冒涜
外は雷鳴轟く嵐の夜だった。
現実世界に戻ってくると、自分達が出てきたであろう鏡にヒビが入りなんの反応もしなくなった。
豪雨と闇の中しか目の前には広がっていなかった。しかし、その景色の変化こそが何よりの証拠であった。
微かにだが、家屋に明かりも灯っている。
「どうやら無事に帰ってこれたみたいだな」
「苦労した割には随分あっさりだったけどねー」
そう言って呑気に伸びをする姉弟の背中を軽く叩き、ジョーンは王宮を見上げる。
「気を抜いてる場合じゃないですよお二方とも、敵はまだこの中にいるんですから」
言われて一同も背後にそびえ立つ王宮を見上げる。
この国の国王の一族が暮らしていたはずのその立派な建物は、今や異様な雰囲気を放つ廃屋と化していた。いや、正確には廃屋というわけでは無い。正しい持ち主が居なくなってしまっただけで、ここにはまだ人がいる。
これも正しくは、人では無いが。
「なんかアレな、お化けでも出そうな雰囲気だね」
この豪雨と相まって、まさにお化け屋敷のようであった。
なんとなく、エルヴィラはただ思った事を口にしただけのつもりだったのだが、それを聞いていたジョーンの顔がみるみる青ざめていく。
「ななな何言ってるんですかエルヴィラさん! ここにいるのは魔女ですよ! ゆ、ゆゆ、幽霊とか! いるわけないじゃ無いですかバカバカしい!」
「いやでも実際に死人は出てるし、迷える魂が」
「あー! あーあー! 聞こえませーん! 雷の音が大きくてぜーんぜんなーんにもこれっぽっちも聞こえませーん!」
「デカイのはアンタの声の方だよ…」
自分も魔女のくせにお化けが怖いだなんて、変わった奴もいるものだとエルヴィラは呆れた様子でジョーンを見る。
彼女は一体何が怖いと言うのだろう?
(死んでこの世から消滅する事より怖い事なんてあるかよ)
エルヴィラは死ぬ事が怖い。
正確には、死んだ後どうなるか分からないのが怖い。
霊体となってこの世を彷徨い続ける、なら良いかもしれない。しかし、もしかしたら何も無い真っ暗な空間の中でただ存在し続けるだけなのかもしれない。
『闇』をよく使うエルヴィラだが、自分の制御できない闇の中で永遠に孤独なんて耐えられない。そんな世界に送り込まれるのはまっぴらだ。
「さっきまで私たちが居た『反転世界』ってどうなってるのかなー?」
ゲルダがヒビの入った鏡をつつきながら不思議そうにしている。
よく見ると鏡はそれ一枚ではなく、王宮のあちこちに仕掛けられている。もちろん、その全てが既にヒビ割れて、入り口としても出口としても機能を失っている。
「つーか私達はあの王室に集められたはずなのに、なんで出口が王宮の玄関なのかね?」
エルヴィラはぶるっと体を震わせながら、恨めしそうに空を見る。
嵐の夜、気温が高いはずもない。
「今はそんな事を気にしている場合じゃないと、さっき『幽閉の魔女』が言ったばかりだろう。それに…いきなり敵の目の前に放り出されるより幾分マシだと私は思うがな」
片手で剣の柄を握り、既に戦闘態勢に入っているジャンヌが玄関の大きなドアノブに手をかけながら言う。
「こちらの動きは十中八九相手に筒抜けだろう、今更だがどうする? 一度離れて作戦を練るか、それともこのまま強行突破するか、皆の意見が聞きたい」
ジャンヌとしては、一度離れた方が良いと考えていた。範囲にも時間にも制限が無い、となれば何も今ここですぐに決着をつけに行かなくても問題はないだろう。
むしろ何の対策も無しに突っ込んで行くなど、死にに行くようなものである。
「私は『鎧の魔女』の意見に賛成かな」
真っ先に手を上げてそう言ったのはエルヴィラだった。
「とりあえずどこか別の場所に移動しながら敵の事について調べる、そうした方がやっぱ安全じゃないかな」
エルヴィラが言うと、ジョーンも小さく頷いた。しかし、ゲルダとカイだけは首を傾げて考え込んでいる。
「なにさ姉弟。なんか不満そうじゃん」
「いや、俺達がここから逃げたとしたらさ、もちろんあいつらは追ってくるわけじゃん?」
カイは嵐に濡れる街を指差しながら言う。
「俺達の事を聞き出すために『反乱の魔女』が何かしでかすかもしれないんじゃないか? 国の方に被害が出ちまえば防衛もなにもなくなるだろ」
無関係な国民を巻き添えにするのは流石に気が引ける。それにカイの考えには全く根拠が無いわけでは無い。
敵の目的は魔女狩りの廃止、そして『復讐』である。
「奴らが『大虐殺』がきっかけでこんな過激派になったんだとしたら、今度は俺達を誘き出す為に国中の人間を人質に取るかもしれない」
自分達を追い詰めた方法で敵を殲滅する。復讐としては完璧だろう。
今までの事を考えても、奴ら『反乱の魔女』が何か物事を起こすのに躊躇しているようにはとても思えない。
容赦なく、やろうと思えばやってしまうだろう。彼女達にとって、国民全員を人質に取る事なんて造作も無い。
よく考える必要がある。
だがしかし、五人はそれ以上考えることが出来なかった。
気付いた時には何者かに背後を取られ、物凄い力で室内へと押し込まれた。
「ごちゃごちゃ言ってねーでさっさと入るデスよ!」
声の主を確認しようと視線をそちらにむけるが、すぐに玄関の扉が大きく音を立てて閉まってしまい、辺りを深い闇が包み込んだ。
「チッ…考える時間すらくれないのかよ…とことん自分達のペースに持って行きたいんだな」
エルヴィラは不機嫌そうに服についた汚れを払い落とす。押し込まれた際に勢いよく転んでしまい、服がシワだらけの埃だらけになってしまったのだ。
(あの異端審問官に弁償させようかな)
そんな事を思いながら、エルヴィラは周囲を見回す。
薄暗い玄関ロビーに、先程自分達を押し込んだ連中はいないようだ。
連中、と表現したのは、つまり敵は一人では無いという事だ。
「かなり大勢に押された気がするんだけどさー、誰か一人でも顔見た?」
不機嫌なエルヴィラの問いに全員それぞれに見ていないと答える。
大きな音と共に稲光が一瞬ロビーの中を照らす。その瞬間、自分達とは別にもう一人の影がチラリと見えた。
瞬時にそれぞれ戦闘態勢に入り、相手の様子を伺う。
影も広いロビーの中央に陣取りこちらをじっと見ているようだった。
「ん? あれ?」
先にそれに気付いたのはカイだった。
闇にだんだん目が慣れると、カイは影の正体を見て疑問の声を上げながらもゆっくりと警戒を解いていく。
「どうした魔女狩りの青年」
ジャンヌ達はまだ影の正体に気付いていないようだった。
「安心しろよ、アレは仲間だ」
カイはホッとため息をついて影を指差す。
「だよな? 『残虐の魔女』」
再度稲光が一瞬辺りを照らす。そこに浮かび上がったスラリとした長身の女。
同じく『防衛の魔女』として集められていた仲間である『残虐の魔女』フランチェスコが立っていた。
彼女はかけられた声に反応もせず、動こうともせず、ただジッとこちらを見つめているだけだった。
「先に戻ってきてたのか? 中の連中はアンタが全部倒してくれてたりする? なんてな」
軽口を叩きながらカイは何気なくフランチェスコに近付いていく。
そして彼女の目の前まで来た時、カイはフランチェスコが何か呟いていることに気付いた。
「……も……魔女……に…かする……い?」
「あ? 何言ってーー⁉︎」
三度、稲光で辺りが一瞬照らされる。その瞬間、カイは異様なものを目の当たりした。
目の前に立っているフランチェスコの顔にべっとりと血がついているのだ。
目から、鼻から、耳から、口から噴き出したように、血塗れの顔面が虚ろな瞳でカイの顔をジッと覗き込んでいた。
そして次の瞬間、獰猛な獣のような唸り声をあげながら、フランチェスコはカイに向かって飛びかかった。
「カイさん!」
咄嗟にジョーンが瞬間移動を使いカイをこちらに引き戻し、間一髪で彼女の奇襲を避けることが出来た。
標的が突如として消えて行き場を失ったフランチェスコは、受け身を取る事もなく、壊れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
彼女はゆっくりと、掴まり立ちをする赤ん坊のように立ち上がりながら、意味不明な言葉をぶつぶつと呟いていた。
「わわたしはは『残虐の』ざざチェスコざはラチェ『魔女』ふらンチェスコ私は『魔女』『魔女』残虐のふらンチェチェこっ」
明らかに、正気では無い。
「ど、どうしちまったんだ…アイツ」
「気をつけろよ、どうやら事態は思ったよりもかなりやばいみたいだぞ」
舌打ちをしながらエルヴィラが呼びかける。
いつの間にやら自分達は複数の影に囲まれている。そのシルエットはどれも全て見た事があるものばかりだった。
「こ、これは…どういう」
目の前に広がる異様な光景に、ジョーンはただ顔を引きつらせ、ゲルダはカイにしがみつき、ジャンヌはエルヴィラと背中合わせになって戦闘態勢を取っていた。
すると、唐突に部屋がぼんやりとした明かりで照らされる。
壁にかけた複数のろうそくに火が灯されたのだ。
しかし、映し出された光景に一同は更に驚愕する。
腹に刃物で刺されたような大きな穴を空けられた、両腕のないハンターがカラカラになった目で睨んでいる。
同じく腹と喉に鋭い刃物で刺されたかのような穴が空いた、猫耳をつけた黒髪の少女が四つん這いになって牙をむき出しにしながら唸っている。
「あ…あいつら」
エルヴィラは嫌な汗をかく。
その二人はエルヴィラを襲った魔女狩りのハンターサリヴァンと、『反乱の魔女』の一員である『黒猫の魔女』レジーナだった。
「それだけじゃない…!」
ジャンヌがゆっくりと指をさす。その先にはかつて仲間であった『堅実の魔女』ペトロ、その師匠である『誠実の魔女』アリスがふらふらと頼りなさそうに立っている。
アリスにいたっては、自分の首が落ちないように両手で懸命に支えていた。
また違うところには、四肢が無く、芋虫のように這っいながらこちらを虚ろな目で睨みつけている『樹木の魔女』ダイアナの姿もあった。
そんなダイアナを踏みつけて現れたのは『芸術の魔女』ロザリーン。彼女の顔は、何故かフランチェスコと同じように血塗れであった。
全員、今回の魔女狩りに関わって命を落とした者達である。
「パンパカパンパンパーン! レディースアーンドジェントルメーン! これよりぃ! えっへははは! この『最後の魔女狩り』を蒸死返させていただきたいと思いまっすぅ!」
半笑いの声が辺りに響き、直後二階からこちらを見下ろす少女が現れた。
人を心底馬鹿にしたような笑みを浮かべる少女は、楽しそうに、まるでごっこ遊びでもするかのように喋り続ける。
「このイベントの死会を務めさせていただきますわた死は『屍の魔女』モリーと申死ますぅ! 以後お見死り置きを! とか言って⁉︎ もうお前らに以後なんてないけどねっ! ざまぁみろぶわぁぁぁぁかっ!」
「なんだ…あいつ…」
エルヴィラはこちらを見下ろす少女、モリーに酷い不快感を覚えた。
こちらに向かって舌を突き出しひたすら嘲笑してくるあの態度に、腹の底から怒りが湧き上がってくる。
アイツは確実にこの手で殺す。
「『鎧の魔女』ジャンヌだ」
するとジャンヌがものすごい剣幕でモリーを睨みつけながら名乗った。
そしてすぐに「これは貴様がやったのか」と怒気を含んだ声で問う。
モリーは待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべながら両手を広げる。
「わた死の特異魔法、名付けて『コープスペイント』! 死体を自由自在に操れる素敵な魔法なのデス! 驚いて声も出ないデスかぁ? お水ご用意死ま死ょうかぁ? スタッフゥゥ!」
ジャンヌは目元をピクピクさせながら、押し殺したような声を出す。
怒りがいきすぎて、怒鳴る事すらままならないのだろう。
「き…貴様は…死んでいった者達を…自分の仲間でさえも…まだ戦わせようというのか…葬いもせず…自分の為だけに…」
その途端、モリーは声を上げて大爆笑した。
「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! アレデスかぁ⁉︎ 死者を冒涜するような真似はよせって事ですかぁ⁉︎ アッハハはひはひはひオホホホホぎゃはははははばっかじゃないのぉ⁉︎ 死…死者にタマ死イとか…! あるわけないじゃん! あーっひひひ! アンタらだって無機物に命吹き込んで使い魔にするじゃん! 人の形を死たお肉に先に見つけたわた死が魔力使ってどう使おうとぉぉ勝手で死ょおぉぉ?」
それともなにか、とモリーは突然笑顔を消して言う。
「死体が嫌がってる的な証拠でもあるんでデスかぁ? え? あるの? ないの? ほぉらほらほら証拠プリーズ」
ジャンヌは既に言葉を失っていた。エルヴィラも含めて全員、怒りを通り越して呆れ果てていた。
同じ言葉を使うのに、ここまで会話の成り立たない奴は今まで見た事がない。
一同はまず、ここに集まる死体達をどうにかする事を優先させた。
一瞬でも早く、モリーから目を逸らしたかった。
「あっはぁー! 死カト死た! それ逃げたんだよなぁ? わた死の勝ちぃ! 反論の余地を与えない完璧な勝利で死たぁ! はぁい拍手!」
モリーが言うと、死体達がゆっくりとその両手を叩く。
それを満足そうに聞いたモリーは、ニンマリと笑みを浮かべて言う。
「はーいそれでは後半戦! いってみまっ死ょう! ネタバレ? えっとねぇみんなゾンビに食われてオ死マイ! デッドエンドデス!」
高らかな笑い声が響き渡り、モリーが両手を打ち鳴らす。
その瞬間、一斉に死体達が襲いかかってきた。




