…でも私達が今日ここに来る…なんて、想像つくか? 昨日の晩にあんな事があったばかりなのに、私達がこんなに早く行動すると、アイツに分かると思うか?」
エルヴィラは気配のする方を指差しながら言う。
「なんとなくだが、アイツは仲間を増やしながら、ある特定の場所に向かってる気がする、私は昔からここに住んでるから、この先に何があるのかとか、まぁまぁ分かるんだ、地形でも変えられてるのかと警戒してたが、そんな事もねぇ、私達を誘い出して罠にはめるなら、もっといい場所はいくらでもある」
地理に詳しいのなら先に言って欲しかったとジャンヌは言いそうになったが、それはひとまず置いておいて、それよりもエイメリコの行動に不信感を覚えた。
こんな森の中、ほとんど未開の地で、はっきりと目的を持って向かうべき場所があると言うのだろうか。
もちろん、エルヴィラの推測だけで考えているので、全然的外れな推理なのかも知れないが、もし目的があるとするのなら、それは。
「やはり、魔法なんじゃないですか? 奴等も七つの魔法について知っていて、それを回収しようとしているのでは?」
ウルも同じ事を考えていたようだ、ここに来る前にも話し合ったが、エイメリコの行動を考えると、どうも最初から、エルヴィラがここで生きていた事や、魔物の発生原因である七つの魔法について、事前に知っていたとしか考えられないという節がある。
「そうだとしたら、私達はかなり遅れてるな、でも前向きに考えたら、運がよけりゃ目的を二つ同時に達成する事が出来るな」
珍しくエルヴィラが前向きな態度をとる。
しかし、運が良ければ、とエルヴィラは言ったが、果たしてそれが『良い結果』に繋がるのかどうかと言われれば、はっきりと肯定することは難しい。
単純に考えて、エイメリコが魔法の力を得てしまった場合、脅威が更に大きくなるのは必至だろう。
あるいは共倒れか。
可能性も思考も止まらない、止めてはいけないと分かっているが、うんざりして来るほど、色んな事が頭の中をぐるぐる回る。
しかし、事態というものは、いつも予想外の事で急変する。
予想外、なのだから、到底考えつかないような、突然な異常事態というわけである。
自分達が追っていると思っていた、思い込んでいたなら、事態に対する対応は更に遅れてしまうだろう。
エルヴィラが気付いた時には、ソレは既に目の前まで来ていた。
正確には、突っ込んで来た。
「あぶねぇ!」
何が起きたか分からなかったが、ジャンヌとウルは防御態勢をとる。
あろうことか、防御してしまう。
暗闇から突如現れたソレは、通常個体の三倍はあろう体躯を持つ、巨大な魔狼だった。
否、通常個体と比べるには、あまりにもその姿は異形すぎた。
赤く光る目は四つに増えており、剥き出した犬歯はサーベルのように長く鋭い。
そして何より、身体のあちこちから、昆虫の脚のような触手が飛び出していた。
狼、と分かる特徴が残っているとすれば、四つん這いなのと、顔の形状だけである。
言うまでもなく、ソレは魔獣だった。
しかも七つの魔法の一つを持った、強化個体。
「自分から来るのかよ! って…冷静に考えれば、無くは無い話だけどさぁ!」
巨大な突進に、防御が間に合わなかったエルヴィラは激しく大木に叩き付けられる。
背中を打ち、呼吸が一瞬できなくなり、カハッと苦しそうに息を漏らす。
しかし、防御していたら助かったのかと言われれば、そんな事はなかった。
防御のために、その場で動きを停止してしまった事が、何より失敗だった。
「っ!しまっ」
威力を抑えきれず、ジャンヌは態勢を崩してしまう。不安定になった彼女の隙を逃さず、魔獣の巨大な昆虫の脚のような触手が、ジャンヌの体に思い切り叩き込まれた。
「うわぁああああっ!」
勢い良く突き飛ばされた先に木や岩といった遮蔽物はなく、打ち付けられる事は無かったが、最悪な事に、その先に地面も無かった。
高く伸びた木で分からなかったが、どうやら崖のようになっていたらしく、重力に逆らえずに、ジャンヌの体は容赦無く、崖の向こうに吸い込まれるように落下してしまう。
唯一、行動を防御から回避に変化したウルだけが、無傷でその場にとどまっていた。
「ジャンヌ様…! バケモノが…よくもジャンヌ様を…」
魔獣の巨大な四つの目が、剣を構えるウルを睨む。
低く唸り、全身の毛と共に触手を坂立たせて威嚇している。
先手必勝と言わんばかりに、ウルは素早く動いて魔獣の足を斬りつける。
しかし、巨大な爪で剣は弾かれ、更に触手がウルを貫こうと振り下ろされた。
「狼の攻撃方法ですらありませんね」
触手を剣で弾き、回避してから、再びウルは素早く移動し、今度は木を蹴って高く跳躍する。
「まずその汚く伸びきった触手を斬って、さっぱりさせてあげましょうか」
魔獣の真上まで来たウルを、まるで食虫植物のように、いくつもの触手が双方から挟み込んできた。
しかし、自分に届いた触手を蹴り、瞬時に降下する事によって、ウルは攻撃を回避するのと同時に、背中に飛び乗る事に成功した。
そして、狭い背中の上を縦横無尽に走り回り、根元から触手を切り落としていく。
とても、人間とは思えない動きに、エルヴィラは開いた口が塞がら無い、と言った状態に陥っていた。
魔獣は不快そうに背中を震わせ、木や岩に体当たりして、ウルを振り落とそうと暴れまわっている。
「随分と苦しそうですね…、魔女さん、コイツ本当に七つの魔法…魔力? 忘れましたけど…それを宿してるんですか?」
魔獣に乗るウルに声をかけられ、エルヴィラはようやく我に返り、「ああ」と頷いた。
「ケリドウェンの気配がそいつの全身から漂ってきやがる、間違いなく持ってるぞ」
エルヴィラが言うと、ウルは「そうですか」とつまらなさそうに言ってから、剣を突き立て、そのまま背中の肉を乱雑に斬り刻み始めた。
「あれだけ警戒していたのに、何というか…拍子抜けですね、こんなに弱いとは…ああ、でも殺しちゃダメなんですよね? また魔力が飛んでいってしまうから…封印しないと」
不安そうにジャンヌが突き飛ばされた方を見るウル、そんな彼に、エルヴィラは
「油断すんな!」
と叫んだ。
魔獣の体毛が、ところどころで不自然に動いているのを、エルヴィラは見逃さなかったのだ。その不穏で不気味な動きに、嫌な予感がして、エルヴィラはウルに警告した。
その嫌な予感は、見事に的中する。
湧き水が飛び出すように、新たな触手がいくつも現れ、背中の上のウルに襲いかかったのだ。
しかし、ウルは咄嗟に飛び退いて、魔獣の頭の上で跳躍し、攻撃を回避する。
「…伸びるのが早いんですね、お手入れが大変でしょうに」
地上へと降りたウルを、魔獣は怒りに満ちた目で睨みつけ、辺りの空気が震えるほどの咆哮を上げた。
遠くから聞けば、爆発音と間違えるかもしれない。
しかし、大きく開かれた口は、咆哮を吐き出すためだけでは無かった。
喉の奥が明るく光り、直後青い炎がウルに向かって一直線に吐き出される。
「流石にそれは予想外です」
前のめりに飛び込んで、魔獣の口が届かない喉元へと避難する。しかし、すぐに触手による追撃があったので、やむ終えずそこからも移動して、魔獣と向き合う形になった。
「…まさか火を吐いてくるとは…魔女さん、これって予想出来てました?」
「出来るわけねぇだろ! つーか最悪だよ! よりによって火って…! 魔女の弱点じゃねぇか! 予想外過ぎるんだよ何もかもが!」
相手が魔獣である以上、エルヴィラの魔法はほとんど役に立たなくなる。唯一の攻撃手段は、ナイフを出現させて投げるいつもの方法だけである。
しかし、それもある程度近付かなければ十分な威力は期待できない。だが、魔獣の射程内にうっかり近付けば、間違いなくエルヴィラは炭になってしまうだろう。
頼れるのは、ウルだけだった。
「うーん…困りましたね…」
そのウルも、表情こそ変えなかったが、声に不安が滲み出ている。
「最悪殺しましょう、殺らなきゃ殺られます」
「…仕方ねぇ…燃やされるよりマシだ」
ウルは剣を構え、エルヴィラは唯一の攻撃手段であるナイフを宙に漂わせる。
予想外だらけの中、ようやく騎士と魔女が心を一つにした。
魔獣が再び、咆哮する。




