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魔女伝  作者: 倉トリック
第1章 魔女狩り
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写し身の魔女

 その昔、行動を起こす前にケリドウェンがメンバー全員を集めて注意すべき相手として何人かの魔女について話していた事をパシパエは思い出していた。


 丸いテーブルを十二人で囲うように座り、紅茶とお菓子を食べながらのゆるふわ雰囲気の会議。

 しかしながら内容は全くと言っていいほど穏やかなものではなかった。


 万が一、魔女達が敵になったと想定して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その中に、『皮剥の魔女』マリ・ド・サンスの名前も出てきたのだ。


「私達はねぇ…ほらぁ…あの時ぃ…四人も主力を失ってるのよねぇ…」


 珍しく落ち込んだ様子でケリドウェンは話していた。それは死んでいった当時の仲間の事を思ってなのか、それとももっと別のことなのだろうか、数合わせでメンバーに入ったパシパエには分からなかった。


「彼女達がぁ…習得していた特異魔法ぉ? …アレは私達の悲願達成の為にはぁ…欠かせないものだったのよねぇ…絶対にぃ…失くしたくなかったのよぉ…」


 ケリドウェンは大きなため息をひとつ吐いてから、紅茶を一口飲んで、隣に座る魔女に向く。

 そこにいるのはケリドウェンと最も付き合いの長い『救済の魔女』アラディアだった。


「ねぇアラディアぁ…? 貴女もそう思うわよねぇ?」


「そうね、確かにその通りだわ…でも」


 アラディアは飲もうと手に取ったカップをゆっくりとテーブルの上に戻し、呆れたような表情でケリドウェンを見た。


「貴女が心配しているのは…貴女が残念に思っているのは…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 特異魔法の行方。


 聞きなれない言葉にパシパエは首をかしげる。

 四人の『反乱の魔女』が百年前の『大虐殺』で命を失ったのは知っている。その四人の補充としてパシパエ、パリカー、モリー、レジーナは今ここにいるのだから。


 しかし、その四人の特異魔法までは知らなかったし、今となっては知る術などないものだと思っていた。


(それなのに、魔法の行方が分からないのね? どういう意味なのね?)


 視線を移してみると、自分と同じ補充組も首を傾げたり頭を抱えていたりしている。その様子に気付いたアラディアが、ケリドウェンに説明するよう促した。


「ケリド、新人達は知らないようよ? ちゃんと教えてあげないと」


「あらぁ…それはいけないわねぇ…でもぉ確かに知らない子ぉ…多いのよねぇ…()()()()()()()()()()()()


 やはり聞き間違いではなかったようである。


 ケリドウェンはニコニコと微笑みながら角砂糖を一つ摘む。


「これがきのみだとするでしょう? あのパンって破裂して種を蒔き散らすタイプのきのみねぇ? 破裂して…種を蒔き…新たな芽がでる…魔女の魔法にも何故か同じような事が起こるのよぉ」


「…ええっと…つまりどういう事なのね…?」


 パシパエはさらに頭をひねって考える。ぶっちゃけ変な例えのせいで余計分からなくなってしまった。


「だからぁ…この角砂糖が私達魔女だとするじゃない? これをぉ…こう」


 ケリドウェンは指で角砂糖を押し潰し、粉々にした。指から粉になった砂糖がテーブルの上へこぼれ落ち、雪のように降り積もっていく。


「魔女が死ぬとぉ…その体に宿っていた魔法はぁ…この砂糖みたいに色んなところにばら撒かれるのぉ…でもねぇ? ほら見てぇ」


 粉々になった角砂糖。ほとんどがテーブルの上に積もったが、ほんの少しだけティーカップに入っていた。


「このティーカップは新たな器…解き放たれた魔力は完全に消えて無くなる前に、新しい体を探すのぉ…そしてその魔力と適合した女の子に宿り…新たな魔女を生むのよぉ」


「そして、それが微弱な魔力ならただの魔女になるだけなんだけど…例えば特異魔法ね…強力な魔法であればあるほどその形を保ったまま次の魔女へと移るの…つまり…四人の特異魔法を持った魔女がどこかにいるはずなのよ」


 アラディアがそう付け足しながら角砂糖をそのままトプっとケリドウェンのティーカップに入れる。当のケリドウェンは嬉しそうに笑っていた。


 主力だった『反乱の魔女』の特異魔法を身につけた新生魔女。ケリドウェン達はその子達を探しているのか、と、パシパエは納得する。

 来たる作戦の日に備えて、一刻も早くベストメンバーを揃えたい。


(まぁそうなると…数合わせだけの私達は用済みになるのね)


 パシパエは少し暗い気持ちになったが、悟られてはいけないと思い気持ちを押さえ込むように紅茶を飲み干した。


「まぁ特異魔法の他にもぉ…問題はあるのだけれどねぇ?」


「他の問題?」


 意外にも、ケリドウェンの発言に反応したのはアラディアだった。彼女ですら知らされていない、ケリドウェンだけが持っている心配事があるらしい。


「私達のぉ…敵になるかもしれない魔女はぁ…少なからずいるのよねぇ…あまり理解できないけれどぉ」


 そこに関してはパシパエは完全に同意だった。

 あれだけ自分達を苦しめる魔女狩り、それを終わらせる為に国と戦っているのに反対する魔女が少なからずいるというのは、全くと言っていいほど理解できない。


「『鎧の魔女』ジャンヌ…『飛来の魔女』ヴォアザン…そして一番厄介なのは『皮剥の魔女』マリ・ド・サンスねぇ…あの子ぉ…どうやら『魔獣化』出来るみたいなのぉ…」


 ケリドウェンの『魔獣化』という言葉を聞いた瞬間、場の空気が一気に凍りついた。

 魔女にとっての天敵である『魔獣』。それになれる魔女だって?


 にわかには信じがたいが、ケリドウェンは決して冗談を言うような性格ではない。

 彼女はゆるい口調でいつも真実を語る。


「まぁ…その辺も含めてぇ…今度の作戦に取り込んじゃおっかぁ…って、思うんだけどアラディアはどう思う?」


「貴女がいいならそれでいいんじゃない? 私はどんな作戦だろうと貴女について、魔女を救済するだけよ」


 ケリドウェンが嬉しそうに微笑む。


 しかし、パシパエにはもう一つ気がかりな事があった。


 恐らく今度の作戦で、魔女と大量に接触するのだろうけれど、そこに『反乱の魔女』の特異魔法を持った魔女が現れたとして、果たして彼女達が素直に仲間になってくれるのだろうか。『反乱の魔女』に反対する魔女が多い事は事実である、偶然にも特異魔法をまるごと受け取った魔女が敵なったりしたらどうするのだろう?


「ねぇ…ケリドウェン?」


「何かしらぁ?」


 パシパエは勇気を出して尋ねる。


「もし『反乱の魔女』の残り四つの特異魔法をどれか一つでも持った魔女が敵になったらどうするのね? まさか殺すってわけにも」


「殺すわよぉ? 敵ならぁ仕方ないじゃない?」


 あまりにあっさりと答えるケリドウェンに流石のパシパエの血の気も引いていく。

 しかし、そんな事は意にも介さずケリドウェンはにこやかな笑みを浮かべたまま言う。


「大丈夫よぉ。殺したって特異魔法はどこにもいかないわぁ…」


 ケリドウェンは紅茶の入ったカップを傾ける。勿論重力に逆らう事無く紅茶はカーペットの上に溢れ、すぐにシミになって消えた。


「傾けたら紅茶は溢れる…溢れる事が分かっているならぁ…ちゃあんと受け皿を用意してあげれば良いだけなのよぉ? うふふふふふふふふふ」


 本当に楽しそうに笑うケリドウェン。


 何故今になってこんな事を思い出しているのだろう?


 少なくとも、仲間が一人喰い殺されるのを目前にして思い出すような話ではないのに。


「モ…モーガン…」


 身体中から人間の手や動物尻尾など、なんとも形容しがたい化け物になった魔獣マリは、捕らえたモーガンの皮を無造作に引き剥がして、そこから見える赤くて柔らかい肉に喰らいついていた。


 モーガンはパシパエを庇い、身代わりになった。


 覚悟の上の行動だったのだろうか?


 少なくともパシパエの耳に届くモーガンの小さな喉から出ているとは思えない最悪の悲鳴と、容赦の無い咀嚼音を聞く限りでは、これを覚悟していたとは到底思えない。


 気持ち悪い。ただ気持ち悪い。


 アレが自分じゃなくて良かったと安心している自分が心の中にある事実も、目の前の光景も、この戦いの行方も、『防衛の魔女』も失われた特異魔法も。


 もう何もかもどうでも良くなってて、ただひたすらこの場から逃げたいという思考だけが脳を、体を、支配していた。


 モーガンの悲鳴が聞こえなくなり、魔獣マリの複数ある眼球が一斉にパシパエの姿を捕らえた。


 逃げるか、特異魔法で対抗しないと死ぬ。


 分かっている、分かっているのに、体は動かず、魔法すら発動する事が出来ない。


(死ぬ…このままじゃ確実に殺される)


 何度も何度も、モーガンの最期の姿がフラッシュバックする。

 もうじき自分もああなる。


「ま女てんなぜぶんばえましてびろほだいいん」


 意味不明な言葉の羅列のような奇怪な声のようなものを魔獣マリは発しながら近づいて来る。何か伝えたいのかもしれないと思ったが、意味なんてものはないのだろう。

 意味なんて無い、それは今までマリが剥いで来た、人間や動物や魔女達の声が混ざり合って出来た、ただの鳴き声なのだとすぐに察した。


 魔獣は魔法に対して異常な耐性を持つと聞く、それは誇張無しの嘘偽りない事実であった。

 パシパエの特異魔法『ワン・ラブ・オール』でその身を操る事が未だに出来ないのがその証拠だ。


 四つん這いの魔獣マリの体から、大量の腕が伸び、パシパエの頬にそっと触れる。

 次の瞬間には体全体を掴まれて、ゆっくり人間のものと豚のものが混ざったような口へと引き寄せられ行った。


「…!」


 パシパエの顔を簡単に砕いてしまうであろう巨大な口が目前に迫る、生臭い息が顔面に当たる不快感と共に死を直感した、次の瞬間には自分の頭部はバラバラに砕かれて


「…?」


 しかしいつまで経っても、その瞬間は来なかった。恐る恐る見上げると、魔獣マリが不思議そうに遠くを見つめている。


「ねしねしすろこいくはずだたのにとっもいきょだなりょまくガある」


 言葉の羅列のような鳴き声をあげた途端、魔獣マリはパシパエを放り投げてどこかに走り去ってしまった。


 緊張で強張る体でなんとか立ち上がり、自分の体を見る。


 どこも千切れてない、五体満足、魔力すらたっぷりある。


 何が起きたか分からない、しかし今自分は生きている。


「た…助かった…のね?」


 パシパエは一言吐き出すように漏らすと、原型をとどめてないモーガンを見て


「モーガ…んぅ! おえぇっ!」


 言葉の代わりに胃の中のものを吐き出した。


 彼女の中である一つの思考が生まれ、それはまたたくまに全身を支配し、一気に行動へと移していた。


 元の世界に帰るため、元来た道をひたすら走る。


「や…やだ…死にたくない! 死にたくない死にたくない死にたくないしにたくないしにたくないしにたくない死にたくないしにたくないシニタクナイ!」


 戦いが始まり、合計十一人の犠牲者が出たところで、初めて逃亡者が出た。


 未知と遭遇し、友が目の前で死に、自分も死にかけ、恐怖に負けた。


 彼女の逃亡は、善悪はともかく、至極当然の行為だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 物音。


 まるで足音のような地鳴り。


 それもかなりたくさんの音、大量に何かが近づいて来ているのか、それとも蜘蛛やムカデのように足が何本もある生き物なのか。


 シェイネはその奇妙な物音に反応し、立った耳をピクンと動かせる。


 仲間達はこれからどうするか考え、話し合っているので気付いていない。

 恐らくこの異変に気付いているのは自分だけだろう。


 敵かもしれない、だとしたらこんなところで溜まっていて良い事はないだろう。


(まぁこれだけ人数がいれば多少の事はなんとかなるかもしれねぇけど…)


 だからといって放っておくわけにもいかないだろう。


「なぁみんな、聞いてくれるか?」


 シェイネは物音に集中しながら全体に呼びかける。


「なんかな…足音みたいな変な音がさっきから聞こえるんだよ」


「変な音?」


 シェイネが言うとエルヴィラがそう反応して、耳をすませた。

 目を閉じて、意識を集中させているような仕草をしばらく見せてから、エルヴィラは首を横に振る。


「何にも聞こえないけど?」


「いや、多分みんなには聞こえねぇと思うんだ…なんか結構距離あるみたいだし…その辺を徘徊してる感じ?」


 一人悶々としているシェイネを見かねて、ジョーンが「それなら」と手をあげる。


「わ、私が結界をこの付近に作りますよ…こ、こう見えて…結界魔法は得意なんです…えへへ」


 ジョーンの提案に、誰も反対するものは居なかった。

 魔法陣を部屋中央に描き、魔力を集中させて、この建物を囲うような結界を張る。


 ジョーンが魔法陣に手を当てて、魔力を注ぎ込んだその瞬間だった。


 奇妙な足音が猛スピードでこちらに近づいて来た。


 グラグラと地面が小刻みに震え、皿や瓦礫が崩れ落ちる。


 流石に全員が異変に気付く、しかし既に遅かった。


「つみたけけたみついぱっいよるいマ女ちたがべたようようたべしよろこそう」


 多種多様な生き物を混ぜ合わせたかのような巨大な化け物が建物を崩壊させながら現れて、複数ある大きな瞳で『防衛の魔女』一同を見下ろす。


 そしてなんの迷いも見せず、大量の腕がジョーンに襲いかかった。


「あぶねぇ!」


 唯一、誰よりも早く異変に気付いていたシェイネは、誰よりも早く行動し、棒立ちだったジョーンを突き飛ばす。


「っ! …シェ…シェイネさ…ひぃっ!」


 ジョーンが目にした光景は、大量の手に掴まれて、まるで子供がおもちゃを取り合うように引っ張られ、その結果鮮血を撒き散らせながら粉々に千切られた、シェイネの最悪の最期の姿だった。


『反乱の魔女』残り蝋燭六本。

『防衛の魔女』残り蝋燭六本。

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