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魔女伝  作者: 倉トリック
最終章
130/136

記憶捜査

「今の私はまともに魔法が使えない。特に、特異魔法系は壊滅的だと思っとけ」


 エルヴィラは、テーブルに適当な魔法陣を描いて、その上に掌を乗せながら言う。いつもなら、物が勝手に動いたり、何か小物が転移してきたりと、不思議な事が起こるはずなのだ。

 しかし、今は全く、何も起こる気配が無い。


「魔力を消されてるの?」


「いや、魔力自体はある。だが、それを魔法にしようと思うと、さっぱり出来なくなっちまう……使い方を覚えてねぇんだ」


「使い方を? でも、前の世界の記憶はあるって」


「それとこれとは違う。お前だって、女神化出来ねぇだろ? 少なからず私達もこの攻撃の影響は受けてるんだ」


 不機嫌そうに舌打ちして、エルヴィラはこっそりと窓の外を見る。


「魔女が居ないって思ったろ? 私も思ったが……実際にはちゃんといる。ただ、どいつもこいつも、魔力を少しも感じさせねぇ、まるで自分が魔女だって知らないみたいに振る舞ってやがる」


「記憶改変……そういえば、魔女だけじゃなくて、普通の人達も、そもそも魔法なんて存在しない、みたいな事言ってた……」


 ジャンヌが呟くと、エルヴィラは頷いた。


「こんな広範囲に及ぶ記憶操作魔法、並大抵の魔力じゃ発動出来ねぇはずだ……可能性があるとすれば」


「……七つの魔法? そんなはずないよ、全部回収したもん」


「そのうちの一つを奪われた……と、考える方が自然じゃねぇか? 回収した魔法は、王宮に預けてたんだからな。あの時あの王っさんが欲望に負けて使ったとしても不思議じゃねぇだろ」


「王っさんとか呼びにくいし失礼だからやめよ? 誤字かと思われる……それに、私は王様が魔法に手を出したとは思えないんだよね」


「あん?」


 首を傾げるジャンヌに、エルヴィラは怪訝な顔を浮かべる。


「何を言ってんだよ、現に私達はあのおっさんと戦ったんだぞ? 完全に七つの魔法を使ってた、それが何よりの証拠だろうが」


「だから、それがそもそもおかしいの。王は、魔法を使う事を嫌がってた……というより、怖がってた人なの。私が魔獣化したって聞いただけでオーバードーズに触れる事すら躊躇った人が……七つ全部を自分の中に入れたりするかな?」


「何が言いたい?」


「王は、無理矢理魔法を埋め込まれたんじゃ無いかな? それこそ、記憶操作でも……して」


 自分で言って、ジャンヌはおかしい事に気付いた。


「あれ? ちょっと待って? 王の中に七つの魔法は、七つとも全部あったんだよね? でも、そうなると、誰がどうやって国全体に及ぶ程の記憶操作をしたの?」


「おいおい、話がこんがらがってきたぞ……するってーと、なにか? 今回の騒ぎに、七つの魔法は関係して無いって言うのか?」


 完全に無いとは言い切れないが、現状、七つの魔法を結び付けて考えるのが難しくなってしまった。完全に新勢力の新魔法と考えた方が腑に落ちる。


「第三者が、王を襲撃して、この国を終わらせようとした……私達の知らない魔法で」


 新勢力が、未知の魔法で、一国の王を襲撃した。正直、これだけで、ほとんど答えは出たようなものだった。しかし、それはあまりにも最悪すぎる事態と言える。


「他国が七つの魔法の存在に気付いて、奪おうとしたってところか」


「だとしたら大変だよ……! 折角未然に防げたと思ってたのに、本格的に戦争になっちゃう!」


「わざわざ私達が魔法を集めきったこのタイミング……私達の事も調べれば分かる事だろうからな……優先して無力化する対象も分かる……チッ、今回の敵は国外にいるんだとしたら、手に負えねぇぞ……」


 遂に国同士の戦争へと発展してしまったのだろうか。しかし、そうなると本当に手の打ちようが無い。たった二人で、しかも魔法が使えない状態で、どうやって対抗すると言うのだろう。


 いや、記憶改変などという驚異的な能力を持つ魔法がある相手だ。わざわざ戦わなくても、いつの間にか、知らない間に、この国を乗っ取る事だって可能かもしれない。


 覚えている、というか、知っているだけでも改変は二度行われている。こんな短期間に、二度だ。いや、もしかしたら、自分達が知らないだけで、もっとされているかもしれない。


 だからと言って、焦って派手に動いて、自分達に前の記憶がある事がバレれば、殺してくれと手を挙げて言っているようなもの。重ねて言うが、エルヴィラとジャンヌは、敵の正体について全く情報を持っていない。しかし、敵はどうやら、こちらの戦力事情を知り尽くしている節がある。


「どうする? 探りを入れた時点で一発アウトだと思った方がいいぞ」


「でも、動かない事には何も始まらない……とにかく、他にも記憶がある人を見つけた方がいいんじゃないかな?」


「どうやってだよ」


「私達からわざわざ聞かなくても、記憶がある人なら、この状況に困惑してあたふたしてるんじゃないかな? 私みたいに。その人に声をかければ」


「それに接触した時点で私達も十分怪しくなるって……もっと自然に、さりげなく確認できる方法は無いか……何か」


 エルヴィラは魔法陣を指でなぞりながら、悶々と考え込む。それを見ていたジャンヌは、ふと、ある事を思い出した。


「……ねぇ、エルヴィラ? エルヴィラは、どうやって記憶を取り戻したの? どんな魔法で?」


「あん? ()()()()()()? 私は最初からあったぞ?」


「……え?」


 意外なところで、謎の食い違いが出て来てしまった。


「逆に聞くけど、お前、最初は記憶が変えられてたったのか? 後天的に取り戻したと?」


「う、うん……エルヴィラがこの鎧に付けてくれてた、引き寄せの魔法陣、これがすごく熱くなって、触ったら一気に思い出したって感じかな……? 多分、エルヴィラの魔法のおかげで」


「……待てよ、私は今魔法が使えないんだぞ? そんなところに私の魔力があるわけないだろ……いや、待てよ? 既に魔法として形になっている魔力は消えない、のか?」


「じゃあ、エルヴィラはどうやって元の記憶を持ったままでいられたの?」


「ん、いや、意識が消える前に、念の為防御魔法を発動させておいたんだよ。多分それが関係してるんじゃないか?」


「……なんで防御魔法を発動しようとか思ったの?」


「いや、あの時ぶっ倒れてた王を見張ってたら、急に眠くなったから……寝てる隙に攻撃されないように一応」


「寝ようとしたの⁉︎ って、いやいや、今はそこじゃない……防御魔法って、強力なやつ?」


「まぁ、そこそこ。例えるなら、ランスロットの一撃を防げるぐらいには硬いと思う」


「なるほど、確かに、それなら記憶を保つぐらいは出来る……のかな?」


 何か腑に落ちないが、まぁそこは置いておこう。肝心なのは、ジャンヌ自身が、後天的に記憶を取り戻したという点だ。


「やっぱり魔法かな……魔法に触れれば、記憶を取り戻せるのかも。この世界には、魔法は無い事になってるんだから」


「……でも、どうやら魔法一つにつき、記憶を取り戻せるのは一人みたいだな? 引き寄せの魔法が使えなくなってるし」


 魔女であるエルヴィラが魔法を使えない今、結局これ以上記憶を戻せる方法は無い、そう考えて動くべきだろうか。


 ダメだ。何もかも、希望的な話ばかりで何一つ具体性がない。可能性ばっかりが浮かび上がっても埒が明かない。


「エルヴィラ、やっぱり他にも記憶を持ってる人がいないか探そう? そのついでに残っている魔法がないか、それも調べて行こう?」


 記憶がある、という事は、どこかで魔法に触れた可能性が高い。だが、これにはかなり大きなリスクもある。


「いきなり敵の本体にぶつかる可能性アリ」


 魔法に触れた者、もしくは、その魔法を使っている本人には、記憶があるだろう。下手をすれば、敵の前にノコノコ丸腰で出て行く事にもなる。


「……でもまぁ、今はそれぐらいしか出来る事ねぇか。だが、バレたらマジで一発アウトだ、怪しまれず、探りを入れる方法あるのか?」


「うーん……成功率がかなり低い上に、かなり気の遠くなるような作戦なら……一つ」


「ふーん? まぁ、やってみろよ」


「えっとね、その為には、エルヴィラにすごく頑張ってもらう必要があるんだけど……?」


「あん?」


 ジャンヌの申し訳なさそうに両手を合わせる姿に、エルヴィラはだんだんと、変な不安が募っていく。


「エルヴィラ、さっきの子供演技、もう一回出来る?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あ、ジャンヌ様。その子はどうされたんですか? 迷子か何かですか?」


 偶然会ったウルは、不思議そうに言った。


「えーっと……うん、そんなところ? あ、ウルさ、この子に見覚えない? 家を探してるんだけど……」


「生憎見覚えがありませんね……お力になれずすみません。……お父様かお母様、もしくはご兄弟などはいないのですか?」


「いるけど、どこにいるかは分からないんだって。ありがとねウル、私はこのままこの子を家の家を探すよ」


「では僕も」


「あ、いいよいいよ、ウルは自分の仕事があるでしょ? そっちに集中して」


 どうやら、ウルには記憶が無いようだ。確かウルには魔法が通じにくいという特性があったと思うが、やはり今回の魔法はそれだけ強力という事だろう。


 記憶が無い、それだけ確認すると、ジャンヌはそそくさとその場から立ち去った。


「おいこらわすれがたみ。これのどこがさくせんなんだおおん?」


 少女の真似をしながら、額に怒りマークを浮かべたエルヴィラが耳元で囁く。


 現在エルヴィラは、本当に子供のように、ジャンヌに抱っこされた状態で、口には棒付きのキャンディーを舐めさせられている。


「この世界に魔女はいない、エルヴィラの事を魔女だって知ってる人はいないはず。でももし、今の状態のエルヴィラを見て、違和感とかある人がいたら、もしかしたら? っていう」


「かくしょうねぇだろそれっ! ひとのはんのうとかひとそれぞれだろ⁉︎」


「でも、会話の中に矛盾点とかあったら、ね? だから言ったじゃない、かなり気の遠くなる作戦だよって」


「くっそぉ、このじょうきょうで、きおくのあるやつにあいたくねぇっておもうはめになるとは……」


 ジャンヌは、記憶を取り戻して間も無く、エルヴィラを探し回った。その時、他人に、彼女が魔女である事や、少女の姿をしているという情報は伏せたまま、名前と、自分の仲間である事だけを伝えている。


 騎士団の仲間のエルヴィラを知らないか、と。


 つまり、どう見ても子供にしか見えない今の彼女を見て、騎士の仲間などと思う人間はいないはず。ましてや、魔女であると見抜ける人間はいないはずだ。


 だが、事情を知っている上で、その事を隠している者なら、会話の中に矛盾が発生して、いつかボロを出すかも。


 それが味方であれ、敵であれ。


 そんな淡い期待だけで立てたこの作戦。正直、ジャンヌ自身も上手くいくとは思っていない。


 何かしていないと落ち着かない、ただそれだけ、気を紛らわせる為だけの行為である事は、ジャンヌが誰よりも分かっている。


「ごめんねエルヴィラ、もうちょっとだけ我慢してね」


「いやべつにいいけどよぉ、これてきにあたったときどうするんだ?」


「……頑張る」


「おまえそんなにばかだったっけ?」


「もしくは逃げる」


「ふつうそうだろ」


「あれ? ジャンヌ様?」


 再び、ジャンヌを呼ぶ別の声がした。今度も、若い男の声。


 振り向くと、そこにはサッフィが立っていた。


「んだよ、はずれかよ」


 小さく呟いたエルヴィラを小声で「コラッ」と叱ってから、ジャンヌはサッフィに近寄って行く。


「サッフィ、奇遇だね、何してるのこんなところで」


「僕は買い出しの途中ですけれど……あの、ジャンヌ様? その子供は一体……」


「あ、えっと」


「まさか……」


 サッフィは深刻な顔を浮かべている。ジャンヌは顔にこそ出さなかったが、期待に胸を膨らませた。


 もしかして、記憶があるのだろうか。


「サッフィ、実は」


「まさかジャンヌ様の娘さんですか……⁉︎」


 あまりに的外れな回答に、慌ててジャンヌは口を噤んだ。


 危ない、焦って自分からバラすところだった。この作戦は、あくまで相手の口から前世界の記憶がある事を聞き出すというのが目的である。自分からバラして、それに合わせられたら元も子もない。


 いや、それもそうだが、普通にショックだった。


「わ、私……そんな歳に見えるかなぁ……まだ二十三なんだけど……」


「えっ! あのっ! ち、違いますよねぇー! そうですよね! ジャンヌ様にそんな大きなお子さんがいるようには見えませんよ! はい! 本当です! ……失言でした」


 慌てて、発言に後悔しているような、でも少し安心しているような表情を浮かべながら、サッフィは言う。


「この子は、迷子みたいなの、だからお家を探してて」


「なるほど……お嬢さん、あなたのお家はどこにあるんですか? この建物の中のどれかに見覚えはありますか?」


「ちがうよー、もっとみどりいろがあって、しずかなところだよ」


「なるほど、かなり田舎の方かもしれませんね…家族で遊びに来て、はぐれてしまったとか? ジャンヌ様、その子、一度王宮で保護しましょうか? 日が暮れてからでは危ないです、最近は狼も増えてますから」


「え、いやでも」


「王様には僕の方から説明しておきますよ。ジャンヌ様にばかり負担がかかるのも良くないと思いますし、こういう時こそ、頼ってくださいよ」


 どこか嬉しそうな笑みを浮かべながら、サッフィはエルヴィラに手を伸ばす。


「ジャンヌ様はお仕事があるから、後は僕がお父さんとお母さんを探しますよ」


「おにいさん、つよい?」


「えっ……と、これでも、護身術程度には鍛えていますから……並みの人間に比べれば……多分?」


「おねえさんもいっしょじゃなきゃやだ!」


 サッフィから顔を背け、エルヴィラはがっちりとジャンヌにしがみつく。その顔には、焦りが浮かんでいた。


「わっ! もうエル、ヴィリー」


 まさかの展開だ。サッフィが良い子すぎてまさかの展開になってしまった。あまりに気が動転して、エリーという偽名すら噛んでしまうほどに。


 誰だよヴィリーって。


 しかしまずい、ここでエルヴィラを連れて行かれるわけには行かない。


「……わすれがたみ、とりあえずこいつについていったほうがいいかも、へんにていこうしたら、よけいあやしいぞ」


「た、確かに」


 どこに敵の目があるか分からない。今は流れに身を任せるのが吉か。


「じゃあ、私も一緒に行くよ」


「ジャンヌ様、大丈夫ですか? ただでさえ多忙ですのに」


「みんながいるから大丈夫、それに、子供一人面倒見きれなかったら、騎士失格だよ」


「ジャンヌ様……少し自己評価が低いと思いますよ……前にも言いましたが、貴女は背負い過ぎです、もっと自分を大事に」


「ありがと、でも、この子の面倒だけは見させて? 折角懐いてくれてるし、無理やり引き離すのも、ね?」


「……そうですね、では、お二人とも、一度王宮へ向かいましょうか」


 とにかく、二人はサッフィについて行くことにした。


 世界から置いてけぼりにされている二人は、大きな流れに逆らう事は出来なかった。


「焦らないで」


「これじゃあこっちがぼろだしそうだぞ……」


 不安で悶々とする二人。


 しかし、逆にサッフィは、嬉しそうに笑っていた。


 お役に立てた、とでも言いたそうに、すごく嬉しそうだった。

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