無差別
「誰にでも分け隔てなく優しい人ってぇ…数少ないけど意外にもちゃんといるじゃない?」
ポツリと呟いたケリドウェンに、アラディアは少々戸惑いを見せながら「そうね」と返す。
「私はねぇ? そういう人ぉ…魔女だろうと人間だろうとぉ…大嫌いなのよねぇ…」
さらに唐突に続く否定の言葉にアラディアは動揺を隠せないまま「ど、どうしてかしら?」と言って、テーブルの上にあるクッキーを一つ口の中に入れる。
「私はこの国がぁ…魔女を嫌うこの世界にいる人間が大嫌いでしょお? でも貴女みたいに私に付いてきてくれる魔女は大好きぃ…」
ケリドウェンは灰色の瞳をぐるぐるとあちこちに移しながら言う。
彼女の表情からは、全くその心を読む事は出来ない、しかし、その壊れた目を見ればすぐに分かる。
彼女の心はその瞳よりも、真っ黒で真っ暗なものなのだと、容易にアラディアは想像できた。
「もしぃ…仮にねぇ? 私がこの国とも仲良くしたぁいとか…言い出したらどうするぅ?」
「どうするって言われても…分からないわよそんなの…」
困った表情を浮かべて俯くアラディアに、ケリドウェンはにっこりと微笑む。
そんな事は無いから安心して、とでも言いたげだった。
「あの『鎧の魔女』みたいにぃ…話し合いで解決だとか…争いを避けるようにぃ…敵味方の区別をつけずにぃ…両方の意見を聞き入れてぇ…どれも尊重しようとしたらぁ…確実に両方が滅びるのよぉ」
ケリドウェンは一切表情を変えず、窓の外を見ながら言う。
「力ある者がぁ…基本の基準も持たずぅ…ただの綺麗事で全ての意見を一緒くたにしてぇ…全体をまとめようとするとぉ…付いて行く方の思想には確実に歪みが生まれるのぉ…当たり前じゃないぃ? 十人十色って言葉もあるんだからぁ」
大人を嫌う子供がいれば、子供を嫌う大人もいる。赤が好きな子がいれば、青が好きな子だっている。
魚より肉、走るより歩き、勉強より趣味、過去より未来、友情より恋愛、暑さよりも寒さ、その他諸々、人の好みも、考え方も、一つではない。
そんなのは、当然の事だ。
「でも人はぁ…魔女だって同じだけどぉ…統一したがるでしょお? その為にはぁ…なんだってするじゃない?」
理解しない者を淘汰し、輪に入れない者を排除し、流れに沿わない者を駆逐する。
人間同士ですら、自分と違えば最悪殺すところまでいく。
「差をつけない、区別しない…それって聞こえはいいけどぉ…つまりは考えることすらも放棄してる究極の無責任だと思うのぉ…違いを受け入れない…圧倒的な統一主義…そんなのがこの世にいるとねぇ? ほんの少しだけ…生きづらくなっちゃうのよぉ」
暴力的か、そうでないか。たったその違いだけだけれども、しかしやっている事は、言っていることは、全て同じなのだ。
既に思想が被っていることにも気付かず、自分達だけは違うと思い込んで、自分で作ったゆるゆるの正義感を振りかざし、他人から優しく甘く個性を奪っていく。
「差をつけるから向上してぇ、区別するからチームワークが出来るでしょお?」
平等主義者、差別化する事を極端に嫌う人間は、魔女も含めて他人を全て同じだとしか見ていないのだ。
能力も、考え方も、全て同じで、差なんて無くて、区別なんかしなくて良くて、とっても便利な駒。
ただ肉が動いてるだけ、つまりはそんな風にしか周りを見ていないのだろう、というのがケリドウェンの考えである。
「私は無差別が嫌いなのぉ…個人じゃなくて個体を見る…そういう無関心がなによりも気持ち悪いのよねぇ…気持ち悪くてぇ…怖いのぉ」
ケリドウェンは窓の外を見ながら言う。
窓に映る賑わう人々、そこに被って映る、巨大な影と魔女らしき姿。
「その証拠に見てアラディアぁ…あの魔女は…敵味方の区別をつけずにぃ…無差別に攻撃してるぅ…形は違うけどぉ…無差別ってつまりはああいう事よぉ?」
ふと、アラディアはケリドウェンの方を向いて、ゾッとした。
その惨状を目の当たりにして、満面の笑みを浮かべている彼女に、血の気が引いていった。
「ねぇ? だからちゃんと分けなきゃねぇ? 私達が正義でぇ…国が悪…きっちり仕分けしてた方が…ちゃんとまとまって綺麗に終わるものなんだからぁ…」
あ、一人死んだ。
ケリドウェンがそう呟いたのと同時に、『防衛の魔女』側の蝋燭の火が一本消えた。
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シェイネを粉々に引き千切った魔獣マリは、無数にある手を残った五人にそれぞれ伸ばす。
地を這う蛇のようにズルズルと、しかし高速かつ俊敏な動きで、獲物に向かっていく。
「ちょちょちょ! 何さコイツ! なんでこんなところに魔獣がいるんだよ⁉︎」
エルヴィラは瓦礫や壁を蹴り、建物の屋根へ跳び上がって、自分に迫る手に短剣を投げつけた。
「『反乱の魔女』と考えるのが自然だろう。しかし…今まで二人以上のチームを組んで戦っていた彼女達だ…この魔獣を操る魔女が見当たらないのが妙だな…」
ジャンヌも同じく、建物の屋根へと跳び上がる。放心状態のジョーンを抱えながらよくこの高さまでジャンプできたなと、エルヴィラは感心した。
「こんな気色悪い魔獣見た事ねーよ! 撃っても撃ってもキリがねぇ!」
「カイー! コイツ氷が効かないよぉー! なんか魔力を受け付けないみたい!」
ゲルダとカイはただひたすら逃げ回りながら、地上で迫り来る手の撃退をしていた。
カイの銃撃は予想外に効いているようで、弾が当たった手はすごすごと本体の方は引き下がっていく。しかし、次から次へと手は湧き出ており、しかも数がだんだん増えてきている。
こうなるといくらゲルダの『撃ちっぱなし』で強化された無限射撃も、防戦一方で中々攻撃に転じる事が出来ず、ほとんど意味が無くなってしまう。
ゲルダはというと、ランダを罠に嵌めた時と同じように氷で動きを止めようとするのだが、その氷が魔獣マリの体に触れた瞬間、まるでガラス細工のように木っ端微塵に砕け散ってしまい、全く動きを封じる事が出来なかった。
それもそのはず、魔獣とは、様々な魔術や呪術で変化させた体を、魔力で作った巨大外殻で覆った化け物。その体は常に魔力の放出と吸収を繰り返しており、外側からの魔力による攻撃を散らしてしまうのだ。
散らすだけならまだしも、最悪身を包む外殻のコーティングに利用する為に吸収される恐れだってある。
魔法は効かず、しかし魔女への致命傷を与える事の出来る存在。この戦争で文句なしの最強の存在であった。
いや、最強というより、最凶だろうか。
「どっちでもいいわ! もう! 一体いつから魔女狩りから魔獣狩りになったっつーの⁉︎」
中々捕まらない五人に苛立ちを覚えたのか、本体の方がゆっくりと歩き出す。
シェイネを喰った後、その体はさっきよりもふた回りほど巨大化していた。既に豚と人間が混ざったような奇怪な頭が屋根の上を覗ける程度にまで成長している。
渡り鳥が空を飛んでいる時のように、辺りが少し暗くなるほどの手が辺り一面に蠢いている。
そして魔獣マリの目が、エルヴィラとジャンヌを捉えた途端に、その手の群れが一斉に彼女達に襲いかかった。
「狙いは完全に私達か…!」
「なんでよりによって私がマークされてんの…! この中じゃあ最弱だっつーの! やってる事っつったら闇で見えなくして殺してるだけのイキリ魔女だっての! って!」
自分でこんな事言わせんなやぁ! そう叫んだと同時に、エルヴィラは短剣の数を更に増やし、一斉に魔獣マリへと発射した。
その数、およそ千本。
「だいだいだいいだだだいいよたいいよ」
その巨体に短剣は次々と刺さっていく。魔獣マリは縦にも横にも巨大になっている、むしろ外す方が難しいだろう。
「そんな量の短剣をよく転送してこれたな…エルヴィラ、もしかして君の特異魔法は『物体転送』に特化してたりするのかい?」
感心するジャンヌに、エルヴィラは怪訝そうな顔を浮かべて「違うわ」と否定する。
「…ああ、そうだったな…君の特異魔法は『闇』を操る…」
「…あ? ああ、私そんな言い方したっけ…? そうだな…誤解されると嫌だから言っとくけど…私の特異魔法は」
言いかけて、その後の言葉をエルヴィラは続ける事が出来なかった。
投げたはずの短剣全てが、丸々自分の元に帰って来たからである。
ご丁寧に刃をこちらに向けた状態で、同じように投げつけられて来た。
「これは避けれなーーっ!」
咄嗟に身を屈めようとしたが間に合わず、数百本もの短剣が全身に突き刺さった。
額に、目に、喉に、腕に、胸に、腹に、足に、余すところなく突き刺され、後方へ吹き飛ばされてしまう。
「なっ! 『縄張りの魔女』!」
ジャンヌが咄嗟に呼びかける。あれだけの数があの勢いで全身に突き刺さったのだ、いくら不死身の魔女であってもその激痛に耐えられるかどうか分からない。
(あの小さな身だ…! 最悪気絶しているかもしれない!)
そうなれば真っ先に彼女が狙われるだろう。
魔女を一人抱えて、守りながら戦うなどという器用な真似、ジャンヌには出来ない。
「無事か! 『縄張りの魔女』!」
再度、大きな声で呼びかける。
するとエルヴィラは弱々しく手を振ってみせた。
「いったい…マジで痛いぃ…なんなのこれ…うわぁ…涙出て来た…目ぇ見えないんだけど…? これもしかして目に刺さってる? 刺さってんのこれ?」
ムクリと起き上がったエルヴィラは、ぶつぶつとぼやきながら顔に刺さった短剣を震える手で握って抜いていく。
ちなみに恐怖で震えているのではなく、ただの激痛による痙攣のようなものだった。
恐怖なんてない、たかだか身体中が穴だらけになっただけだ。
どちらかというと、湧き上がった感情は恐怖なんかよりも純粋な
「あぁ超ムカつく」
怒りだった。
あっという間に目を治癒し、クリアな視界になった事を確認したエルヴィラは先程までとは打って変わって反撃の姿勢に出る。
幼い少女とは思えない表情で顔を歪めて、エルヴィラは魔獣を睨みつける。
一気に駆け出し、無数の手を避けながら、エルヴィラは魔獣マリへの距離を詰めていく。
「特異魔法ぉ⁉︎ 別にお前なんかに使うまでもないけど! 見たきゃ見せてやるよ!」
そう叫んでからエルヴィラは、壁を蹴り跳躍して、魔獣マリの顔に近付き手を伸ばす。
そして払うように手を振り、鋭いものを顔へと飛ばした。
「なんだ? アイツ今何飛ばした?」
カイは目を凝らしたが、全く分からない。ただ何か細かいものであることだけはなんとなく察しがついた。
ゲルダもジャンヌも、投射物の正体までは分からず、ただ困惑と共にエルヴィラを見守る事しか出来なかった。
魔獣マリの顔面に刺さった鋭いもの、それは乳白色で小さい、まるで『爪』のようだった。
「使い方…これであってるのかな? 喰らえや化け物」
落下しながら、エルヴィラはパチンと指を鳴らす。
その瞬間。
「びぃひぃいいいいいいいいっ⁉︎」
魔獣マリの顔面が内側から破裂するように張り裂けた。
鋭いものが、飛び出したように見える。
エルヴィラはその様子を見て眉をしかめていた。
その光景には見覚えがある。
自分自身で受けた恐ろしい爪の斬撃を。
「まさか私がする事になるとはねぇ…」
魔獣マリは動きを止め、がくりとその場に巨体がうずくまった。
「なんだっ⁉︎ 何したんだアイツ⁉︎」
「ズバーッ! ってなってたけど何も分かんなかったね」
姉弟が疑問の眼差しをエルヴィラに向けている中、ジャンヌだけは、エルヴィラに対して疑惑の視線を向けていた。
泥棒を見るかのような、軽蔑の眼差し。
どこかでこの様子を見ていたケリドウェンも、酷く不快そうな顔をしていた。
『縄張りの魔女』エルヴィラが使って見せた特異魔法。それはどう見ても彼女の肩書きである『縄張り』と一致しない魔法だった。
基本的に、魔女の肩書きというはその魔女が得意な、もしくはその魔女の『特異魔法』から取られる事が多く、そうでなくても性格や特徴から名付けられる事がほとんどである。
全く当てはまらない事など、ないはず、否、あってはならない事なのだ。
そのありえない事が今目の前で起こっている、その事実はジャンヌとケリドウェンの中に、エルヴィラという幼い姿をした魔女が、禁忌に触れた最悪の魔女であるかもしれないという疑惑を浮かばせた。
真相はエルヴィラ本人だけが知っている。
この戦争が始まる前に、フライングして殺してしまった魔女の特異魔法。
「そうだな…『剥がれた爪』とでも名付けるかにゃー? 私の爪は自由自在にゃのよん! なんちゃって」
彼女が使ったその魔法は、彼女が最初に殺した魔女。
『反乱の魔女』の一人、『黒猫の魔女』レジーナの特異魔法だった。




