継承の儀
異変を感じ、ジョーンと姉弟も倒した敵の死体に近寄って顔を確認する。
ぐるんっと目を見開き、ぽっかりと口を開けて死んでいる彼女は、確かにこちら側にいたはずの『皮剥の魔女』だった。
誰よりも幼い容姿をしていたのと、かなり異様な雰囲気を持つ彼女は、全員の記憶に強く残っていた。
「魔獣化して理性が保てなくなったってトコか? いや、つーか…魔獣化するって時点でもう十分異常なんだけどな」
呆れたように言いながら、カイは残っている『防衛の魔女』を指折り数え始める。
「数えるまでもないよカイ、ここにいる五人で全員…片手で足りるね」
「俺を除けば防衛側の魔女はあと四人か…マジでヤベェなこの戦争」
数百年前の『大虐殺』でさえ、実際に討伐された魔女の数は四体とされている。それが『反乱の魔女』のメンバーである事も含めて、歴史の教科書に載るぐらい有名な話だ。
当時は、というか今までは、強力な魔女を四体も討伐できた事は異例のことであると同時に人間にとって大いなる快挙であるとされていた。しかし、今回はそれを上回る計十一人の魔女が死亡している。
軽く歴史を塗り替えてしまっているのだ。
「あれ? でもカイの同期だった魔女狩りの子は沢山魔女を殺してたよね?」
ゲルダが首を傾げながら言うと、カイは呆れたように姉を見ながら「あいつらが狩ってた魔女と姉ちゃん達じゃ格が違うだろ」と答えた。
実際、言い方は悪いが魔女狩りで命を落とすような魔女はかなり格下である。特異魔法も使えない、出来ても使い魔を作れる程度の魔女であれば、数がいれば一般人にだって勝てる。
そして実のところ、そういう魔女達の方が普通なのである。
普通の魔女百人分ぐらいの力を持っているのが、特異魔法を持つ魔女だと思えば大体正解である。
「すごいねー! 私ら歴史の生き証人になれるかもしれないわけだ!」
「ああ、生き残れたらな」
ゲルダに対し、カイがなんとなくポツリと零した一言。
しかしそれは、場の空気を凍りつかせるには十分すぎる事実だった。
「『縄張りの魔女』…君に話がある」
その空気を切り裂くように、凛とした声でジャンヌがエルヴィラに向いて言う。その目は、まるで犯罪者を見るかのように、鋭く光っていた。
「なにさ」と、エルヴィラ本人は全く警戒の色など見せず、むしろ開き直ったかのようにまっすぐジャンヌを見つめ返す。
「正直に聞かせてくれ」と、ジャンヌはエルヴィラに近付いて、声を低くしより一層威圧感を増してから「君の特異魔法…あの爪は…本当に君の特異魔法か?」と言った。その手は既に、剣の柄を握っている。
エルヴィラは、ふうっとため息をひとつ吐き、短くなった自分の髪をくるくるといじりながら「そんなわけないじゃん」と、表情ひとつ変えることなくそう言った。
その言葉を聞いた途端、ジャンヌの表情がみるみる険しくなり、怒りの感情を露わにする。
「君は…自ら進んでその魔法を盗んだのか…それがどれだけの大罪か…知らないわけないだろう」
「でもそのおかげで今助かってんじゃん? 感謝こそされ怒られる筋合いとか無いと思うんだけど? つーかどのみちこれから世界は変わる予定なんだったら…別になんの問題も無くない?」
例え『反乱の魔女』が勝っても、『防衛の魔女』が勝っても、間違いなく今ある世界は原型を留めず新しく生まれ変わるだろう。それは確実に魔女の世界にも影響を与えるほどの大きな変化だ。
しかし、完全に変わってしまうには時間がかかるだろう。
その空白の間、世界は必ず『無』という混沌に飲み込まれることだろう。そんな世界で、罪だ罰だなんていうのは笑えるぐらいちっぽけで、どうでもいいものになる。
意味なんて、何も無くなる。世界から、理性が無くなるようなものだ。
この国は既に国王はいない、その上魔女に魔女を狩らせるなどという血迷った選択をしている時点で、その混沌へ片足を突っ込んでいるようなものだ。
そんな中で、たった一人の魔女が罪を犯したからなんだというのだろう?
むしろ変化にいち早く適応してると言ってもいいぐらいだ、とエルヴィラは思う。
しかし、ジャンヌから怒りの炎が消える様子はない。
「問題ないわけが無いだろう、今はまだ君のいうところの『理性がある世界』だろう…それなのに自ら禁忌に触れておいて、これからはコレが普通になるなどと勝手な意見を押し通す…傲慢にもほどがあるだろう『縄張りの魔女』」
ジャンヌはついに剣を抜き、その鋭く光る剣先をエルヴィラに突き付けながら、威圧するような低い声のまま言う。
「君がやっている事はこの世界の破壊に等しい、『反乱の魔女』と何ら変わらない暴挙だ」
エルヴィラはと言うと、全く動じず、むしろジャンヌから目を逸らさずに、わざとらしく「はっ」と鼻で笑ってから、気だるそうに口を開く。
「いやぁ逆でしょ、私の行動は結果的にアンタも含めて少なくともここにいるやつらの役にはたったじゃん? 壊すどころか救ってやったんだよ? ってか普通に考えて今そんな事気にしてる場合じゃ無いよね? むしろ何したって生き残らなきゃいけない状況なわけよ、私はそれに合わせてるだけ、変化できない堅物とは違うからね」
しばし、ジャンヌとエルヴィラの無言の睨み合いが続く。
「ねえええ! 置いてかないでよ! なんで『鎧の魔女』はキレてんの⁉︎」
沈黙に耐えきれなくなったゲルダが二人の間に割って入る。
「そうだな、理由は分からねえけどよ、仲間割れしてる場合じゃねぇだろ」
呆れ顔を浮かべながら、カイもゲルダと並んでジャンヌとエルヴィラの交互に視線を移す。
姉弟が仲裁に入った事で、少し落ち着きを取り戻したジャンヌはバツの悪そうな顔をしながらも深々と頭を下げてゲルダとカイに謝罪する。
「すまない、気を悪くさせてしまった…つい感情的になってしまって…」
しかし姉弟は顔を見合わせ困惑する。謝られたところで状況も疑問もなにも解決出来てない。
「いやー、別に気にしてないんだけど…っていうか私達が聞きたいのはどっちかっていうとキレてる理由の方なんだけど」
「だな、『縄張りの魔女』がなにやらかしたんだ? 魔法を盗むってどういう事だよ」
しかしジャンヌは首を横に振り、その先の説明を拒む。
「すまないが教えられない、勘違いせず純粋な忠告として聞いて欲しいんだ、悪気はない、ただ…君達のような若い子達が知る事ではないから…」
ジャンヌの言い分にゲルダは口を尖らせて、不満そうな顔を浮かべる。
何か言い返してやろう。そう思って口を開きかけた時だった。
「別にいいんじゃない? 教えてやれば? 特に姉の方は全く関係が無い話じゃ無いし」
「無責任な事ばかり言うな『縄張りの魔女』」
「あのさ、どんだけ融通きかないの? 言ってる場合じゃないんだってば」
再び睨み合う二人。いつこのまま殺し合いに発展してもおかしくないような状態だった。
「あの…私もエルヴィラさんに賛成です」
再び衝突しそうな彼女達を寸前で止めたのは、ジョーンだった。彼女は自分の手のひらを見つめながら「話した方がいいですよ」とだけ言って頷いた。
ジャンヌは何か言いたそうな顔をしていたが、やがてスッと剣を鞘に収めると、小さなため息を一つ吐く。
「分かった…だが確認の為に説明は『縄張りの魔女』にしてもらう」
「は⁉︎ ここで私に振るのはおかしいでしょ⁉︎」
「いや何もおかしくねぇよ、むしろお前がこの話題の引き金になってんだから後始末つけろよ」
エルヴィラの反論にカイが冷静につっこんだ。
場の空気に完全に負け、エルヴィラは渋々説明を始める。
「私達魔女が死んだらさ、その魔力ってどうなると思う?」
魔女が死ぬと、その魔力だけが一定期間彷徨って新たな器を探す。
そして魔力に適合した者はその力を宿し、新たな魔女へと生まれ変わる。
魔女になると、肉体の成長は止まり、魔法が使えるようになる。最初のうちは動物と話せたり、使い魔を作れたりする程度の軽い魔法だが、使い慣れ、その魔力を高めていくうちに高度な魔法が使えるようになる。
その高度な魔法をさらに強化し、混ぜ合わせ、突如ポツンと生まれる魔法、それが特異魔法。
通常(魔女基準)では、特異魔法が完成するまでに五十年から百年ほどの月日が必要となる。また個人差はあるが、途中で魔法そのものが消滅してしまう事だってあるのだ。
さて、普通の魔女ならまだしも、そんな強力な特異魔法を持った魔女が死んだ場合はどうなるのか?
「答えは簡単。その辺の魔力とは違って魔法としての形を保ったまま長い期間彷徨い続ける」
そしてその特異魔法は、新たな魔女へとそのまま受け継がれるのだ。
ここまでは、『才能の魔女』ケリドウェンがメンバーに話した内容と変わらない。
問題はその後である。
「この魔法の受け継ぎを、実は意図的にする方法があるんだよ」
やり方は簡単。死に際の魔女の手を握る。魔女が死んで、その魔力が解き放たれる前にその手を握る。そうする事で直接その魔法を、握った側に移すことが出来るのだ。
「びっくりする事に、この方法を使うと普通の人間の女でもすぐに魔女になれるんだよ。素質とか関係なしに、魔女にはなれる」
そして魔女がやれば、相手の魔法をその身に移し、使えるようになると言う事だ。
これを魔女達は『継承の儀』と呼んでいる。
「呼んでいるっつっても、知ってる魔女が何故か少ないんだけどね」
「知らないふりをしているだけだ、『縄張りの魔女』肝心な事を伝え忘れるな」
ジャンヌが表情を曇らせながら言う。それに対してエルヴィラは面倒くさそうに自分で自分のてを握りながら続ける。
「んで、この『継承の儀』なんだけど、本来は師から弟子に、もしくは稀な例だけど母から娘にみたいに関係者同士がやる事なの」
魔法を受け継ぐには、相手が死ぬ必要がある。
全くの赤の他人から魔法を奪うというのは、必然的に相手を意図して殺すという事だ。
禁忌の理由の一つがこれだ。魔法欲しさに命を奪っていいはずがない。
「つっても、弟子が師を殺すのも、相当ダメだと思うけどねぇ」
弟子が師を、エルヴィラがそう言った時、彼女の声がどことなく寂しそうに聞こえた気がした。しかしすぐに元の調子に戻っていたので、誰もそこについて深く気には止めなかった。
「『継承の儀』によって魔力だけじゃなくて、相手の記憶も一緒に受け継ぐことが出来る。故に、わざわざ修行しなくても勝手に貰った魔法が使えるようになるわけ」
もちろん全ての記憶を引き継げるわけではない。それでも魔法を使う感覚さえあれば、後は少し練習すれば簡単に使えるようになる。
「けれどこの『継承の儀』にはかなり厄介なデメリットがいくつかある…結構危険だから、『鎧の魔女』はキレてんの」
「他人事のように言うな」
魔女には持てる魔力の量がある。その許容量を超えてしまうと魔力が暴走し、全て消費するまで破壊活動を続けるようになってしまう。
「破壊活動の内容は色々だけどね、爆発が起きたり、魔法の影響で変な病気が流行ったり」
そしてごく稀にだが、魔獣化する事だってある。それは魔女本人かもしれないし、暴走した魔力の影響を受けた野生動物かもしれない。
だからこそ、相手をよく知る関係者同士でしかやってはならない禁断の儀式なのだ。相手の魔力を丸々取り込むのだから当然だろう。
「そしてもう一つ、流れ込んでくるのは魔力だけじゃない、記憶だって…んん、それは『凍結の魔女』に実際に体験してもらおうかな」
「おん? 私?」
不思議そうにゲルダは首を傾げる。その様子を見て、カイはゲルダの首を元の位置に強引に戻しながらエルヴィラの方を向く。
「分からないか姉ちゃん? 姉ちゃんが急に使えるようになったその治癒魔法の正体…多分姉ちゃんが粉々にした魔女の特異魔法だ」
そう、ゲルダは『治癒の魔女』グローアを倒す際にその手を握って殺している。
彼女はどんな傷を負うとも、容赦無く即座に治癒してしまうという特異魔法を持っていた。
それは例え焼かれたとしても、再生してしまうほどの治癒力。彼女は魔女の中でも本当に死とは無縁の存在だったはずなのだ。
しかし魔法を奪われてしまえば話は別、為すすべも無く死の闇に放り出されるだけだ。
「つまり姉ちゃんは運が良かっただけって事か…ヤバい橋渡ってたんだな」
「それもそうだけど、それよりね『凍結の魔女』よく思い出してみ? なんか、身に覚えのない記憶無い?」
言われてゲルダはうーんと唸りながら考え込む。すると「あれ?」と一声あげてカイを見る。
「カイ…私達のお母さんって短い茶髪だっけ?」
ゲルダの問いにカイは眉をひそめて怪訝そうな表情を浮かべる。
「何言ってんだ姉ちゃん…俺らに母親は居ねえよ」
姉弟の困惑を見てエルヴィラはニヤリと笑う。
「それが記憶を引き継いだ影響だよ。知らない記憶がいくつか混ざってるだろ? それが酷くなると記憶が混合してわけがわからなくなる、そして最悪精神が崩壊する事もある」
見知らぬ記憶にうなされ、自分が誰だか分からなくなり、最終的には壊れてしまう。
魔法を受け取る人数が多ければ多いほど人格崩壊は起こりやすくなるのだ。
「『凍結の魔女』は知らずにやってしまった…いわば事故だから深くは咎めないが…『縄張りの魔女』君はその危険を理解した上でその爪の特異魔法を奪った、後から出る被害の可能性も理解した上でな」
ジャンヌの声には明確な怒気が含まれていた。そして彼女の怒りはもっともだと、ゲルダもカイも理解した。
「あの、横槍を入れるようで申し訳ないんですけど…エルヴィラさんの行動は正しかったと思いますよ?」
しかしそこで再度ジョーンがエルヴィラに助け舟を出す。
「どうしてそう思うんだ『幽閉の魔女』」
ジャンヌは声のトーンを変えずにジョーンの方を向いた。
「危険性は十分に伝わったと思いますけど…だけどそれよりも皆さん、助けられたじゃないですか。あの時爪で魔獣の動きを封じてもらわなければ確実に犠牲が出てましたよ?」
更に言えば魔獣の目を潰したのも、無防備なゲルダを守ったのもエルヴィラの爪だ。
確かに危険な禁忌を犯したが、それで彼女が味方を傷付けたわけではない。
「ゲルダさんにしたってそうですよね? 貴女が治癒魔法を偶然にでも奪っていたからこそ、私もカイさんも今こうして生きてる」
ゲルダが照れ臭そうに笑う。
「確かに知らない相手との『継承の儀』はかなり危ないですけれど、今回はそれで助けられたのは揺るぎようのない事実のはずです。ジャンヌさん、貴女の方こそそれを知った上でエルヴィラさんに殺意を向けるなんて…どうかと思いますけどね」
辺りに気まずい沈黙がただよう。しかしすぐにその空気は破られた。
なんと予想外にも、エルヴィラの方が頭を下げて謝ったのだ。
「確かにちょっと考えなしだったよ、錯乱して暴れて『皮剥の魔女』みたいに無差別攻撃なんてしたら意味ないもんね、もうしない…つーかなにより、こんな風に庇われるとなんか心が痛いわ」
ごめんなさい、とエルヴィラは頭を下げる。
実際はそこまで罪悪感なんて感じていない、本音を言えばさっさとこの世界から出るか、残っている『反乱の魔女』を倒しに行きたいのだ。
いつまでこんなくだらない事で揉めてるんだか、と思いつつも口に出さなかったのは、これ以上面倒な展開にしたくなかったから。
自分がさっさと謝ってしまえば済む話なら、そうするのが賢い選択だろう。
しかしジャンヌはそれを真剣に受け止めたようだった。
「ああ…『幽閉の魔女』の言う通りだな…恥ずかしいよ、私はどうかしている…助けてもらった身なのに…こちらこそ先程までの非礼を許してくれ『縄張りの魔女』」
すまなかった、そう言うジャンヌの声は微かに震えていた。きっと罪悪感に押しつぶされそうなのだろう。
真面目な性格だ、とエルヴィラは呆れる。
「さて…一件落着したところで…これからどうします?」
ジョーンが王宮を指差しながら言う。
「俺はさっさとこの世界から出た方がいいと思うぜ」
カイが言うとゲルダも頷く。
「せっかく全員揃ってるしねぇ、ここでまた散る必要どこにもないし…そもそもこの世界にこれ以上残ってると本当にやばい気がする」
ジョーンがジャンヌの方を見ると、彼女も黙って頷いていた。
「決まりましたね、では早く行きましょう。皆さん、私の身体のどこでもいいので触れてもらえますか?」
ジョーンが両手を伸ばし、全員に呼びかける。
「何すんの?」
「何って…もちろん出口付近まで移動するんですよ。私が師匠から受け継いだ『ワープ』でね」
すっかり変わってしまったジョーンに変な違和感を覚えながらも、エルヴィラは差し出された右手を掴む。
おそらく彼女に触れていれば一緒にあの瞬間移動が出来るという流れだろう。
全員がそれを察し、それぞれ思い思いの箇所に触れる。
ゲルダは左手、ジャンヌは右肩、カイは頭を掴もうとしていたが犬のようにぶるっと震えて抵抗されたので仕方なく左肩に手を置く。
「な、なんでカイさんは私の頭を掴みたがるんですか」
魔法を発動させる前にジョーンが顔を赤くしながら聞いた。
「いや、なんか掴みやすそうだったから」
予想以上のくだらない答えにがっかりしてからジョーンは魔力を放ち、特異魔法を発動させる。
ジョーンはエルヴィラをチラリと見て思う。
(記憶の混合による精神崩壊…貴女がその影響をいちばん受けているというのに…だってエルヴィラさん…あなた)
人格そのものがまるごと作りかえられてる事に気付いてないんでしょう?
ジョーンは、エルヴィラをとても可哀想だと思った。
何はともあれ、ついにこの世界から抜け出して、いよいよこの『最後の魔女狩り』も終盤戦に入ろうとしていた。




