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魔女伝  作者: 倉トリック
第1章 魔女狩り
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魔女の住む森③

 エルヴィラの魔法の特徴は一言で言えば『闇』である。この結界内の闇もその魔法によるもので、相手の視界を奪う事が主な目的だ。


 しかし、闇というのは何も暗闇の事だけでは無い。


 人の心にも『闇』と言うものは存在するし、精神的に弱っている人の事を『病んでいる』と表現したりもする。とどのつまり、エルヴィラは『やみ』とさえついていればそれらを自在に操る事が出来る。人の心のトラウマを知る事が出来れば、その心の闇を結界内で再現する事だって可能なのだ。


(まぁもっとも……相手を知らないと意味ないから、こんな風に初対面の相手には全く意味ないんだけどね)


 そんな事を思いながら、エルヴィラは先程爆発した地面を横目でチラリと見る。


 爆発した、と言ったが、どうも違うらしい。


 正確には『抉られた』と言った方がいいだろう。全然違う言葉だし意味だが、地面が突然内側から抉られれば誰だって『爆発した』という印象を最初に持つものだろう。多分。


 そして次に、投げた短剣がバラバラに爆散した事、アレも正確には違う。


 よく見るとそれは一瞬で粉々に切り刻まれたようになっている。掴んだ瞬間に、粉々に。


「っと……考える暇も与えてくれないか」


 思考中のエルヴィラに容赦なくレジーナが飛びかかる。さながら獲物を襲う猫のように四つん這いになりながら。


 エルヴィラはさらに短剣を三本投げつけその奇襲を回避する。


「フッシャアアア! にゃん本もってんのよん! いや……もしかしてそれも魔法にゃのかよん?」


「物体転移の魔法……それぐらい出来るでしょ、アンタも魔女なら……つーか喋り方ぐらい安定させたら? もしかしてその方が男ウケいいとか?」


「にゃししし! 喋り方変えにゃくても私はこのプリティーフェイスでモテモテにゃのよん! もっとも魔女が恋なんかしたらそれこそ終わりにゃのよん!」


 言いながらレジーナは払うように両手を振る、するとまるで弾丸のように鋭いものが大量に発射された。


「ああもう……体動かすの苦手だってのに……!」


 愚痴をこぼす割には苦手とは思えない素早い身のこなしで降り注ぐ弾丸(?)をエルヴィラは躱していく。レジーナは全く攻撃の手を緩めようとはしないので、仕方なく躱しながら考える。


 敵の魔法の特性は例えば『斬撃』だろうか。指定した場所をミキサーにかけるようにズタズタする、とか。


(ん……多分違うな……だとすれば回転して逆に最初の攻撃で私は地面に引きずり込まれるはずだ……)


 だとすれば『重力』だろうか、それなら内側から地面が盛り上がった理由も頷ける。


(って……それだと短剣が切り刻まれた意味が分からん)


 様々な考えを巡らせながら、エルヴィラはふと地面に突き刺さる物体に目をやる。レジーナが弾丸のように飛ばしてきた鋭いもの。白、というよりは肌色に近く、鉄のような光沢は無い、まるで体の一部みたいな物体。


「いや……そうか……『爪』か」


 薄く剥がした爪を飛ばしていたのか、魔力による回復力で瞬時に剥がした爪は元通りになるから無尽蔵に撃ち出せるというわけか…。初撃の破裂は勢いよく爪を地面に叩きつけた事による衝撃、短剣はその応用。


 なんだ、ショボイな。


 タネさえ分かればなんて事は無い、魔女の中でもかなり弱い部類だろう、重力や斬撃、もしくはその両方とか使われたらどうしようかと悩んでいたが、どうも杞憂だったようだ。


(とはいえ威力は十分、当たったらかすり傷じゃ済みそうにないな……)


 エルヴィラは素早く地面に触れ、魔力を流し込む。そして触れた地面をまるごと掘り上げ防御壁を作った。


「にゃ! 軽々と地面をめくりやがったのよん……すごい魔力……私には到底真似できにゃいのよん」


 レジーナは素直に感心する。しかしすぐに我にかえり、その防御壁を鋭く伸ばした爪で引っ掻き切り崩した。魔力がこめられていようと所詮は土、同じ魔力のこもった物理攻撃にそう長く耐えられるほど頑丈では無い。


「にゃ?」


 しかし、小柄な少女一人が身を隠すぐらいの時間は余裕で稼げたようで、その防御壁の先にエルヴィラの姿は無かった。


 相手の魔法の特性は分かり、自分の方が上位魔女だと認識した。しかし、それでも魔女エルヴィラは隠れる事を優先した。


 何故ならまだ勝てるかどうかは分かっていなかったからだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふぅ……やっぱ直に攻撃も出来るのか…なんと近接攻撃タイプの魔女……今時珍しい」


 今時、とは言ったがエルヴィラはもう何百年もこの森に引きこもっており、外の世界というものをほとんど知らない魔女なので、どういう変化があったのかなんてさっぱり分からないけれど、少なくともエルヴィラが魔女になりたての頃にはあんなタイプの魔女はいなかった。


 魔法というと、何故か魔力の撃ち合いだったり、呪いのかけあいだったりと、どうしても遠距離タイプのイメージが強い。しかしなるほど、自身の肉体強化に使うという手もあったか、とエルヴィラは思う。


 魔力や技術は自分の方が上、しかし戦闘経験はおそらくあのレジーナとかいう魔女の方が上なのだろう。明らかに戦闘慣れしている。


 エルヴィラのやってきた戦法は不意打ちばかり、しかも相手は賞金狙いの魔女狩りに来た人間ばかりだ。当然そんな一瞬で決着が付くような戦闘で有益な経験がつめるわけもない。


 つまりエルヴィラにとって、ああいう正攻法な戦い方をする相手は天敵といっても過言ではなかった。


(勝てる勝てないは本当に違う話なんだよなぁ…大口叩いた手前今更逃げるってのもなぁ……)


 エルヴィラは不思議そうに崩れた防御壁の周りをキョロキョロ見回すレジーナを観察しながら思う。


 エルヴィラは別にコソコソ隠れているわけでは無く、意外にも堂々とレジーナの周りをぐるぐると歩き回っていた。


 闇を使う彼女は自身の結界の闇の深さをより一層濃いものにして、自分の姿を見えないように溶け込ませているだけだった。


(猫は暗闇にすぐ慣れるし……鼻も効くだろうから……あんまり長くは使えないだろうけど……とりあえずこれで状況はリセットかな)


 そう思ったところでエルヴィラは初めて自分からレジーナに向けて言葉を発する。


「アンタさ、私があのおっさんの仲間になるのかどうか聞いてきたよね?」


「にゃ⁉︎ どこからともにゃく声がするのよん? そうにゃ、流れで戦闘ににゃっちゃったけど……本来私はアンタをスカウトしに来たのよん」


「スカウト?」


 場所の特定をされないように、早過ぎず遅過ぎず、付かず離れずの一定距離を保ったままエルヴィラはレジーナの周りをぐるぐると回り続ける。


「アンタ……魔女狩りを終わらせたいとは思わにゃい?」


「またそれか(またそれか)」


 思わず口に出てしまう。こんな短時間で魔女と人間の両方から同じ事を言われるとは思っていなかったからだ。


「そりゃ一々討伐隊を追っ払わなくていいなら終わらせたいけど……そんなの魔女が何したって逆効果になるだけだと思わない?」


 エルヴィラはベルナールの時とは違って素直な意見を言う。この際そこで楽しそうに見てるおっさんにも自分の意見を聞いてもらおう。


「普通じゃない力をもった私達魔女を人間が恐れるのは当然だし、そこに理屈なんてものはない…殺そうとするのもぶっちゃけ分かる、今更そこに理由なんて求めないしね…ただそれを良しとしない人間だっている」


 エルヴィラは自身の経験して来た事を思い出して、深くため息を吐く。何度も何度も見てきた、同じ魔女が疑いをかけられた無実の女が、時には男が、磔にされ燃やされていくその姿を。泣いて、叫んで、命を乞い、許しを求め、呪詛の念を呟きながら、誰かを憎みながら死んでいくその様を。


「魔女がいくら魔女の為に頑張っても『同族だから当然』って理由で一蹴されるだけ、だけど人間が魔女を救おうとしてくれればそれは『種族を超えた愛』みたいな感動(笑)でいくらか動きがある、そういう愛護団体みたいな奴らに任せておけばいいんだって、魔女狩りなんて……時が経てば無くなる風習だよ、こんなの」


 何百年と生きてきて、絶えずあったのは戦争だった。その戦争ですら時が経てば必ず終わりを迎えた。


「ようするに……私達が余計にゃ事するから魔女狩りはにゃくにゃらにゃいって言いたいのかにゃ?」


 レジーナの声色が明らかに怒りを含んでいるとエルヴィラは察する、察したが、あえて「そういう事」と肯定した。


「いじめられる側が悪いっていうのはあながち間違いじゃない、出る杭は打たれる、大人しくしてりゃいいんだってば」


「そんにゃ風に呑気してるから! あの『大虐殺』は起こったのよん!」


 ふざけた口調とは裏腹に、レジーナの叫びは真剣そのものだった。


 大虐殺。それは中々捕まらない『本物の魔女達』に苛立ちを覚えた国のトップ達が、彼女達を誘き出す為国中の女性を人質にし、魔女が集まらなければ全員を殺すと脅迫した正気を疑う行為だった。


 国中が大混乱に陥って、反乱を起こすものもいたが、全て失敗に終わった挙句、彼女達を救う為訪れた数人の魔女諸共人質の七割が殺された。


「あんにゃクズどもの為にどれだけの罪のない人が死んだとおもってるのよん! 殺された魔女の中には私の友達もいたのよん! それなのに……未だ魔女狩りは続いてる……これが許せるか! こんな事が……!」


「…………」


 エルヴィラは黙り込んでしまう。ショックを受けている…わけではない。


 やっべぇ、全然知らなかった…。そんなに死んでたのか、アレ。


 自分の世間知らずを流石にマズイと思い始めていたのだ。


「アンタがどう言おうと私達は今のこの国をぶっ潰す! 魔女狩りが二度と行われない平和な世界にしてやるのよん!」


「ええ……その為に同じ魔女である私を殺すの? 本末転倒じゃん」


「異端審問官の味方するようにゃ魔女は対象外にゃのよん! 悪の芽は早めに摘んでおくに限るのよん! ああ、あとアンタ、ちょっと喋り過ぎたのよん!」


 レジーナは身を翻し伸ばした爪で闇を切り裂く。エルヴィラの予想よりも、レジーナの特定は早く、そして攻撃速度も避けれるようなものではなかった。


 闇の中に確かな手応えを感じレジーナな不敵な笑みを浮かべる。爪先から指先へ熱い液体が流れてくる。


「はっ……や」


 断末魔と共にズタズタに切り裂かれたエルヴィラが闇の中からぐらりと倒れてきた。


「猫の感覚をにゃめにゃいほうがいいのよん! これが罠だった事もお見通しにゃのよん!」


 先程と同じ囮作戦、そのハンター戦は見ていないレジーナだが、気配が二つあれば一つが囮である事など火を見るよりも明らかだった。


 背後で短剣を振りかざすエルヴィラに向かってレジーナはさらに爪を振る。今度こそ本物のエルヴィラの腹を掻っ捌き、地面にその中身をばら撒いてやろうと。


「もらっーーぎゃっ⁉︎」


 しかしその爪がエルヴィラの腹にとどくよりも先に、レジーナの腹部から二本の刃物が飛び出した。


「……ていっ」


 力が入らず崩れていくレジーナの首にダメ押しと言わんばかりにエルヴィラは短剣を突き刺す。ただの短剣ではなく、確実に魔女を死に至らしめる呪いがこめられた魔法の短剣。


「ごぼっ……どぼじ……うじろ……? ……ああ⁉︎」


 薄れゆく意識の中、それでも自分の背中を刺した犯人の顔を見ようと激痛を感じながら振り返る。そこにいたのは、さっき始末したはずの偽エルヴィラだった。苦悶の表情を浮かべ、ブラブラと不安定な腕を無理矢理上げて、両手に持つ鉈をしっかりとレジーナの背中に突き刺していた。


 始末したはず。確実に、息の根を。


「ーー!」


 ここでレジーナは自分の失敗に気付く。どれだけ完成度が高くても、どれだけ高密度の魔力で作られていようと、所詮偽物、作り物、命なんてものは無い。


 ゆえに、魔女よりも不死身の存在である事を忘れていた。体がバラバラになっても動き続ける事ぐらい、造作もない。


「獲物を狩って、自分の推理が当たって、さぞ優越感に浸ってたんだろうけど…そういう慢心が全部隙に繋がるってなんで分からないかな…自分で自分を殺してるようなもんだよ、それ」


「がぶ……がぼぼ……」


 断末魔も最期の言葉も言えないまま、レジーナは暗闇に飲まれていく。エルヴィラの結界の闇ではなく、本物の死の闇。そんな中、ふわりと手を握られた。


「自殺なんて一番つまらない、タダじゃないんだよ? 命って」


 消えゆく命に対して投げかけたエルヴィラの言葉は、『お前が言うな』と怒鳴りたくなるほど勝手なもので、レジーナに一片の救いも与えない冷たい声だった。

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