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魔女伝  作者: 倉トリック
第2章 後始末編
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終わらない

「そもそも何なんですか? その『異端狩り』って」


 部屋に三人だけ残り、テーブルを囲んで、今までの経緯をジャンヌが説明した後、無表情のままウルはそう言った。

 あまりに予想外過ぎる質問に、思わず二人は顔を見合わせる。


「いやなんでだよ…お前騎士なんだろ? 知ってなきゃダメだろ普通に」


 世の中でなにが起こっているのか、きちんと把握しておくべきではないのか、と思い、エルヴィラは言う。

 しかし、ウルは全く悪びれる様子など見せなかった。


「騎士にだって知らない事ぐらいありますよ、未だに魔女狩りを推進してるような奴らに、興味なんてありませんから」


 時代遅れにもほどがありますよ、とウルはため息混じりに言う。


 その意見にはエルヴィラも同意だった。


 魔女狩りの廃止と共に、魔女に対しての新たな法律がいくつか追加されている。魔法を用いての犯罪などの厳罰化、特異魔法の申告義務、継承の儀の禁止など、おおよそ魔女の行動を制限するものが多い。


 しかし、中には魔女を保護する法律もいくつか存在している。

 魔女に対しての人権を無視した発言、行為などを行った者は、無期限の幽閉処分となる。


「害のない魔女を殺したりなんかしたら、最悪死刑になる世の中になってんのに、そんな危険を冒してまで魔女を殺したいかね」


「…そこまでして殺したいほど…恨んでるんだよ…魔女を」


 独り言のように呟いて、ジャンヌはエイメリコの恨みに満ちた目を思い出す。彼だけが悪いとは、到底思えない。


 でも、彼がしてる事は、正しい事ではない。


「ジャンヌ様?」


 心配そうにウルがジャンヌの顔を覗き込む。


 暗い表情を浮かべていた事に気付いたジャンヌは、慌てて作り笑いを浮かべながら「なんでもないよ」と言った。


 他人に対しては、心を閉ざしているかのように無表情で無感情なウルだが、ジャンヌに対しては別で、いろんな表情を見せる。それでよく他人とトラブルになったりするのだが、本人は全く気にしていない。


 ジャンヌとしては、彼にももっと皆と仲良くして欲しいと思っているのだが、なかなかその願いは叶わない。


 実力は有りすぎるぐらいなのだから、もっと協調性というか、統率力を身につけてもらいたい。


「まぁいずれにせよ、魔法の回収より、アイツを倒す事を優先にしないと先には進めねぇな」


「魔法の回収? ああ、『才能の魔女』が死ぬ間際に仕掛けたというアレですか…なんというか、忙しいというか、気忙しいというか…忙しないというか」


「全部同じ意味じゃねぇか」


 二人の会話を聞いて、ジャンヌも本来の目的を思い出す。元々は魔物の発生原因となっている魔獣か、魔具か、魔女から魔法を回収する事が目的だったのだ。


 全部で七つ、とは言うものの、その魔力の影響で生まれた魔物、それが更に成長して魔獣化なんてしてしまったら最悪だ。魔獣蔓延る世界で、魔法の回収なんかまともに出来るわけが無い。


「ん、それはそうと…ねぇエルヴィラ」


 回収する魔法について、ジャンヌはふと疑問を抱く。


「その…七つの魔法なんだけどさ…エルヴィラはちゃんと見分けつくの?」


 数ある魔法の中から、特定の魔法を見つける事なんて出来るのだろうか。魔具なんて、今や魔女が誰かに頼まれたり、護身用にいくつも作っているだろうし、魔力を受けて、誰かが魔女化したとしても、力を奪われるのが嫌で、隠されてしまうかもしれない。


 そうなると、一番分かりやすいのは、個体数も少ない魔獣という事になるが、それでも時間をかけ過ぎたら、魔物が魔獣へと成長してしまい、リスキーな上に見分けが付かなくなってしまうだろう。


 …本当に出来るのだろうか。


「私もどんな魔法にケリドウェンが細工したのかは知らねぇからなんとも言えないけど…でも大丈夫だ、魔法の特定については心配するな」


 ジャンヌの不安を他所に、エルヴィラは平然と答える。


「目標の魔法からは、ケリドウェンの気配が嫌という程滲み出てるだろうさ、あいつの魔法が原因なんだからな、アイツの気配を感じたら、それが標的だ」


 アイツと言われても、ジャンヌはケリドウェン本人に会った事が無いので、気配と言われてもさっぱりなのだが、エルヴィラが分かると言うのなら、任せるしか無いだろうと思う。


「魔法を持つ対象がランダムという事でしたら、今回の標的は、魔獣ではないでしょうか?」


 唐突に、ウルがテーブルに地図を広げて、眺めながら言う。


「なんでそう思うんだよ」


 訝しげな視線を送りながら、エルヴィラは言う。それに対して、怯むことなくウルは地図を指差す。


 魔物の被害が特に多い、あの村を指でなぞる。


「ジャンヌ様と、魔女さんがあの村、その付近の森で出会った魔物は全て魔狼だったのですよね? 基本理性を失っている魔物の中でも、彼らはずば抜けて優秀で、群れでの行動に特化しています、でも、それは群れを束ねる頭がいなければ成り立たない」


 あの村には、確かに魔狼が多かった。他の野生動物や、魔物が全く見当たらないぐらい、魔狼で溢れかえっていた。


 ほとんど森を支配していたと言っても過言では無いだろう。


「森一つ支配できるほどの魔狼の大将、魔獣…しかも強力な個体が存在していると考えるのが自然では?」


 しばし考えてから、エルヴィラは「確かに」と納得した。中々勘がいい、ジャンヌの評価にも納得がいく。


 例え推測でも、的が絞れれば行動も対策もしやすくなる。


「それと魔女さん、その散らばった七つの魔法について知っているのは我々だけなんですか?」


「ん? んん、いや…私は友達から聞いたんだよ、知ってるのはその友達と…私達ぐらいじゃねぇの? こんなもん『最後の魔女狩り』で生き残った魔女ぐらいしか、原因を突き止めようが無いからな」


 エルヴィラが言うと、ウルはそれっきり黙り込んでしまった。


「ウル、どうしたの? 何か気になる事でもあるの?」


「ええ、少し…『異端狩り』がその場にいた事が…どうも引っかかるんです」


 殺したいほど魔女を憎んでいる事は分かった、だがしかし、魔女を殺せる魔具を使う人間なんて、数少ないだろう。

 それこそ、『異端狩り』という組織の中でもトップクラスの実力を待つ数人だけのはずだ。


 過激な連中だが、普段から派手な騒ぎを起こしているわけでは無い。


 彼らが騒ぎを起こすのは、いつも魔女絡みの時だけだ。今回だって例外では無い、エルヴィラがその場にいたから、エイメリコは動いたのだ。そこは、村人達の言う通りだと、エルヴィラ本人が自覚している。


「魔女さんがいたからその人が来た…うーん、やっぱり変ですよ…だとしたら、その『異端狩り』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事になりますよね?」


 それが、エルヴィラだというのなら、尚更不可解である。

 何故ならエルヴィラは、あの戦争の後、死んだ事になっているのだから。


 だから世間では、『最後の魔女狩り』の生き残りは、『幽閉の魔女』ジョーンただ一人という事になっている。


 世間一般で知り得ない情報を、もし彼ら『異端狩り』が握っていたのだとしたら、考えられる可能性はただ一つであった。


「魔女さん、貴女友達に売られたんじゃないんですか?」


「ぶっ殺すぞてめぇ、私の親友ががそんな事するわけねぇだろ、大体、百歩譲ってあの子が喋ったとして、そうする理由はなんだよ? 奴らに私を殺させて、何か得があるのか」


 物凄い剣幕でウルを睨みつけるエルヴィラを、慌ててジャンヌは「まぁまぁ」となだめる。


「単なる推測だし、可能性の一つだから、そうムキにならないで…」


「単なる推測で友達を密告者みたいに言われて、腹立たねぇわけねぇだろ」


「それはそうだけど…あ! じゃあ魔獣! 奴らが知ってたのはエルヴィラの事じゃなくて、七つの魔法や、魔獣の事についてだったとしたら?」


 気を紛らわせようと話題を逸らすが、エルヴィラの怒りは治らない。


「それでも変わらねぇだろ、アイツらにそんな情報流したってのがそもそもマズイんだからよ…そんな責任をこの場にいない、しかも無関係な魔女に押し付けようとするとか…お前こそ『異端狩り』のスパイなんじゃねぇの?」


 口元をわざとらしく歪めながら、エルヴィラはウルを睨みながら言う。

 変わらず、ウルは無表情のまま、無視する…のかと思いきや、突然剣を抜き、その切っ先をエルヴィラの首に突きつけた。


「僕はジャンヌ様に仕える誇り高い騎士だ、軽々しく侮辱する事は許さないぞ、魔女」


「投げる前にブーメラン刺さってますよ、自分のさっきまでの行動をちゃんと見つめ直してから発言しろよ」


 ウルの背後には、大量のナイフが宙に浮き、その先は全てウルの後頭部に狙いを定めていた。


 互いのプライドとも呼べるものを傷つけられた二人は、今にも殺し合いを始めそうな雰囲気を出しながら、睨み合う。


 そんな状況を見かねて、ジャンヌは一つため息を吐いてから。


 手のひらで思い切り机を叩きつけ、大きな音を鳴らす。


「いい加減にしなさい! 今は喧嘩してる場合じゃないでしょ⁉︎ 二人ともいい歳して…そんな事も分からないの⁉︎」


 ジャンヌに怒鳴られた途端、ウルは真っ先に剣を鞘に収めた。そして、怯える子犬のように、ソワソワと落ち着きを無くしながら、チラチラとジャンヌの顔色を伺っていた。


 エルヴィラも、不服そうな顔を浮かべながらも、黙ってウルの背後に仕掛けていたナイフを消した。


 二人が静かになったところで、ジャンヌは「それじゃあ行こうか」と言う。


「どこにだよ」


「決まってるでしょ、っていうか決まったんでしょ? とりあえずもう一回森に行って、『異端狩り』の彼を捕まえるのと、七つの魔法の一つを回収する、でしょ?」


「やる事だけ決めても仕方ねぇだろ、ノープランで突っ込むつもりか?」


 呆れたようにエルヴィラが言うと、ジャンヌは得意そうな顔をして、自分の鎧と剣をエルヴィラに差し出した。


「ノープランじゃないよ、ちゃんと考えてる、これからは、ちゃんとエルヴィラの力も借りようと思ってね」


「どういう意味だよ」


「単純だよ、目には目を、歯には歯を、魔具には魔具を、だよ」


 ジャンヌの言葉の意味を理解して、エルヴィラは激しく首を横に振る。


「私にこの防具を魔具化させるなんて器用な真似出来ねぇぞ! 出来たとしても今日中なんて絶対無理だ!」


「魔具化なんて贅沢は言わないよ、せめて魔法攻撃を軽減できる防御魔法でもかけてくれれば」


「同じ事だ、それにな…『魔具』と『魔法効果を付与しただけの武器』じゃ全然グレードが違うし…さらに言えば、魔女や魔獣が使う純粋な魔法の方がどうしたって強い、付け焼き刃でしか無くなるんだよ、所詮な」


 それに、魔具は確かに魔女を殺せるほど強い武器になるかもしれないが、使いこなせるようになるには、本人の才能だって必要になってくる。

 こればかりは努力だけではどうにもならない。


 魔力が人を選ぶからだ。


「それでも、やらないよりマシだと私は思う、残酷な現実だけど、人の技術と知恵だけじゃ、どんなに頑張っても魔法には勝てない…と思う…貴女が必要なの、エルヴィラ」


 ジャンヌの真剣な目に見つめられて、エルヴィラは思わず目をそらす。彼女の言う事にも一理ある、と思ったからだ。


 しかし、だからと言って、慣れない魔法で強化した武器を使って、自爆でもされたらたまったものじゃない。

 今ジャンヌに死なれるのはとても困る。剣を扱えて、魔獣と渡り合える可能性がある人間なんて、そうそう居ないだろう。


「……あー…くそ」


 しばらく考えてから、エルヴィラは諦めたように呟いた。


「分かったよ…やるだけやってやる…でもな、あくまでも魔法効果の付与、だけだからな? 特殊な効果が発動するような魔具に改造するなんて事は、今の私じゃ絶対に無理だ…ああ、あと、剣の方にはあまり手を加えないからな?」


「え、なんで?」


「忘れたのか? 魔獣には魔法が効かない、攻撃手段である剣の方に強く魔法をかけすぎると、魔獣へ攻撃が通らなくなる」


 難しいね、とジャンヌは言って、悩ましげに首をかしげる。


 ちょっと待ってろ、そう言ってからエルヴィラは鎧を持って、別の部屋へと移動して行った。


 エルヴィラが出て行ったのを確認してから、ウルが小声でジャンヌに話しかける。


「良いんですか? あの魔女をそんな風に信用しても」


「疑いたくなる気持ちも分かるけど…今は他に頼れる人いないでしょ? それにね、態度悪いし、口も悪いし、目つき最悪だけど、悪い子じゃなさそうだから」


 どこかウルと似ているんだよ、と言ってジャンヌは微笑みながら彼の頭をな優しく撫でる。

 魔女と似ている、と言われたウルは少し不満そうだったが、それ以上何も言う事は無かった。


 彼女達はまだ知らない。この戦いは、自分達の思っているよりも遥かに大きな戦争になりつつある事を、まだ知る由もない。


 魔女による魔女狩りという異例の戦争は、形上終戦となっているが、その禍根は未だに残っている。

 力が欲しい、何かを変えたい、そんな欲が人にも、魔女にもある限り、争いがなくなる事は無いのだ。


 飛び散った七つの魔法、誰もがそれを使える、そしてその事実を知っている、これがなにを意味しているのか、ジャンヌ達は身をもって思い知る事になるのだが、それはもっと先の事になる。


 今はただ、目の前の問題を解決する事に、精一杯なのだから。


「終わったぞ、かなり簡単だがな」


 エルヴィラが部屋に戻る。


 礼を言って、ジャンヌはその防具を装備してから、二人に言う。


「じゃあ行こうか、早期解決に越した事はないよ」


 彼女達は向かう、新たな戦場の舞台へと。

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