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魔女伝  作者: 倉トリック
第1章 魔女狩り
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贈呈の魔女

 ゲルダのこの状態は、実は初めてでは無い。

 九年前に一度だけ、うっかりカイがゲルダを置いて買い物に行ってしまった時である。


 その時は、その時期住んでいた森の中の小屋を中心に、その森の三分の二が氷の世界へと変貌していた。動植物は全て活動を停止させられており、あと少しで村までその被害が出るところだった。


 不思議な事に、その冷気はカイには全く影響を与える事はなく、カイは髪の毛一本凍ること無くゲルダの元に向かう事が出来た。


 ゲルダは、カイから一定以上離れると、パニックを起こして魔力を暴走させる。

 カイはこの時からゲルダにストレスを与えないように努めて来た。

 常に姉のそばにいるように、例え見えなくても、いつもそばにいると分かるように。


 だが今回、音すら遮断する厚い植物の壁のせいで、カイの声が届かなかったのだろう。


「あの時と同じだ…! 俺は自由に動ける…だが…他の連中にはかなりまずい…!」


 ゲルダの氷が存在する限り、周囲の温度はどんどん下がっていく。

 今はまだ動けるレベルだろうが、次第に眠くなるような寒さに変わり、最後には全てを停止してしまう。


「とにかく姉ちゃんに会わねぇと! 幸い、凍ってくれたおかげで…この鬱陶しい壁をぶち壊せそうだぜ!」


 ゲルダがカイを一目見ればこの暴走は止まる。


 目の前の壁は、ゲルダがカイから数歩離れた瞬間に出来た。なら、この壁一枚向こう側に、姉はいるはずだ。


「手っ取り早く…撃ち壊すぜ!」


 二丁の銃を乱射させ、目の前の壁に弾丸を撃ち込んでいく。

 弾が当たるたびに壁がひび割れ、ガラスのように氷のカケラが飛び散っていく。


「いい調子……なっ⁉︎」


 順調に割れていたはずの壁が、すぐに再生していく。ひび割れた部分が凍っていき、さらに分厚い壁へと変化していった。


 弾を撃ち込めば撃ち込むほど、壁は強化されさらに厚くなっていく。


 ますます声は届かなくなる。


「くっそ! どうすんだよコレ! 姉ちゃん!」


 叫びながら、カイは壁に手を叩きつける。


 何度も何度も叩きつけ、喉が潰れそうなぐらい声を張り上げて、姉に呼びかける。


「姉ちゃん! 俺はここにいるぞ! 俺はまだ死んでねぇ! 姉ちゃんの側にまだいる! 頼む姉ちゃん! 気付いてくれ! 姉ちゃん!」


 しかし、氷の壁が溶ける気配は一向に無い。


 拳から血が滲み始め、カイは一度手を止める。


「落ち着け…冷静になれ…どっかに姉ちゃんに通じる道があるかもしれねぇ」


 自分が今いるところは通路のようになっていて、奥に続いている。

 案外ぐるっと回り込んでしまえばすぐにゲルダの元に行けるかもしれない。


 迷っている時間は無い。どっちでもいいからとにかく進む。

 カイは走り出した。ここで立ち止まっていたって、声は届かない、どんどん温度は下がっていく。


 走りながら、カイは不思議な事に気付いた。


「あぁ? ここってこんなに広かったっけか?」


 こんなにのびのびと植物が伸びて、迷路を作れるほどのスペースがあっただろうか。

 もちろんコレはパリカーの特異魔法によって、この空間が拡大されているだけなのだが、今の彼にそれを知る術はない。


 ただコレが敵の特異魔法で、更に姉に会うのが難しくなっているという嫌な現実を確認させられただけだ。


「『反乱の魔女』…お前らホント余計な事しかしねぇなぁ!」


 走っているうちに、カイは広い空間に出た。


 まず第一にゲルダの姿を探したが、ここにはいないらしい。

 だが、その代わりに別の魔女がいた。


「『贈呈の魔女』ベファーナ…ふぅ」


 両手で大きな茶色い箱を抱え、少し低血圧気味の彼女は、気だるそうにそう名乗った。


「なんでこんな時に…! お呼びじゃねぇんだよ!」


 カイにとっては最悪の展開だろう。よりによって自分一人の時に、敵と出会ってしまうなんて。

 二丁の銃だけで戦えるほど、甘い相手では決して無いはずだ。


「ああ…よかったわ…安心したわ…ふぅ…私の敵が貴方で…」


 箱をスリスリと撫でながら、ベファーナは安心したようにふにゃりとした笑顔を浮かべながらカイを見つめる。

 やはり寒いのだろう、彼女が呼吸をするたびに、白い靄が現れては溶け込むように消えていく。


「氷の世界…こんなの作戦になかったのだけれど…ふぅ…世の中何が起こるか分からないものね…計画通り行く事ばかりとは限らないわね…」


「お前さ…俺急いでるからさ、邪魔しねぇなら今は見逃してやってもいいぞ」


 自分で言っていて情けなくなる。明らかに自分の方が状況的に不利だというのに、弱い犬ほどよく吠えるとはこの事だと自認する。

 まるで見逃してくれと言っているようなものじゃないか。


 相手も同じ事を思ったのか、ベファーナはくすくすと静かに笑い出す。


「貴方…まるで子犬ね…ふぅ…主人がいなくて戸惑う子犬…心配しなくても…すぐ会えるわよ」


 あの世でね。


 呟いて、ベファーナが箱の蓋を開けようと手をかける。


 その瞬間、躊躇なくカイは引き金を引いた。彼女の小さな手を吹き飛ばしてやる為に。

 先手必勝。特異魔法を使われてから戦っていては、自分に勝機など無くなってしまうだろう。


 卑怯だとは言わせない、今まで散々自分達に有利になるように戦いを進めてきたのだから。


 しかし、その弾丸はベファーナに命中する事はなく、彼女が持っている箱に弾かれてしまった。


「なっ⁉︎ どう見ても木製だろそれ!」


 突然の発砲にベファーナは頬を膨らませて、じとりとカイを睨みつけながら大事そうに箱を撫でる。


「野蛮ね…男っていつもそう…自分の都合が悪くなるとすぐに手をあげるのよね…ふぅ…でも無駄よ…この箱はね…ふぅ…私の特異魔法『ストロング・ギブ』…とても頑丈なのよ」


 そしてね、彼女はそう付け加えながら、ゆっくりと箱を開ける。その箱の中身を見せるように、カイの方へ向けながら。


「この箱の中に入れて…再び取り出した物は…ふぅ…目標に命中するまで…決して止まらない追尾能力付きの武器になるのよ…」


 彼女が開けた箱の中に入っていたのは、大量のナイフだった。

 その全ての刃がカイに向き、そして一斉に襲いかかってきた。


「なぁっ⁉︎」


 咄嗟に発砲し、いくつかナイフを砕き散らしたが、すぐに残りのナイフとの距離が詰まってしまい、カイは飛び込むようにその場から離れる。

 しかし、大量のナイフはまるでツバメのようにくるりと方向転換し、勢いも落とさずカイに突っ込んできた。


「おいおい嘘だろ!」


 カイは体勢を立て直すこともままならないまま、こけそうになりながら必死に走る。

 走り回るには十分な広さだ、障害物もないのでぶつかる心配もない、しかし、だからこそカイは困っている。


「くっそ! 遮蔽物も無いとか…キツすぎんだろ!」


 壁ギリギリで曲がっても、何本か壁に刺さるが他のナイフ達が綺麗に方向転換して追ってくる。それだけでもマズイというのに、刺さったナイフも自力で壁から抜け出して、再びカイの追跡を再開する。


 目標に当たるまで攻撃をやめない。例え遮蔽物があったとしても、迂回するという手を使ってくるだろう。


 しかし、打つ手がないというわけではない。


「砕いたナイフは機能停止してんのか…」


 さっき撃って、刃が粉々に砕けたナイフはそのまま地面に散らばって、動こうとしない。

 恐らくは、殺傷能力が無くなったからだろう。


 つまり、破壊してしまえば追跡は止まる。


 もちろんそれが、出来ればの話だが。


「ふぅ…無様ね…粋がってる人間が…慌てふためいて逃げ回る様は…本当…いつ見ても見苦しくって無様だわ…最初から謙虚に振舞って入れば…少なくとも…そこまで見苦しくはならないでしょうに…」


 自分が強いと思っている人間、自分が正しいと確固たる自信を持っている人間。それを傲慢にも人に押し付けて、威圧し、脅しをかけるような人間のクズ。

 そんな奴らが、ただの子供だと、弱いと見くびっていたベファーナに手も足も出ずひたすら逃げ回り、命を乞い、死んでいく様を、何度も見てきた。


 そのたびに思う、なんで人間ってこんなにクズばかりなんだろう。


(モリーはああいうのを見て楽しそうに笑うけれど…私は別に楽しくない…だって動くゴミが動かないゴミになるだけだもの…ああ、でも…静かになるのは良い事よね)


 無能さも自認せず、ひたすら被害者ぶって、理由も曖昧なまま魔女を憎む人の形をした肉。


 ベファーナはそんな世界が気持ち悪くて仕方なかった、だからこそ、ケリドウェン達と組んでこの『反乱の魔女』で活動している。


「中々しぶといわね…ふぅ…あら…すごいわ…後方確認もせず…銃口だけを後ろに向けて撃ってる…ふぅ…しかもちゃんと当たってる…少し…マズイわね」


 カイの無謀とも思える無茶な行動に、ベファーナは新しいナイフの束を取り出して箱の中に入れる。


「第二波…」


 ベファーナがカイに箱を向けようとした時だった。彼女の視界に、カイ以外の人影が入り込む。

 奇妙なのは、彼女がどこからともなく、いきなり現れたように見えた事だろうか。


 まるで瞬間移動でもしたみたいに。


「カイさん⁉︎ これどういう状況ですか⁉︎」


「おおーっ! 『幽閉の魔女』じゃねぇか! 早速で情けないし申し訳ねぇんだけど…助けてくれぇー!」


 突如現れたのは、突然植物に飲み込まれた挙句、誰かに会えないかと、適当にこの拡大された世界の中で瞬間移動を繰り返したせいで、若干迷子になっていた『幽閉の魔女』ジョーンであった。


 仲間にやっと会えて、安堵したのも束の間、戦闘中だという事に気付いたジョーンは再び肩を落とす。


「あ、あの魔女は…」


「『贈呈の魔女』ベファーナ…」


 ジョーンの声が聞こえたのか、ベファーナはとりあえずそう名乗る。


「『幽閉の魔女』ジョーン」


 ジョーンも反射的にそう名乗ってから、再度状況確認に意識を戻す。

 とりあえず、今一番気になっているのは、あのカイを追い回している銀色の物体だ。


「な、ナイフが追いかけてる…⁉︎」


 特異魔法だろうとは理解するが、それでもジョーンは驚きを隠せない。カイが苦戦している事が信じられないのだ。

 たかだかあれしきの攻撃、姉弟のコンビネーションがあれば難なく防いだのちに反撃に転じる事が出来るだろうに。


「あれ? なんで…?」


 よく見ると、ゲルダの姿がどこにも無い。


 しかしいきなり現れたこの氷は明らかにゲルダのものだろう。


「か、カイさん! ゲルダさんはどこに行かれたんですか⁉︎」


 ジョーンの問いに、カイは息を切らせながら手早く説明する。


「姉ちゃんとハグれた! この氷は姉ちゃんが暴走してるからだ! 早くなんとかしねぇと味方もろとも氷漬けになっちまう!」


 はっきり言ってさっぱり意味は分からない、しかし、ゲルダがカイのそばに居ないという事が、異常事態であるという事は察する事が出来た。


 なるほど、詳しく話を聞く必要がありそうだ。その為にもまずは。


「貴女を倒さないといけないという事ですね」


 ジョーンはベファーナを指差して言う。


「ふぅ…私の『ストロング・ギブ』が追跡できる対象が…一人だけだと思わないでね…?」


 彼女が再び蓋を開ける。先程入れたナイフの束が、ジョーンに向かって一斉に飛びかかる。


「何人だろうと…追跡は可能…攻撃手段だってナイフだけじゃないわよ…」


 更にベファーナは箱の中に用意して居た武器となりうるものを入れる。

 小さな爆弾だ。それでも、人間一人粉々にするには十分な威力を持っている。


「相手が魔女なら…ふぅ…遠慮しない…まして敵なら…全力かつ優先的に潰す」


 ナイフと爆弾が、一気にジョーンへと向かっていく。


「『幽閉の魔女』! 防御するかどうにかして破壊しろ! それは命中するまで止まらねぇんだ!」


「命中するまで止まらない…?」


 ジョーンは迫ってくる凶器の数々を前に、意外にも焦る事無く、むしろベファーナを睨みつけたまま得意げに言う。


「だったら好都合ですよ。どうやら貴女の特異魔法…私を相手にするには少し相性が悪かったようですね」


 ジョーンはナイフが自分に届く寸前で瞬間移動をする。そしてベファーナの目の前に現れる。


「無駄よ…爆発の巻き添えにしようとか考えてるかもしれないけど…ふぅ…あの攻撃は絶対に私には当たらない…私を避けて貴女だけに命中するのよ」


「いいえ、少し違いますよ…だったら私は貴女の真後ろに来るはずでしょう?」


 ジョーンにナイフと爆弾が迫る。それでも彼女は全く動こうとしない。

 むしろ、当たるのを待っているかのようだった。


「それにもう一つ訂正した方が良いですね、世の中絶対なんて事は無いんです…どこかしら、何かしら弱点があるものなんですよ?」


 そして、ナイフと爆弾がジョーンに触れる。


「『幽閉の魔女』ォォォ!」


 ナイフが刺さり血が吹き出し、直後爆発が起きて体が吹き飛ばされる。

 その全てのダメージを、全身で受けたのは、ジョーンでは無く、ベファーナの方だった。


「かっ…⁉︎ なん…でっ…私が…⁉︎」


 勢い良く氷の壁にぶつかったベファーナは、そのままグラリと崩れ落ちる。


 一方ジョーンは、全くの無傷であった。


「このナイフや爆弾が、貴女の攻撃だった時点で…貴女の敗北は決定してますよ…ましてやここは王宮の室内、私のフィールドです」


 彼女の特異魔法は瞬間移動の『ワープ』だけではない。彼女が室内など、どこかに籠っている場合、彼女が受けるダメージを全て相手に跳ね返す無敵のカウンター魔法がある。


「さっきまで外でしたからね、存分に使えませんでしたけど…私の特異魔法『転嫁人』は室内戦でこそ最大の効果を発揮します」


 室内にいる限り、彼女にダメージは与えられない。


 ベファーナは壁に手をついて、ヨロヨロと立ち上がる。


「ま…まさか…この箱をもすり抜けて私自身にダメージが来るとは…予想外だった…わ…ふふふ…でもねぇ…武器はまだ残ってる」


「無駄な抵抗ですよ、私にダメージは与えられません」


 ジョーンが言うと、ベファーナは悔しそうに唇を噛み締る。しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべてカイの方をチラリと見る。


「良い事…聞いたわ…あの男がいなくなれば…魔女の暴走が止まらないんでしょ…? 私はどうせ助からない…だったらお前らも全員氷漬けになって死ねば良い…!」


「…なっ!」


 カイは未だナイフから逃げている、あそこに次の攻撃をぶつけられたらひとたまりもない。

 カイを標的とした攻撃は、カイにしか当たらない、ジョーンが庇っても彼女を避けて行く。


「ナイフも…! 爆弾も…! 全部あの男にぶつけてやる!」


「させないっ!」


 咄嗟にジョーンは箱の蓋を押さえつけようと手を伸ばす、しかし、ベファーナが既に持っているのだ、間に合うわけが無い。


 そう思っていたのに。


「…あれ?」


 箱は、なんなくジョーンが取り上げる事が出来た。


「…な…何…ひぃ⁉︎」


 ベファーナは何故箱を開ける事が出来なかったのか、その理由が分かった瞬間、そんな情けない悲鳴を上げてしまう。


 右手が、無くなっていたのだ。


 否、正しくは無くなったわけではない。


 右手はすぐ側にあった。氷の壁に張り付いたまま、本体から離れていた。


「な…何が起こっ……ああっ」


 振りかぶった剣や鎌が一瞬で張り付いてしまうほど、氷に覆われた壁は他と比べて冷たいのだ。

 そんなところに、生身で触れてしまえば、どうなってしまうかなど、この場にいる誰でも分かる。


 壁に叩きつけられた瞬間から、ベファーナの身体は凍り始めていたのだ。

 触れた背中の肉が服ごとが剥がれた事にも、右手が割れた事にも気付くことが出来ないほど。


「あああっ! がっ」


 逃げようと足に力を込めたが、足が砕けてしまった。その拍子で、更に運が悪いことに、後ろ向けに倒れてしまった為、再び体が壁にもたれかかる形で接触する。


 悲鳴をあげる間も無く、彼女の体は冷気に覆われ、二度と動かなくなってしまった。


「これ…まずくないですか?」


 その様子を見たジョーンの顔が、みるみる青くなって行く。

 今は壁だけで済んでいるかもしれないが、これが床にまで侵食したら。


「助かったぜ…『幽閉の魔女』…けど喜ぶのはまだ早い、さっさと姉ちゃんを見つけるぞ」


 ベファーナの箱が、氷に覆われ砕け散る。


 自分達もいずれこうなるとでも言っているような不吉さを感じ、ジョーンは咄嗟に目を背けた。


 予想外の展開に、恐怖する者、歓喜する者。


 様々な思いすら凍らせる世界の中で、殺し合いはまだ続く。


『反乱の魔女』残り蝋燭四本。

『防衛の魔女』残り蝋燭五本。

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