屍の魔女
「なっ! 何をやってるんデスかぁああああ⁉︎」
植物が枯れ、元に戻っていく空間を見ながら、モリーは子供のように喚き散らす。
「折角! このわた死が! 役に立たない肉塊に成り下がったテメェらを利用死てやったというのにぃぃぃい! 生ゴミどもぉ! わた死の期待を裏切りやがってぇぇぇえええ!」
人目もはばからず、駄々っ子のように地団駄を踏む。そんなモリーを、怒りもせず、哀れみもせず、三人の魔女は一階から見上げていた。
「大体先輩方はなぁにをやっておられるんデスかぁあああ⁉︎ たった二匹殺死ただけじゃなないデスかぁぁ! いみねー! ああああったま悪いなぁ! わた死のかんっぺきな作戦をぜぇぇえんぶ無駄に死やがったデス! 頭悪い癖にイキがって大物ぶって先輩風吹かせてるからこういう事になるんデスよ! あーっ! 腹立つぅ!」
喉が張り裂けんばかりに叫び終わると、モリーはピクピクと目元を痙攣させながら、静かに言う。
「あーあー…やり直死デス…もうわた死一人でやる死かなさそうデスからね!」
モリーは二階から飛び降りて、ゲルダとカイ、そしてアラディアの死体の側に降り立つ。
そして指をパチンと鳴らし、得意そうに『防衛の魔女』三人に向かって舌を出す。
「まぁいいのデス! 死体があればわた死の『コープスペイント』は何度だって使えますから! お前ら仲間に腹わた引き摺り出されて死ぬといいデスよ! 飛び散った内臓を並べて命乞いのセリフを書いてやるデス!」
モリーが手を叩くと、死んだはずの三人が、ムクリと起き上がる。
ゲルダもカイも、アラディアも、死してなおその体に鞭打たれ、戦わされようとしていた。
「ひゃははははは! 強敵デスよねぇ! 勝てますかぁ⁉︎ さっきまで生きてた仲間を殺せますかぁ⁉︎ って! もう死んでるって⁉︎ あひゃひゃひゃ! こりゃモリたん一本取られたなー!」
アラディアが鎌を構える。カイが銃を構え、ゲルダは再び氷を纏う。
「一斉攻撃デース! 死にさら…あ?」
モリーの前に立ち、攻撃を仕掛けたはずの三人が、再び物言わぬ死体へと戻り、その場に崩れ落ちた。
彼女達には、たった一つ、刺し傷があるだけで、それ以外に外傷はなかった。
「な、なに死てるデス⁉︎ さっさと起き上がって攻撃するデスよ! お前らそれ死か能がないんだから! おい!」
「お前…まさか自分の特異魔法の特性理解してないのか…?」
エルヴィラが、短剣を回しながら呆れ顔でモリーを見る。
三人の死体を止めたのは、ジャンヌとエルヴィラである。
彼女達はとっくに気付いていたのだ、モリーの特異魔法『コープスペイント』の決定的な弱点を。
「な…何の事デスか! わた死の特異魔法は完全無欠最強無敵なんデスよ!」
喚くモリーから目を逸らし、エルヴィラはジョーンの方に向く。残った三人の中で、ジョーンだけが、理解出来ていないようだった。
「説明いる?」
エルヴィラが言うと、ジョーンは申し訳なさそうに頷いた。
「まぁ…確かに私達魔女にしか分からないっちゃ分からないんだけどさ…コイツの魔法…死体に小さな魔法陣が浮かび上がってたんだよ」
エルヴィラがゲルダの服を捲り上げると、胸元に確かに小さな魔法陣があった。しかし、さっき貫かれたせいで、すでに効力を失っているようだった。
「この魔法陣で死体を操ってたって事、私達魔女なら…魔法陣から出る魔力を辿ってそこを攻撃できるってわけ…」
「なるほど…めちゃくちゃシンプルですね」
エルヴィラとジャンヌは、ジョーンに一通りの説明を終えると、静かにモリーに向き直る。
その目は無感情で、最早モリーを捉えてすらいないように見えた。
「ぐっ…! ぐぐぅ…! こんの役立たーーっずぎゃあ!」
モリーの顔面に、エルヴィラとジャンヌの拳が力強く叩き込まれた。
歯が折れ、鼻血を吹き出しながらモリーは吹っ飛んでいく。
「なんだ、その短剣で刺さなかったのか」
ジャンヌはエルヴィラの方を見ずに言う。
「アンタこそ、剣で斬ったりしないんだ」
エルヴィラはジャンヌの剣を指差しながら答える。
「なるほど、目的は同じだったわけか」
「そうっぽいね」
ジャンヌとエルヴィラは、コツンと拳と声を合わせて言う。
「「あー、スッキリした」」
殺すよりも先に、まずぶん殴りたかった。
ただそれだけの理由である。
「ぶ…ぐぐぅ…な、なめやがって…わた死本体が戦えないとでも思ってやがるデスかぁ⁉︎」
ヨロヨロと立ち上がり、モリーは魔力を両手に込める。
どうやら、持っている特異魔法は一つだけでは無かったらしい。
「なんだ、ゲルダって全然異端児じゃないじゃん」
明るくて元気で、ちょっと弟に甘えすぎな、普通の女の子だった。
「触れたものを腐らせるわた死のもう一つの特異魔法『腐乱子』でお前らをくっさい死体に変えてやるデス!」
ジャンヌは剣を構える。大きく息を吸って、目を瞑り、死んでいった仲間の事を思い出す。
見せしめに殺された名も知らぬ魔女。
孤独に戦った『残虐の魔女』
弟子を利用され、その亡骸と共に命を落とした『誠実の魔女』とその弟子『堅実の魔女』。
不意打ちで殺された『偽りの魔女』。
仲間を庇って命を落とした『餓狼の魔女』。
魔法が暴走したのか、ジャンヌ自ら手を下した『皮剥の魔女』。
過酷な運命に必死に抗った『凍結の魔女』とその弟、カイ。
彼女達が何を願って、何の為にこの戦いに挑んだのかは分からない。でも、生き残っている自分には、その意思を継いでいく義務がある。
ジャンヌはそっと目を開き、静かに名乗る。
「『鎧の魔女』ジャンヌ」
モリーは両手を前に掲げ、口の中に溜まっていた血を吐き出してから、高らかに名乗る。
「『屍の魔女』モリー! 死に去らせ! このクズがぁああああ!」
飛びかかってくるモリーに全く動じず、ジャンヌは冷静に、淡々と、作業のように剣を振り、その斬撃でモリーの四肢をバラバラに斬り裂いた。
死体にばかり頼って、戦い方そのものもを知らない魔女と、様々な死線を切り抜けてきた百戦錬磨の魔女とでは、最早勝負にならないぐらいの力の差があった。
思わずエルヴィラが鼻で笑ってしまうほど、その勝負はあっさりと決着がついた。
「ぎゃああああああっ!」
達磨のようになったモリーが、悲鳴をあげながら再度吹っ飛ばされる。
しかし、まだ死んではいなかった。
「なにさ、まさか躊躇してんの?」
エルヴィラが言うと、ジャンヌは「ああ」と剣についた血を振り払いながら言った。
「こんなクズの命の責任は取りたくないと…思わず躊躇してしまったよ」
それを聞いて、エルヴィラは吹き出した。
「あはははははっ! あはははははははははっ! 傑作! 久し振りに腹抱えて笑ったわ! 分かった分かった…! あ、アンタは汚れなくていいよ」
そう言ってエルヴィラは、短剣を一本クルクルと手の中で回しながらモリーに近付いていく。
「汚れ役は私がやるさ、慣れてるからな」
「く…来るな…! お、お前らみたいなクズが…わた死に触れるんじゃねぇデス! やめろぉ! 来るなぁあああ!」
芋虫のように這いながら、モリーは必死に逃げようとする。しかしすぐに追いつかれ、エルヴィラにその背中を踏みつけられて動きを止められる。
「お前…確か言ってたよな? 苦労が水の泡になる瞬間が面白いって…それってさ、つまりこういうこと?」
エルヴィラはジャンヌとジョーンに「下がってて」と言ってから、短剣を地面に突き立てる。
すると、その短剣の周囲から、見覚えのある人影が次々と現れた。
それは、さっきまでモリーが操っていた、死体達だった。
「おーおー、私達が必死に倒した死体達が、また現れちまった」
それを見て、モリーはニヤリと笑みを浮かべ、そして愉快そうに笑い出した。
「ひゃひゃひゃひゃ! バカデスねぇ! わざわざわた死の仲間を復活させやがった!」
モリーはいつものように、死体に向けて命令する。そいつらを殺せと、自分を助けろと、自分のものだと思って命令する。
「…あ?」
「お前…なんかすごいな。頭の中ハッピーすぎるだろ」
死体達はモリーを睨みつけたまま、一向に命令に従おうとはせず、逆にジリジリとモリーに近付いていく。
「なんなのデスかぁ⁉︎ お、お前ら…わた死の死体達じゃあ…!」
「そいつらは過去の存在だ、私の特異魔法で呼び出した…今ここにいるお前の影響は受けねぇよ」
エルヴィラは、一人一人に指示を出す。モリーに聞こえないように耳元でヒソヒソと。
本当は、例え過去の像であったとしても、死体を使うなんて事はしたくない。真似事でも、モリーと同じ事をするのは流石のエルヴィラも気がひける。
「お前確か…腹わた引き裂いて飛び出した内臓で文字並べて命乞いさせてやる…とかなんとか言ってたよな? ああ私に触れられるのも嫌なんだって? 仕方ないな、お前のワガママ聞いてやるよ、私は触らない…アンタの愛しい死体ちゃん達に任せるわ」
せいぜい楽しませてもらいな、そう言い残して、エルヴィラはジャンヌとジョーンと共に、その場を後にした。
「お、おい! ま、待て…待ちやがれ! 来んな! 来るなぁああああああああ!」
だから、モリーにはモリー自身の力で、死んでもらう事にする。
モリーが今まで操ってきた死体達が、動けない彼女に群がっていく。
エルヴィラは彼女達に、魔法は使うなと指示しておいた。ただひとつ、歯で、爪で、獣のようにその体を喰い散らかせと、指示を出しておいた。
「当然アイツらは私の魔法で呼び出した存在だ。時間はかかるが、ちゃんと死ねるさ」
背後からモリーの悲鳴が聞こえてくる。
罵声を浴びせ、懇願し、命乞いをしている。
生きたまま喉を食い破られ、腹を裂かれ、肉を貪られているのだろう。
今まで無価値な肉塊と罵り操ってきた者たちに、肉塊にされていく。
死体を弄んできた彼女は、逆に死体に弄ばれるという最期を迎える事になった。生きたまま解体されるという苦痛の中、ようやく死ぬ事が出来たのは、実に二時間後の事である。
『反乱の魔女』残り蝋燭一本。
『防衛の魔女』残り蝋燭三本。
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階段を登り、三人とも無言で、長い廊下をただ進み続けた。
各部屋をそれぞれ探索していきながら、『反乱の魔女』最後の一人を探す。
ここに来た時は、あれだけ魔女の気配に満ちていたのに、今はどこにも感じない。
集められた強者達。そう簡単に死なない不死身の魔女が、今はもう三人しか残っていないのだ。
(敵合わせたら四人か…三対一なら意外となんとかなるかもな)
ふと、エルヴィラは残る二人の顔を見る。当たり前だが、疲労感が滲み出ていた。
体力的にも、精神的にも、そして魔力的にも、もう限界が近いのだろう。
(ジョーンは特にだろうな…シェイネも姉弟も、自分のミスで死んだと思ってるらしいからな)
確かに、そう思うのは分からなくもない。
シェイネはジョーンを庇って死に、姉弟はジョーンが敵ごと連れてきてしまったのが原因だと言えなくもない。
しかし、エルヴィラはどれもこれも仕方ない事だろうに、と思って少々呆れている。
別にジョーンが庇ってくれと頼んだわけでは無いし、わざとアラディアをゲルダの前に持って行ったわけでは無い。
全て不運な事故のようなものだ。
本人の思い方次第なのだろう、けれど、本音を言わせてもらえば、今は勘弁して欲しかった。
落ち込むのなら、戦争が終わって生き残ってからいくらでもするといい。
(あーもう…仕方ねぇな)
エルヴィラはジョーンの肩をポンっと叩く。するとジョーンはビクッと小さな肩を震わせて、「な、なんですか」と小さく言う。
「アンタ…なんか変な責任感じてる?」
エルヴィラがそう言うと、ジョーンはハッとしたように目を見開き、そして顔を俯ける。
「やっぱりな…別にアンタに気を使うわけじゃ無いけどさぁ…別にアンタのせいじゃないからな、姉弟とかが死んだの」
「そんなわけ無いですよ…私がもっと注意して魔法を使っていれば…もっとちゃんと魔法を使いこなせていれば…」
ジョーンは声を震わせ、今にも泣きそうになりながら言う。
彼女の言う事にまんざら理がないわけでも無い。ただ、それら全てを自分の責任だと背負いこむのはかなりお門違いだ。
「『幽閉の魔女』…君の気持ちは分かるが…少しズレている」
少し離れた部屋から出てきたジャンヌが、なだめるようにそう言った。
「君一人が頑張っていれば誰も死ななかった…なんて言うのはとんだ勘違いだ。命をかけた激しい戦闘をしていたんだ、その結果命を落としてしまうのは…そうだな…言い方は悪いが…仕方の無い事だ」
ジャンヌはジョーンの目をまっすぐ見つめながら続ける。
「あの時ああすれば良かったなんて言う後悔は、誰にでも出来る、後悔をするなとは言わない、後悔があるから人は成長するんだからな」
魔女でも人でも、後悔をしないなんて事はないだろう。それは記憶の片隅にいつまでも残り、時にふわりと現れては人を苦しめる。
そんな苦しみを出来れば味わいたくないから、人は学習し、同じ失敗をしないように心がける。
「でも…私のミスで人が死んだ…その結果は消えませんよ…頭では分かってるんです…仕方なかったって…どうしようもなかったって…でも、どうしたって…考えてしまうんです…あの時私がって…おかしいですよね…どんなに頑張ったって、私なんかが…何か出来るわけないのに…」
ジョーンが自嘲的な笑みを浮かべながら言った途端、ジャンヌは一気に詰め寄りジョーンの肩を強く抱く。
「ダメだ『幽閉の魔女』、後悔を理由にして過去の自分を否定するな、君はあの時必死だったはずだ、どんなに愚かでも弱くても、君は目の前の人を救う為に、どうにか現状を打破する為に、必死に考えて行動したはずだ、それは他の誰でもない、君自身が一番分かっているはずだろう?」
魔獣マリに襲われた時、反転世界から脱出する時、操られたフランチェスコにカイが襲われかけた時、ゲルダの暴走を止めようとした時。
彼女、ジョーンの瞬間移動が無ければ乗り越えられなかった。
それは、他ならぬジョーン自身が、自分がやらなければならないと考えて、決めた事だ。
自分を信じて、救った命だ。
「後悔の念に押しつぶされて、頑張った自分を否定して無かった事にするのは間違っている。君は君の功績を認めてあげるべきだ」
「私の…?」
戸惑うジョーンに、今度はエルヴィラが言う。
「私もさぁ、魔獣戦でアンタに助けられたんだ、嫌な記憶が強く残るのは分かるけどさ…その原因を勝手に自分のせいにして、私達を助けたアンタを否定すんのはやめろよな」
「わ、私が…助けた…」
ジョーンが呟くと、エルヴィラとジャンヌは同時に頷く。
「アンタがどう思ってるかとかこの際どうでもいい。アンタが原因で人が死んだという結果が消えないなら、私達がアンタに助けられた事実だって消えないんだよ」
エルヴィラはジョーンの背中をポンッと叩きながら言う。
「私達は、アンタが居てくれて良かったって思ってるよ」
ジョーンの大きな瞳から、一筋涙が溢れる。
出会って間もない彼女達が、自分を信じた自分を、褒めていいと、言ってくれた。
出会って間もない彼女達だからこそ、その言葉に嘘が無いと思える。
「ありがとう…ございます…!」
今までの全てが報われて、救われた気がした。
(さて…友情たっぷりなガールズトークが終わったところで…残酷で無慈悲で不毛な戦争に戻りますか)
彼女達の目の前には、あの王室に続く巨大な木製の扉が雄々しくそびえ立っている。
恐らくは、この向こうに『反乱の魔女』最後の一人がいる。
「気ぃ抜くなよ」
エルヴィラが言うと、ジャンヌとジョーンが頷いて、
「無論だ」
「大丈夫ですよ」
と答えた。
エルヴィラは、最初にここに来た時と同じように、扉を開けた。
「よぉ、決着つけようか」
彼女は、朗らかな顔を浮かべて立っていた。




