最初で最後に伝えたい事
エルヴィラによって召喚された彼女達のおかげで、ジャンヌとエルヴィラはかなり黒竜本体にまで辿り着くことが出来た。しかし、やはり近付けば近付くほど、敵の数は増えていき、徐々に足が止まっていく。
「『縄張りの魔女』!」
苦戦する二人の元へ、『鎧の魔女』が駆けつけ辺りの敵を一掃する。
「悪いな、助かったぜ」
「先生、ありがとうございます」
礼を言う二人に、『鎧の魔女』は黒竜を見上げながら言う。
「礼などいい、しかし、このままあの黒竜に接触してどうすると言うのだ? この滅びを止める方法はあるのか?」
「ああ、確証はねぇけど、とりあえず考えはある……ま、全部人任せになるがな」
エルヴィラは自嘲しながら言って、魔獣化しているマリを指差す。
「アイツにこの竜の腹をこじ開けてもらう、そんで、内部から元凶野郎を引き摺り出せば、帰ると思う」
「もしくはペリーヌさんを救出するか、だね。あの巨大な体躯を作るのに、かなりペリーヌさんの魔力を使ってるはずだから……彼女を取り除けば、あの体を維持できなくなるはず」
憶測だらけだが、それでも、何もしないよりマシだ。それに、全く的外れ、というわけでは無いだろう。不発に終わる事は無いはずだ。
「分かった、君達がそう動けるように協力しよう、だが、無茶はするなよ?」
「そっちこそな、もう可愛い弟子を悲しませるなよ?」
「ふむ、こっちの世界の私は死んでしまっているのだったな……それにしても、私は一体、誰にどんな風にやられてしまったのだろう?」
小さな竜達が再び群がり始めた。黒竜に近付けば近付くほど攻撃が激しくなる。本体を守っているのだろうか、だとすれば、やはり本体を叩けば全て解決するのかもしれない。嫌がっているという事は、攻撃は有効であると言う事だろう。
一気に押し寄せる小竜の群れ、その軍勢が、一斉に消し飛ぶ。
「……あっぶねぇ! お前! 私達まで殺る気だったろ!」
エルヴィラが怒号を飛ばす先には、不気味に笑うケリドウェンの姿があった。
「あらあらぁ、助けたのにぃ、随分な言われようねぇ……うふふ、心配しなくてもぉ、まだ命は取らないからぁ、早く行きなさいなぁ」
ケリドウェンとジャンヌ(魔女)が並ぶ。そしてすごい勢いで、小竜達を討伐していった。
「ここは私達に任せて先に行け、という奴だ、世界の崩壊を止めるんだ」
「ついでにぃ、私の魔法もぉ、取り返してきてねぇ?」
ケリドウェンが手を翳すと、ジャンヌとエルヴィラ
名前に立ち塞がっていた敵が全て消し飛び、まっすぐと黒竜に通じる道が出来た。
「流石だぜ、こうもあっさりと道まで作ってくれるとはな……行くぞ! 忘れ形見!」
「う、うん!」
敵が全滅したわけじゃない、すぐにこの道は塞がれるだろう。
その前に、辿り着く。その為に、走った。
「ーーっ! マリッ!」
走りながら、エルヴィラは叫ぶ。すると、巨大な魔獣が小竜達を踏み潰しながらこちらに向かって突っ込んできた。
魔獣マリは、無数の触手を伸ばし、黒竜の腹部に突き刺して、ぐちゃあっと無理やり広げていく。
「あの中入るの? 本当に大丈夫? 取り込まれたりしない?」
「長居はしない方が良いだろうな、だからさっさと終わらせるぞ」
魔獣マリに掴まり、エルヴィラはこじ開けた穴の中へ飛び込んで行く。ジャンヌも覚悟を決めて、パチンと両手で自分の頬を叩いてから、飛び込んだ。
竜の中、体内のような場所を想像していたが、全く違った。高濃度、高密度の魔力で作られた、異次元空間。王宮の室内のような場所もあれば、廃村のような場所もある。
そこは、今まで戦ってきた記憶全てが渦巻いているような、カオスな空間だった。
そんな空間の中心に、眩しく輝く物があった。
戦いの原因、色んな人間を振り回し、そして破滅させていった力の塊。
七つの魔法を封じ込めた、魔剣オーバードーズが煌々と輝いていた。
「あれを取り除けば……この竜は止まる」
「ああ、とにかくこの竜の中から出しちまえばーーっ!」
剣に近付こうとした二人の前に、立ち塞がる影があった。
「ホ……ロボして……やるっ……なにも……ガモッ!」
「サッフィ……!」
魔力に体を支配され、意識が朦朧とした様子のサッフィは、どこを向いているか分からなかった視線を、真っ直ぐジャンヌに移すと、泣きそうに震える唇を歪ませて、微笑んで、潰れそうな声で言った。
「ジャンぬ、ざば……ぼぐっ、が……ずべて……オワっ……らせて……ただかわ……なぐで……いいように、アラゾイ、なんて、起こら……ない……ぜがいに」
「サッフィ……もう、やめよう? 貴方の気持ちは十分分かったから……とっても嬉しかった……でも、私の為に、世界を壊すなんてやめて……そんなの、何の解決にもならないよ」
多分もう、何を言っても無駄なのだろう。それはジャンヌも理解している、それでも、どうしても、ありもしない希望を信じてみたかった。争いの無い世界を作る為に、今、自分を愛してくれた彼と、戦わなければならなくなっている。
そんなの、あまりに報われない。だから、どうか、声が届いてほしかった。想いが届いてほしかった。
それでも、現実は残酷だった。
空間の悍しい魔力がサッフィに集まっていく。それは真っ黒な鎧に変わり、サッフィを騎士のような姿へと変えた。
「……暗黒騎士ってか、ぐちゃぐちゃになっても随分お洒落には気を使うんだな……忘れ形見、覚悟を決めろ、アイツを倒す以外、世界を救う方法はねぇ」
「……うん……サッフィ……もう、終わらせよう」
ジャンヌの声に応えるように、空間の魔力がジャンヌにも集まる。
三対の翼が大きく広げられ、ジャンヌを、女神の様な姿に変えた。
「いくよ、サッフィ」
女神モードは、この世にある全ての魔力を司り、全ての魔法を操る姿。その力で、サッフィから魔力を引き剥がそうとする。しかしーー。
「あれっ⁉︎」
「グァアアアアアッ! バァアアアアアッ!」
掴んだ魔力に拒絶され、ジャンヌは吹き飛ばされてしまう。
「これは……!」
「ジャん……ヌ…ざまっ! ボくと……ヒトつにぃっ!」
サッフィの手に握られた黒い剣。その剣に、周囲の魔力が吸い寄せられていく。
「オーバードーズのパクリかよ! ヤベェぞ忘れ形見! アレに刺されたら、多分お前ごと取り込まれる!」
「だったら……私も!」
ジャンヌは両手に魔力を集め、光り輝く剣を作り出した。
「これなら……やれる!」
翼を羽ばたかせ、ジャンヌはサッフィへと突っ込んで行く。突き出された剣を弾いて躱し、オーバードーズを突き刺そうと試みる。
しかし、そう上手くいくはずも無かった。
サッフィがいつの間にか作りしたもう一本の剣に、ジャンヌの攻撃は弾かれる。そのまま双方から黒い剣が襲いかかるが、寸前で飛び上がり、これを回避した。
だが直後、サッフィにも黒い翼が生え、上空のジャンヌに追い付いてきた。
「じゃンヌざばぁぁぁあっ!」
「サッフィィィィィッ!」
お互いの剣をぶつけ合い、魔力の放出と吸収を繰り返す。
数多の魔法が混ざり合い、崩壊しては、創造される。
無限に続く様にも見える攻防、しかし、そのバランスに若干のズレが生じた。
「ぅらぁっ!」
ジャンヌの剣がサッフィの鎧にぶつかった時、そこにヒビが入った。そして、そこから一気にサッフィに取り憑いていた魔力が流れ出し、ジャンヌの剣に吸い込まれていく。
「おっしゃ!」
ジャンヌが押した、やはり、戦闘経験の差なのだろうか、徐々に、サッフィの攻撃が弱々しくなっていく。
「ジャンヌ……さ、まぁ……!」
「サッフィ、ありがとう……貴方は……私だけじゃない……本当は、みんなを救いたかったんだよね」
彼の周りは、戦いに身を投じる者ばかり、その中で、何も出来ない自分に、きっと嫌気がさしたのだろう。
それ以前に、親しい人間が、危険な間に合うことが、とてつもなく怖かったのだろう。
だから、願った。争いなんて起きない世界、それを自分で作れるぐらいの強い力が欲しいと。
しかし、願いはブレれば醜い欲望に変わる。そうして歪んだ願望になって、自分も、周りも、破滅へと導いてしまう。
「ジャンヌ……様っ! 僕は」
「ありがとう、優しい貴方が、大好きだったよ……でも、私にも、守りたい人達が沢山いる……それを壊されたくはない……だから、ごめんね」
おやすみ。
そう言って、オーバードーズをサッフィの胸に突き刺した。サッフィに取り憑いていた魔力は、彼の肉体ごと、その剣に吸い込まれていく。
「よし……これで……っ⁉︎」
吸い込まれていく、そこに、ジャンヌは異変を感じた。
おかしい、いくらなんでも、吸い込みすぎだ。
「忘れ形見! 手を離せ! それはお前が吸収してるんじゃない! お前が取り込まれかけてるんだ!」
エルヴィラが叫んだ時には、すでに、透明な剣の先が、黒く染まりつつあった。その浸食は一気に広がり、ジャンヌの腕を飲み込んでいく。
「まずいよ……! このままじゃ!」
ここには恐らくこの世の全ての魔力がある。それを司る女神モードのジャンヌが取り込まれてしまえば、もう誰にも止められなくなる。
「どういう事だ……! サッフィは居なくなったのに……! 一体なんで、誰を依代に……あ、まさか」
エルヴィラは上を見上げる。
輝くオーバードーズ、その背後に、友の姿を見た。
「ペリーヌ……!」
七つの魔法が狙っていたのは、最初からペリーヌの方だった。サッフィなど、そこへ行く為の過程でしか無かったのだろう。
魔女が魔法を持つ、その当たり前の事が、今は最悪の事態の引き金になっていた。
魔女が死ねば、魔力が拡散される。そうなれば、再びこの魔力に取り憑かれて、暴走する者が現れる。
魔法そのものがこの世に存在する限り、世界の破滅への未来は変わらない。
「どうすりゃいい……どうすれば……いや、待てよ」
エルヴィラは、自分の両手を見つめ、しばらく考えてから、ニヤリと笑った。
「この手しかねぇな……なるほど、あの男は正しかった」
エルヴィラはそう言って、ジャンヌの元へ駆け寄る。
「忘れ形見! まだ意識あるよな!」
「だいっ……じょうぶだけど……やばい! どんどん飲み込まれていくよ! どうすれば!」
「大丈夫だ、私に考えがある、だから、少しだけ飛んでくれるか? あの剣のところまで」
「……? わ、分かった」
片腕でエルヴィラを抱えて、ジャンヌは上空のオーバードーズまで飛び上がる。
一瞬にして辿り着くと、エルヴィラは剣に拘束される親友の頭をソッと撫でた。
「……ごめんな、ペリーヌは、ずっと私を守ってくれたのに……私は、なんもしてやれなかったな……あまつさえ、今から私は、アンタを殺そうとさえしている」
「……え、エルヴィラ⁉︎ なにしようとしてるの⁉︎」
「忘れ形見、ここでお別れだ」
そう言って、エルヴィラは、ジャンヌに止める暇すら与えず、素早くジャンヌの持つ剣を自分の胸に刺した。
「ぐぅっ……!」
「な、なにしてるの!」
あわててジャンヌは引き抜こうとするが、エルヴィラはガッチリと柄を掴んで離そうとしない。
ジャンヌの腕を侵食していた黒い部分が、ズルズルとエルヴィラに吸い込まれていく。
「……それ……から……こうだっ!」
次にエルヴィラは、ペリーヌを捕らえている剣を自分の腕に刺した。
空のオーバードーズは、魔力を吸収するが、既に魔力が入っている剣に刺されると、逆に魔力を注がれる。
「今……私の中で、全ての魔力が繋がった……これで、多分、できる」
「な、なにをするつもりなの! ねぇ! エルヴィラ! 危険な事はやめて! お願いだから!」
必死に懇願するジャンヌに、エルヴィラはフンッと微笑んで、言う。
「……忘れ形見……最初で、最後だ、よく聞いとけ」
エルヴィラの体を、黒い魔力が包んでいく。それでも、エルヴィラはハッキリと意識を保っていた。
「私の……魔法で……過去を改変する……この、全ての魔力を持ったまま……原初に戻って……この世界から、魔法ってのを消して、魔女なんか生まれなかった事にする」
「……エルヴィラ? なんで、そんな事したら」
「……こればっかりは、あの男の言った通りだ……魔女なんていなかった方が良かったんだ……魔法なんて、この世の通りから外れた力があったから……余計な悲劇が生まれた……だから、消す、最初から、無かった事に出来るなら、その方がいい……今、それが出来るのが私だけなら、魔女の私だけなら、そうするのが私の役目だ」
「待ってよエルヴィラ! そんな事したら、魔女である貴女は生まれてこなかった事になる! もう二度と、会えなくなるよ! そんなの嫌だ! もっと他に方法はあるはずだよ! お願い……待って!」
泣きながら懇願するジャンヌに、微笑みながらエルヴィラは言う。
「魔女はいない方が良かったかもしれねぇ……でもな、私が魔女で、この時代まで生きて、そして、お前に会えた事は、絶対良かった事だ……それは、ちゃんと理解してる」
「だったら……」
「でもな、それとこれとは話が別なんだ……世界に比べたら、私達の存在なんて小せえ、世界を天秤にかけられたら、私達に選択の余地は無い」
だから、と、エルヴィラは続ける。その顔は、今まで見た事がないぐらい、嬉しそうな、満面の笑みだった。
「だから、最後に言わせてくれ、こんなちっぽけな存在の私が、でっかい世界を救う為に消える、そんな時だからこそ、お前には、ちゃんと伝えておきたい事がある」
「…………」
「お前には、私に無いものを沢山教えてもらったよ。お前達と過ごしているうちに、私は、忘れてたもんを取り戻せた。昔師匠がくれた気持ち、誰かを愛するって気持ちをな」
「エルヴィラぁ……!」
エルヴィラは、ジャンヌの手を握りながら、言う。
「ただの空っぽの私を、魔力以外のもんで満たしてくれた、それはお前だけじゃねぇけど、でも、これは、一番言いたいお前に言う」
エルヴィラの体が、透明になっていく。
「お前と一緒にいると、楽しかった、嬉しかった、安心できた、胸の奥が熱くなった、こんな私に、魔法なんか比にならないぐらい、特別なものを沢山くれた」
エルヴィラの存在が、消えていく。膨大な魔力と共に。
それでも、彼女は、伝える。ずっと言いたかった事を、伝えたかった人に。初めて出来た、人間の友に。
「ありがとう、ジャンヌ、お前に出会えて、私は幸せだった」
直後、激しい光が世界を包む。滅亡では無いが、確実に、世界から一つの存在を消滅させる光。
手を動かしてもがいても、さっきまで握ってくれていた小さな手は、もうどこにも無かった。
「エルヴィラァァァァァァッ!」
ジャンヌは、叫んだ。
忘れてたまるかと、自分に言い聞かせるように、友の名を。
竜が消える。
戦っていた魔女達が消える。
魔法の痕跡が、跡形も無く消える。
こうして、世界は新生した。
魔法の存在しない世界へと、生まれ変わった。




