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魔女伝  作者: 倉トリック
第1章 魔女狩り
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愛情の魔女

 パシパエは途中で振り向き、魔獣との距離を確認しようとした。

 そこで彼女が見たものは、巨体が倒れ討伐された瞬間であった。

 かなり遠くだったので分かりにくかったが、倒したのは多分あの『鎧の魔女』だったように見えた。


「な…なんてやつなのね…あの魔獣を…」


 自分達じゃどうしようも無かったのに、魔法は効かないはずなのに。

 それでも自力で倒してしまった。


 魔獣よりも強い『鎧の魔女』に対抗する手段なんて無いんじゃないのか? 弱っているパシパエの心は悪い方ばかりに思考を偏らせる。


(やっぱり一度戻ってみんなと一緒に戦った方がいいのね)


 だが逃亡してしまった身だ、いくら仲間とはいえ快く思われないかもしれない。

 自分達は魔女の為に命がけで戦っているというのに、恐怖におののき仲間を犠牲にして逃げて来たのだ。


「…で、でも…きっと大丈夫なのね…皆仲間には優しいはずなのね…ケリドウェンもアラディアも、パリカーにモリー、ベファーナだって…皆で戦えば怖くないのね」


 懸命に気持ちを奮い立たせようとするが、一向に立ち直れる気配は無い。それどころか、さっきまでは死に怯えていたくせに、今は仲間から嫌われたらどうしようなどと、子供のような不安が心をじわじわと侵食している。


 行くも地獄、戻るも地獄。パシパエは思考の迷路にはまり、その場から動けなくなっていた。足がすくみ、手は震える。そして何気なく視線を移したその先に彼女は平然と立っていた。

 まるで最初からそこにいたかのように、なんの気配も感じさせず、ただぼうっと遠くを眺めながら立っていた。


「っ⁉︎ いつの間に…⁉︎」


 パシパエは無理矢理足を動かして一気に跳び退いて距離を取る。当たり前だが、相手は魔女だろう。


 一体いつの間に背後を取られたのであろうか?


(…あれ? でもコイツ…)


 しかしよく見ると、彼女は『防衛の魔女』の一人では無かった。

 だが、『反乱の魔女』でも無い。


 桃色の髪に満月のように大きな瞳、ふわりとしたまるでケーキがドレスになったような服装をした優しい雰囲気の彼女は、不思議そうにパシパエを見つめていた。


「ああ…なるほど…そうなりますか」


「あ、アンタ誰なのね…? 『防衛の魔女』の味方なのね?」


 何かブツブツと呟いている彼女に恐る恐るパシパエは問いかける。

 するとハッとしたように彼女はスカートの裾をつまみ笑顔で挨拶した。


「はじめまして、私は『お菓子の魔女』ペリーヌという者です」


「…え、あ『愛情の魔女』パシパエなのね…」


 雰囲気もさることながら、彼女ペリーヌの声はとても落ち着く優しい声だった。

 ダイアナも同じように人を落ち着かせる力を持っているが、アレは魔法で強化したアロマセラピーとかいう方法なので素では無い。


「えっと…し、質問に答えるのね…! アンタは『防衛の魔女』の味方なのね?」


 パシパエは再びペリーヌに問いかける。一応特異魔法の準備だけはしておいた。何気なく近付いて、手が届く範囲にまで移動する。


 パシパエの特異魔法『ワン・ラブ・オール』は、触れた相手の体のコントロールを奪うという魔法である。動きを封じるのにも使えるし、操って同士討ちさせる事だってできるわけだ。


(『堅実の魔女』みたいに自分の魔法で自殺させる事だってできるのね…もしこの『お菓子の魔女』が少しでも変な行動を起こしたら…)


 そう思って身構える。しかしペリーヌはふりふりと両手を振って否定する。


「私そんな組織みたいなものには属してませんよ? 窮屈な上下関係に縛られるより、着の身着のままお菓子屋さんをやってる方が楽しいですからね」


 彼女の表情はとても穏やかで、嘘をついているようには見えない。無論、見えないようにしているだけかもしれないが。


「ここに来た理由は…そうですね、とりあえず現状の把握ですかね」


「現状の…把握?」


 口ぶりから察するに、ペリーヌはこの『最後の魔女狩り』について大方の事情を知っているようである。そうでなくては、わざわざこんな危険地帯に足を踏み入れたりしないだろう。


 いや待てよ? というかそもそも。


「アンタどっから入って来たのね⁉︎」


 パシパエの問いにペリーヌはきょとんとした顔を浮かべ、それから王宮を指差した。


「もちろんあの建物の広間にあった大きな鏡からですよ。あれすごいですよねぇ…ジュリアさんも色々考えるなぁ」


 先程から驚かされてばかりだ。まさか『鏡の魔女』ジュリアの名前が出てくるとは思わなかったし、この世界の出入り口の仕組みまで理解しているようだった。


 何者なのだろう、この魔女は。


「あの、私ばっかり質問されてそれに答えてなんだか不公平なんですけれど…私も質問していいんですか?」


「な、なんなのね」


 不服そうに頬を膨らませるペリーヌに怖気付いたように、パシパエは答えるその声をわずかに震わせる。


 なんだか、妙にまずい気がする。


「今生き残ってる『防衛の魔女』が何人か知ってますか? 出来れば生き残ってる魔女の名前とか分かれば助かるんですけれど…なにせ蝋燭だけじゃ誰が誰だか分からなくて…」


「お前本当に何者なのね! どこまでこの戦いについて知ってるのね!」


 そう叫んでみたものの、実はパシパエは既に一つの可能性に辿り着いていた。

 ここまで事情に詳しい者が、部外者なわけがないんだ。


 つまりこの魔女は…。


「あの」とペリーヌの変わらない優しい口調で、明らかな怒気を含んだ声がパシパエの思考を停止させる。


「質問してるのは私なんですよ?」


「ろ…六人か五人だと思うのね…さっき魔獣が大暴れして…アレで全員が生存してるとは思えないのね…」


 パシパエがそういうと、ペリーヌは満足したようにうんうんと頷いていた。


「概ね…その通りですね…まぁ少しズレが生じてるみたいですけど…それは想定内の出来事ですし心配はいらないでしょう…大丈夫ですね、うん、結果は決まってます…確定事項は揺るぎませんね」


 わけのわからない事をブツブツと呟いてから、ペリーヌはくるりと振り返り、王宮の方へと歩いて行く。

 しかしすぐに振り返って


「ありがとうございました」


 とだけ言って、再び出口へと歩き始めた。


「ちょ! ちょっと待つのね!」


 パシパエはペリーヌを追い越して、まるで通せんぼするように立ちふさがる。


「なんでしょう? 私お店の準備がまだ全部出来てないんです。知ってますか? 向かいに大きな服屋さんがあるお菓子の家っていうお菓子屋さんなんですけど」


 淡々と語り始める彼女にいよいよ不気味さを覚えてパシパエは声を荒げる。


「アンタ一体何者なのね! い、一体どっちの味方なのね!」


「ですから、私は『お菓子の魔女』ペリーヌです」


「違うのね! 何回も自己紹介されなくても覚えれるのね! 私が聞きたいのはアンタの正体なのね!」


「さっきから同じ質問をずっと繰り返されてるのは貴女の方じゃないですか…もう」


 ペリーヌは小さなため息を一つホッと吐くと、パシパエの目をジッと見つめた。

 彼女の大きな瞳にじっと見つめられると、まるで吸い込まれそうな気持ちになる。満点の夜空に一際大きく輝く満月に圧倒されるような、妙なプレッシャー。


「私は友達の味方です、貴女達『反乱の魔女』にも国を守る『防衛の魔女』にも興味なんてありません」


「興味が…無い?」


 その友達とやらの為だけに、こんな危険な戦場にわざわざやってきたと言うのか。

 パシパエは信じられないと言わんばかりに目を大きく見開く。


「別に国の繁栄も平和も、貴女達の悲願の達成も全てどうでもいいです。私はただ、大好きな友達が生きていたらそれでいいんです…その為なら」


 そこでペリーヌは少しくすっと笑い、まるで恋する乙女のようにキラキラ輝く明るい表情を見せる。そしてそのまままっすぐパシパエを見ながら恥ずかしそうに言った。


「その為なら私は、何を犠牲にしたって構わないんです」


 その瞬間、パシパエは『ワン・ラブ・オール』を発動させた両手をペリーヌの細くて白い首に伸ばしていた。


 コイツはヤバい。


 今まで感じたことの無いような、身が凍り付くほどの()()()()()


 いや、違う。この感覚は初めてじゃ無い。


 でもこれは、これじゃまるで。


「あ、今『反乱の魔女』みたいだなって…思いました?」


「っ⁉︎ あれっ⁉︎」


 気付けば、ペリーヌはパシパエを通り越して王宮へと続く道を再び歩いていた。


「な、なんで…いつの間に…」


 気配なんて感じなかった、一瞬だって目を離してはいなかった。

 それなのに、手が触れる事もなく、ましてや通り過ぎた後の風の流れやペリーヌのふわりと香る甘い匂いを感じる事もなく、彼女は平然とその道を我が物顔で歩いていた。


「あぁ、そうそう…パシパエさん? でしたっけ? 貴女と会えたのも何かの縁でしょうし…一応教えておきます」


 ペリーヌは振り返る事なく淡々とした口調でパシパエに言う。


「貴女が恐れている事は現実に起こり得る事ですよ、貴女が想像しているほど甘くはありません…まぁ本当は分かっているんでしょうけど」


 ズキリと、パシパエの胸が痛む。


 パシパエが恐れている事、仲間に嫌われて一人になる事。見捨てられるあの目を、信頼している仲間から向けられる事が、何より恐ろしい。


「だから貴女が取るべき行動は二つです。一つは今からでも引き返して『防衛の魔女』を一人でも多く殺す事、もう一つはこのまま帰って仲間を失う事」


「な…そ、そんなの…」


 どちらも無理だ。自分一人では『防衛の魔女』全員を倒すなんて出来ない。

 でもだからって、一人になるのは嫌だ。


「選ぶべきですよ、パシパエさん」


 ペリーヌは変わらず淡々とした口調で言う。


「何かを選ぶから何かを得られるんです。人間も魔女も、意識していないだけで常に選びながら生きてます。でもね、どちらも選ばずに選択肢を放棄した者は…どうなると思います?」


 ペリーヌはくるりと振り返り、悲しそうな表情をパシパエに向ける。

 同情しているのとは違う、その目はまるで死にかけの子犬を見つめるような目。


 助けてあげられなくて、ごめんね。とでも言いたげな哀愁に満ちた表情だった。


「その人達の結末は決まって同じ…暗くて孤独な死だけです」


 パシパエは何か言おうとして、言葉に詰まる。


 でもこんなの、選べるわけがない。


「誰にも知られず、愛されず死ぬのは辛いでしょうね。もっとも…魔女はちょっとやそっとじゃ死にませんから…もっと酷い目にあうかもしれませんよ?」


 ペリーヌはそう言って向き直り、再びその足を王宮へと進める。


「放棄せずキチンと選んでください。貴女にはまだ、選択のチャンスが残されてるんですから」


 くれぐれも、チャンスを無駄にはしないように。


 そう言い残すとペリーヌは一瞬にして消えてしまった。

 勿論彼女の後ろ姿から目は離していなかった。


 しかしパシパエにとってはもうそんな事どうでもよくなっていた。


「死ぬか…孤独か…」


 ゾクリと悪寒が走る。どちらも想像しただけで頭が負の感情に支配されてしまう。


 死ぬのも嫌だ、嫌われるのも嫌だ。


「選べない…これの…どこがチャンスなのね…」


 ぐにゃりと目の前の景色が歪む。ああ、自分はきっと泣いているのだろう。

 当然だ、泣きたくもなる。こんな絶望的な選択肢を突きつけられた挙句放り出されたのだ。


 思えば魔女の力に目覚めてからの記憶に残っているのは、いつもひとりぼっちの自分だけだ。

 両親にも捨てられ、魔女狩りから命を狙われ。


 隠れ家に一人で震えながら夜を過ごし、誰にも愛されず、誰にも笑顔を向けられる事も無く。


 ぐにゃりと世界が歪む。さっきよりも大きく目の前の景色が揺らいだ。


 どうして自分ばかりこんな目にあうのか、どうして自分ばかりがこんなに辛い選択を強いられるのか。


「どうして…誰も私を愛してくれないのね…!」


 空を見上げる。鉛のような曇天が広がっていた。

 しかしその空にも、まるで鏡に入ったひび割れのようなものが広がり上手く見ることが出来ない。


 空だけではない。建物も、地面も、草や木も、全てヒビが入り粉々に砕けていく。


 歪んで、割れて、目の前のものがどんどん消えていく。


 悲しくて、つらくて、きっと涙がたくさん零れ落ちて。


「っ⁉︎」


 パシパエは今更になって事の重大さに気付いた。

 割れた空も、歪んだ景色も涙に濡れた瞳の所為なんかじゃない。


 鏡の世界が崩壊を始めたのだ。


「な、なな、なんでぇ⁉︎」


 鏡の世界の崩壊、つまりは現実世界でこの世界を作り出していた魔法が解かれたという事。

 この世界に取り残されたまま、この世界が消滅すれば、待っているのは永遠の『無』である。


 死ぬ事も出来ず、真っ暗な孤独の中を永遠に彷徨い続けることになる。


 ゾワゾワと、パシパエの体に嫌な闇がまとわりつく。

 比喩ではない、それは世界の崩壊とともに生まれた闇。パシパエを、同じ崩壊した世界として取り込もうとしているのだ。


「ま、待って欲しいのね! 私がまだここに残っているのね!」


 まずい。『防衛の魔女』がここにいるから、一気にケリをつけようとしたに違いない。

 あんな奴らと一緒にこの世界に取り残されたくなんてない、ずっとみんなと一緒に居たい。


 パシパエは決意して、目の前に続く道を見る。


 王宮まで、間に合うだろうか?


 ふと王宮の入り口付近に視線を移す。


「…え…あれ?」


 そこには、慌てながらもきっちり現実世界へ帰れる出口に入っていく五人の人影があった。


『防衛の魔女』達が、いつの間にか自分よりも前に居た。


 もちろんそれは『幽閉の魔女』ジョーンの瞬間移動魔法の所為なのだが、今のパシパエにとってそんな事はもうどうでもいいだろう。


 パシパエは走った。とにかく自分もそこに行かなければ。


 しかし、崩れた建物の瓦礫がその道を塞ぎ、そしてそのまま道ごと闇へと消え去ってしまう。

 出口へと続く道が、完全に閉ざされた。


「ま、まってよぉ…! まってよぉお!」


 どこもかしこも崩れていく、闇だけが広がっていく。

 誰もいない、暗い、音も何もない、終わりさえ無い世界。


「やっ…やめて! 誰か! お願い! 見捨てないで! 誰でもいいよぉ!」


 何も無い。何も無い。何も無い。


 何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。何も無い。


 ポツリと一人取り残されて。


 その他には、何も無い。


「やだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 その絶叫すらも、誰にも届くことは無く。


 彼女の命と繋がっていた魔法すらも、現実世界に届かなくなり、生きているのにも関わらず蝋燭の炎が消えた。


 誰も居ない、何もない、彼女が恐れた死よりも怖い本物の孤独。彼女はそこで永遠に、誰にも届かない叫びと懇願を闇の中で轟かせ続ける。


 選ぶ事を放棄して逃げ続けた魔女の、救いようの無い末路だった。


『反乱の魔女』残り蝋燭五本。

『防衛の魔女』残り蝋燭五本。

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