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魔女伝  作者: 倉トリック
第1章 魔女狩り
27/136

凍結の魔女

「厄介な事になったなぁ…」


 凍てついた壁に注意しつつ、エルヴィラはがっくりと肩を落としてそう呟く。

 目の前には、戦闘による破壊跡をまるでカサブタのように塞いで広がった氷と、四肢を切断されたパリカーが仰向けに倒れている。


「アンタをボコボコにしたっていうのにこの拡大された空間は元に戻らないし…かと思えば突然凍るし…どうしたものかな、これ」


 エルヴィラは、持っていたパリカーの両腕を適当に投げ捨てると、倒れている彼女の元に近付いていく。


「おーい、まだ生きてる? 拡大されたまま元に戻らないのどうにかしてくんない? あとこの凍ってるのはアンタの仕業?」


 無表情のまま見下ろすエルヴィラに、パリカーは恐怖を隠そうともせず顔を歪める。

 無理もない。エルヴィラの特異魔法をその身が滅びる寸前まで味わったのだ。今はただ、彼女と戦う羽目になった自分の運命を呪うしかない。


 しかし、何故こんな危険な特異魔法が、今の今まで知られていないのか。あまりに絶望的すぎる状況に陥り、逆に冷静になったパリカーは、そんな疑問を浮かべていた。


「おーい、喋れないの? まさか喉にも攻撃当たってた? まずったな…確かに全員は制御出来ない…ってか、私の目が届かないからなぁ」


 難しいね、と言ってエルヴィラはしゃがみこむ。そしてパリカーの眉間に短剣を突き立てた。


「まぁいいや…アンタが死ねばこの魔法も解けるでしょ」


「ま…待って!」


 パリカーは目を見開き、懸命に声を上げる。そして無視されないように立て続けに喋り続ける。

 出来るだけ、興味を持って手を止めてくれるような言い方を心がける。


「わ、私を殺したら…アンタも死ぬんじゃない…?」


「はぁ?」


 エルヴィラの手がピタリと止まる。

 喰いついた、この瞬間を逃さない。


「わ、私の魔法でこの空間は広がってる…で、でも…この氷…これは私の魔法じゃない…触れただけで体が砕ける様な冷気を放つ魔女なんて…私達の中にはいない…」


「保証は無いけど、そういやこっち側にはいたなぁ…氷魔法を操る小娘が」


 見た目ならお前の方が小娘だろうが、と言いそうなったのをパリカーはグッと堪える。今はそんな時では無いし、なにより命が惜しかった。


「拡大を解除する事は簡単…でもね? この氷は私が制御出来る魔法じゃない…私を殺して一気にこの空間が狭くなったらどうなる…? 押し寄せる氷の壁から身を守る方法は無いんじゃない?」


「ん! んん」


 それもそうかもしれない、とエルヴィラは思う。そんな事をすればコイツの味方である『反乱の魔女』もただでは済まないだろうけれど、確かにここでコイツを殺してしまうのは得策では無さそうだ。


「んー…いや、でもさ? お前が自分から解除する可能性だって捨てきれないんだけど?」


 いざとなったら死なば諸共。敵も仲間も道連れにする可能性だって十分にある。そうなるともう、パリカーの生き死にはあまり意味が無くなってしまう。

 生かすも殺すも危険なら、いっそ自分のタイミングで殺してしまった方が安全かもしれない。


「待て待て! 私だって仲間がいるんだ! 無闇矢鱈に解くわけないじゃない!」


 無い手足をバタバタと動かしてパリカーは必死に抗議する。


「もう私には…アンタに攻撃する程の魔力は残ってない…先にこの氷をなんとかした方がいいんじゃない?」


「うーん」


 しばらく考えてから、エルヴィラは無言で頷いて、その小さな手でパリカーの髪を掴み、引きずりながら適当な通路を進み始めた。

 パリカーは背中を地面に削られるような状態になっているが、凍結した壁には触れないように注意されながら引きづられている。


「うーん…あの小娘を見つけたとして…その対処はどうすればいいんだろう…? 最悪殺すしか無さそうだけど…それにしたってこの魔力…消してしまうには勿体無いな」


 ブツブツと呟きながら歩くエルヴィラを恨めしそうな目で見つめながら、パリカーは自分の無くなった手足を再生させようと、微力ながら魔力を込めてみる。

 再生さえ出来れば、一旦ここから逃げ出して、仲間と共にリベンジできるかも。


 しかし、やはりそんな魔力は残ってはおらず、せいぜい痛みを和らげる程度だった。


(むぅ…これじゃあコイツが誰か他の『反乱の魔女』と出くわすのを願うしかないじゃない…仕方ない…こうなったらせめて…コイツの特異魔法の特性を聞き出してやる)


 特性を聞き出す、というのはつまり、パリカーは自分をここまでコテンパンにしたエルヴィラの特異魔法の正体を、何一つ掴めていないのである。

 何か得体の知れない魔力の塊にやられた、としか認識しておらず、そもそも恐怖心の方が強かったその瞬間に、敵の魔法の分析など出来るはずもなかった。


 だから、ここで詳しく聞き出して仲間に伝える事が出来れば、何か対策が取れるかも知れない。


(特にケリドウェン! 彼女に出来ないことは無いわ!)


 パリカーは、出来るだけ弱っている風に、敵意は見せないようにして、エルヴィラに控えめな声をかける。


「ね、ねぇ…『縄張りの魔女』…? あ、アンタの特異魔法って…結局どんな魔法だったの?」


「えぇ…」


 ドン引きされた。


 いや、仕方無い事だ。エルヴィラの「さっきまで見てたじゃん、お前誰と戦ってたんだよ」とでも言いたげな目が痛い。


「それさ…アンタに説明して私に何か得があるわけ?」


「う…そ、それは…」


 それもそうだ。エルヴィラにとって、バレていない特異魔法をわざわざバラすメリットなんてどこにも無い。

 迂闊だった、どうもさっきから行動が空回る。


「…はぁ…私の特異魔法は闇を操るってよく思われてるけど…実際は違う…まぁ、私が周りにそう思わせてるんだけど」


 しかし意外にも、彼女はその真相を語り始めた。

 どういう風の吹き回しだろうと思っていると、エルヴィラが無感情な目をこちらに向ける。


 一回しか言わねぇからな? とでも言いたげだった。


「私の使ってる闇の特異魔法は…師匠の魔法だ。私が師匠から受け継いだ魔法…私、『縄張りの魔女』としての魔法は他にある」


 それは何となく分かっていた。彼女が得意げに使っていた闇の魔法、しかしパリカーがその身で受けた魔法は全然違うものだったから。

 あれは、まるで。


「人にも物にも、場所にだって過去がある…私は七百年間魔女をやってきた過去があるし、私が住んでる森の中にある小屋にもいろんな連中がそこに泊まった過去がある…そしてこの場所にだって…いろんな過去があるだろう」


 現に、数分前まで激しい戦闘が行われていたのだから。


「過去にあった出来事ってのはな、決して消えないんだ。善意も悪意も…人からも場所からも消えたりしない…それはずっと私達の後をついてくるもんだ。引っ張ってかなきゃならないし、私達には自分の過去を抱える義務がある」


 今起きているこの戦争だって、これからも生きていくのなら、背負うべき過去になる。

 命を、願いを、生き残った者は背負う義務がある、抱えて生きる使命がある。


 その身と心が潰れそうになる程の重量を持った過去。それは既にただの過去では無く、語り継いでいくべき歴史へとなる。


 過去とは、歴史である。どんなちっぽけな出来事でも、重さがあるのならば、人がそれを抱えて生きるのならば、それはただの過去では無く、歴史になるのだ。


「私の特異魔法は、自分が縄張りだとマーキングしたエリア内で起きた過去の出来事を、もう一度再現する」


「そ…それって…」


「何十年前だろうと、何百年前だろうと、この場で再現する事が出来る…そして時間は少しかかるけど、そうして現れた過去を使役する事も出来るんだ」


 要するに、歴史そのものを味方に出来る能力なのである。


「それが私の特異魔法『縄張りの痕跡(マーキングエリア)』だよ。昨日の敵は今日の友ってな、過去の出来事は全て私の味方なんだよ」


 エルヴィラが使う異常なクオリティを持つ分身のような使い魔。アレは正確には使い魔では無く、この魔法を応用した過去の自分自身なのだ。


「十秒前だって一秒前だって、過去は過去だからね…デメリットがあるとすれば…呼び出した過去は私以外を全て敵と認識してるから、味方諸共攻撃しちゃう事と…一度解除しちゃうと、同じ場所で同じ過去は二度と使えなくなるって事か?」


 だから味方が大勢いる時には、本気で使えないのだ。巻き込んでしまって、文字通り過去の人にしてしまう恐れがあるから。


「そんな感じだな…アンタはそれに負けたんだ、大量の私にあの手この手で引き千切られたろ?」


 パリカーは、戦慄した。


 冗談じゃない。つまりエルヴィラの前で戦えば、彼女の活動領域内で戦闘を行えば、それらは全て、後からエルヴィラの仲間になってしまうと言う事ではないか。

 どれだけ強い魔女がいようとも、どれだけ才能を持った魔女がいようとも、だ。


(だ…ダメだ…コイツに…この魔女に…勝てるイメージが浮かばない…)


 パリカーは引きづられる。

 なすすべも無く、抵抗する気力も失せ、絶望しながら冷たい床の温度を感じている。


 彼女もまた、エルヴィラの過去へとなっていくのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「『幽閉の魔女』を知っているかしら…?」


 アラディアは頬から垂れる血を拭いながら、ジャンヌに問う。


 お互いに、壁から剣と鎌を引き剥がし、再び戦闘へと戻っていたのだ。

 その激しい斬り合いの最中、不意にアラディアが口を開いたのである。


「バカにするな…私達の仲間だ」


 ジャンヌも、額と左腕から血を流している。腕の傷を押さえながら、ジャンヌは答えた。

 お互いボロボロで、二人とも冷静を装ってはいるが、ジャンヌの方は実は今現在かなり焦っている。


 アラディアの特異魔法『サルベーション・モルス』の能力は、どうやら一つでは無かったようである。今まさに、流れ出る血を見てジャンヌは「はぁ」とため息を吐く。


 全く血が止まらないのだ。


(このままでは失血死…なるほどな、致命傷を与えれば確実に殺せるというのは…()()()()()()()()という意味か)


 とどのつまり、アラディアの鎌は、傷付ければ傷付けるほど確実に相手を死なせる事が出来るのだ。

 グローアの特異魔法ですら、アラディアが付けた傷は治せなかったほどである。


「私達ね…ずっと見てたの…あの子の特異魔法…あの瞬間移動…」


 アラディアは悔しそうに下唇を噛み締めながら言葉を続ける。


「アレはね…元々…私達の仲間だった魔女の魔法よ…」


「…なんだと…?」


 突然すぎるアラディアの告白に、ジャンヌは困惑が隠せなかった。

 それはつまり、『幽閉の魔女』が『反乱の魔女』だったという事か。それとも、彼女が元の持ち主から奪ったという事だろうか。


(そういえばあの時…)


 ジャンヌがエルヴィラを問いただした時、ジョーンはエルヴィラを庇うように、彼女の意見に賛同していた。

 同じ罪を犯した者同士、味方を作っておきたかったという事か。


「少し違うわね…」


 まるでこちらの考えを読み取ったかのように、アラディアは首を横に振る。


「あの子は『反乱の魔女』から魔法を受け継いだのよ…つまり、あの子の師匠は『反乱の魔女』って事ね」


 アラディアは心底うんざりする。ケリドウェンとの会議の内容が頭から離れない。

 あの『大虐殺』の際に奪われた魔女の命。死んだ四人の魔女の中の一人が、同じ瞬間移動の特異魔法を持っていたのだ。


「『瞬きの魔女』スターリンっていう魔女が私達の仲間にいてね…確かに弟子がいると言っていたわ」


「何故今そんな話をする…この状況と、何か関係があるとは思えないが?」


 確かに驚かされたが、それを話す事によって、アラディアに有利な展開になるとは到底思えなかった。


「…ああ、なるほどな」


 ジャンヌはフンと皮肉な笑みを浮かべて言う。この戦争に対して持っていた謎が一つ解けたからだ。


 彼女達が大人しくルールに従ってこの戦争に参加している意味がどうしても分からなかった。

 問答無用で王の一族を殺してしまうような連中が、何故異端審問官が決めたルールに大人しく従っているのか。


 要するに彼女達は、失った仲間の魔法の回収をしたかったのだ。目的は、最初からそれだったのだ。

 大人しくこの戦争に参加し、あまつさえ律儀にルールを守ったのも、魔女が集まるこの状況を利用したかったからか。


「そして目論見通り…失われた四つのうち一つを持つ彼女…『幽閉の魔女』ジョーンが現れた」


 つまりこれは、殺害予告だろう。


「三分の一正解ね…」


 アラディアは三本指を立てながら言う。


「『幽閉の魔女』だけじゃない…私達はこの戦争で、反乱側の特異魔法の所有者を三人見つけたわ」


 アラディアは鎌をジャンヌに向ける。


「私達は必ず取り返す…その為にもまずは貴女を殺すわ…もうあと一回か二回斬れば…貴女を待っているのは確実な死…逃さないわよ」


「逃げるつもりも殺されるつもりも無い…私は騎士…最後まで勝つ為に戦うさ」


 ジャンヌも剣を構え、その剣先をアラディアに向けた。


 お互いの呼吸が整っていき、一定のリズムになっていく。乱れていた精神が少しずつ落ち着きを取り戻し、戦いへと意識を集中していく。


 先に動いた方が負ける、とはよく言うが、正確には違う。

 正しくは、焦って不安定な精神状態で動き、攻撃した方が負けるのだ。誰よりも早く心を鎮め、一撃入れる事に集中できた方が、勝つ。それさえ出来ていれば、先だろうと後だろうと、勝つ者は生き、負ける者は死ぬ。


 この二人の場合、先に冷静さを取り戻し、相手に斬りかかったのは、


「華々しく散りなさい」


 アラディアだった。


 しかし、それとほぼ同時にジャンヌも剣を振り、戦闘準備を完了させていた。


 互いの刃が再び交わろうとしていた。しかし、それは突然の出来事に驚いた二人がその動きを止めた為、中断される。


 彼女達が動きを止めた理由、それは二人の間に割って入るように、人影が突然現れたからである。


「君は! 君達は! 無事だったのか! 『幽閉の魔女』! 魔女狩りの青年!」


 ジャンヌは思わずそう叫ぶ。

 突然現れた人影は、ジョーンとカイの二人だった。


 しかし、ジョーンは「違う! ここじゃない!」と叫んでジャンヌに手を伸ばす。


「ジャンヌさん! 急いで!  説明してる暇はありません!」


 ジョーンに言われ、ジャンヌは跳ねるように駆け出して、ジョーンの手を掴む。


「よしっ…! 今度こそ…!」


 ジョーン達は、瞬間移動を使ってゲルダを探していたのだ。カイを一目見ればゲルダの暴走は止まるから。

 しかし、ジョーンの瞬間移動は、未開の地で使った場合、行き着く先はランダムになる。さっきまでのロビーと同じ場所とはいえ、巨大な迷路にされた挙句、空間を広げられていれば、それはもう別の場所と化する。


 だから、これは偶然なのだ。ジョーンが飛んだ先がジャンヌとアラディアが戦っている場所だったのは、本当に偶然だ。


「逃さないって言ったでしょう!」


 アラディアがジョーンに掴みかかる。ジャンヌもジョーンの手に触れている。

 ジョーンはそのまま、瞬間移動をしてしまった。


「しまった…! 敵ごと…!」


 全ては偶然が重なった事。


 しかし、『防衛の魔女』にとっては最悪の不運だった。


 ジョーンが飛んだ先に、偶然にも、立ち尽くすゲルダの姿があった。


「姉ちゃん!」


「…カイぃ!」


 カイがゲルダに駆け寄って、震えるその身を強く抱きしめる。

 ジョーンが叫び、それに反応してジャンヌがアラディアの左胸を突き刺して心臓を引き裂く。

 アラディアの鎌が、姉弟の首を同時に斬り落とす。


 その全てが、一瞬のうちに、同時に行われたのも、偶然である。


 鮮血を吹き出して、姉弟は抱き合ったままその場に崩れ落ちた。遅れて二人の首が見つめあったまま地面に落ちる。


「…! 後は…任せたわよ…ケリドウェン」


 ダメ押しと言わんばかりの、ジャンヌの連撃がアラディアの身をズタズタに斬り裂き、その長い人生に強制的に幕を下ろさせる。


 氷が溶け、同時に植物が枯れていく。空間が狭まり、元の姿へと戻っていく。

 どこかで氷が溶けたのを確認したエルヴィラが、パリカーにトドメを刺したのだろう。


 結果的にピンチを乗り越え、勝利へと近付いた『防衛の魔女』だったが、その為の代償はあまりにも大きなものだった。


 幸せになりたかった姉弟は、抱き合ったまま動かなくなっている。

 酷い状態の死体だったが、その死に顔は、他の戦死した魔女達よりも安らかで、安心しているようだった。


『反乱の魔女』残り蝋燭二本。

『防衛の魔女』残り蝋燭三本。

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