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魔女伝  作者: 倉トリック
第2章 後始末編
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白髪の騎士

 村の修復作業は、応援に駆けつけた騎士団の別隊と、エルヴィラの魔法により一晩で片付ける事が出来た。


 しかし、ジャンヌ達は作業が終わり次第、追い出されるような形で、騎士団の本部へと引き返して行った。


 修復作業は、失った信頼を回復するには、まるで足りなかったようである。


 まず第一に、『縄張りの魔女』エルヴィラに対して、彼女が村に現れなければ、『異端狩り』が暴れる事も無かった、と。

 そして、そんな彼女に手を貸したのが、騎士団の団長であるジャンヌというのが、かなり印象としてまずかった。


 最悪を呼び寄せた魔女、それに協力した騎士団。


 どんな事情があろうと、どれだけ必死に戦って、敵を退けたとしても、村が壊れた、その結果は変わらない。


「…私達が…もっと警戒出来ていれば」


 ジャンヌは、ダラリと、自室の机に突っ伏した。


 人々の評価が理不尽だと思うよりも、自分の考えの浅さへの後悔の方が大きかった。


 魔女がいれば、『異端狩り』が過剰反応する事など、容易に想像出来ただろうに。

 更に言えば、ジャンヌの一族はついこの間まで、魔女の一族として管理されていたのだから、魔女反対派だった村長が、ジャンヌが団長を務める騎士団への報告を躊躇った事も、その代わりの組織に、魔物退治を依頼した事だって、よく考えれば推理出来たはずだ。

 村長は、確かにジャンヌを待っていたのだ、助けを期待してではなく、団長という立場から、彼女を引きずり落とす為に。


 別の組織に事件を解決させ、対応に遅れた騎士団の評価をガタ落ちさせるというのが、村長の目論見だったのだろう。理由はただ一つ、ジャンヌが魔女の一族だから。


 結果として、その組織は生きて帰ってこなかった為、計画を変更したのだろうが、どちらにせよ、そんな事をしたって、なんの意味など無い。しかし、魔女反対派にとって、魔女の一族に治安を守られているという事は、これ以上にない屈辱だったのかもしれない。

 …全く理解出来ない思考回路だが。


 しかし、それにしたって、自分がその場に行かなければ良かったのかもしれないと、思ってしまう。全ての判断ミスが、今回の結果を招いてしまったのかも、と。


 人を守るという事を使命としている以上、絶対に、判断を間違ってはいけない時があるのは当たり前だ。

 そこを間違えば、信頼というものは一気に崩れ去る。他者からの評価が、どれだけ理不尽で不条理でも、自分達はその信頼なしでは活動できない。


 その為の決断は、その判断は、団長である自分の仕事のはずなのに。


「騎士団の信頼を…私が…」


「あほくせぇ」


 突如聞こえた、自分とは別の声にジャンヌは驚いて顔を上げる。

 そこには、眉をしかめて不機嫌そうに腕組みをしているエルヴィラが立っていた。


「訳の分からねぇ自責の念に駆られてんじゃねぇよ、あんな理不尽な批判を一々間に受けてたら、身が持たねえぞ」


「…もしかして、慰めてくれてる?」


「はっ、そんなわけないだろ? 不貞腐れてるのが鬱陶しかっただけだ」


 エルヴィラは、窓際に行って、外を眺める。


「それに、慰めってんなら、もっと良い報告があるぞ、お前が気にしてる世間の目ってやつだけどな」


 ジャンヌは更に顔を上げて、エルヴィラの方を見る。その目には、期待と、恐れの感情が、入り混じっていた。


「今回、村の連中の批判の仕方があまりに不自然だったから、私個人的に調べたんだがな、どうも村人の中に『異端狩り』の傀儡が紛れてたんだと、そいつらがサクラになって、騎士団にも責任がある、みたいな事を村人に吹き込んでたみたいだ」


 そう言ってエルヴィラは、一枚の紙をジャンヌに手渡した。

 それは、村人からの感謝の手紙だった。


 ジャンヌは、その愚直とも言える素直すぎる性格から、責任感が強く、全てを背負おうとするところがあるが故に、物事の解釈が変な方へ曲がってしまう事がある。

 騎士団の失態は、自分の所為だと、自分を不必要に責めてしまう。


 どれだけ理不尽で、不自然な理屈でも、素直に飲み込んでしまう。

 責任感があるのは良い事だが、そのせいで冷静さを欠くのは本末転倒もいいところだろう。


 ジャンヌは、寄せられた感謝の言葉に、やっと我に返った。


「騎士団を責めてた連中が、逆にかなり非難されている…どっちかっつーと、『異端狩り』と私に非難殺到だな」


「エルヴィラに? 貴女が…魔女だから? もしかして…また魔女が迫害されたり…」


 不安そうに見つめるジャンヌに、エルヴィラは鬱陶しそうに手のひらを振る。


「魔女への印象なんかどこ行っても変わんねぇよ、いつも通りだ、おおっぴらじゃ無いってだけで、魔女狩りは続いてる…魔女を無闇に殺せば罰せられるというルールが追加されただけで、魔女の立場はそんなに変わってねぇ」


 要するに、魔女へのこれ以上のイメージダウンの心配はない、という、ジャンヌへの分かりにくいフォローだった。


 不安は残るが、我に返ったところで、ジャンヌは数々の違和感に気付いていく。


 そもそも、何故村長は、魔物退治に『異端狩り』を選んだのか。


「…考えてみればおかしいよね…エルヴィラが現れたその日に『異端狩り』が現れるなんて」


 いや、可能性はある。村に最初から潜んでいたのだとすれば、すぐにでも動く事は可能だろう。


「でもそれも不自然、まるでエルヴィラが生きてる事を最初から知ってたみたいな…」


「ああ、それに、あのガキが魔物を操ってたのは分かったが、わざわざ村を襲わせる意味が分からない」


 結界を超えたという事は、つまりは結界を結界と認識出来る人間が、魔物を操作して村への襲撃を意図的に行なっていたという事になる。

 魔女を殺したい『異端狩り』にしては、行動が滅茶苦茶だ。


 そんな事をしたって、魔女が釣れるわけがない。変な騒ぎを起こせば、それこそ、騎士団や退治屋が来て、余計な手間が増えるだけだ。


「っていうか、ちょっと待ってよ、エルヴィラ言ってたよね? 少し前におかしな格好の人達がいて…結局全員魔狼に喰い殺されたって」


「ああ、言ったな」


「それもよく考えたら不自然なんだよね、その人達が『異端狩り』なんだとしたら…魔狼に喰い殺されたのが不自然すぎる…それこそ、あの魔物使いの彼がいたのなら、絶対に起きない事だよね?」


 つまり、その集団は『異端狩り』とは考えにくい。


「じゃあ討伐隊だったんじゃねぇの?」


 エルヴィラが言うと、ジャンヌは「それも考えにくいよ」と言って一枚の書類を見せた。


 受け取ったものの、内容が頭に入らなかったのか、エルヴィラは大きなあくびをしてから「分からん」と言って突き返した。


「これはね、討伐隊と騎士団の同盟を記した書類なの、だから、つまり、討伐隊に依頼したら、確実に騎士団にも報告が入るようになってるんだ」


 でも、そんな報告は一つもなかった。


 討伐隊ですら無い、謎の集団。


 謎は深まるばかりだった。村長の行動だって、あまりに行動がちぐはぐすぎる。何か、大事な事を見落としているのだろうか。


「とにかく今は行動しなきゃだよね、早期解決で名誉挽回しないと、騎士団団長として、汚名を背負ったままは嫌だからね」


「ふーん、なんにせよ、あの村にはもう一回行った方がいいだろうな、次は、もっと少人数で」


「少人数? なんで? あの竜巻と魔法の風の攻撃なら…盾で防御しつつ攻めた方が…」


「アホか、アレだけが武器な訳ないだろ」


 エルヴィラは呆れたように机の前に移動して、適当な紙を五枚用意して、そこにペンで魔法陣を描く。

 そして、それぞれ順番に魔力を送り込む。


 すると、五枚の紙の上で、バラバラの現象が起こった。

 小さく火が灯ったり、水の球体が浮かんでいたり、紙の上で手のひらサイズのつむじ風が起こっていたり、バチバチと電気の嫌な音がしていたり、魔法陣が描かれた紙のある周囲だけが、まるで夜のように闇に包まれたり。


 目の前の超常現象の数々に、ジャンヌが驚いていると、エルヴィラがそれぞれ順番に指差していく。


「魔法ってのはこれだけ…つーか、これ以上に色々種類があるんだよ、私は魔女だからこれだけ使えるが…だが、魔物が使えるのは、せいぜいこの中のどれか一つだろうな…」


 これをもっと複雑にしたものが特異魔法だ、とエルヴィラは付け足した。


「あの青年が魔物の魔力も操って、魔法も発現させていたんだとしたら…あの魔狼が使えたのは風の魔法だけって事?」


 そして、理由は分からないが、竜巻を起こしたあの魔狼は死んだ。

 しかし、すぐに別の魔狼が現れて、それに乗って彼は撤退した。


「同じ魔法が使えるなら、あそこで逃げずに、もう一度発動させたはずさ…そうしなかったのは…」


 撤退に使った魔狼は、風どころか、攻撃できるほどの魔力が無かったから。

 つまり、魔物を操れるとは言っても、全ての魔物が魔法を使うだけの魔力を持っているかと言えば、そうではない。


 魔力が微弱な魔物では、魔法を発現させる事は出来ないのかもしれない。


「たった一回…しかも訳のわからないまま始まって終わった戦闘だったが…敵の特性はなんとなく掴めただろ? 無闇に人を増やして、犠牲者出すより、より強い精鋭を少数集めて戦った方がやりやすいと思うぞ」


 それに、とエルヴィラは自分の魔法陣から浮き出る魔法を眺めながら続ける。


「どうしても人が必要なら、最悪私の魔法でなんとかなる…昨日アレだけ動いたからな…あの村周辺には、過去の私がたくさんいるさ」


 後半、エルヴィラの言っている事の意味が分からなかったが、しかし、少数精鋭というのはジャンヌも賛成だった。


 一人、他の騎士をぶっちぎりで超越する才能を持った団員を、ジャンヌは知っているからだ。


「エルヴィラ、その精鋭だけど…アテがあるよ、その子も含めて、私達三人でいいかな?」


「ほお、自信満々じゃん、そんなに強いのか、そいつは」


 エルヴィラが言うと、今まで暗かったジャンヌの表情に光が差し、大きく頷いて自信満々に「勿論」と答えた。


「私はね、まだかなり早いんだけど、彼を次期団長にしようと考えてるんだ」


「つまり実力はお前と並ぶって事かよ…すげーな、どんな奴なんだ…今後の作戦を考えていくにしても、そいつの事はきっちり知っておきたいな」


「えっとね…彼は」


 ジャンヌが言いかけたところで、ドアがノックされる。

 ジャンヌが「どうぞ」と言うと、一人の騎士がいくつか書類を持って入室してきた。


「失礼します、団長、ご報告が」


「どうしたの? まさか…また何か問題?」


 不安そうな表情になっていくジャンヌを見て、騎士は慌てて首を横に振り、書類を手渡した。


「彼が…任務からただいま帰ってきました」


 書類と、騎士の言葉を聞いて、ジャンヌは満面の笑みを浮かべる。


「良かった! ナイスタイミング! 今どこにいるの? 実は早速話したい事があるんだけど、あとエルヴィラの事も紹介したいし」


「ええ、彼ならもうすぐここに…うおっと⁉︎」


 騎士の言葉を遮り、ついでに押しのけて、勢い良く別の人影が部屋へと侵入してきた。

 あまりに素早い動きだったので、黒い影にしか見えなかったのだが、ジャンヌの目の前に現れた彼の姿を見たとき、エルヴィラは思わず顔をしかめた。


 ジャンヌの前に跪き、腰に剣を携えたのは、屈強な騎士の姿とはかけ離れた、幼さの残る、白髪の少年だったのだ。


「ただいま戻りました、ジャンヌ様」


 彼がそう言うと、ジャンヌは笑顔で「おかえり」と言って、その頭を優しく撫でた。


「お…おい忘れ形見、もしかして…そいつがお前の言ってた…」


「そう! この子が私達騎士団の精鋭の一人! 私が後継者に選んだ子! ほら、自己紹介して」


 ジャンヌに命じらた彼は、すぐに立ち上がり、エルヴィラの方に向くと、深々とお辞儀をした。

 まるで機械のように正確な動きは、どこか不気味さを感じたが、特に気にすることもなく、エルヴィラは目の前の少年を値踏みするように見つめる。


「はじめまして、僕の名前はウルです、ウル・アルテミスと言います」


 抑揚の無い声で、無表情のまま、ウルは名乗った。


「『縄張りの魔女』エルヴィラ…お前…いくつだ? つか、いつから騎士団にいるんだよ」


 反射的に名乗り返してから、エルヴィラはとりあえず気になった事を聞いていく。


「十五です、騎士団には八歳の頃に入団させていただきました」


 必要最低限の事だけ答えて、ウルはジャンヌの方に向き直る。

 変わらず無表情に見えるが、ジャンヌを見つめる目は、さっきよりも輝いて見えた。


 エルヴィラのウルに対する第一印象は、子犬だった。

 主人に尽くす、白い忠犬。


「ジャンヌ様、彼女は一体何者なのですか? 魔物と、魔物使いと何か関係があるのですか?」


「わ、話早いね、流石だよウル、私はこれから、その事について、貴方とエルヴィラと話し合おうと思ってたの…ちょっと困った事になっちゃったからね」


「困った事…ですか」


 ウルは考え込むように、少し俯いてから、一瞬だけエルヴィラに視線だけ送って、再び顔を上げて、ジャンヌを見つめる。


「では、早速対策を考えましょう、早急かつ迅速に、今回の事件を解決してしまいましょう、何なりと命令してくださいジャンヌ様、貴女を困らせるものなんて、この世から一つ残らず斬り裂いてみせますから」


 無表情なまま、とんでもない事をサラリと言ってのける彼に対して、エルヴィラは、どうしてか、三年前のあの日を思い出していた。


(誰かに似てるんだよな、この犬っぽい感じ)


 同じような印象を、あの戦争に参加した者の中に感じた記憶がある。


 それが誰なのか、エルヴィラはしばらく気になって思い出そうとしたけれど、結局思い出せないまま、五分後にはすっかり忘れていた。


 ウルの視線が再びエルヴィラに向く、幼い少女の姿をした魔女を見つめるその目は、まるで何かを訴えかけているかのようだった。

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