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魔女伝  作者: 倉トリック
最終章
133/136

改変対変革

「色々あって大変でしたね、でももう大丈夫ですよ、貴女は戦わなくていいし、この世界に争い事はもう起きません、貴女は、もう自由ですから」


 玉座に座りながら笑顔で言うサッフィに、ジャンヌは暗い視線を向ける。彼がエルヴィラに向けた悪意と殺意、それは紛れもなく本物の感情だった。そして、今自分に語られた言葉も本物。


 サッフィは本気で、ジャンヌを救う為にエルヴィラや、他の仲間たちを消そうとしている。


「あの……サッフィ」


「なんですか?」


「世界から争いを無くす、っていうのは私も大賛成だし、出来れば協力したいんだけど……具体的にどうするつもりなの?」


 協力したい、その言葉を聞いた途端、サッフィは照れ臭そうに笑った。その表情を見て、あれだけ優しかった彼に対して、不気味だと思ってしまう事が、すごく辛かった。


「やはりジャンヌ様も同じ気持ちだったんですね、この世に争いがある限り、貴女が戦わなければいけなくなる……だったら愚かな連中を全員消してやれば良い、僕はそう思ってました」


()()()()? じゃあ、今は違うの?」


「そうですねぇ、安易にヒトを消してしまおうとするのはバカのやる事です。完全にいなくなってしまったら、色々不便ですからね、だから、僕は争いを無くす為には、僕が人を支配すれば良いという事に気づきました」


「し、支配?」


 想いは本気だ。純粋に、平和を望んでいるのだろうが、しかし、めちゃくちゃに歪んでしまっている。


「そう、支配です。その為の記憶改変の力ですからね、僕が人間から余計な感情や欲望を取り除いてあげれば、争いが起こる事はありません、貴女が悪人のくだらない野望に巻き込まれて戦う必要もありません」


「で、でも、感情も何もなくなったら、みんな空っぽで……何も考えられなくなって……そんなの、死んでるのと変わらなくなっちゃうよ? そんなの」


「……ええ、ですが、問題無いでしょう? 人が人を支配するのはいつだって自然の流れ、そこに感情なんてものはいりません、邪魔なだけです、規則正しく、決められた事だけしていれば、人は生きていけますし、国が壊れる事もありません」


 彼の作ろうとしている世界が、平和とはかけ離れたものである事は確信した。しかし、まだ足りない。彼を止める為に必要な事は、まだ何一つ得られていない。


 人の気持ちを利用するのは心が痛む、ましてや、自分を慕ってくれる異性の気持ちを弄んでいるようなものなのだから、気持ち良いわけが無い。だが、彼を止めなければ最悪の未来が待っているのも事実、何をしたって、止めなくてはならない。


「……そっか、そうだよね、確かに、今まで、いろんな人が、自分だけの為に魔法を使って来た、それは、自分勝手な思いがあったから……それを無くしてしまえば平和になるかも……記憶改変を世界全体に行えば……って、あれ?」


「そこなんです、ジャンヌ様も気付いておられる通り、この記憶改変魔法、個人に使う場合は完璧に発動するんですけど、複数に、そして広範囲に行おうとした場合、その影響を受けない者が複数現れるんですよね」


 サッフィは、半年間も記憶の改変を続けて来たと言う。それがどれほどの間隔で行われていたかは分からないが、やり直していると言うことは、どうあれ全て失敗しているのだろう。理由は分からないが、改変が不十分なのだ。


 だからこそ、エルヴィラは仲間達の異常に気付けたし、ジャンヌは記憶を取り戻す事が出来た。


 その理由を解明する事が出来れば、全員を元に戻し、サッフィを止める事が出来るかもしれない。


「サッフィは、どうしてだと思うの? 失敗する理由」


「うーん、多分、魔力ですかね?」


「魔力……が、足りないって事?」


「いえいえ、そうではなくてですね、どの人も、最初は記憶を消せてるんです、そして、後から色々思い出す、その対象は、魔女が多い気がするんですよね」


「魔女……」


 エルヴィラは記憶を持っていたし、ゲルダは断片的に記憶を保持していた。二人とも魔女、しかも普通の魔女とは違い、かなり強い魔女だ。


 強い魔女とは、保有する魔力が高い魔女、そこから使える特異魔法の数が多い魔女の事だ。


「高い魔力を持っている魔女は、僕の記憶改変の魔法を打ち消せるのかもしれませんね、魔力と魔力で相殺されて……でもどうやら、その分魔女の魔力は削られているようですからね、何度も繰り返していけば、そのうち耐える事は出来なくなるでしょう、大した問題じゃありませんよ」


「じゃあ、私は何で記憶を取り戻したのかな? 私、魔女じゃないよ?」


「ああ、それは多分、あれのせいじゃないですか?」


 サッフィは、部屋の隅を指差す。そこには、一人の甲冑を着た騎士のような人物が立っており、透明な剣を持っていた。


「オーバードーズ……」


 そういえば、一本にまとまったのだったか。


「ええ、あの中に封じられている強力な魔法、七つの魔法の魔力の影響を一番近くで受けていた貴女は、魔女と同等、いや、それ以上の加護を受けていたのでは無いでしょうか? まぁ、記憶を消してしまった事もあるので、常にと言うわけでは無さそうですが」


「……そうなんだ、あの人は?」


「七つの魔法を管理する為に僕が用意した魔女兵器です、南の地下で見つかった設計図を元に作らせたんですが、いやはや、こんな強力な武器になるとは」


「人間じゃないって事?」


「いえ、人間ですよ、『元』……ですけど」


 魔女兵器、エルヴィラ達を襲ったものと同じだろうか。彼等からなんとかオーバードーズを取り戻して、女神化する事が出来れば、なんとか出来るかもしれない。嫌な言い方になるが、多分、サッフィがジャンヌを傷付ける事は無いだろうし、自分の傀儡に傷付けさせるようなマネもしないだろう。


 よくない状況だが、利用できる部分は少なくない。少し大胆な動きを見せても、大丈夫だろうか。


「その魔法、もう剣ごと壊しちゃったりしないの? そんなのがあるから、争いの種になるんじゃないかな?」


「それは僕も思ったんです、それで、実際壊そうともしたんですけど……厄介な事に、これ壊れないんですよね、叩いても溶かしても凍らせても何したって壊れない……だから、不本意ですが保管してるんです」


「壊れない……でも、私、この剣が折れるとこ見た事あるよ? 魔獣を斬ろうとしてね」


「魔獣ですか……流石に用意する事も作る事も出来ないですね、魔法が効かないから危険ですし」


「エルヴィラなら、どうかな?」


 ジャンヌの唐突な提案に、流石のサッフィも首を傾げた。


「あの魔女を、どうするんですか?」


「七つの魔法を、全部エルヴィラの中に入れちゃうの、そうしたら、魔力が暴走して、確実に魔獣化する、それを討伐すれば、七つの魔法を消滅……とまではいかないけど、かなり弱体化させられると思うな」


「もし仮に暴走しなかったら、物凄く強い魔女が生まれるだけですよ、あの魔女に期待するのはやめましょう?」


「大丈夫じゃないかな? 既にエルヴィラは四つも特異魔法を持ってる。その上で七つも強力な魔法を受け止め切れるわけないよ」


 もちろん、本気なわけが無い。何はともあれ、エルヴィラと合流して、彼女に少しでも魔法を与えられれば、そして自分にも七つの魔法が宿れば、戦える。記憶改変魔法は強力だが、戦闘向きでは無い、女神化してしまえば、すぐに決着はつくはずだ。


「なるほど……しかし、意外ですね、他ならぬジャンヌ様が、あの魔女を器にしようと提案されるとは」


「サッフィの気持ちがわかって、私も協力したいって思ったもん。私達の平和の為に、私に出来る事はさせて欲しいな」


「流石ジャンヌ様、意志がお強いお方ですね、分かりました、頑張りましょうか! 全ての争いの種を破壊しましょう!」


「さぁ? 出来るかなぁ」


 ここには、ジャンヌとサッフィ、そして物言わぬ兵器の三人しかいないはずだった。しかし、どこからともなくその軽い声がして、直後、ジャンヌの前に三人の魔女が現れた。


「よう、さっきぶり」


「……エルヴィラ!」


 自分を助けに来てくれた事を察して、ジャンヌは嬉しくなったが、しかし、少しばかり厄介なタイミングだった事も思い出す。せめてこの場から離れたかった、ここは確実にサッフィのフィールド内、少しばかりこちらが不利だろう。


「やっほー、はじめまして、ボクは『鏡の魔女』ジュリア」


「『お菓子の魔女』ペリーヌです……貴方がサッフィさんですか? 黒幕というには随分と平凡そうな顔をされてますね、」


「……魔女どもぉ……!」


 三人を前にしたサッフィは、怒りを露わにする。そして問答無用で記憶改変魔法を放った。


「……なにっ」


 しかし、三人がその影響を受けている様子は無い。


「お前だって気付いてるんだろう? お前の魔法は強力な魔力で防げるって、相殺されるみたいだなぁ? 私達三人の魔力が集まったんだ、そうそう消せねぇよ」


「……小賢しいなぁほんとに……やれ」


 サッフィの声で、オーバードーズを握っていた騎士がゆっくりと動き出す。そして、その目に三人を捉えると、機械的な声で言った。


『魔女を発見、即座に駆逐します。ウェポンコードη(イータ)起動』


 再び目にするガトリングガン。騎士はそれを容赦無く放った。


「それ好きだねぇ!」


 ジャンヌも含め、一瞬で鏡の中に避難して、即座にサッフィの背後へと移動する。


「僕を盾にするつもりか、残念だな、アイツは僕を攻撃しない」


 彼の言う通り、既に騎士は、武器をチェーンソー に変更して、飛びかかって来た。


「回避行動を読まれてる!」


「慌てんな忘れ形見、それより、避けるぞ」


 振り下ろされる回転する刃。しかし、その身を撃ち抜かれたのは、他ならぬサッフィ本人だった。


「……え? はっ?」


 大量の弾丸が腹部を貫通し、サッフィは口から大量の血を吐き出す。


 何が起きたのか分からず混乱している、それは、ジャンヌも同じだった。


「……う、撃たれた? 誰に……?」


 騎士の持っていたチェーンソー。それがいつの間にかガトリングガンに戻っており、なんなら、こちらに向かって飛びかかっていたはずなのに、元の位置に戻されていた。


「な……なんだ……これはぁ!」


「私だけ自己紹介まだだったな、はじめまして、私は『変革の魔女』エルヴィラ……私の新生特異魔法『数多の縄張り(パラレルマーキング)』の能力で、過去を変えさせてもらった」


「か、過去を……変えるだと⁉︎」


「そこの兵器が、武器をチェーンソーに切り替えて、私達に襲いかかって来た、っていう過去を作り替えて、そのままガトリングして来たって事にしたんだよ、そういう魔法なんだ、私は過去を自由に変革する事が出来る、更にな」


 エルヴィラが言い終わる前に、兵器の騎士が何者かの手によって破壊されてしまった。まるでチェーンソーのようなもので斬り裂かれたような跡を残して。


「あ、あれはっ!」


 そこには、破壊された兵器と瓜二つの騎士が立っていた。しかし、違うところがある。彼は兵器では無く、普通の人間のようだった。


「お、お前……なんで生きてるんだ……魔女兵器にしてやったはずなのに」


 その姿を見て、一番動揺しているのは、サッフィだった。どうやら、彼に見覚えがあるらしい。


「……誰? って、聞いても答えないよね、エルヴィラが過去から連れてくる人は、ここに来た時点でエルヴィラの使い魔的な存在になっちゃうから」


 ジャンヌが言うと、彼はジロリと彼女を睨んで、口を開いた。


「俺はこの男に殺されて、この兵器に改造された騎士……らしいな、おい魔女、これはどうなってる?」


「気にすんな、仕事は終わったから帰っていいぞ」


 当然の如く、エルヴィラは彼と会話して、そして、指を鳴らして彼を消してしまった。


「え、エルヴィラ? さっきのって、過去の人じゃないの?」


「いや、現在進行形でここに居た奴だ、私の魔法は……いや、それよりも、今はこいつか」


 エルヴィラは冷めた目でサッフィを見ながら近づいて行く。


「テメェ、よくもやってくれたな、しかも、随分好き勝手言ってくれたじゃねぇか? ええ?」


「ま……魔女め……」


「テメェがどんな理想を描いてるのか知らねぇがな、人の記憶を勝手にいじくり回しといて、正義面してんじゃねぇよ」


「黙れ……! お前が、争いを持ち込まなければ……僕は……止めようと」


「確かに、忘れ形見は戦ってばかりだからな、傷だらけになるコイツを見て、お前が辛い思いをしたってのは、理解できる……だがな、コイツはただ傷付いてるわけじゃねぇんだよ、剣を振って、魔法使って、本気で語り合っていくたびに、戦いの中で、コイツは大切な事を学び続けて来たんだ」


 側で見て、一緒に戦ってきたから、それはエルヴィラが一番よく分かっていた。


「コイツは戦いの中で、仲間の大切さとか、相手の立場に立つ事とか、人間として大切な事を理解して、そして私達にもそれを理解させた、コイツの今までの過去は、全部無駄なんかじゃねぇんだよ、それを、お前一人の自分勝手な思想で無かった事にしようなんてぜってぇ許せねぇ、誰より忘れ形見を苦しめたのは、私みたいな魔女でも、七つの魔法を使ってた奴でもねぇ、お前だ。お前が、愛するジャンヌを傷付けたんだよ」


「黙れぇ……黙れ黙れ黙れぇ!」


「サッフィ」


 血反吐を吐きながらのたうち回るサッフィに、ジャンヌが優しく声をかける。


「サッフィはさ、自分は無力だったって言ってたけど、そんな事ないんだよ? 優しい貴方と話してるだけで、癒される事が沢山あった、貴方が気遣ってくれたから、救われた日があった……私の過去は、辛い戦いばかりじゃない、貴方の優しい思い出だってあるんだよ?」


「貴女は……それでいいんですか……! いくら美しい思い出にしたって……戦いの中で死ぬかもしれないというリスクは変わらない……! 僕は! 貴女に……ただ普通の女性として……」


「それだって、忘れ形見自身が望んでる事じゃ無くて、お前の願望だろ、いい加減気付け、お前がやってる事は、ジャンヌを絶望させて、苦しめてるだけだ、お前は、お前のままであればよかったんだ」


「そうだよ、私も、優しいサッフィが好きだな」


 傷が酷い、もうサッフィは助からないだろう。どんどん血が流れ、体温が下がり、目が虚になっていく。


「なーんか、随分あっさりだったね」


 ジュリアが退屈そうに部屋の隅で言う。


「そういう事言わないんです、空気を読みましょうよ」


 ペリーヌがため息を吐きながら、なんとなく、部屋を見回した時、違和感を覚えた。


「……あれ? 何か、足りない?」


 崩れ落ちた兵器の側から、何か消えている気がする。


「いやだ」


「……サッフィ?」


「嫌だ嫌だ嫌だ! このままで……終わらせないぃぃっ! 僕がジャンヌ様を救うんだ! それが救いなんだ! 誰がなんと言おうと! 戦わないのが一番なんだ!」


「そ、それは分かるけど、でもね?」


「それでもジャンヌ様が戦いをやめないのなら……こんな世界無くなってしまえ……作戦変更だ……ジャンヌ様、もう、戦わなくていいですよっ!」


「エルヴィラさん! ジャンヌさん!」


 ペリーヌが、咄嗟に二人を突き飛ばす。


 その直後、黒い何かがサッフィとペリーヌを飲み込み、どんどん膨れ上がっていく。


「……! ペリーヌ!」


「バカ何やってんの! 逃げるよ!」


 すぐさまジュリアの鏡に引き摺り込まれ、外へと脱出した。


 王宮が破壊され、巨大な何かが咆哮を上げる。


 それはまるで、竜のようだった。


 血のように赤黒い、邪悪な気配のする竜。


 その足元から、次々と、人の背ほどの竜が生み出されていく。ソレらは、人間を見つけると、猛スピードで追いかけて、喰い殺そうとしていた。


「なに……これ」


「彼の最後の願いに、七つの魔法が反応したみたいだねぇ」


「最後の、願いだと?」


 周りの惨状を見ながら、深刻な顔をしながらジュリアは言う。


「世界の崩壊だよ」


 竜は、地が揺れるほど、大きな咆哮を上げた。

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