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魔女伝  作者: 倉トリック
第1章 魔女狩り
29/136

最後の

 部屋の中は、ガラリと内装が変わっていた。


 様々な国のオブジェが無造作に並べられているが、中央にはテーブルと椅子が用意してあり、テーブルの上には豪華な料理がホカホカと湯気を立てながら並んでいた。その空間は、生首があった時より混沌としていて、蝋燭が立ててある台座の違和感なんか、全く無くなっていた。


 蝋燭。魔女達の命と繋がった蝋燭。相手側の火を全て消せば勝利となるこの戦争。


「『反乱の魔女』の生き残りは私だけねぇ…貴女達すごいわぁ〜!」


 ケリドウェンは楽しそうに手を叩きながら、朗らかな笑顔を三人に向ける。

 もちろん楽しそうなのは彼女だけで、エルヴィラもジャンヌもジョーンもその異様な光景に唖然としているだけだった。


「お腹空いたでしょう? なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()()… 遠慮なく食べてねぇ? 腕によりをかけて作ったのぉ!」


 構わずケリドウェンは、三人に席に着くよう手招きする。どうやら料理は彼女が作ったらしい。

 いや、それよりも。


「二週間?」


 エルヴィラは引っかかった単語をそのまま繰り返す。


「仲間がやられておかしくなったのか…冗談で油断させようとしているのか、それとも今更手を組もうとしているのか、その真意は分からないがあえて言おう、貴様、この状況が分かっているのか?」


 続けてジャンヌが言うと、ケリドウェンは朗らかな笑顔を浮かべたまま「ええ、分かってるわよぉ」と答えた。


「アラディア、ベファーナ、ロザリーン、ダイアナ、グローア、ランダ、モーガン、パリカー、レジーナ、パシパエ、モリー…みんないなくなっちゃってぇ…残ったのは私一人…ああ、寂しいわぁ」


 涙を拭くような仕草を見せながら、ケリドウェンは仲間達の蝋燭を一本ずつ撫でていく。

 計二十二本、明るく灯っていた蝋燭は、今やたった四本だけがその光をユラユラと揺らしているだけだった。


 その内、『反乱の魔女』の蝋燭は、残り一本。


 つまり、目の前にいる彼女だけ。


「私がみんな所にいけばぁ、貴女達の勝ち…そうねぇ…本当に良くない状況だわぁ…」


 顔を俯かせ、しょんぼりとするケリドウェン。しかし次の瞬間、弾けるように顔を上げ、満面の笑みを三人に向けた。


「でもねぇ? でもでもでもぉ、あの子達の死は決して無駄じゃないのよぉ? だって貴女達ぃ、あれだけ仲間がいたのにぃ、もう三人しか残ってないじゃない?」


 その言葉に、ジャンヌは怪訝な顔を浮かべる。


「まるで三人だけなら自分一人でも勝てるとでも言いたげだな」


「ええ、その通りよぉ?」


 一瞬の迷いもなく、彼女は即答した。その瞬間、彼女の瞳に魔力の色が赤く浮かび上がり、薄暗い部屋の中で怪しく光る。

 温厚な雰囲気のまま、彼女から放たれたのは鳥肌が立つほどおぞましい殺気であった。


「貴女達がぁ…もし十二人全員生きていたとしたらぁ…流石に私もちょっと疲れちゃうけどぉ…たった三人だけだものぉ! いつでも殺せるわよぉ? だぁかぁらぁ」


 ケリドウェンはそのまま椅子に座り、微笑みながら手招きする。


「おしゃべりしましょ? どっちにしたってぇ…最後なんだからぁ」


 死刑囚は、執行される前日に最後に食べたいものを聞かれ、頼んだものを最後の晩餐とする事が出来るという。

 罪を犯したとはいえ、殺されると宣告された人間に対するせめてもの慈悲なのだろう。


 ケリドウェンにとって、今はまさにそれだ。


 これは彼女にとっての慈悲なのだ。


「なんでもあるわよぉ? お肉料理にぃ、お魚ぁ、サラダもあるしぃ、スープもあるわぁ、デザートだってあるのよぉ? 最後に好きな物を好きなだけ食べて…潔く心置きなく無理なく安らかに死にましょう? さっきも言ったけどぉ…二週間も何も食べてないでしょう?」


「あの、意味が分からないんですけど…」


 ジョーンが困惑していると、エルヴィラが「ズレてたんだろ」と、短く答えた。


 彼女達が鏡の世界にいた時間は大体十四時間ぐらいである。しかし現実の世界では、既に十四日、二週間ほど時間が経っていたのだ。


「そりゃ死体にガスもたまるよなぁ…」


 呟いたエルヴィラの横を、ジャンヌが通り過ぎる。

 そのまま柄を握り、足早にケリドウェンに向かっていく。彼女の態度に、彼女の茶番に、付き合ってられなくなったのだろう。

 戦争は醜く、酷いものだ。そこで得られるものがあるなんていうのは、戦争を食い物にできる一部の人間だけ。


 命の奪い合いを何度も見て、実際に命を狙われ、そして奪うという経験を何度も、何十年もしてきたジャンヌにとって、ケリドウェンの態度はどうしても許せないものだった。

 自分がこれから奪うかもしれない命に対して、まるでおままごとでもしているかのような、真剣味に欠けるその態度。


 ジャンヌが剣を抜き、名乗ろうと口を開けたその瞬間、その背後で、椅子に座る音がした。


 振り向くと、エルヴィラがカップを手に取り、自分でお茶を入れて飲んでいた。


「…『縄張りの魔女』…君は何をやっているんだ」


 顔を引きつらせるジャンヌに、エルヴィラは特に何を言うわけでもなく、ただ手招きしていた。


「どうかしらぁ? 私のオリジナルブレンドなのぉ」


 エルヴィラは、落ち着かなく体を揺らしながら味の感想を待つケリドウェンをチラリと見て、一気に紅茶を飲み干してから、大きなわざとらしいため息を一つ吐いた。


「私の友達の淹れた紅茶の方が美味い」


「あらぁ…それは残念、及ばず申し訳ないわぁ…あ! でもでもぉ、料理には自信があるのぉ! そのお肉なんかとぉっても柔らかいわよぉ?」


 大きく豪快に切り分けられた肉を勧めるが、エルヴィラは静かに首を横に振って拒否する。


「こう見えて私はベジタリアンなんだ、肉は一切食べない…まぁだからと言って、ここにあるサラダとかにも手をつけるつもりは無いけどな」


 キョトンとしているケリドウェンに、エルヴィラは構わず話を続ける。


「私は別に飯を食べにここに座ったわけじゃ無い、アンタ今言ったろ? おしゃべりをしよう、お互いに色々聞きたいこと、言いたい事があるだろうしな」


 だからとりあえず座れよ、と、エルヴィラはジャンヌとジョーンにそう呼びかける。

 ジャンヌは渋々、ジョーンは戸惑いながら、エルヴィラを挟むように二人は座った。


 その光景を見て、ケリドウェンは満足そうに微笑む。向かい合うエルヴィラは、特に感情の無い、つまらなさそうな視線を送っていた。


 壮絶な殺し合いを続けていた『防衛の魔女』と『反乱の魔女』が、同じテーブルを囲んでいる。

 側から見れば、最早手を組もうとしているようにしか思えない、異様にして異常な光景だった。


 いや、実際はこうなってもおかしくないはずなのだ。


 本来『反乱の魔女』の目的は魔女の救済であるはずなのだから、魔女が敵になるなんてありえない事のはずなのだ。


 にもかかわらず、『反乱の魔女』に反対する魔女は少なからずいる。魔女狩りを廃止し、魔女に平穏をもたらそうとしている彼女達の活動に、反発する魔女はいるのだ。


 無論その理由は、彼女達の過激な破壊や殺戮行動にある。

 魔女狩りを追い払うだけでなく、その家族ごと皆殺しにする彼女達に、あまり良いイメージはつかない。


 というのも、魔女が人を殺したとなれば、『反乱の魔女』とは無関係な魔女まで敵視され、ますます生きづらくなる。人間でも動物でもそうだが、集団行動をしている中で、一部が目立つ良くない事をすれば、全体が有害な集団と見られるのは当たり前だ。


 その上彼女達は、魔女の為だと謳っているのだからタチが悪い。関わり合いになりたくない魔女が多いのも頷ける。


 しかし、人間の報復が怖いのであれば、その人間達を残らず殺してしまえば不安は無くなるだろうという声だってある。かなり極端で、過激な発想だが、その意見にも一理ある。


 力での支配は良くないという意見もあるが、圧倒的強者が上に立つ事によって秩序が保たれるのもまた事実。いや、むしろその方が余計な手間なく、いち早く全体を統率できる。


 並外れた力というのは、持たざる者達にとって良くも悪くも効果がある。

 恐れる者もいれば、崇める者もいる。


 話が逸れたが、つまり、『防衛の魔女』と『反乱の魔女』が組めば、なにも恐れるものなど無くなるはずで、それこそ魔女狩りをなくす事だって容易い事のはずなのだ。


 それ故に、エルヴィラは疑問を持っていた。いや、彼女だけではなく、もしかしたら全員が、心のどこかでそんな事を思っていたかもしれない。


 何故この殺し合いが成立するのか、という疑問を。


 その答えを聞かないままでは、正直気乗りしない。散々殺し合って来たが、最後の一人ともなると、戦う理由が欲しくなる。


 エルヴィラが席に着いた理由は、実はたったそれだけの事だった。


「なぁ、教えてよケリドウェン。私達は、一体何の為に殺し合ってるんだ?」


 エルヴィラの質問に、ケリドウェンは首を傾げて不思議そうな顔をする。


「何の為って…貴女達が私の邪魔をするからでしょう?」


 当然のように言うケリドウェンに、エルヴィラも彼女の真似をするように、わざとらしく首を傾げる。


「邪魔なら同じ魔女でも殺すってか? 魔女を救いたいんじゃないのか?」


 そうエルヴィラが言った途端、ケリドウェンは体をぶるぶると震わせた。

 怒りではない、恐れではない、顔を俯け震える彼女は


「ぷふふっ!」


 腹を抱えて笑っていたのだった。


「あははははははははははっ! あははははははははははははははははは! きゃあはははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」


 ついには顔を上げて爆笑する彼女を、呆れ顔で見ながら、エルヴィラは「やっぱりな」と呟く。


「やっぱりって…どういう事ですか?」


 ジョーンがエルヴィラの方を向いて、不安そうに尋ねる。

 ジャンヌもエルヴィラの方を向くが、それは何か聞きたいというよりも、ケリドウェンから目を逸らすのが目的のようだった。


「簡単な話さ、私だって魔女狩りはウザいから終わらせたい、つーか、魔女の中に魔女狩りの終わりを願わない奴なんていないだろ?」


 罪のない普通の人間の女性でさえ犠牲になるのだ、何の得もないだろう。


「『反乱の魔女』がその魔女狩り廃止の為に動いてるなら、人間側に勝ち目なんかあるはず無い、私達だってこいつらの味方になってたかもしれないんだからな」


 そう、目的が魔女狩りを終わらせる事なのであれば、そもそもこんな戦い自体、成立しないはずなのだ。


 目的が、魔女狩りを終わらせる事であれば。


「そ、それって…」


「そういう事、つまりコイツらの…いや、コイツの目的は全然違う事だ。はなっから魔女狩りをどうにかしようだなんて思ってない、思ってても、それはもののついでに程度だったんだろうな」


 守るものが、願いの形が、貫く信念が違えば、戦いは成立する。

 背負う正義の違いが、いつだって戦いの火種になって来たのだから。


 今回だって例外では無い。ただ、単純に、目的が違ったから、その邪魔になったから、ケリドウェンは『防衛の魔女』を始末の対象にしたのだ。


「多分、他の『反乱の魔女』メンバーは魔女狩りを終わらせる為に戦ってたんだろうな、でもこの大将の思惑が微妙に違うから、結果殺しあう羽目になった。指示通り動いた忠実で健気だといえばその通りだが、私に言わせりゃどいつもこいつも自分を見失いすぎだな」


 ケリドウェンを信じる彼女達を、都合良く利用したのかもしれない、もしくは自分達から利用されに行ったのかもしれない。

 何もしていないのに討伐対象として命を狙われ続けた彼女達には、何かすがるものが欲しかったのかもしれない。


 例えその思いを利用されたとしても、いや、利用されたかったのかもしれない。

 そうして、必要とされたかったのかもしれない。


 かもしれない、全ては推測でしか無いが、そのどれであったとしても、本人達がどう思っていたとしても、側から見れば救われない話である。


「しかし、そうなると次に気になるのは当然、真の目的の方だよねぇ?」


 仲間に同族を殺させてまで、達成したかったケリドウェンの個人的な願い。

 ケリドウェンが戦う理由とした、その目的。


「なんて事ないわよぉ…ただちょっと、愛する人に再会したかったのぉ」


「あ?」


 予想外の答えに、エルヴィラは思わず声を漏らす。

 予想の斜め上をいった答えに、脳の処理が追いつかなかった。


「単純な話よぉ? 私ねぇ? その昔…遠い遠い昔…愛する夫と子供がいたのぉ」


 ケリドウェンの声に、明らかな変化があった。


 今までの緩い口調では無い、陰鬱とした、何か黒いドロドロとした感情。

 怒り、悲しみ、憎しみ、後悔、そして僅かな狂気、その全てが混ざったかのような、黒くて暗い負の感情。


「私が魔女だったからぁ…魔女狩りに巻き込まれてぇ…夫は私の目の前で打ち首にされたわぁ…鋸でゆっくりねぇ…息子は袋叩きにされた…顔の形も分からなくなるぐらい腫れるまで殴られて…お母さんお母さんって泣き叫びながら…私の目の前で殺されたぁああああ…」


 魔女は、異性と恋に落ちれば不死性だけを残して全ての魔力を失う。そうなれば全く害はなくなるはずなのだが。

 そんな理屈が通らなくさせるのが、恐怖という感情である。


「魔女に心奪われるのは人間じゃ無いって…その子供なんかもう化け物だって…わけのわからない事を口走りながら…楽しそうに殺してたわねぇ…ねぇ? 教えてくれるかしらぁ? 私達魔女と…あの人間達…どっちが化け物?」


 黒い何かに覆われた重たい空気の中、エルヴィラは素っ気なく、


「さぁな、どちらにせよ人間ではないよ」


 と、答えた。


 差なんてない、血縁関係のあるもの全てを殺すという発想に至る人間も、魔法を使って世の中の法則をめちゃくちゃにできる魔女も、理性のある人と呼ぶには、あまりに欠陥が多すぎた。


「そうよねぇ…差なんてないわよねぇ…区別なんて…つけなくていいわよねぇ…愛するなんて…誰でもする事なんだからぁ…でもね? 彼らは差をつけたがった…違うって、区別したがった…私思ったのぉ…そんなに差別化したいなら…どっちが上か教えてあげようって…はっきりさせたいでしょ? どっちが強くてどっちが弱いか…どっちが正しくてどっちが間違ってるか」


 ケリドウェンから、信じられないくらい高密度で大量の魔力が溢れ出す。


「沢山の特異魔法があれば…もしかしたらあの人を、あの子を、生き返らせる魔法だってあるかも…そう思ったのよぉ…私の戦う理由…私がここにいる意味…ねぇ? 貴女達にだっているでしょう? どうしても会いたい人…でも会えない人ぉ」


 フラフラと立ち上がるケリドウェン。それと同時に、『防衛の魔女』三人も立ち上がる。


「私はどうしても会いたいのぉ…あの人に、あの子に…だからぁ…貴女達の特異魔法…頂戴?」


 満面の笑みを浮かべるケリドウェンに、エルヴィラはため息を吐きながら、とても悲しそうな視線を向けた。


 ああ、なるほど。


「もういい、もう分かった、理解した、納得できた、辻褄があった、スッキリした…だから」


 もう十分だ。


 エルヴィラはスカートの裾を摘んで、言う。


「『縄張りの魔女』エルヴィラ」


「『幽閉の魔女』ジョーン」


「『鎧の魔女』ジャンヌ」


 部屋の様子が変わっていく。テーブルや椅子が消滅し、オブジェは不自然に歪んでいく。


 上も下も分からないような、グニャグニャとした気持ちの悪い感覚。

 魔力によって、王宮全体が変化していく。


 そんな中、彼女は当たり前のようにお辞儀をして、三人に答えるように名乗りを上げた。


「『才能の魔女』ケリドウェン」


 最後の殺し合いが、始まった。

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