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魔女伝  作者: 倉トリック
第1章 魔女狩り
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皮剥の魔女

 目の前で、自分を庇ったシェイネが体を引き裂かれその命を落としたあの瞬間。ジョーンは強い衝撃を受け、その場に立っている事しか出来なくなった。


 ジャンヌに担がれ、魔獣の手から逃れながら、彼女は昔の事を思い出していた。


 いや、正確には思い出させられた。


 特異魔法の所為で自分の代わりに死んだ数多くの人の事、そしてシェイネのように自分を庇って死んだ亡き師匠の事を、思い出していた。


 なんで忘れていたんだろう?


 湧き上がる記憶の中に、ジョーンは見覚えのある少女の姿がある事に気付いた。

 金髪で、やる気が欠如した眠そうな瞳の少女。


(いや…違う…実際は…)


 記憶の中の少女がこちらを向く、そして「しー」と、人差し指を立てて口に当てている。


 アレは、『縄張りの魔女』?


 思考がまとまる前に、記憶は次の映像を暗い視界に映し出す。

 ふと、柔らかい手の感触が、自分の両手に伝う。

 優しく握るその手は、まるで母のように穏やかで、安心できる温もりを感じさせた。


 どこか懐かしさを覚えたジョーンは、手の主を見ようと顔をあげて、目を凝らす。


 そこに居たのは、全身から血を流す、死にかけの女だった。


「ーーっ!」


 声にならない悲鳴をあげて、ジョーンは目を覚ます。

 目覚めた世界で見たものは、魔獣と戦う魔女たちの姿だった。


(わ、私は…こんな大変な時に呑気に夢なんか見て…た、戦わないと…!)


 でもどうやって? 魔獣は魔法を受け付けないと聞く。

 魔力に頼りっぱなしの自分の特異魔法『転嫁人』では太刀打ちできそうもない。

 みんなと協力して…なんとかなるのか?


「『幽閉の魔女』! 気が付いたか! すまないが自力で防御なり攻撃なりしてもらえないか!」


 ジャンヌは叫ぶようにそう言って、ジョーンの体から手を離す。

 体の自由を取り戻したジョーンは、すぐに立ち上がり、ジャンヌに礼を言う。


「すいませんジャンヌさん…ご迷惑かけました…ありがとうございます」


 ジャンヌは一瞬ジョーンを見て、少し微笑んでから「気にするな」と短く言い、再び視線を魔獣に戻す。


 ジャンヌは最強の剣士だと聞いた事がある。

 たった一人で三万人の軍を壊滅させたとか、剣一振りで要塞を真っ二つにしたとか、恐ろしい噂もセットにだが。


 そんなジャンヌが、今は防戦一方。いや、ジョーンを庇いながら戦って、擦り傷程度で済んでいるあたり、やはり凄腕の魔女兼剣士なのだろうけど。


 しかし、ダメージは確実に蓄積されているはずだ。

 ジャンヌだけでは無い、他のメンバーもそうだ。物理攻撃が効くとは分かったが、近付けないこの状態。肉体的にも精神的にも限界が近いだろう。


(わ、私が…何か役に立たないと…!)


 そう考えたところで、結局振り出しに戻る。自分の身を守る為だけに特化した魔法で、一体何ができるというのだろう。

 ジョーンの思考が、だんだんと悪い方へ落ちて行く。


(い、いやだ…私の所為でまた人が死ぬのは…)


『だったら使いましょうよ、せっかく貰ったんですから』


「え?」


 ふと聞こえた、謎の声。それは、頭に直接流れ込んできたかのようだった。

 見知らぬ女の、呆れたような声。


 せっかく貰った?


 言葉の意味を理解するよりも先に、ジョーンの頭に再度声が流れ込む。


『貴女最初に言ってたでしょう? 魔法の都合上…自分は結構動くって…分かってるなら、さっさと使いましょう? くだらない事で迷ってるとほら…また死にますよ?』


 また死ぬ、その言葉を聞いた瞬間に、ジョーンは自分の中で魔力が大きく動いたのを感じた。

 大きく動く、不思議な魔力。とても懐かしい、力強い魔法。


「ああ…そうでしたね…」


 自分の中にある()()()()()()()()()()を思い出す。


 目の前に、今まさに死の闇へと消えそうになる魔女がいる。

 エルヴィラ、あの魔女も…自分と同じ立場であるはず。


「だったら仕方ないな…助けましょう…私が貴女からこの魔法を受け継いだ理由は…その為ですものね」


 ねぇ? 師匠?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ジョーンは瞬間移動の特異魔法『ワープ』を巧みに操りながら、魔獣の手を誘導していた。

 彼女の言う通り、魔獣は全身で魔力を感じ、一番強い魔力へと攻撃をしていたようで、ジャンヌやエルヴィラへの攻撃が極端に薄くなっていた。


「アイツも特異魔法を二つ持ってたのか…姉ちゃんだけじゃ無かったんだな…すっげー」


 感嘆の声を漏らすカイにジトりとした嫉妬の目線を送りながら、ゲルダは氷の階段を作る。

 階段の先には、魔獣の背中に弱点であると思われる角のような突起物が突き出ていた。


「カーイー! 階段作ったから登って攻撃する! 足りなくなったら付け足すから安心して駆け上がって! 早くー!」


 姉の機転にカイは親指を立てて「ナイス!」と言ってその階段を駆け上がる。


「『鎧の魔女』! あんたも! いくつか作るから後はもうどうにかして!」


 何故この子は今こんなに不機嫌なのだろう? など色々疑問点はあったが、ジャンヌも短く礼を言い、その階段を駆け上がる。


 ゲルダの作った階段は、丁寧に手すりまでつけられており、冷たいのを我慢すればかなり安心できる作りになっていた。これなら移動中に襲ってくる手の攻撃で地上に落とされる確率も低くなることだろう。


 案の定、ジャンヌにもカイにも無数の手が襲ってきた。その数は先程までと比べると少なくなっていた。が、体を簡単に引き千切るほどの握力を持っている手の脅威に変わりはない。油断すれば、あっという間に囲まれて八つ裂きにされてしまうだろう。


 カイとジャンヌは、それぞれ迫り来る手を迎撃しながら弱点部へと近づいて行く。

 しかし、近付けば近付くほど、手の攻撃が更に激しくなっていった。


「んだよ鬱陶しいな! キリがねぇぞマジで!」


 ついに足を止めて、手を撃ち抜くことに集中しだすカイ。

 いくら無限射撃が出来ようと、いくら二丁の銃を持っていようと、多方向を同時に攻撃するのは不可能だ。


 魔獣と違って、人間のカイに腕は二本しかない。


「だが、ここで手の攻撃が激しくなったということは、あそこを守っているとしか思えない…どうやらあの突起が弱点だという彼女の推測は当たっているようだな」


 ジャンヌは冷静に、しかし剣を振るう手を止める事無く魔獣を分析する。

 突起物の周りにはうじゃうじゃと小さな手が生えている。ここから飛び降りて、着地してから攻撃を加えていくのは不可能そうだ。


 モタモタしていたら瞬く間に粉微塵にされるだろう。


(どう見てもあの突起物が柔らかいとは思えない…魔法が効かないのであれば、私の剣による斬撃の威力も半減するな…)


 唯一遠距離からと攻撃が可能であるカイも、無数の手を迎撃するのに手一杯といった感じである。

 あの銃撃なら多少届くのではないか。魔力のこもっていない実弾であれば、ヒビぐらい入るかもしれない。


 なんとかして、彼の銃撃を突起へと集中させたい。


「その為には…やはりキリの無いこの攻撃を、どうにかするしかなさそうだな!」


 ならば方法は一つしかない。


 ジャンヌは辺りの手を一振りで斬り裂き、一瞬だけできた隙をついてカイが居る階段へと飛び移る。


「魔女狩りの青年、頼みがあるのだが聞いてくれるか」


 飛び移りってから、カイと背中合わせになって、ジャンヌは言う。


「んだよ『鎧の魔女』! なんかいい作戦でも思いついたか!」


 カイの言葉にジャンヌはこくりと頷いて「ああ、上手くいくかどうかは分からないが…」と言って、剣先を突起物の方へ向ける。


「『幽閉の魔女』の推測通り、恐らくあそこに本体がいる…本体を倒せばこの魔獣は消える…ここまではいいな?」


「ああ…だがこの攻撃の嵐じゃ近付くことさえままならねぇぞ…俺の狙撃だってもうちょっと近づかねぇと威力が激減する」


 せめてあと10歩分、それぐらいは欲しい。


「ああ、そこでだが…私が君の周りの手を全て斬る、その隙に君は狙撃の射程内まで移動してあの突起に攻撃をしてくれないか?」


 ジャンヌの提案にカイは一瞬目を丸くして驚いたが、すぐに首を横に振って「無理だろ」と小さく言う。


「何故だ、私はこう見えてかなり剣術には長けていると思うが」


「そりゃ知ってるよ! 戦場の女神とか色々噂は聞いてる! アンタの腕を疑っているわけじゃない…だけど」


 カイは自分の銃口と標的である突起物を交互にを睨みつけながら言う。


「アレがそう簡単に壊れるとは思えねぇ…意外にも一発で壊れる…なんて都合のいい事になるとは俺には到底思えない…加えて、アレが壊れるまで俺が撃ち続けてる間…アンタが一人で俺たちに群がる手を全部斬り続けられるとも思えねぇ」


 カイはため息混じりの声で弱々しく言葉を漏らす。


「せめてあと一人…戦える魔女がいる」


 ジョーンは目まぐるしく瞬間移動をして、魔獣の気を引いている。というか彼女がこっちに来てしまえば本末転倒だ。

 ゲルダの魔法はそもそも効かない。魔力百パーセントの氷による攻撃は全く効果が無い。


「そうだ…『縄張りの魔女』! あの金髪幼女はどこ行った!」


 カイが視線を移すと、エルヴィラは地上でゲルダに群がる手を迎撃していた。

 氷の階段を作っているゲルダは、常に魔力を出しっぱなしにしている状態だ。

 瞬間移動という強力な魔力に大半の手は吸い寄せられているが、それでも他の魔力に反応する手はかなりある。

 ゲルダが狙われるのは必然だった。


「参ったね…どうやら覚悟を決めるしかなさそうだぞ…魔女狩りの青年」


「マジかよ…」


 ジャンヌが小さく頷くと、カイは諦めたように大きなため息を一つこぼす。


「俺この戦いが終わったらしばらく休暇もらおう」


「青年、何故か分からないがその手の台詞はこういう状況では絶対に言わない方が良かったかもしれないぞ」


 何故かそんな気がする。


「マジか…じゃあ無かった事にしてやろうぜ…あいつぶっ倒してな」


「ふむ…では…『鎧の魔女』ジャンヌ…いざ!」


 ジャンヌの掛け声を合図に、一斉に二人は走り出す。たった10歩分だが、その道のりがかなり長く思えた。

 途中、階段が無くなり、代わりに大きな廊下のように変化していた。


 空にかかる巨大な橋。流石に階段のままでは戦いづらいとゲルダが気付いたのだ。


「姉ちゃん! ありがたいけど最初からこうして欲しかったなー!」


 姉のうっかりに少々不満があったが、お陰でちょうどいい場所へと辿り着けた。

 威力が十分に発揮され、なおかつ戦いやすい広さがある場所。


 弱点への攻撃を察知したのだろう、二人を追う手の量が、徐々に多くなっていく。

 恐らくは、二人分。ジャンヌ自身の魔力と、カイの二丁の銃に込められたゲルダの魔力に反応している為だろう。


「正念場だ! 青年! 頼むぞ!」


「任されたぁぁあ!」


 カイは銃口を二つとも突起物に向け、その引き金を引いた。

 傘を打つ豪雨のような重く響く音を立てて、連続射撃が全て命中する。


「ピギィイいいいイイいいいイイアイアイイイダァァァァア!」


 魔獣が奇妙な悲鳴をあげて、グラリとその巨体を動かした。

 弱点部に激しい衝撃を受けたからか、魔獣は恨めしそうにぐちゃぐちゃになった顔をカイの方へ向ける。


「おい! オイオイオイオイ! マズイぞこれ!」


 魔獣が体全体を動かしてカイたちの方を向こうとしていた。つまり必然的に、弱点部が隠れてしまう事になる。


 もう一度移動できるだろうか? 魔獣の目標は、完全に今カイとジャンヌに変更されている。


「大人しくしてやがれ! くそ化け物がぁ!」


 ヤケクソ地味た銃撃を、これでもかと弱点部に命中させていく。

 しかし、魔獣の動きは止まらない。鈍くなっているが、確実にこちらへと方向転換を始めている。


 弱点部がジョーンに向く事になるが、彼女にアレを砕けるだけの魔法は無い。

 その証拠に、ジョーンの頬を嫌な汗がつたっている。


 ジャンヌは更に激しくなった攻撃から自分達を守る為に必死で剣を振るっている。これ以上の事が出来るはずが無い。


「これ…もうダメなんじゃ…!」


 カイが諦めの色を顔に出した、その時だった。


「ギィィィィイ⁉︎」


 再度魔獣が奇怪な声を上げる、そしてその動きをピタリと止めた。


 否、止めたのではなく、強制的に止められたのだ。


「諦めんなぁ! 男だろうがお前!」


 声のした方を振り向くと、エルヴィラが鬼気迫る表情で叫んでいた。

 よく見ると、その手から異様に伸びた爪が魔獣の体を貫いていた。

 手だけない、靴を貫き足の爪も伸ばした計二十本もの爪が魔獣の動きを封じている。


「なっ…がくは…続きそうにないっ…から! 早く仕留めろぉ!」


 カイは歯を食いしばり、標準を合わせ、銃撃を一点集中させる。


 割れろ。ヒビでもいい、とにかく通れ。


 全員の思いが一つになる。それに応えるように、魔獣の弱点部に小さなヒビが入った。

 それは弾が当たるたび大きくなり、ついには乾いた音を立てて割れ始める。


「十分だ青年! 後は数秒耐えてくれ!」


 その光景を確認したジャンヌが一気に駆け出し、突起物へと飛び出していく。


 手に力を込めて、剣を振りかぶり、破損個所に狙いを定める。


「『誠実の魔女』ほどではないが私も肉体強化の魔法ぐらい使える…! 悪いが余裕が無い! 一撃で決めるぞ!」


 鎧に魔力がこもり、全てのステータスが一時的に最大強化される。

 そして、その力を全て叩き込むように、剣先を突き立てた。


「ギャアァァァァァァァアアアイアイアアアアア!」


 突起物は爆発音と共に粉々に砕け散り、魔獣は大きな悲鳴をあげながらその場に倒れこんだ。

 直後、割れた突起物の中から幼い少女が飛び出して、ジャンヌに鋭い鉤爪を向ける。


「『皮剥の魔女』マリ・ド・サンス」


「『鎧の魔女』ジャンヌ」


 名乗りを上げ、二人の魔女がぶつかる。


 しかし、実力の差がありすぎたのか、それとも魔獣化で体力を消耗しすぎたのか、なすすべも無く少女はジャンヌの鋭い連続した剣撃によってバラバラにされてしまった。


 それはさっきまでとは違い、ちゃんと魔力が込められており、魔女を死に至らしめるには十分な攻撃となっていた。


「終わったぁ…」


 自分を取り囲んだ無数の手が、お湯に溶けた粘土のようにぐずぐずと崩れ落ちていくのを確認してから、カイは吐き出すようにそう言ってその場に座り込んだ。


 その場にいた者たちが安堵の表情を浮かべる中、ジャンヌだけは顔を引きつらせ、今自分が斬り殺した魔女の亡骸を見つめていた。


「どうしたのさ『鎧の魔女』、まさか敵に同情?」


 エルヴィラがジャンヌに近付くと、ジャンヌは力なく首を横に振り「見てくれ」と死体を指差す。


 不思議に思いながらも、エルヴィラはその魔女の顔を見る。

 そして「マジかよ」と、一言だけ零して、その場に立ち尽くした。


 彼女達は知らなかった。この魔獣がまさか味方だったなんて。やむを得なかったとは言え、自分達で自分達の首を絞める結果を作ってしまっただなんて、彼女達は知る由もなかった。


 言うまでもなく、仕方の無い事なのだが、それでも残酷な結果と現実は変わらない。


 まさかのオウンゴール。『防衛の魔女』達は、またしても不利になった。


『反乱の魔女』残り蝋燭六本。

『防衛の魔女』残り蝋燭五本。

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