偽りの魔女
既に『防衛の魔女』と『反乱の魔女』から四人も死人が出ている事に、『偽りの魔女』クエットは正直驚いていた。
「四人も死人がって…笑えない洒落ですね…魔女が集まって殺し合っている以上、犠牲者が出ないわけが無いんですけれど…にしてもこれは予想以上に早いですね」
油断からか、圧倒的な強さを誇る何かが存在するのか。それともーー。
「そうでもねぇだろ、アタシらはお互いの魔法どころか『反乱の魔女』の魔法すらろくに知らねぇんだからよ」
隣を歩くのは『餓狼の魔女』シェイネ。周囲に気を配っているためか、犬のようにたった耳が時折ピクンと跳ねるように動いている。
彼女達もまた、この世界の異常を感じて、出口を探しながら仲間と合流しようとしている魔女チームであった。
全く面識の無い二人であったが、味方であるなら避ける理由も敵視する理由も警戒する理由も無いという事で、共に行動をしている。
だが、シェイネだけは、まだ密かにクエットに対して疑心感を持っていた。いや、もしかしたらクエットだってそうかもしれないが。
基本的に世間知らず、というより世の中にまるで興味の無いシェイネでも、『偽りの魔女』本人と面識はなくとも、その名を聞いたことぐらいはあるからだ。
その良くない噂と共に。
敵というわけではない、だからと言って信用しきってもいいものなのだろうか。
「『反乱の魔女』と面識はないですけれど…あの中で四人ほど知っている顔がいましたよ」
クエットが瞳だけをこちらに向けて言う。
「へぇ…すげぇな、わりぃけどアタシは全然誰の事も知らねぇんだ」
「そうですか…では参考までにお話ししましょう」
クエットはゆっくりと自分達が向かっている王宮を指差す。その動きは何処かぎこちなく、まるで人形のようであった。
いや、その腕や指の動きだけではなく、一緒に歩いていても感じる脚の動きの違和感、作り物のような声、美しくも全くその表情を変えない顔は西洋人形そのものな気がする。
しかしその疑問をシェイネが投げかけるより先に、クエットは話し始める。
「最初に名乗った『才能の魔女』ケリドウェン、彼女の話は良く父から聞かされてました…なんでもありとあらゆる『才能』を司る魔女だとか」
「『才能の魔女』の名の通りってか…司るってのはどういう事なんだ?」
「そのままの意味でしょうね、学問や戦術、果ては魔法に至るまで、あらゆる才能を自分に開花させたり…他人に与えたり…文句無くあの『反乱の魔女』最強の魔女だと言えるでしょう」
淡々とクエットは語っているが、ようするにヤバイ奴がラスボスなんだなとシェイネは理解し、憂鬱な気持ちになる。
ただでさえ自分の特異魔法は物理系だというのに、ビームや念力のような超能力じみた魔法を多用されればひとたまりもない。
「次にあの時火を放った二人の魔女、『流星の魔女』パリカーと『贈呈の魔女』ベファーナ…彼女達の特異魔法は」
「ちょちょちょちょっと待て! アンタあの時の犯人分かってたのか⁉︎」
驚愕するシェイネに、クエットはキョトンとしながら「当然です」と答えた。
「むしろ出来なければ私が存在する意味がございませんし」
「出来なければ…って…もしかしてそれがアンタの特異魔法だってのか?」
クエットは小さく頷く。
「他の皆様のモノと比べれば大した魔法ではございませんので恥ずかしい限りなのですが、私の特異魔法は物事の特定でございます。この眼が長く見つめれば見つめるほど細部まで真相にたどり着けるのですが…生憎目まぐるしく状況が変わっていますゆえ、全て中途半端にしか分かっておりません」
お役に立てず申し訳ありません、とクエットは足を止めて深々と頭を下げる。
しかし、当のシェイネは開いた口が塞がらないという状態だった。
しかし魔法の事を聞いてなんとなくここまでの事に説明がついた。
死体も見ていないのに現在の死亡人数を把握出来ていたのはそういうことか。
『最後の魔女狩り』の進行状況を、特定対象にしたのだろう。
眼で見つめれば、と言っていたが、それは人物や物体に限っての話であって、その気になればその場で起こっている事を完全に把握できるということか。
だとすれば本人が言うほど大したことない魔法なんかじゃない、むしろ上手く使えばこの戦争を圧倒的有利に進められるかもしれない。
「アンタすげーよ! このまま仲間と合流しちまえば残りの『反乱の魔女』を倒す事なんか赤子の手を捻るようなもんじゃねぇか!」
「そうでしょうか? そう言っていただけて貰えて光栄なのですが…あまり自信がございません」
声のトーンがほんの少し落ちた、もしかしたら恥ずかしがっているのかもしれない。
とにかく無表情なので感情を読み取ることがとても難しい。
「話を戻しましょう…この二人の魔女ですが、ベファーナの方はかなり特定出来ております…ですが残り二人は名前だけでそれ以外はさっぱりですね」
「いや、十分だろ…そのベファーナって奴の魔法だけでもいいから教えてくれよ」
シェイネに促されるままにクエットは内容を話していく。
曰く、『贈呈の魔女』ベファーナの特異魔法は攻撃が必ず相手に当たるという能力らしい(とんでもない『贈呈』である)。
そしてそこから察するに、あの巨大な炎を出したのはもう一人の『流星の魔女』パリカーだろう。あの炎が特異魔法によるものかは不明だが、あの部屋であの一発だけという事は、連発出来ない、しかもかなりチャージに時間がかかる魔法だと推測できる。
と、考えるならば、何処かに補給要員の魔女がいるかもしれない。なにより正確さとスピードを求められる戦場で、威力は高いが単発式で、しかも次の攻撃までに大きな隙ができるなどというデメリットは明らかに大きすぎる。
敵が最初からチームであるならば、当然その対処だって考えているはずだ。
「もしかしたら、この世界に私らを飛ばしたのがその『対処』なのかもしれねぇな」
必中であるはずのベファーナの特異魔法による犠牲者が出ていないという事は、最初から当てる気が無かったのか、もしくは既に何か狙ったものに当てたのか。
いずれにせよ、分断され別世界に放り出されている時点で、自分達は敵の術中にまんまと引っかかったわけである。
状況をまとめて整理してみてわかったことは結局、自分達の不利さだけであった。
「いや、クエット、アンタの特異魔法があればその不利も有利にひっくり返せるんだ…これはあながちまずいだけの状況とも言えねぇぜ?」
「ご期待に添えるよう尽力いたします…では最後に一人…『救済の魔女』アラディアについててございますが…彼女から特異魔法について知ることは出来ませんでした」
申し訳なさそうに俯くクエットだったが、すぐに顔をあげて「ですが」とシェイネの方を向く。
「彼女からは彼女達の『目的』について少し知る事が出来ました」
クエットの予想外の答えに、シェイネは首をかしげる。
目的。『反乱の魔女』が何の為にこんな戦争を起こしたのか。
「虐げられた魔女の為…じゃねぇってのか?」
「殆どの『反乱の魔女』メンバーがそうでした…ですが…アラディアとケリドウェン…あと既に死んでいますが『芸術の魔女』ロザリーンだけは違うようです」
シェイネの頬を嫌な汗が垂れる。
もしかして、もしかして自分達は、何かとんでもない間違いを、いや、間違いに巻き込まれているんじゃないのか?
しかし、その答えに辿り着く事は無かった。
唯一の情報源だったクエット体が、突如破裂し、巨大な樹木へと変わってしまったからである。
「な!」
突然の事に混乱し、ただでさえ反応が遅れたというのに、あろうことかその樹木はまるで生き物のように蔦を伸ばし鞭のようにしならせてシェイネの体に強く打ち付けた。
防御も間に合わず、その殴打をモロに腹部に受けてしまったシェイネはなすすべもなく突き飛ばされ、近くの建物の壁に激突した。
視界が歪み、思考がまとまらない。腹部の鈍痛に加えて頭まで打ってしまった。
「がるるるる…!」
それでも立ち上がり、低く唸りながらその意思を持つ樹木を睨みつける。
クエットだったその樹木は、蛇のように根や蔦を複数本うねらせていた。シェイネ本人は見た事がないが、海に生きる『蛸』という生き物の特徴と似ているような気もした。
「ああ、ごめんなさいね、名乗りもせずに攻撃するなんて…礼儀に反するわね」
シェイネの真後ろから、とても静かな、ともすれば安心さえしてしまうような優しい声色で誰かがそう語りかけた。
この後に及んで『誰か』などと表現するのは少々、いや、かなり的外れで馬鹿馬鹿しい。
言うまでもなく敵、『反乱の魔女』の一員だ。
「っ!」
痛みでまだフラつく体に鞭打って、シェイネは咄嗟に飛び上がり、屋根の上に避難する。そして自分の背後を取った魔女の姿を確認した。
エメラルドグリーンの衣装に身を包んだ、柔らかい雰囲気の魔女。彼女から香るふわりとした匂いは、まるで森林の中にでもいるかのような心地よささえ感じた。
木漏れ日に当たる草のような明るい緑色の眼で、彼女はシェイネを見つめながらニコリと笑ってスカートの裾をつまみ、名乗った。
「『樹木の魔女』ダイアナ」
「『餓狼の魔女』シェイネ」
シェイネがそう名乗ると、ダイアナは本当に申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさいね、本来ならキチンと名乗ってから殺すべきだったんでしょうけど…あまりにも予想外すぎて不意打ちみたいな卑怯なやり方をせざる得なくなったの」
「クエットに何しがったテメェ…」
敵意をむき出しにするシェイネに、ダイアナは「そうねぇ」と頬に手を当て悩ましげそうに答える。
「特異魔法を使って殺した、かしら?」
「ぶっ殺されてぇのか!」
敵意も殺意も遠慮なくぶつけてくるシェイネに、ダイアナ顔をしかめる。
まるで幼子を諭すような表情に、シェイネは今まで感じた事がないぐらい不快感を覚えた。
さっきから感じるこの謎の『安心感』に、わけのわからない恐怖を感じる。
まるで母親に抱かれた赤子のような、まるで陽の光が射す森林の中でくつろいでいるかのような、わけのわからない安心感。
それを振りほどくように、シェイネは感情を露わにしているのだ。
「いけないわ、女の子が下品な言葉を多用して…貴女可愛い顔立ちしてるんだから、殺しあう時もちゃんと淑女らしい慎みある行動をーー」
最後まで聞かず、シェイネは飢えた狼のようにダイアナに飛びかかった。
当然の如く避けられたが、それは別に問題ではない、寧ろあの声を中断させられた点で言えば攻撃は成功したと言える。
「野蛮ね…まぁでも怒るのも無理ないわね…仕方ない、不意打ちのお詫びに私の特異魔法を教えてあげようかしら」
ダイアナは意思ある樹木にそっと手を置き、我が子のように愛おしそうに撫でる。
「私の特異魔法『グレイト・フォーレストベージング』は使い魔系魔法なの。種を植え付けて、相手の養分をちょっとずつ吸収して、栄養が充分になったら私に合図が来るの、後は私が好きなタイミングで許可を出せば、苗床にした相手ごと意思を持った樹木が一気に育つ、早い話が強い使い魔を使役できるって事」
つまり、クエットは使い魔にされてしまったという事である。なら本体をさっさと殺してしまえばまだクエットが助かる可能性があるかもしれない。
シェイネが姿勢を低くして「ぐるるるる」と唸る。
「ああ、私を殺せば『偽りの魔女』が助かるとか思ってるならそれは無理よ? 使い魔になった時点で苗床になった生き物は完全に樹木の一部になって消えるから」
こちらの考えを読んだかのようにダイアナは言って、「ああでも」と続ける。
「こんなに立派になるのは予想外だったのよね」
「あん?」
ダイアナは不思議そうにクエットだった使い魔樹木を見上げている。
「いやね、私はあの広間についた時点で既にこの『偽りの魔女』に種を植え付けての…その理由としては、彼女が生身じゃなかったからなんだけど…おっと喋りすぎ?」
ダイアナがパンっと手を鳴らす。その瞬間、樹木は太くしなやかな蔓をシェイネへと伸ばした。
さっきまでの長いおしゃべりの中で、シェイネの体はともかく精神状態はだいぶ落ち着きを取り戻していた。
故に、落ち着いて手動で斬りはらう事ぐらい造作もない事だった。
「武闘派の魔女? あまり魔女らしくないわね…って…ランダやレジーナも武闘派だし…対して珍しくないか」
そう言って、まるで我が子を見守る母親のように見物を続けているダイアナに、シェイネは不敵な笑みを見せる。
「アタシの特異魔法が格闘術だと思ってんなら大きな間違いだぜ? こんなもんただの特技でしかねぇよ」
次々と襲い来る蔓の鞭を軽やかにシェイネは避けていく。
焦りも疲労も見せず、ついには鋭い突きで蔓を一本千切る事にまで成功した。
もちろんこのシェイネの拳はただの拳ではない。『破壊の魔女』ランダと同じタイプ、魔力を纏った強化された拳だ。
バチバチと青白い火花を散らして、シェイネは拳だけでなく全身に電撃を纏っていた。
「餓狼からの雷獣モードってか? でっかい木にはよぉー、雷が落ちるんだぜ!」
「でも電気って地面に吸収されるのよ?」
飛びかかろうとしたシェイネの足を地中から現れた根が巻きつく。
その隙を逃さず、首に、腕に、胴体に、次々と蔓が巻きついてきた。
「ぐ…ぐるるるる…!」
「あら苦しそうね、くびり殺して楽にしてあげるわ」
ダイアナが再び指を鳴らす、すると巻きついた蔓の力が徐々に強くなっていく。
このままいけば数秒後には八つ裂きになったシェイネが地面に転がっている事だろう。
ロザリーンと組んで数秒で一人になってしまい、作戦変更でこの世界の地上に降りる事になったのは大変不本意だが、なんとかやっていけるものだ、とダイアナは胸をなでおろす。
「…おや?」
しかしいつまで経ってもシェイネが四散する事はなく、逆に
「やぁ⁉︎」
ダイアナの頬を何か鋭いものがかすめていった。
「ぐるるるるぅ…だからぁ…勘違いしてんじゃねぇよ緑色野郎」
どうやったのかは不明だが、シェイネが拘束から解かれ、四つん這いでダイアナを睨んでいる。
その周りに、同じく四つん這いの影が四つ増えており、低く唸りながらダイアナを睨みつけていた。
「狼…?」
ダイアナが呟くとシェイネは不敵に笑い
「そうだよ」
と答えた。
「アンタと同じだよ! 特異魔法『餓狼転生』はアンタと同じ使い魔系だ!」
飢えた狼が、獲物を狙う。
『反乱の魔女』残り蝋燭八本。
『防衛の魔女』残り蝋燭七本。
 




