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魔女伝  作者: 倉トリック
第1章 魔女狩り
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終戦

「『縄張りの魔女』エルヴィラ様! 『幽閉の魔女』ジョーン様! 此度の国防衛作戦の成功、心より感謝致します!」


 ベルナールはそう言って二人に深々と頭を下げる。

 二人を囲うように並べられた席には、様々な人種の人間が神妙な面持ちで座っていた。


 エルヴィラとジョーンは、自分達の前で、演技がかった大袈裟な身振り手振りで賞賛の意を表す男をジッと睨んでいる。


 彼の名はベルナール・ギー。今回の討伐作戦の立案者であり、異端審問官である。

 つまり、魔女の天敵だ。


(別に天敵っつったって、勝てないとかそういう意味じゃないけどね)


 ケリドウェンを倒したあの後、反乱側の蝋燭が全て消えているのを確認し、念のため丸一日かけて建物の中や町中を調べたが、残党らしき魔女は残っていないと判断し、今回、生き残った二人には礼をしたいという事で、とある場所に呼び出されたのである。


 報酬は望みを一つ叶えて貰えるのだとか。


 まだペリーヌの顔も見てないのに、と不満を抱きながらも、とりあえず指定された場所に来てみれば、なんて事はない、心底呆れる結果だった。


 場所は、裁判所だった。


 今まさに、この場で魔女二人を相手に魔女裁判が行われているのである。


「ど、どう見ても祝賀会の雰囲気じゃないんですけど…」


 不安そうな目で、辺りを見回しながら、ジョーンがエルヴィラにだけ聞こえるようにヒソヒソと話す。


「大方生き残った私達も始末してしまおうとか思ってんだろ? 人間の考えそうな事だ」


 まぁ自分でもそうするけど、と心の中で付け足してから、エルヴィラはどうしたものかと考える。

 いっそ全員殺して逃げてしまおうか。


(でも無闇に人間殺すとペリーヌ怒るんだよなぁ)


 それに、魔法も使えない人間の群れなんて全くと言っていいほど無害だ。これがもし全員『反乱の魔女』なら、それこそ死に物狂いで殺しにかかっていたであろう。


 エルヴィラ脳内審議の結果、もうしばらく様子見という判決が出た。


「さて、今回お二人に集まっていただいたのは他でもありません、防衛成功の報酬である『魔女狩りの廃止』と一つだけ叶えると約束した願いの件についてでございます」


 まだイマイチ話が読めない、特に前者は当事者である自分達をわざわざ集めてする話では無いだろう。

 願い、なんてものもほとんど無いが、あり得るとしたらその部分だけ、それだってこんな場所でするのはいささか妙である。


「ベルナール」


 すると、座っていた一人が低い声で彼の名を呼ぶ。丸坊主で、無精髭を生やした長身で筋骨隆々の老人だ。


「まさか本当に魔女に国防衛を任せて…その上成功させるとはな、フンッ、だがどうするつもりだ? 当初の予定では、鏡の世界とやらに全員閉じ込めてしまう作戦だったのだろう? 見ろ、二人も残っている、儂らの脅威は去っていないぞ」


 わざわざ、包み隠さず喋ってくれた坊主頭に、エルヴィラは謎の感謝をした。

 いくらなんでも当人達を前に喋りすぎだろう。


「そうよね、魔女狩りの廃止…なんて、ちょっと危険すぎるんじゃ無いかしら?」


 男に便乗し、別の席からも声が上がる。

 声の主は着物姿の若い女、彼女は呆れたようにベルナールを見つめていた。


「貴方がどんな条件で魔女を手なづけたのかは知らないけれど…私達の話はまだ終わってないわよね? というか、現状は魔女狩りの廃止反対派の方が多いわよ?」


 本当に、本物の魔女を前にして堂々と言えるものだとエルヴィラは感心する。

 要するに、報酬は無しという事だろうか?


「反対派の皆様のご意見は全て拝見させていただきました、それを踏まえた上で、私は魔女狩りの廃止を唱えているのです」


「異端審問官が笑わせる」


 どこからか聞こえたベルナールを嘲り笑う声。しかし彼は表情を変えず、柔和な笑みを浮かべたまま目の前の魔女二人を手のひらで指して言う。


「まず事実の確認なのですが、私達がこの魔女のお二方に命を救われたのは、揺るぎようのない事実でございます、彼女らは、この国と人の為に命をかけて戦ってくれました」


 正確には、十二人ですが、とベルナールは付け加える。

 エルヴィラもジョーンもがっくりと肩を落とす。思わず声に出そうになった。


 別にお前らのためじゃねぇよ。


「鏡の世界への追放はあくまでも最終手段、それこそ『反乱の魔女』の戦力が半分にまで落ちた時に行う予定でした」


 実際には、残り半分は鏡の世界にいなかったけどな、とエルヴィラは指折り数えながら思う。


「結局それも失敗していたよねー? 鏡をぶっ壊した時には、既にその世界には一人しか残ってなかったそうじゃーん? たった一匹魔女閉じ込めたところで意味ないよねー?」


 若い男がケラケラと笑いながら言う。

 国も年齢もバラバラな彼らは一体何者なのだろう? エルヴィラもジョーンも、話の内容よりもそこが気になったいた。


 それほどまでに、興味もなければ関心もない、心底くだらない内容だと思っているのだ。


 ベルナールが首を横に振る。


「いえいえ、意味がなかった訳ではございません、あそこで閉じ込めたのは『反乱の魔女』だけではなく、魔獣をも閉じ込めたのですから」


 魔獣、と言う言葉に全体がざわめく。当たり前だ、魔女をも殺す存在が、人間にとって脅威で無い訳が無い。

 実際、エルヴィラもジョーンも、魔獣に二度も殺されかけているのだから。


(あの『鎧の魔女』ですらな)


「あのままあの世界を放置していれば、魔獣の死体を回収されていたかもしれません、皆様ご存知では無いと思いますが、『反乱の魔女』の中には死体を操る魔女もいました」


 不愉快な『屍の魔女』の声を思い出す。敵も味方も関係なく、死体を自分の武器として操って、弄び、楽しんでいた死臭漂う悪趣味な女。


 あのまま鏡の世界を保っていれば、彼女が魔獣を操っていてもおかしくなかったかもしれない。


「問題はそこでは無いぞ、ベルナール。儂らが話しているのは今後の事だ、魔女狩りを廃止したとして、儂らになんのメリットがある、こんな化け物連中を野放しにするなど、『反乱の魔女』が征服した世界と何も変わらんでは無いか」


「下手すりゃこいつらが新たな『反乱の魔女』になる可能性だってあるわけだしねー?」


 ここにいる二人がこの世界に存在する魔女の全てでは無い。魔女は他にも沢山いるし、その中には、人間を恨んで危害を加える魔女達もかなり存在するだろう。

 そんな彼女達の暴走を抑えていたのが、魔女狩りの唯一の功績と言えるかもしれない。


 複雑な気持ちになるが、坊主頭や若い男が言うことにも一理ある、とエルヴィラはつまらなさそうに唇を尖らせる。


「あ、あのぉ、は、発言…いいですか?」


 突然、隣のジョーンが挙手しながら言う。


 その瞬間、場の空気が一気に凍りつくのを感じた。

 警戒、敵意、恐怖、畏怖、良くない感情がぐるぐると渦巻いている。


「どうぞ」


 そんな雰囲気の中、変わらない態度でベルナールが許可を出す。

 他の連中が何か文句を言う前に、ジョーンはすぐに内容を声にして出す。


「わ…私達は、別に貴方達に危害を加えたりしませんよ、ただ普通に、静かに暮らしたいだけです」


「信用できるか!」


 即答だった。坊主頭は顔を真っ赤にして、ジョーンを指差しながら叫ぶように言う。


「貴様ら魔女はそうやって儂らを油断させ、結局は滅ぼすつもりだろう! 異形の力を使って好き勝手出来る貴様らの言葉を誰が信用する⁉︎」


「滅ぼすかもしれないと、何故思うんですか?」


 ジョーンは悲しそうに顔を俯かせる。

 弱った少女に全く遠慮することも無く、坊主頭は怒声を上げ続ける。


「そんなもの貴様らが人間を目の敵にしているからに決まっているだろうが!」


「目の敵にされるような事をしているのは貴方達の方でしょう?」


 急に、ジョーンの声が冷たく変わり、冷ややかな視線を坊主頭に向ける。


「魔女は魔法を使える、魔女は歳をとらない、魔女は不老不死、それだけですよね? たったそれだけで、貴方達は即座に私達魔女を殺しはじめた、何人も何人も、時には自分たちの同族である一般人でさえ殺した、魔女は突然になってしまうものですからね、それで…何の意味がありました? 自分達のありもしない恐怖に負けて、殺し続けて、何か良いこと、ありました?」


 ジョーンは冷ややかな視線を全員に向ける。


「魔女は危険な存在? その根拠のない噂を信じたのはどこの誰ですか? 魔女が人間を恨んでる? 恨ませたのはどこの誰ですか? 私達が新しい『反乱の魔女』になる? そもそも『反乱の魔女』なんて連中を生む原因を作ったのは…どこの誰ですか?」


 ジョーンは、プイッと顔を背け、ため息を一つ吐いてから、一瞬で坊主頭の目の前に現れて、顔を近づけた。


「報復や復讐を危惧されているならご心配なく、なんの能力も持たない貴方のような人間をわざわざ殺そうとなんて思いませんよ、殺そうと思えばいつでも殺せる貴方達なんて、脅威じゃないんです、興味すら無い、貴方達が一々魔女を刺激しなければ、私達から何か手を下すことなんて、中々ありませんよ、そんな価値も感じないんだから」


 眼中にない、ジョーンはそう言って坊主頭の鼻先をツンっと指で突くと、一瞬でエルヴィラの隣に移動して、ちょこんと座り直した。


「ば…化け物が…!」


 坊主頭が青ざめながら言う。


「殺そうと思えばいつでも殺せるだと⁉︎」


 それに続いてあちこちから声が上がる。


「こんな奴らが国の為に戦うわけがない! 何か思惑があったに違いないぞ!」


 思い思いに、自分達の恐怖と畏怖の念を声に出してぶつけていく。

 

「人の心も持たない化け物が!」


「化け物!」「化け物!」「化け物が!」


 この状況、ベルナールはどうするのかとエルヴィラは思って彼を見たが、ベルナールは特に何もせず、ただ黙って喚き続ける彼らを見ていた。

 そしてエルヴィラの視線に気付くと、こちらを振り向いて、そっと微笑んで小さく頷いた。


 コイツ…全部丸投げするつもりか。


 呆れているその間にも、罵詈雑言が裁判所全体に響き渡る。


「国の為になったと思うな! お前らみたいなのがいるからこの戦争が起こったんだ! 誰からも必要とされてないくせに! 人間らしく生きたいなどと思う事自体間違いなんだ!」


「生まれてきた事が間違いの化け物が! 全員くたばっちまえば良かったのに!」


 あまりこういうやり方はしない方が良いと分かっている。イメージダウンして、関係が悪化するかも。仲が悪いというのはデメリットしか無いから避けるべきだと、よく師匠に言い聞かされたっけ。

 そういえばペリーヌにも言われたな。


 ほんの少し後悔したが、もう遅かった。


 エルヴィラは、大量のナイフをこの場にいた全員に投げつていたのだ。

 命中こそしなかったが、全員の頬をかすめて、壁や椅子の背もたれに突き刺さっている。


「言いたい事は言えたか? まだの奴はとりあえず今のうちに小声でほざいてろよ」


 エルヴィラは舌打ちしながらベルナールを見る。

 とても満足そうにしていた。


 こうなると分かってて、わざと自分達をここに連れてきたのか。最初から自分一人で話をまとめる気などなかった訳だ。


 いいだろう、乗ってやろう、ほんの少しだけ、自分にも言いたい事が出来た。


「お前らなんか勘違いしてるな、私はお前らの為でも国の為に戦ったわけでも無い、自分の為に戦ったんだよ、思いあがんな雑魚どもが、お前らごときのために使う魔力なんてカケラもねぇよ」


 ナイフを転移した魔力を返して欲しいぐらいだと、エルヴィラは不満を漏らす。

 彼女は、自分の為に戦った。


 エルヴィラはそうだった、でも、他の連中はそうじゃない。


「私以外の連中はな、それぞれ大事な人の為に戦ってたぞ」


 それは弟子だったり、姉だったり、遠い親族だったり、後継者だったり、友だったり、あるいは死んでしまった家族のためだったり。

 それぞれの愛する者のために、命がけで戦った。

 形は違えど、その全てが、愛する者の幸せを願ってのものだった。


「また一緒にお茶会がしたい、幸せに暮らしたい、謝りたい、伝えたい、再会したい、この中のどれ一つして、叶わぬ願いになっちまったけどな」


 志半ばで、命を落とした魔女達。

 しかし、彼女達は守った、愛するもの達を。


 彼女達が守ったのは、自身の愛するもの達。


「あいつらが守りたかったのはあいつらの大切なもんだ、あいつらが戦った理由は大切なもんを守る為だ、そこにお前らなんて一つも含まれてねぇんだよ、ついでで守ってもらった分際で自惚れんな、ドヤ顔して吠えてんじゃねぇよ恥ずかしい」


 必要とされてない? 違う、その他大勢が必要としなかっただけだ。


 生まれてくるべきじゃなかった? 違う、その他大勢が勝手にそう思ってるだけだ。


 国を守ったと自惚れるな? 違う、彼女達が守ったのは、自分を必要としてくれた一部分だけだ。


 夢も希望も、明日の幸せも許されず、ただ忌み嫌われて、恐れられて、命を狙われた彼女達は、大切な人の夢や希望や、明日の幸せを願って戦って命を落とした。

 対象外の連中が、彼女達の意思を貶す権利など、どこにも無い。


「さっき『幽閉の魔女』が言ったろうが、お前らなんかに興味ない、別にお前らに私達がどう言われようがどう思われようが関係ねえよ…でもな、ついででも、お前らを守って死んでいったアイツらを薄っぺらい言葉で否定して穢すんじゃねぇ」


 エルヴィラは更にナイフを空中に出現させ、その切っ尖を全員の頭部へと近付ける。


「魔女狩りを廃止しろ、これはお願いじゃねぇ、命令だ、これ以上この不毛なやりとりを続けてアイツらの死を無駄にするって言うんなら、私はお前らを殺して本当に第二の『反乱の魔女』になってやる」


 エルヴィラは邪悪な笑みを浮かべながら言った。


「今ここで選べ、大人しく無意味な殺し合いをやめるか、お前らが新しい『反乱の魔女』誕生の火付け役になるか」


 今回の戦争は、蝋燭の火を消した方の勝ちだった。

 火付け役、新しい蝋燭に火を灯す人間は現れるのだろうか?


 ベルナールはクスクスと笑う。まるで、全てが計画通りだと言わんばかりの笑みだった。


 まだ見ぬ戦争の蝋燭に、火を灯す者は現れなかった。


 かくして前代未聞の魔女狩り、『最後の魔女狩り』は、終わりを迎えた。

 魔女狩りは、約束通り全世界から廃止された。


 全ての国王を脅して、世界は平和になったのだった。

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