人間
日も暮れて、辺りがすっかり暗くなった。
用意してもらった一室のベッドに横になりながら、ジャンヌは受け取った透明な剣『オーバードーズ』を見つめる。
しかし、すぐに憂鬱な気持ちになってきたので、そっと鞘へと仕舞い、ベッドの真下に隠すように置いた。
(私が…散らばった魔法を…魔物が蔓延る原因を回収する…)
普通に考えてみれば、不思議な事ではない。騎士が人のために戦い、その身を投じて盾となるのは当然の事だからだ。
元より、戦いになる覚悟は出来ていた、魔女が絡んでいる事件で、戦闘が避けられる訳がないのだから。
ならば、なぜあの時、あんなにも絶望したのか。
命が惜しくないわけじゃない、だからと言って逃げ出すなんてあり得ない。むしろ自分の手で戦えるのなら、他の仲間が犠牲になる心配がなくて、逆に好都合とも取れる。
ならばなぜ、絶望感を覚えたのか。その答えはとても簡単だった。
(エルヴィラが…あんな魔女だとは思わなかった…!)
絶望ではない、素直に、彼女に対して失望したのだ。
師匠である『鎧の魔女』ジャンヌと共に、『反乱の魔女』と戦った英雄。どこかクセのある変わり者だとは思っていたが、でもだからって、自分の責任を押し付ける為に、村も騎士の一団もまるごと危険な目に合わせるような、悪人だとは思わなかった。
剣の扱いに慣れていなくて、まともに戦えないから、代わりにこの『オーバードーズ』を使って魔法を回収して欲しいということなら、最初から素直にそう頼めば良かったのだ。
人の命を危険に晒して実力を試す必要なんて、どこにもないはずだ。
「口が悪くて捻くれてるけど…悪い人じゃないかもって思ったのに…」
人の命を顧みない、どんな状況だろうと、それはやってはならない事だろう。
人がいなければ、解決出来ない事の方が多いのだから。
騎士団の団長だって、自分についてきてくれる仲間がいるから成り立っているだけなのだから。
「先生は…エルヴィラの事をどう思ってたのかな」
性格が相反するエルヴィラと先代ジャンヌ、もしかしたらとても仲が悪かったかもしれない。
そうなると、エルヴィラから彼女の事を聞き出すのは難しくなるだろうか。
いや、性格が合わないから、という理由だけでは、先代は人を嫌いになったりしなかった。あの手この手で分かり合おうと、どんな人にも平等に、関わっていこうとする人だった。
そんな彼女を、鬱陶しいと思う人の方が多かっただろうし、愚か者だと笑う者だっていただろう。
それを分かっていながら、先代は、それでも人と関わっていこうとしていた。
そうやって、可能な限り、救える範囲を広げていたんだと、今のジャンヌは思う。人と人との繋がりで、些細な変化に気付けたら、いち早く反応し、対応する事だって出来るから。
そんな先代が、エルヴィラと全く関わりを持っていないなんて、考えられなかった。
「あー…寝れなくなっちゃった」
色々考えすぎて、目が冴えてしまった。
明日からすぐに調査を開始するのだから、万全な状態にしておきたいのに、こうなってしまうと中々眠れない。
戦闘が避けられないのなら、気持ちを早々に切り替えなければ。
エルヴィラのやり方が気に入らないとは言ったが、彼女の判断が間違っていたかと言えば、そうではない。
剣が使えないなら、使い慣れている騎士に任せる。判断だけで言えば、これ以上にないぐらい的確で、賢明だったと言える。
性格は悪いが、頭は悪くないのかもしれない。
「うー…ほんとに目が冴えちゃった…どうしよ」
ベッドから身を起こし、ジャンヌは軽く柔軟運動を始めた。少し体をほぐせば、リラックスして眠れるかもしれないと思ったからだ。
しかし、覚醒した意識はそう簡単に沈んでくれず、ただ時間が過ぎて行くばかりだった。
ふと、ベッドの下に視線を向ける。そこには先程隠すようにして置いた剣があった。
魔女の、特異魔法で出来た剣。
「…普通の剣とは…やっぱり違うのかな」
手を伸ばして、塚を握り、ベッドの下から再び取り出した。
そっと鞘から抜き、その刀身を眺める。
ガラス細工のように透明なのに、ズッシリとした重さがある不思議な剣。月明かりにかざすと、反射して薄く虹色に輝いた。
ジャンヌの気分が微かに高揚する。
剣の腕なら誰にも負けない。この国の四天王とも呼ばれるほどの実力を持っているジャンヌ。
その強さの秘訣は、才能、ではなく、日頃の訓練にあった。
五歳の頃から剣を握り、師から技術を学び、実戦を重ね、時にはがむしゃらに剣を振り、そんな事を十八年続けてきた努力の結果である。
そんな生活を送ってきた彼女だからこそ、新しい剣を持つと、つい振ってみたくなる、という変わった癖がついてしまっていた。
(いい大人が恥ずかしいから、みんなの前では抑えるようにしてるけど…それにしても綺麗な剣だなぁ)
さっきはこれからの事が不安で憂鬱になったが、よく見ると、思わず見惚れてしまうほど、その輝きは綺麗だった。
欲求が、刺激される。
うん、と頷いてから、ジャンヌは動きやすい簡単な服に着替えて、剣を持ち、静かに部屋を出る。
歩きながら髪を束ねて、出来るだけ目立たない場所へと向かう。
普段から使っている剣とは勝手が違う、少しでも慣れておきたかった。
外に出ると、夜の冷たい風が頬を撫でた。
もうすぐ暖かくなる季節だが、夜はまだ冷え込んでいる。
「わぁ…月が綺麗だ」
もう深夜のはずだが、辺りがはっきり見えるほど、明るく照らす満月が真上にあった。
夜空の美しさに、ジャンヌは思わずため息を一つ吐く。
(空なんてしばらく見てなかったもの)
もうしばらく眺めていたかったが、ジャンヌは本来の目的を思い出し、そそくさと宿の陰に隠れるように移動する。
周囲に誰もいないことを確認してから、彼女は、あの透明な剣、『オーバードーズ』を取り出すと、ゆっくりと構えて、そのまま素振りを始めた。
振り下ろし、突き、一歩下がって、今度は振り上げる。
悩んだ時、不安な時、悲しい時、怒った時、ジャンヌはこうして剣を振る。癖と化した己の習慣に、ただ身を任せてしまう。
そうすれば、不思議と心が晴れる気がするし、安心できるのだ。
(これからの事…もっとちゃんと考えないと…もちろん皆も協力してくれる…私の仕事は、それを無駄にしない事)
団員達の顔を思い浮かべると、気が引き締まる。彼らの命も、団長である自分が背負っていくものなのだ。
その気持ちだけは、どんな時でも決して忘れてはならない。
「うん、いい感じ、体動かすと気持ちいいな」
心が充実感で満たされていく。そして身体にはほどよい疲労が溜まっていく。
色々考えたが、元々眠れるようにしたかっただけなのだ。普段のメニューを、そのままこんな深夜にこなすつもりは全く無い。
しかし、少し瞼が重くなって来たのを感じ、目的達成まであと少しというところで、再びジャンヌの意識は覚醒する。
視界に移った影に反応して、別の問題の方を思い出してしまう。
「あれ…エルヴィラ?」
村と森の境目に、エルヴィラが一人で立っていた。彼女は、よく聞き取れないが、何かブツブツと呟きながら、地面に木の枝を突き立てている。
ジャンヌが抱えるもう一つの問題、それはエルヴィラにどの程度、騎士団を利用されるか、という問題だ。
今回の後始末について、実はお互いに条件を出しているのだ。
あくまで協力関係としてやっていけるように。
どちらかが、一方的に利用するというのは、どう考えてもおかしい事である。
エルヴィラは、自分が困っているから騎士団を頼った。しかし、言ってしまえば、騎士団が彼女に協力する理由は、この時点では全く無いのである。
人間で構成された騎士団が、魔女に対して出来る事なんて限られている。
しかし、騎士団にとっても、今回の事件解決の為には、エルヴィラという魔女は必要不可欠だ。何故なら、唯一原因を知っている人物であり、魔力の痕跡を追える唯一の手がかりだから。
こうなると、お互い協力せざるを得なくなる。
ならば、先の事を考えて、どちらかが傲慢になってしまわないように、保険をかけておくべきだと、ジャンヌが提案したのである。
エルヴィラ本人と話し合って決めた事だが、ちゃんと納得してくれているかの保証は無い。
彼女を信用するなんて、今は到底無理だ。
だからこそ、ジャンヌはエルヴィラに近付いていく。
お前が言うなと言われてしまうかもしれないが、こんな夜中に一人であんな危険地帯にいるなんて、怪しすぎる。
もしかしたら、良からぬ事を考えているのかも。
警戒しながら、ジャンヌはエルヴィラに声をかけた。
「…何してるの?」
すると、エルヴィラは一瞬ビクリと肩を震わせて、気だるそうにこちらに振り向いた。
「…なんだ…忘れ形見か…びっくりさせんな…お前こそ何してんのさ」
焦りを見せるエルヴィラに、ますます怪しさを感じる。
「別に…ちょっと眠れなかったから、軽く運動しようと思って」
「はぁ…部屋で軽く運動してればいいのに…」
エルヴィラは小声で言ってから、再び木の枝で地面に何か描き始める。
何かと覗き込むと、そこには、いくつも重なった魔法陣が描かれていた。
エルヴィラはそこに枝を突き刺し、呪文を詠唱していたのだ。
「私の質問にも答えてよ、貴女は何をしてるの?」
魔法。エルヴィラが使う未知の魔法を見て、ジャンヌの警戒心は最高潮に達していた。
場合によってはこの場で拘束してしまおうとも考えている。
そんな考えを察したのか、エルヴィラは魔法陣を描くのは止めず、詠唱を一旦止めて、今度はジャンヌの方を向かずに言う。
「今夜は満月だろ?」
「…え、うん…そうだけど?」
「満月の日は…魔力が高まるんだ、もちろん私の魔力もな…だから村の結界を張り直すには丁度いいのさ」
エルヴィラの答えに、ジャンヌはきょとんとする。
何を言われたのか、エルヴィラの言葉を頭の中で繰り返す。
結界を、張り直す。
「え? 貴女…この村に結界張ってたの…?」
恐る恐る言うと、エルヴィラは「はぁ?」と呆れたように首を横に振った。
「私以外誰に出来るんだよ、こんな事。まぁ確かに…こういう『守る結界』を張るのは得意じゃないから、時間はかかるけど…でもこれなら魔物が村の人間襲うのぐらいは防げると思うんだよ…流石に、すぐ近くに住んでる奴らが喰い殺されたら、夢見が悪い」
「もしかして…そうやってずっと…この村を守ってたの?」
ジャンヌは、すぐに自分がとんでもない勘違いをしているのだと気付いた。
エルヴィラがわざと魔物を村へ追いやっているものだと思っていた、そうやって騒ぎを聞きつけた騎士団を利用する為に。
しかし、実際は、人知れず結界を張って、ずっとこの村を守ってきたのだ。森の中に住んでる自分の方がよっぽど危険なのに、わざわざ村まで出てきて、苦手な結界魔法を使い続けてきた。
ジャンヌは、込み上げる罪悪感に耐えられなくなり、その場でエルヴィラに頭を下げた。
「ごめんなさいっ! 私、貴女のこと誤解してた…さっきまでの失礼な態度も…本当にごめんなさいっ!」
泣きそうな声で突然謝罪するジャンヌに、エルヴィラは再度肩を震わせる。
いきなり謝られて驚いた、しかしそれ以上に、おかしくって笑ってしまったのだ。
「ぷははっ! 何を言い出すのかと思えば、私が魔物を操ってるとか勘違いしてたのか? そんな危ない上に得がない事、私はわざわざしねーよ…ってか、そんな事でいちいち気に病んでんなよな、誤解や勘違いぐらい誰だってするだろうが、むしろ、世の中誤解したまま生きてる奴がほとんどなんじゃねぇの?」
ケラケラと笑いながら、それでもエルヴィラは、ジャンヌを気遣うような事を言う。エルヴィラなりに、フォローしているつもりなのだろう。
しかし、そんな不器用な言葉にすら感情を揺さぶられるほど、今のジャンヌの心は弱っていた。
エルヴィラに対する、申し訳ないと言う気待ちでいっぱいだったから。
「本当にごめんなさい…剣のことだって…私達が偶然来たから、思いついたんだよね?」
「いや、それは計算してた、魔物が村に来るようになった時点で、アンタ達が来ることは分かってたからな、そういう意味じゃ、魔物を利用してアンタ達をおびき出したっていうのは、間違いじゃない…でもな、よく考えたらおかしいんだよ」
エルヴィラは急に顔色を変え、自分が描いた魔法陣を見つめながら言う。
「確かに、私は結界魔法が苦手だけど…魔物を村に近づけないようにするぐらいは出来るはずなんだ…いくら知能があっても、魔力に差がありすぎるからな、あんな野生の犬っころが二、三匹集まったところで、私には勝てねぇよ」
「…? でも魔物は村の近くまで来た…どころか侵入して、家畜なんかを襲ってた…」
ジャンヌが言うと、エルヴィラは黙って頷いた。確かに、考えてみればおかしな事である。
「散らばった七つの魔法、その一つの魔力を持った魔物が他の魔物に力を与えているとか?」
「その可能性も考えた、だから結界の効果を『野生動物は村と人が見えなくなる』というものに変えたんだよ、これならどんなに強い魔力を持ってたって、野生の動物である限り、それが魔物だったとしても、効果を受け続けるからな。それでも、奴らは入ってきた」
認識出来ないはずの村に、結界を超えて入ってきた。
ちなみに、最初の結界の効果は『敵意のあるものを遠ざける』というもの。
もちろん、それも失敗してしまったわけだが。
「こうも失敗続きだと、私に才能がないのか、とか不安になってたんだけどな…けど、この間、野生の鹿がこの辺をウロウロしてた、でも村には入ってこようとしなかったから、結界はちゃんと効果を発揮してると分かった…だからこそ余計に分からない、魔法を妨害されてるような気配も無いしな」
肩をすくめるエルヴィラ、その隣で、ジャンヌは腕を組んで考える。
人は、自分でたどり着いた答えが真実だと思い込むものだ、それはきっと、永遠を生きる魔女だって同じだろう。
その隙を突かれて、今日、魔狼にあれだけ翻弄されたのだから。
思い込みという、思考の隙。自分が生んだそれが、自分を殺す凶器になる。魔狼戦で、嫌という程痛感した。
だから、もし、今回も同じ事が起こっているのだとしたら。
今回もまた、思い込みをしていて、その隙に、誰も気付いていないんだとしたら。
「ねぇエルヴィラ、貴女がこの村に結界を張ってるって、誰か他にも知ってる人がいるの?」
「いや、いないね、そもそも私が生きてる事自体、誰も知らなかったんだからな」
ジャンヌは更に思考する。野生動物に見破れない結界、魔物が自分で触れることのできない、結界の中の魔法陣。
もし入れるとしたら、誰か、何か、手助けが必要だろう。
単純に考えて、人間だろうか。
しかし、村人はこの事を知らない。魔物が現れるかもしれないのに、森との境界にわざわざ近付いていく人間は、この村にはいないだろう。
例え魔法陣を消してしまったとしても、今みたいに、エルヴィラが毎晩描き直してくれている。
そもそも、魔物に襲われるリスクを負ってまで、魔物を村の中に入れるメリットとはなんだろうか。
悪質な悪戯にしては危険すぎる、魔物退治の謝礼目当てだったとしても、同じだ。
火事場泥棒、誘拐、占領、どれにしたって魔物に襲われるリスクが可能性を潰していく、そもそもそんな事の為に、わざわざ魔物に襲わせる意味が分からない。
それほどまでに、常軌を逸した行動なのだ。
魔女の存在を知って、結界を理解し、その危険性をも理解した上で、こんな事を出来る人間なんて、いるのだろうか。
「違う、人間だから…だ」
「あ?」
ジャンヌは、村長の様子を思い出す。あの老人は、しゃがれた声で言っていた、「やっと来てくれた」と。
何か、不自然さを感じる。
「三年間…なんでもっと早く私達を頼らなかったんだろう?」
怯えて、震えて、私達が来た時には泣きそうになりながらも喜んでいた。そんな事になる前に、何故もっと早く連絡をしてくれなかったのか。
連絡を、できなかったのか。
まさか魔物が脅したとは思えない、それこそ、そんな事が出来るのは、人間や、意思を持った者だけ。
「ねぇ、エルヴィラ…私達が来る前に、この森に入った人間っている?」
もちろんいるわけがない、そう思っていた。
しかし、エルヴィラは思い出したように「あ」と呟いてから、小さく頷いた。
「いたよ、そういえば、おかしな格好をした連中がぞろぞろと」
ジャンヌは、嫌な予感がしてならなかった。
「その人達は? 追い返したの? まさか殺してないよね? 私にしたみたいに闇討ちして」
「してねぇよ、つか、追い返す間も無く、魔狼の餌になっちまったよ」
当然といえば当然の結果だ。
しかし、何故彼らは、そんな危険地帯に足を踏み入れたのか。
そもそも彼らは何者なのか。
ジャンヌは、エルヴィラの腕を掴むと、そのまま宿へと引っ張っていく。
早歩きで廊下を渡り、とある部屋の前で立ち止まった。
「なんだよいきなり!」
混乱しているエルヴィラとは裏腹に、ジャンヌは酷く落ち着いていた。
いや、落ち着いているのではなく、表情が固まっているのだ。
とても厄介な事になっているかもしれないという、焦りで。
ジャンヌはドアをノックして、返事も待たずそのまま中へ入る。
「…夜分遅くにすいません、少しお話を聞かせてもらえますか…村長」
村長は、ベッドに腰掛けたまま寝ておらず、まるでジャンヌが来るのを待っていたかのように、じっと夜空を眺めていた。
「村長、単刀直入に聞きます、私達騎士団よりも前に…魔物討伐を依頼した組織がいませんか?」
村長は、ジャンヌの方をゆっくりと振り向いた。虚ろな目で、ジャンヌを見つめ、次に、エルヴィラを恨めしそうに睨みつけた。
「ええ…います…貴女達よりも先に…この村の異変に気付いてやってきた方々が…魔物討伐に出て…誰一人戻られませんでしたがね」
村長は、折れそうな指でエルヴィラを差す。
「あの方々は言った…全ての災厄は魔女が引き起こすと…半信半疑だったが…しかし、今日確信した…この村だけではないのだろう? 貴様のような穢らわしい魔女のせいで、世界がおかしくなっておるのだろう! 彼らの言った通りだ…魔女狩りは無くすべきでは無かった…全ての魔女を、この世から焼き払うべきなのだ…貴様らさえいなければ…お前のような呪われた存在さえいなければ…」
怒りで目元を震わせながら、村長はエルヴィラに呪詛の念を呟く。
興味なさそうに、エルヴィラは黙ってそれらを聞き流していたが、不意にその視界が塞がれる。
ジャンヌが、エルヴィラを隠すように、前に立ったからだ。
「知らないっていうのは仕方ないけど、知ろうともしないっていうのは感心しませんね、村長、貴方達はエルヴィラに守られて来たというのに」
「『最後の魔女狩り』のことか! あんなもので、何が救われたというのだ! どれだけ綺麗事を並べようと、あの戦争で証明されたのは、魔女の恐ろしさだけではないか! たった二十四人で国を変えるほどの戦争が起こせる奴らだぞ! 救われたなどと勘違いするな、我々は、脅されているにすぎないのだ!」
あの戦争の事じゃない、と、ジャンヌが抗議しようとしたその時だった。
村長の背後の窓が、突如大きな音を立てて開いた。
そして、次の瞬間、一匹の魔狼が部屋の中に飛び込んで来た。
しかし、それだけでは無い。エルヴィラとジャンヌが驚いたのは、魔狼だけでは無かった。
「じーさん! アンタやっぱり分かってる人だ! 珍しいぜ、物分かりのいい老人っていうのはよぉ! ひひひ!」
村長に対して、まるで賞賛するかのようにそう言った男は、馬にでも乗るかのように、当たり前のように、魔狼にまたがっていた。
魔女では無い、黒いローブに身を包んだ小柄の青年。
その胸についた、割れた十字架のエンブレム。
見覚えのあるそのエンブレムを見た瞬間、ジャンヌは咄嗟に剣を抜き、警戒態勢に入った。
「何者だ! 魔狼に乗ってるなんて…貴方人間じゃないな!」
全く動揺を見せない男に、ジャンヌは異様な雰囲気を感じ、今にも斬りかかりそうになる。
しかし、それ以上に、エルヴィラは目を見開いて驚いていた。
「待て…忘れ形見…こいつは…人間だ…一切魔力を感じない…正真正銘の人間だ!」
「…なっ⁉︎」
戸惑う二人を見て、男はニヤリと笑い、魔狼の背で立ち上がって、深いお辞儀をしたあと、分厚い本を取り出して、開いたページを音読する。
「『魔女は死刑にすべきである、殺人を犯したからではない、悪魔と結託したが故にだ』」
そして彼は魔狼から降りて、狂気的な笑みを浮かべたまま、高らかに名乗り上げる。
「はじめまして、騎士団のジャンヌ、俺は『旋律の異端狩り』エイメリコ、正義の名の下に、魔女を殲滅する!」
男の目が、赤く光る。
魔女撲滅派の、更に過激派、『異端狩り』の一人だった。




