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魔女伝  作者: 倉トリック
第2章 後始末編
35/136

英雄の忘れ形見

 かつてこの国では、魔女狩りが行われていた。


 何の罪も無い魔女が、魔女の烙印を押された人間の少女が、理不尽に殺されてきた。


 そんな国に、『反乱の魔女』という十二人の魔女が襲いかかった。

 圧倒的な力の前に、何も出来なかった国は、あろうことか、今まで迫害してきた魔女に助けを求めた。


 国の為ではなく、守りたいものの為に集まった『防衛の魔女』の活躍により、この国は平和を取り戻し、魔女狩りという暗い闇黒のような風習も幕を下ろした。


 しかし、良い変化ばかりでは無かった。


 あの『最後の魔女狩り』から三年。


 悲劇から生まれた新たな脅威が、世界にひっそりと現れて始めていたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「また被害が出たとの事です」


 深刻な面持ちで、騎士の一人がそう言った。

 どうやら近くの村で、騒ぎがあったようだ。


「村人の中に犠牲者はいませんが、家畜が大量に喰い殺されたようです」


 騎士の報告を受けながら、彼女は頭を抱えながら詳しい数を聞く。

 騎士は冷や汗を一つ垂らしながら、ため息混じり言う。


「三軒分…牛と馬が百頭ずつ、鶏が三百羽…合計五百匹の被害です」


 頭が痛くなる話だった。

 恐らく、また大量の苦情が騎士団に押し寄せられるだろう。


 これからの対応について考えながら、彼女は騎士に、村へ隊を送るように指示を出した。

 部屋から彼が出て行くのを確認すると、彼女は机に突っ伏した。


「ああー…頭痛い…甘いもの食べたい…本当に勘弁して欲しい」


 騎士団の団長になって早三年。

 最初の頃は特に問題も無く、たまに事件や事故が起これば駆け付けて解決するのが仕事だった。

 もちろん大きな事件もあったけれど、普段から鍛えている騎士が集まれば、大抵の事はなんとかなってきた。


 しかし、すぐに異変は起きた。


 初めは野生動物の凶暴化だった。狐や狸、鳩までもが共食いをしたりしていた。

 しかし日にちが経つにつれ行動はエスカレートしていき、ついには、人や家畜を襲い始めたのだ。


 繁殖期で気が立っているのかと思っていたが、彼女だけは、即座にそれがただの異変では無い事に気付いた。

 捕獲された動物達から感じた、肌がゾワゾワとする様な不気味な雰囲気。

 子供の頃から、訳あって触れ慣れていた懐かしい感じ。


 明らかに、魔力、魔女によるものだった。


 そこからは事態が悪化するのに時間はかからなかった。


 どういうわけか魔力が宿り、錯乱し凶暴化した動物達が後をたたなくなったのだ。


 騎士団はこれを『魔物』と名付け、本格的に討伐に乗り出した。

 しかし、魔物の数は一向に減らず、原因すら掴めない状況が、三年も続いて今に至る。


「誰かが意図的にやってるのかな…だとしたら本当に早く止めないと…」


 次に起こる事が目に見えていた。


 魔力を宿したのが、人間の女性なら、魔女になる。突如発現した魔法を悪用する人間が、現れる恐れだって十分にある。

 ましてや動物が凶暴化しているのだ、人間だって凶暴な魔女になってしまうかもしれない。


「私も調査してみよう…一番被害が酷かったところに」


 彼女は書類仕事を片付けると、装備を身につけ、部下を十人引き連れて、一番被害報告が多かった『魔女が住んでいた森』付近の村に向かう事にした。

 騎士団の大きな馬車に乗り、目的地まで走らせる。


 流れて行く景色、どこも変わらないように見えるが、敏感な人間は気付く。

 そこらじゅう魔力が満ちている。


(変わったなぁ…この国も…当たり前のように魔女が歩いてる)


 子供達に混ざってボール遊びをしている魔女、まじまじと野菜を見つめて値切っている魔女、魔法を使って占いをしている魔女。

 どこもかしこも魔女だらけだった。


「魔女を見ると…あの人を思い出しますね、団長」


 不意に、隣に座っていた部下が彼女の方を向きながら言う。

 一瞬目を見開いて、驚いたような表情をしたが、すぐに彼女は冷静になり、静かに頷いた。


「…うん、出来れば…こんな風に堂々と、あの人と町を歩きたかったな」


「あの人が生きていれば、団長が魔女になっていたのでは?」


 部下の心無い発言に、思わず彼女は相手を睨んでしまう。

 彼がすぐに、顔を強張らせ謝罪をしてきたので、それについて咎めるような事はしなかったが、湧き上がった不快感は取れなかった。


「真面目な話、それは無かったと思うよ」


 彼女は部下の顔を見ずに言う。


「あの人の功績で、私達騎士団は上位まで這い上がる事が出来た、『防衛の魔女』が勝利した時点で魔女狩りが廃止されてるのに、そんな功績を持った魔女をわざわざ殺して、魔法を継承させると思う?」


 それに、彼女がそんな事を望まないだろう。


 逃げるためでは無く、生きる為に戦えと、教えてくれたあの人。


(私はあの人の意思を継いでいく)


 そんなやりとりをしているうちに、目的地までたどり着いた。

 正直この距離なら徒歩でも良かったのだが、武装集団がゾロゾロと町の中を歩いていては、邪魔になるだろうし、騎士団のイメージを悪くすると思い、馬車で移動をした。


「『魔女が住んでいた森』…昼でも真っ暗って話は聞いてたけど…本当に暗いや…ここからでも明るさの違いがはっきり分かる」


 その森にはかつて、金髪の少女の姿をした魔女が住んでいたらしい。彼女は『防衛の魔女』として、国の為に戦い、そして最後の最後で命を落としたと言われている。


「名前は…あれ、なんだったっけ…『防衛の魔女』と『反乱の魔女』の記録はちゃんと全部読んだのに…ド忘れしちゃった…」


「団長、とりあえず村長に会って調査の許可を貰いましょう」


「え、ああ、そうだね、私が行くよ」


 そう言って、彼女が進んで行く、その後を追って一団が村の中へと入って行く。


 村は、異様に静かだった。

 人の気配はあるものの、正気を感じられなかった。


「怯えてるんだ…みんな異変に苦しんでる…」


 分かっていたし、それなりに手は打って来たのだが、これが現実だった。罠も柵もなんの効果も無かったと見える。

 明らかに、魔物の知能が上がっている。


(いや、知能だけじゃ無い、力も相当上がっている)


 魔物用に作られた強力なトラバサミが、強引に、ねじ切られた跡があった。

 人間の力では到底ありえない、かかった魔物をその場で殺す為に、一度閉じると足を切断しないと離れられないほど強力に作られているのだから。


(人が間違って踏んじゃうとダメだから、その近くには目印を立てておくようにしてるけど…まさかそれを理解してる…?)


「騎士様…? 騎士団の団長様ですか?」


 トラバサミを眺めていると、どこからか、弱々しくしゃがれた声が聞こえて来た。

 声のした方を向くと、そこにはぶるぶると濡れた犬のように震える老人が、杖に両手を置きながら立っていた。


「はじめまして、騎士団の団長を務めるジャンヌです」


 自己紹介をして、ジャンヌは深くお辞儀する。その後に、部下達が一斉に頭を下げた。


「おお…ようやく来てくださった…儂はこの村の村長です…ああ、やっと…やっとじゃあ…」


 憔悴しきった顔で、村長はボロボロと涙を零しながら笑みを浮かべ、ジャンヌの手を握る。

 手から伝わるその震えに、ジャンヌの胸が酷く痛んだ。


(私がもっと早く行動出来ていれば…)


 暗い気持ちを拭うように、ジャンヌは真剣な表情でここに来た理由を伝えた。


「魔物…そうです…この村だけ…何故か他の村よりも多くの魔物が集まるのです…森の奥からわざわざこんな人里まで…まるで何かから逃げて来たかのように…」


「魔物が怯えてたんですか?」


 初めて聞く話に、ジャンヌは奇妙な感覚を覚えた。

 魔力に犯され理性を失った動物が、怯えるなど、そんな事があり得るのだろうか。

 魔物化すれば、死への恐怖心すら無くなるというのに。


 例を挙げるなら、魔物化したウサギが、巨大な熊に血気盛んに襲いかかったりする。それだけならまだしも、ウサギが熊に重傷を負わせるほど、魔物化した動物は強い。


 そんな異常な彼らが、逃げ出す何かが森の奥にあるというのだろうか。


「とりあえず…二人一組になって村を囲うように警護しよっか…後…罠の数を増やそう、一瞬でも動きを止めれたら、みんなで倒す事は出来るかもしれない」


 ジャンヌは指示を出し、即座に行動に移した。


 馬車に積んでおいた罠を持ち出して、村をぐるりと囲うように仕掛けて行く。

 そして簡単なテントを張り、そこに部下を配置する。


 日が沈むまでには作業を終わらせたかったので、ジャンヌも手を緩める事なく作業を続けていく。


「ふぅ…あと少し…」


 森の入り口に一番近い場所に罠を仕掛けて、ジャンヌが腰を上げる。その時、ふと視線を感じ、森の方に顔を向けた。


「…ん…あれ?」


 一瞬見間違いかと思ったが、しかし、そこには確かに、人影があった。

 木の陰からこちらを覗く、幼い少女のような影。


 金髪でとても可愛らしい顔立ちをしているのに、何故か目付きだけが異様に鋭く、情けない事に、大人のジャンヌですら、少し怯んでしまった。

 しかし、事の重大さに気付いたジャンヌは、慌てて少女に向かって叫ぶ。


「何やってるの⁉︎ そんなところにいたら危ないでしょ⁉︎ 魔物が沢山いるっていうのに死にたいの⁉︎」


 ジャンヌが叫ぶと、少女は眉間にしわを寄せ、不愉快そうな表情を浮かべると、闇に溶け込むように森の奥に行ってしまった。


「えっ! ちょっ! ありえないって! 何考えてるの⁉︎ あの子にもご両親にもキツく言っておかないと!」


 罠を飛び越え、ジャンヌは全力疾走で少女の後を追う。

 まだ昼だというのに、森の中はまるで真夜中のように真っ暗だった。

 迷わないように、ジャンヌは木に傷をつけて行く。


 暗い、陽の光すら届かない森の中で、ジャンヌは焦燥に駆られていた。


(まずいなぁ…いきなり大声出しちゃったから…驚いちゃったのかも…だとしたら私の責任だよね…なんとしてでも無傷で保護しないと)


 ぼんやりとしか前が見えず、ほとんど目を瞑っているのと同じ状況で、ジャンヌは懸命に人がいたであろう痕跡を探して行く。

 目が見えないのなら、聴覚を研ぎ澄ませれば良い。


 土を踏む音、木の枝が折れる音、衣擦れの音、走り回ったなら汗もかくだろうし息も乱れる。


 感覚を研ぎ澄ませれば、あちこちに手がかりはあるはずだ。


 集中して、周りに気を配る。

 自分は闇の一部であるかのように、静かに、辺りの気配を探って行く。


(何か…聞こえる)


 土を踏む音だ。ゆっくりと、こちらの様子を伺うように、近付いてきている。

 すぐ近くまで来ている、洗い息遣いが聞こえる、あれだけ走れば無理も無いだろう。


 ツンと鼻腔をくすぐる臭い。


 それは少女のものとはとても思えない、獣臭。


「ーーっ!」


 その瞬間、ジャンヌは勢い良く剣を抜き、気配を感じた方向に斬りかかった。


 直後、その刀身に喰らいつく鋭い牙が現れる。


 低いうなり声をあげ、赤く鋭く光る眼光でジャンヌを睨みつけるのは、巨大な狼だった。


 言うまでもなく、魔物化している。

 魔物化した狼、さしずめ『魔狼まろう』といったところだろうか。


「当たり前の展開かな…みんなを連れてこなくて良かった…」


 この闇の中、離れ離れになっていたら、確実に死者が出ていただろう。


 しかし、そんな事で自分の判断を褒められるはずもなく、しかも状況が良いはずもなく、全てが最悪というレベルだった。


 背後から、双方から、低いうなり声と、赤い眼光が現れる。


 計五匹の魔狼に、ジャンヌは囲まれてしまったのだ。


「絶体絶命にもほどがあるっ!」


 魔狼たちは、ジャンヌを撹乱するようにあちこち動き回り、あらゆる方向から飛びかかって来た。


 闇の中から、突然牙や爪が現れる。


 普通の人間ならこの時点で終わってしまうだろう。


 しかし、ジャンヌは。


「わぁっ…っと! 目が悪くなりそう!」


 その攻撃を、全て躱していた。かすることも無く、彼女は襲いくる魔狼達を、手に持った剣一本で、斬り払い、突き飛ばし、横薙ぎで怯ませて、柄の部分で頭部を殴打したり、突いた魔狼を別の魔狼にぶつけたりと、避けながら、攻撃へと転じていた。


 やがて、魔狼が疲労したのか、一瞬の隙が生まれた。

 ジャンヌはそこを見逃さなかった。


「一瞬の! 判断大事ぃ!」


 魔狼の眼球を、剣先で思い切り貫いた。

 そのまま手を緩める事も無く、素早く剣を捻り上げ、奥まで押し込んで、魔狼の脳を破壊する。


 耳をつんざくような悲鳴をあげると、魔狼はぐったりと動かなくなった。

 剣を引き抜くと、勢い良く血が噴き出した。


 残った四匹の魔狼は、その様子を見ると、後退りをし、素早く他の仲間の生存を確認するかのようにお互いの顔を見合わせて、一瞬で森の奥へと消えてしまった。


「た、助かった…」


 ジャンヌはその場に腰を下ろしそうになる、しかしすぐに立て直して、倒した魔狼の様子を見る。


「し…死んでるよね…?」


 魔物の生命力は半端では無い。まだ瀕死という可能性もある。

 魔物は生きてさえいれば、短時間で何度でも蘇ってくるのだ。


 油断は出来ない、ジャンヌは恐る恐る剣先で魔狼の体をつつこうとする。


 魔狼の体に剣が触れそうになったその時、とてつもない殺気を感じて、ジャンヌは再び剣を振り上げる。


 魔物とは違う、明らかに人が人を殺そうとする禍々しい殺気。

 その予感は的中し、金属がぶつかったような音がして、ジャンヌの剣は何かに弾かれた。


「……へぇ…やるじゃん…獲物を狩ってもなお油断しないなんて…流石だね」


「あ…貴女…!」


 ジャンヌに襲いかかったのは、紛れもなく、先程森の奥へと消えていった、鋭い目をした金髪の少女だった。


 少女が手に持っているのは、大きな鉈である。ジャンヌの剣は、これにぶつかったのだ。


 あと少し遅れていれば、首を落とされていたかもされない。


 冷や汗が頬を伝う。


「悪かったよ…ちょっとね、試したんだ」


 少女は大鉈を放り投げて捨てると、スカートの裾を摘んでお辞儀した。


「『縄張りの魔女』エルヴィラ…よろしくな、ジャンヌ」


 突然の自己紹介、ジャンヌはさらりと自分の名前を言い当てられた事よりも、別の事に驚いていた。


 暗い森に住んでいる金髪の魔女。


 かつて自分の師匠と共に『防衛の魔女』として戦い、戦死したはずの魔女。


「貴女が…『縄張りの魔女』⁉︎」


「なんか不思議か?」


 当然のごとく言う彼女に、ジャンヌは戸惑いを隠せないままだった。


「だって…貴女…死んだって」


 ジャンヌが言うと、エルヴィラはそっぽ向いてつまらなさそうにする。


「そうも言ってられなくなってね…知らないか? 魔女って不老不死なんだ」


 唖然とするジャンヌに、手招きしながらエルヴィラは続ける。


「一緒に来て欲しい、訳あってお前の力が必要だ、手を貸してくれ、英雄の忘れ形見」


 エルヴィラは、とても不安げな顔をしていた。

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