新生する魔女
「新しい敵が現れると、基本的にボコボコにされるんだねぇ君は」
意識が戻ったエルヴィラに、軽い声で彼女は言う。
「……誰だ、お前……」
まだボヤけている目で、自分を見下ろす相手を睨みながら言う。全身がまだ痛い、しかし、傷の手当てがされているようだった。それに、硬い地面の感触ではなく、柔らかいベッドの上に自分が寝ている事も分かった。
「……どこだここ……私はどうなったんだ」
「心優しいボクが助けてあげたんだよ、感謝して欲しいね」
得意げに言う彼女は、銀色の髪をいじりながら、窓の外をつまらなさそうに見る。
「酷い雨だ、君は、こんな日は、『最後の魔女狩り』を思い出さないかい?」
「お前……マジで誰だ……」
エルヴィラは無理矢理体を起こそうとする。助けた、と主張しているが、正体不明の相手を完全に信用するわけがないし、なにより、エルヴィラがあの戦争に参加していた事を知っている数少ない関係者なら、余計に警戒する。
しかし、そんなエルヴィラの肩を誰かが抱き、ゆっくりとベッドへと戻していく。
「ダメですよエルヴィラさん、今は休んでください」
そう言いながら、手を握る彼女を見て、エルヴィラは思わず息を呑んだ。
「……ペリーヌ?」
「はい、貴女の親友のペリーヌですよ」
久しぶりに会った親友の顔は、笑顔だったが、しかし、どこか不安そうな影がある。
「なんで、ペリーヌが……どこ探しても居なかったのに……」
「そりゃあ、安全な場所に避難してたからね、ボクは用心深いんだ、正体が分からない相手の前に、ノコノコ出て行ったりしない」
君達みたいにね、と、窓の外をみる女は半笑いを浮かべながらエルヴィラに言う。
「ジュリアさん、私達だって人の事は言えないでしょう、一歩間違えれば、私達だって改竄されるかもしれないんですから」
「ジュリア……? お前が?」
エルヴィラが視線だけを向けると、ジュリアはニンマリ笑ってからお辞儀して言う。
「こうして会うのははじめましてだね、ボクは『鏡の魔女』ジュリア、ここはボクの作った鏡の世界さ」
「『縄張りの魔女』エルヴィラ……」
かなり久しぶりの魔女同士の名乗り合いを交わしてから、エルヴィラはジュリアの姿を観察する。コイツが、あの戦争で、『反乱の魔女』も『防衛の魔女』も閉じ込めた、鏡の世界を作った魔女。
話に聞いていたイメージとはだいぶ違うように感じる。
「……なんで、そんな奴とペリーヌが一緒にいるんだ?」
「そりゃあ、友達だから? ペリーヌは誰とでも友達になれるスーパーコミュ力を持ってるからね。ってか、今はそんな事言ってる場合じゃないんじゃない?」
「……っ! そうだ! わけわかんねぇ奴にわけわかんねぇ内に忘れ形見が連れ去られちまった!」
「その上君は魔法が使えなくなっているから、助けに行く事も出来ない」
ジュリアがクスクスと笑いながら言う。挑発じみたその笑みに、エルヴィラは怒りを覚えるが、しかし、彼女の言う通りだった。全く手出しが出来ない状態、今の自分は、ただの幼女だ。
「どうすりゃいいんだ……そうだ、会ったばかりで悪いけど、お前が代わりに戦ってくれよ、お前、魔法使えるだろ?」
「無茶言わないでよ、この鏡の世界から出たら、ボクだって記憶改竄の影響を受けちゃう。ここだけがサーフゾーンなんだよ、状況はみんな一緒さ」
「んだよそれ……じゃあどうしろってんだよ」
「今のところ、私達だけでは打つ手無し、なんですよ」
ペリーヌが悲しそうに言う。実際、具体的な打開策は無い。目に見えない魔法に、広すぎる射程距離、一度かかってしまえば、敵が誰かすら思い出せなくなってしまう。
完全に無敵だ、この中から出てしまえば、今度こそ完全にただの少女にされてしまうのだろう。
それは、例えエルヴィラが魔法を使えたとしても同じ事、というのが、更に絶望的だった。
「……そういえば、なんでお前は魔法が使えるんだ?」
「ボク? あー、前の世界ではまだ魔法が使えたからね、もう一度されるかも? って警戒して、ペリーヌと避難してたんだ、そしたら、案の定第二波が起こった……正確には二回以上記憶改竄が行われてるらしいけどね」
「そこが……ちょっと妙ですよね、なんで何回も何回も、半年間に渡って世界中の記憶をいじる必要があったんでしょう?」
「敵の目的が……忘れ形見を手に入れる事、だったんだよ……その為に、忘れ形見が戦わなくていい世界にしようとしたらしいぜ?」
「……? 意味が分かりませんよ? だったら最初からジャンヌさんの記憶を消して、私達との関係も無かった事にすれば良い話じゃないですか? 改竄された多数の世界のうち、何度もジャンヌさんが戦っている、敵の目的に反してますよね?」
「……そりゃあ……そういやなんでだろうな?」
「そもそも、記憶が残ってる者が一定数いるっていうのもおかしな話だよね? 今回はジョーンちゃんもゲルダちゃんも記憶を消されてるけど、君は相変わらず残ってた、ジャンヌちゃんは……思い出した」
今思えば、確かに無駄がある。目の前で敵意を剥き出しにするジャンヌの記憶をさらりと弄って行動を制する事が出来るのに、何故全体に対してそれを使わないのか。そうすれば、半年なんて時間をかけずに、誰からも敵としてすら認識されずに、ジャンヌを手に入れる事だって可能だったはずだ。
出来ない、とも考えられるが、しかし、それにしてはサッフィの態度は余裕だった。使いこなせないなら、エルヴィラを記憶の改竄もせず、生かして捨てる事などしないだろう。
いつでも記憶を変えられる、そんな余裕があるからこそ、サッフィはエルヴィラを生かしておいたのだ。いや、ジャンヌに懇願されたから、というのもあるかもしれないが、その願いを聞き入れるほどの余裕がある、という事は、やはり魔法を使いこなせる自信があるという事だろう。
しかし、それにしたって妙だ。何故いつも、記憶が残っている者が現れたのだろう。
「……何か特定の条件下にいる奴には……不完全にしか効かねぇのか……?」
「特定の条件下って?」
「いや、まだ仮説だけどさ……例えば……記憶が変えられる直前、魔法を使ってた、とか、魔力に触れてた奴とか」
魔女が溢れるこの世界で、魔力に触れない人間なんて少ないぐらいだ。魔力と魔力が相殺しあったとしても不思議じゃない。
「いやでも、そうなると記憶が残ってる人が少な過ぎるよ。君が前の世界で見張ってた王様だって魔力に触れていたのに、今回は完全に記憶を失ってる、そもそも、その説だと、魔女には全員効かなくなるよ?」
「そう……なるよな……」
「いや、そういえば、エルヴィラさん、前の世界で、中途半端に記憶喪失になってる人がいませんでしたか?」
ペリーヌに言われて、エルヴィラはゲルダの事を思い出す。
彼女は、『最後の魔女狩り』から後の記憶だけを失っていて、エルヴィラのこと自体は覚えていた。あの周囲との違いはなんだろう? あの時点で、彼女は氷の魔法も治癒魔法も問題無く使えていた。
しかし、今は完全に忘れているらしい。ジョーンと共に、完全に他人のように扱われた。ジャンヌと合流するまでに、エルヴィラは知人だった奴全てに接触しているが、漏れなく他人になっていた。
「それを言うならペリーヌとジュリアもだろ? 変化に気付いて、避難ができた、それまでしっかり記憶はあったんだろ?」
「そう言えばそうだね、強いて言うなら、ボクが若干危なかったぐらいかな?」
「私は平気でしたけど……」
「ジュリアが危なくて……ペリーヌが平気? つか、私も平気だったんだよな……いや、魔法は失ってるんだけどな」
何か、妙な法則性が見えて来た気がする。いや、それがなんなのかまでは辿り着けていないが、何か、規則的であるような気がする。
それが、半年間もかけて、何度も記憶操作を行った理由にも繋がっている気がする。
「もしかして、保有してる魔力量?」
ジュリアが言う。確かに、もしそうなら納得がいく。記憶を消された者と、残っている者、魔力に触れているだけでは意味がなく、一定量以上の魔力に触れていれば、記憶を守れるのかも知れない。
ゲルダは、一人で三つの特異魔法を持ち、そして使いこなせる。高い魔力を持っていたからこそ、記憶操作の影響をある程度防げたのだろう。
しかし、それは絶対では無いようだ。ある程度守れるというだけで、繰り返し記憶操作をされれば、確実に少しずつて記憶を失っていく。
それがつまり、魔法が使えなくなっていく事に繋がっているのだとすれば。
エルヴィラには、もう後がない。後一回でも記憶を操作されれば、確実に、すべてを失ってしまう。
「チッ! こんな事してる場合じゃねぇっつうのに!」
魔法すら使えず、ここでジッとしてるだけしか出来ない自分に、エルヴィラは苛立ちを隠せない。
「随分変わったね、君も、昔はそんな、誰かの為に怒る子じゃ無かったと思うけど?」
不思議そうにジュリアが言うと、エルヴィラはそっぽ向いて「うるせぇ」と言った。
「お前に私の何が分かる、忘れ形見はな……私が初めて友好的に関われた人間なんだよ、私が初めて、仲良くなれた奴だ、師匠の約束を守らせてくれた……アイツは特別なんだよ」
「はぁん、師匠ねぇ……あのさ、君にとって、どっちが優先なのさ?」
「あ?」
ジュリアは、挑発じみた笑みを消して、真顔になっていた。
「師匠との約束を守りたかったから、あの子と仲良くしたの? それとも、君が君の意思で仲良くしたいって思ったの?」
「何の話だよ」
「君の話だよ、エルヴィラ。君の行動って、未だに過去に引っ張られっぱなしなのかい? その行動の基準って、師匠の教えに反するかどうか?」
「何が言いたいんだ」
はっきりしない物言いに、エルヴィラが苛立ちを覚えた瞬間。ジュリアがエルヴィラの胸ぐらを掴み、鋭く睨みつけた。
「君の気持ちは友情でも愛でもない、ただ、師匠の教えを破る事を嫌がってるだけにすぎない、その為に、ジャンヌちゃんを利用してるに過ぎない……利害関係が一致してるだけの事を、友情だなんてほざくな、ボクは確かにいい加減だけど、そこのところはちゃんと線引きしてる、誰かの言いつけを守って仲良くしてるだけの事を、友情なんて、友達なんて言う奴は大嫌いだ」
「ジュリアさん」
「ペリーヌ、悪いけど、今ボクは彼女に協力する気が無くなりかけてる、こんな奴に助けられたって、ジャンヌちゃんは救われないよ、過去の言いなりになってるようなーー」
「テメェに何が分かるっつーんだっ!」
怒声を上げて、今度はエルヴィラがジュリアの胸ぐらを掴み、鋭く睨みつける。
「私と師匠の約束が! どれほどの意味を持ってるのか、テメェに分かんのか! あの人との約束を守れる事が! どんだけ私にとって重要な事かテメェに分かんのか! お前こそ、簡単な言葉で軽々しく私の気持ちと師匠を否定してんじゃねぇぞ……!」
「その君にとって大事な事に、無関係な人間を巻き込むなっつってんだよ! それはあくまで君の問題だろ? ジャンヌちゃんはただ利用されてるだけに過ぎない、どいつもこいつも、ただの一人の女の子の気持ちを考えようとしない、あのサッフィとかいう男も、君も、周りの連中もみんな同じだ! 自分の事しか考えてない」
「ふざけんな! そもそも私達を振り回したのはお前も同じだろうが! 『反乱の魔女』に肩入れして、私達を巻き込んでその命を引っ掻き回した! お前こそ自分の事しか考えてねぇ! 一緒にすんな! 忘れ形見が悲しんでたのは、半分お前のせいだろ! 過去に引っ張られんなだと? 大事な人を過去に置き去りにしちまった奴の気持ちが分かんのか! お前がその原因を作ったくせに、偉そうに私達の大事な過去をバカにすんじゃねぇ!」
「いい加減にしてください」
いつの間にか、エルヴィラとジュリアの腕をペリーヌが掴み上げている。静かな声には、確かな怒気が含まれていた。
「ジュリアさん、言い過ぎです、貴女の気持ちは分かりますけど、それこそ貴女にとって大事な事です、エルヴィラさん達にその価値観を押し付けるのは、いささか横暴では?」
「……ごめん」
「エルヴィラさんも、あの戦争をジュリアさんのせいにするのはお門違いです、アレはどうあれ、起こるべくして起こった、そういう争いなんですから」
まぁ、発端は人間だが、首謀者はこの二人なのだが、そこはこの際目を瞑ろう。
「……けど、師匠と私の気持ちを否定した事は許せねぇ」
子供のように口を尖らせるエルヴィラに、ペリーヌはため息を吐きながら、優しく言う。
「……じゃあ、はっきりさせましょうか、ジャンヌさんの事を、大事な友達、仲間、そう思ってるのは、エルヴィラさん自身の意思、これは間違い無いですね?」
「ああ」
「そして、それが師匠、クリフさんとの約束を果たしている……そう言う事ですよね?」
「そうだ」
エルヴィラははっきりと頷いた。それは、全て本心なのだろう。
「そうですか……良かった」
ペリーヌは、エルヴィラの本心を聞いて、安心したように呟いた。
「良かった? って、何が?」
「エルヴィラさん、ずっと黙ってたんですけど、私、私達、『反乱の魔女』なんです」
「……は?」
突然の告白に、エルヴィラは目を丸くして固まった。
「そして、クリフさんも、元『反乱の魔女』、同じ組織の仲間だったんですよ……」
「……マジかよ」
「クリフさんがエルヴィラさんを連れて来た時、私も、クリフさんと約束した事があるんです」
ペリーヌは笑って言う。
「『もしこの子が、自分の意思で本当の友達を見つけて、その子を守る為に戦いたいって言った時は、私がかけた封印を解いてあげて欲しい』って、その封印っていうのは、継承の儀の際に、クリフさんの命と魔力でかなり強力なものになってたんですけど、この状況が、図らずも封印を解きやすくしてくれてます」
「私の、封印?」
「ええ、私達は、この状況を打破するには、エルヴィラさんの封印を解くしか無いと考えていました、その為に、エルヴィラさんの気持ちを知っておきたかったんです、貴女が本当に守りたいのは、どっちなのか」
「私は……そうだな、今は、忘れ形見を助けたい」
「その言葉が聞けて、本当に良かったです、これで、私もクリフさんとの約束を果たせますから」
ペリーヌが微笑んで、エルヴィラの頬にそっと両手を添える。
「エルヴィラさん、貴女は、自分の特異魔法の本当の使い方をまだ知りません、いや、忘れさせられています、これを使ったら、全ての歴史が変わってしまうかもしれないから」
「マ、マジか」
「クリフさんは、その能力を知れば絶対に悪用しようとするであろうケリドウェンさんから守る為に、貴女に封印を施したんです……それを、今から解きます」
「その魔法って」
「解放されれば全て思い出しますよ、でも、その代わり、他の魔法は全て使えなくなると思います、特異魔法を封印する為に、他の特異魔法で上書きしていたようなものですからね……当然、暗闇の魔法も、つまり、クリフさんの魔法が、使えなくなりますが、よろしいですか?」
「……っ! ……でも、それしかもう方法がねぇんだろ? やってくれ、それに、師匠の事はちゃんと覚えてる、魔法が無くなって、あの人が完全に消えるわけじゃない」
「……強く、なりましたね、エルヴィラさん……じゃあ、いきますよ」
ペリーヌから、魔力が送られて来るのを感じる。
「他の特異魔法を忘れさせられていて好都合です、今エルヴィラさんの中にある魔力を、全て一つの特異魔法に変換します!」
とてつもない魔力が、一つに固まっていく。それと同時に、エルヴィラは、自分が本当に出来る事を思い出した。
自分の魔法の、正しい使い方を、本来の力を。
「確かに……歴史がめちゃくちゃになっちまうな」
この魔法は、と、エルヴィラはクスッと笑う。
「……では、行きましょうか、友達を助けに」
ペリーヌは、疲労で汗だくになりながら言う。
「いや、休んでてもいいぞ?」
「何言ってるのさ、ボク達がいなかったら、魔力量が足りなくなって、すぐに記憶を弄られるよ?」
「足算できるのか……フン、そう思えば、チャチな魔法だな」
エルヴィラはそう言って、王宮を睨みつけ、窓から出ようとする。
しかし、「あ、そうだ」と、何かを思い出したように足を止めた。
「私の『縄張りの魔女』って通り名も、偽名だったんだな、本来の名前、名乗った方が良い?」
「そうですね、自己紹介、お願いしましょうか」
そう言って三人は向かい合い、それぞれお辞儀しながら名乗り合う。
「『お菓子の魔女』ペリーヌ」
「『鏡の魔女』ジュリア」
エルヴィラは、自分の中にある魔法を感じながら、高らかに名乗った。
「『変革の魔女』エルヴィラ」
こうして、魔女が新生した。
いよいよ、最後の戦いである。




