無慈悲な救済
ジャンヌの最強伝説を語ろうと思えば時間があまりにも足りないので、代表的なものだけを紹介しようと思う。
剣一振りで海を真っ二つにしたとか、錆びた剣で当時の剣帝を打ち破ったとか、敵対した魔女がかけてきた呪いを万年筆で適当に描いた魔法陣で解呪したとか、飛んできた大砲の弾を素手で受け止めた、などなど。
どれも常軌を逸した伝説ばかり。それゆえに、大半が尾鰭のついた根拠のない噂とばかり思っていた。
だが、今回ジョーンは見てしまった。その伝説の数々が嘘偽りでないものという証拠を。
ジャンヌは、操られた死体に黙祷するかのように目を閉じて祈りを捧げると、一瞬にして彼女達の胴体をバラバラに斬り裂いてしまった。
しかし、死体達はバラバラにされても攻撃可能な部位は再び動き出した。
それでも、ジャンヌは顔色一つ変える事なく、ただ一言「なるほどな」と呟いて、再び彼女らを斬り裂いた。襲いかかってくる頭や腕や足、ではなく、奥で倒れている胴体の方を。
何をしてるんだろう? と思いながらジョーンが見ていると、あれだけ血気盛んだった死体達が、裂かれただけで一瞬にして大人しくなって、二度と動かなくなってしまった。
彼女が何をしたのか全くわからなかったジョーンだったが、とにかく今は仲間の援護に行こうとジャンヌに声をかけようとした、その時だった。
物凄い轟音がしたかと思えば、一瞬で空間全体が大量の植物に覆われてしまった。
「…い、いやっ!」
「『幽閉の魔女』!」
反応が遅れ、為すすべもなく植物に覆われて見えなくなるジョーンにジャンヌは叫びながら手を伸ばす。
しかし、あと少しのところでその手は届かず、掴んでいたのは太い蔓だった。
「なんて事だ…! 私とした事が!」
目の前にいたのに仲間を救えなかった。恥ずかしい話、突然の出来事に驚いてしまったのだ。
壁を強く殴りつけ、自分の失態に対して静かに怒る。
しかしすぐに周囲を見回して、何が起こったかを確認する。
「この魔法は…確か…そう『餓狼の魔女』が言っていた『樹木の魔女』の特異魔法のようだな、全く…操られた死体になっても魔法が使えるとは…恐ろしく忌々しい特異魔法だな…」
彼女は植物に覆われた二階を睨む。今は見えないが、今もあそこで奴は笑っているのだろう。
「アイツだけは必ず…私がこの剣で直接斬る」
そう決意して、ジャンヌは飲み込まれてしまったジョーンを探す。
流石に死んだとは思えないのだ。
(彼女には瞬間移動の魔法がある…咄嗟に押し潰されるのは回避出来たかもしれない)
もしくは、ジョーンのもう一つの特異魔法『転嫁人』の効果で、ダメージをどこかに押し付けているかもしれない。
いずれにしても、彼女は死んではいないはずだ。
「彼女だけでは無いな…他の仲間達と再びはぐれてしまった…いや…またも散らされたのか」
こうなると最早己の無能さに笑うしかない。敵の同じ作戦に、二回も引っかかるなんて、間抜けにもほどがある。
野山をかけるウサギの方がよっぽど知恵を使って生きている事だろう。
迷路のように入り組んだ道を進みながら、ジャンヌはこの空間にある奇妙な点に気付く。
「何故…こんなにも広いんだ?」
確かにこの王宮のロビーはかなりの広さだったが、こんな風に通路を残した状態で区切れるほどの広さでは無かったはずだ。
もっと言えば、ジャンヌが今立っている、まるで双六の当たりマスのような丸い広場を作れる余裕など、あるはずがない。
空間が、広がっているかのようだった。
「敵の特異魔法か…だとすると…私達を殺しにくる刺客がもうこの迷路内にいるだろうな」
この双六のマスのような広場は、いわば戦闘用のフィールドだろうか。
この戦争を、ゲームとして楽しんでいるのだろうか。
仲間の死体すらも駒にして、命を弄ぶ悪趣味なゲーム。
「…広いのは…私達が仲間と出会いにくいようにしたのか…いや…だがそれだと敵にも不具合が生じるな」
これだけスペースがあれば、剣で戦うジャンヌとしてはかなり動きやすい。まさかとは思うがフェアに戦おうという事だろうか。
あくまでゲームとして。
考えながら歩いていたジャンヌの足が、ふと止まる。
再び踏み入れた謎のスペース、その中央に、待ち構えていたかのように一人の魔女が立っていたからだ。
それは一見するとどこにでもいるような普通の少女。煌びやかなドレスを着ているわけでもなく、皮で継ぎ接ぎ作った異様な服を着ているわけでもなく、奇妙な魔力を纏っているわけでもない。
普段なら全く印象に残りそうに無いような、特徴のない容姿。
それが逆に不気味だった。
「…『鎧の魔女』ジャンヌ」
警戒しながらも、ジャンヌは名乗る。
「『救済の魔女』アラディア」
それに答えるように、アラディアはペコリとお辞儀をしてそう名乗った。
「貴女がジャンヌ? 噂は百年ぐらい前から聞いていたけれど…なるほど…見るからに強そうね、意外性はないけれど…納得はしたわ」
「噂か…あまりいい噂が流れているとは思っていなかったんだが…確かに剣の腕には自信がある、そんな風に強そうだなんて言われると、素直に嬉しいものだな」
「でも殺すわよ?」
「承知しているさ」
アラディアはやれやれという風に植物に覆われたこの空間を見る。
「あの子…モリーが言ってた良い考えっていうのがこれなのだとしたら…がっかりね…だから私は新人だからって甘やかすとロクな事が無いって言ってたんだけれど」
「全くだな…新人の教育が行き届いていない…どんな教え方をしたら、仲間の死体を操って戦わせるなだという愚行に走れるのか…私は理解に苦しむな」
アラディアに便乗するように呆れながら、ジャンヌは剣を抜いて構える。
「とはいえここでこんな風に待ち構えていたという事は…がっかりはしていても案外乗り気なんだな…この作戦に」
「まぁ多少はね? それより貴女…怪我してるじゃない…そんな腕で戦えるのかしら?」
アラディアの言う通り、ジャンヌの左腕は力が入らず全く上がらなくなっており、血がどろりと滴り落ちていた。
死体の攻撃を避けきれず、防御した際に、へし折れてしまったのだ。
ジャンヌは指摘された左腕を一瞬見て、すぐに視線をアラディアに戻す。
「剣を握るのは右手だ、私は右利きなんだ、確かに左腕も重要だが…回復魔法で治療する時間など期待できそうに無いからな」
「他の子ならそのチャンスを逃したく無いって思うかもしれないけれど…私は別よ? 回復魔法ぐらいかけてあげるから…せめてベストコンディションできなさいよ」
「折角だが遠慮させてもらう。もう既に二回も油断して敵の罠に引っかかっているんだ…用心するに越したことはないからな」
「結果は変わらないと思うけれどね」
はぁ、とため息をつくアラディア。その手には先ほどまで無かったはずの巨大な鎌が握られていた。
人の身丈ほどある巨大な鎌、それを構えるアラディアは、さっきまでとはうってかわって死神の様な恐ろしい雰囲気へと変貌していた。
「それが…君の特異魔法か」
ジャンヌが問うと、アラディアは「そうよ」と言って頷く。
「特異魔法『サルベーション・モルス』…この鎌で斬られ、致命傷を与えられた者は確実に死に至るわ…例え魔女であれ…ね…」
もう完全に死神にしか見えなくなった。なるほど、死こそ救済、と言うことか。
確かに、魔女の中には死が救いだと思っている者も少なくはない。
「痛みは無いから安心して? こんな無意味な戦いに巻き込まれて可哀想な貴女を…私が救済してあげるわ」
そう言って、アラディアはジャンヌに突撃する。
大きく鎌を振りかぶって、勢い良く振り下ろす。
「速い!」
ジャンヌも剣をかざして防御する。
ぎいんと耳障りな金属音が鳴り響き、お互いの刃と刃がぶつかり合う。
「…ぐっ…重い…!」
アラディアは素早く鎌を引き、続いて大きく横に降る。
同じように、ジャンヌも剣で再び刃を防ぐ。
防がれればアラディアは素早い切り返しで、上から横から下から斜めから、小刻みに様々な方向から斬りかかる。
剣で防ぎ、払い、押し返して、ジャンヌもその攻撃を全て塞いで行く。
鋭い金属がぶつかり合う音が連続して鳴り響く。
互いに弾きあう互角の勝負に見えるが、しかし一方的に疲労がたまっているのはジャンヌの方であった。
それもそのはず、その見た目からもわかる通り、大鎌の一撃はとてつもなく重い。
にもかかわらず、アラディアの次の攻撃への切り返しは異常に早い。
なるほど、とジャンヌは嫌な汗をかきながら思う。左手が使えないと言うのが、想像以上に効いている。
もし両手でこの剣を支えられたなら、もっと腕にかかる負荷を軽減できただろう。
いやむしろ、攻撃に転じる事だって出来たかもしれない。
(彼女の言う通りだ…この腕を回復魔法で応急処置ぐらいしておくべきだったな)
そんな時間を与えてくれる保証はどこにも無かったが、喋っている間に中途半端でも魔法をかけることは出来ただろうに。
反省はするのに、中々次に活かせない。
未熟さゆえなのか、抜けているのか、どちらにしても致命的だ。
「しかし…今更遅いな」
ジャンヌは少し前に出て、勢い良く剣を一閃させ、アラディアの鎌を弾き上げる。そのまま素早く持ち変えて、鋭い突きをアラディアの眉間へと放つ。
「っ!」
咄嗟にアラディアは鎌を風車のように回転させ、迫る剣先を目標としていた部位から晒すことに成功する。
しかしこのままではまずいと思い、アラディアは一度後ろに引いて鎌を構え直す。
「片手でよくやるわ…貴女本当に強いのね…剣さばきも速い…速すぎる…でも何より驚いたのは…貴女がさっきから一度も魔法を使っていない事に対してね」
アラディアがそれに気付いたのは、三撃目を防がれた時である。何かしらの魔法攻撃を危惧して、防御魔法の準備もしていたのだが、来るのは剣による物理的な斬撃だけ。
しかしそのただの斬撃で、アラディアの防御魔法は引き裂かれたのである。
その際に、魔力などは一切感じなかった。
(確かに強すぎる物理的な衝撃は、魔法だけでは防げない事もあるけれど…そんなの空高く上がった大砲の弾が落ちてくる時ぐらいの衝撃じゃないと中々起こらない事よ…)
魔法を使わずこの強さ、魔女である前に化け物ではないのだろうか、とアラディアは静かに戦慄していた。
「ふん…よく言うな…君だってその巨大な鎌を良くあんな風に振り回せるものだ…君の言う通り…回復魔法をかけておけば良かったと後悔しているよ」
アラディアは、あの鎌で致命傷を与えれば確実に殺す事が出来ると言っていた。しかし、だからと言って彼女は、強引に首を獲りに来たり、心臓を突きに来たりはしなかった。
慎重に、あくまで効率的に、足や腕などを積極的に狙って来た。
地味な見た目や、大人しそうな印象とは裏腹にこの『救済の魔女』アラディアは、どの『反乱の魔女』よりも魔女らしくなく、しかし強かな戦士であった。
決してお互い相手を甘く見ていたわけではない。ただ、予想以上過ぎたのだ。それぞれの実力が、思っていた以上に高かった。
互いに相手の様子を伺う。その隙にジャンヌは左腕に回復魔法をかけた。
折れた骨の修復と、痛み止め。
(回復魔法はあまり得意じゃないからな…今はこの程度でいいだろう…もし隙が作れたなら…徐々に治癒していこう)
息が整ったところで、再び二人は武器を構える。
「さっきは失礼な事をしたな…『救済の魔女』」
不意に、ジャンヌがそんな事を言う。
「なんの話よ」
アラディアは怪訝な顔を浮かべながら少しだけ首をかしげる。
「魔法を使わず戦ったと思わせてしまった事についてだ。別に君を甘く見ていたわけじゃない…ただ私の特異魔法は少し面倒な条件があるんだ」
ジャンヌは申し訳なさそうに目を瞑る。
「次こそ魔法ありの全力だ、遠慮なくかかって来るといい」
ゆっくりと目を開いて、小さな笑みをこぼしながらジャンヌはそう言った。
「あらそう…だったら私も…次こそその首獲らせてもらおうかしらっ!」
アラディアは、鎌を振り上げ飛びかかる。
そして振り下ろそうとしたその時だった。
「っ⁉︎」
突然、金属同士がぶつかったような音と衝撃を受けて、鎌のバランスを崩してしまう。
姿勢を低くし、受け身をとって辺りを警戒するが、特に援護があったわけでもなさそうだ。
(今のはまるで…剣に弾かれたみたいな衝撃?)
しかし、深く思考するよりも先に、鋭い殺気をアラディアは感じ取り、咄嗟に鎌で防御する。
直後、またも鋭い音が鳴り響き、重い衝撃が鎌から伝わり両腕を痺れさせる。
「…これは…斬撃…? でも剣が届く距離じゃない…」
言いながら、アラディアはジャンヌの特異魔法の正体を掴み始める。
本人から離れた位置から、届くはずのない斬撃が…飛んで来た。
「恐らく気付いているだろうな」
ジャンヌは剣を構えたまま言う。
「私の特異魔法『投攻剣影』はこの剣を振った斬撃をその場に止める魔法だ。そして、自由自在にその斬撃を威力そのままに飛ばす事が出来る」
つまり、攻撃を貯めておく事が出来るのだ。
必要な時に取り出せる、貯金箱のように。
「だいぶ斬り合ったからな…かなり溜まっているよ」
アラディアの顔が、みるみる青くなっていく。
さっきの攻撃が、もう一度一斉に来たら、流石に全ては止められない。
本体の攻撃も合わせれば、手数が足りるわけがない。
鎌鼬のように、空間にうっすらと見える歪み。
何もないはずなのに、鋭さだけは伝わってくる。
「遠慮なく行かせてもらうぞ!」
「っ!」
そう言って、ジャンヌが剣を振り上げる。
しかし、その剣が振り下ろされる事も、斬撃がアラディアに飛んでいく事も無かった。
「な、なんだこれは…⁉︎」
「どうなってるのよ…これ」
同じように、アラディアも鎌でジャンヌを斬りつける事は出来なくなっていた。
お互いの武器が、氷漬けになって固定されてしまっていたからだ。
ジャンヌの剣は壁に、アラディアの鎌は床に、それぞれ凍り、張り付いてしまっている。
それよりも、二人は目の前に広がる異様な光景に唖然としていた。
迷路を作っていた植物が、全て凍っているのだ。
植物の迷路だったはずなのに、いつのまにか氷の迷路と化している。
「こ、こんなの…計画に無かったわよ…⁉︎」
困惑するアラディアを見て、これが彼女達の意図していないものだと察したジャンヌは、嫌な想像を膨らませていた。
自分達の仲間になら、氷を使う魔女がいたからだ。
「何が起こっているんだ…『凍結の魔女』…!」
空間全体の温度が、みるみる下がっていく。
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「始まっちまった!」
カイは、凍っていく植物達を見て思わずそう叫んだ。
「急がねぇと…! このままじゃ全員氷漬けにされちまう!」
カイだけが、この状況の原因と解決方法を知っている。
あの日から、こうならないように細心の注意を払っていたというのに。
「一生恨んでやるからなぁ…! 『屍の魔女』!」
ゲルダは、父親に売られた事がある。
その恐怖は、今なお残っているのだ。
その恐怖は、弟がいなければ、平常心を保てない程心に深い傷を残している。
自分を必要としてくれる弟が、自分を守ってくれる弟が、自分が守らなければならない弟が、自分の側に、自分が側にいなければならない、大切なたった一人の家族が。
今、ここにいない。
ひとりぼっち、暗い、敵だらけ、沢山の手、荒い息遣い、不愉快な感触、痛み、不快感。
助けてくれる弟はいない。あの時みたいに、弟は助けに来てくれない。
カイがいない。側にいない。
あの時味わった全ての恐怖が、ゲルダの心と体を支配していく。
今はあの恐怖を和らげてくれる弟が、いない。
「ああああああああああーっ! ああああああたあああああああああっあっあああああかああいいいいいああああああ! あああああああああ!」
彼女の魔力が暴走する。彼女の想いが爆発する。
「やだ…やだよぉ…カイィ…! お姉ちゃんを…私を一人にしないでぇぇええええ!」
究極の停止が、魔女達を襲う。




