あの日みたいに
「あ……アイツだ……」
ジョーンは声を震わせて言う。
「アイツ?」
「街を徘徊してた、人の形をした不気味な魔獣みたいな奴ですよ。石像の中から」
「おいおい、やべぇだろ……つーか、アイツ何持ってんだ?」
その武器がどういった性能なのか理解出来ていない二人に、女は容赦無く、引き金を引いて乱射した。大量の銃弾が地面を抉りながら襲いかかる。
ジョーンの反応は早かった。すぐさま檻にエルヴィラを引き摺り込み、魔法を発動させ攻撃を防ぐ。激しく鋭い音が連続して響き、檻全体がガタガタと震える。
「ーーえ⁉︎」
攻撃を受けて檻が震える、そんなの、普通なら当たり前の事だろう。しかし、それはジョーンにとっては明らかな異常事態だった。
思えば、エルヴィラの家が壊された事もおかしかった。絶対にあり得ない事だったのだ。先に、そこを深く考えておくべきだった。
エルヴィラの家でも今も、ジョーンは絶えず『転嫁人』を発動している状態だ。この特異魔法の能力は、ジョーンがどこかに引き篭もっている状態時に攻撃を感知すると、その空間を含め、攻撃を一切無効化し、相手に跳ね返すと言う脅威のカウンター魔法なのだ。
ジョーンが、攻撃と認識していない不意打ちでも無い限り、檻や部屋にもダメージが入る事は無い。それは、衝撃すら無効化するはずで、つまり、今まさに攻撃されて、檻が揺れるなんて事は、有り得ないはずなのだ。
「エルヴィラさんの家にいたときは自動にしてた……攻撃を感知したから、私は本格的に発動した……その直後に突破された……もしかして!」
ついに檻の一部がベキッとひしゃげてしまう。それを見たジョーンは即座にエルヴィラの腕を掴み、檻の外へと瞬間移動して脱出した。
「何がどうなってんだ!」
「や、やばいんですよ……! おかしいんですよ! 私の魔法が強制的に解除されていったんです!」
そんな会話の最中でも、構わず乱射が襲いかかる。二人は咄嗟に魔力で地面を掘り起こし、即興の防御壁を作って攻撃を防ぎ、その隙に廃墟へと逃げ込んだ。
即興とは言え、防御魔法で作った壁。しかし、それはまるで砂で作っていたかのように、あっさりと崩れ去っていく。
「マジだ……即席っつったって、私達二人の魔法で作ったのに……!」
「あの武器の能力なのか、あの化け物の能力なのかは定かでは無いですけど…とにかくここから離れましょう! あんな奴に勝てるわけ無いんですから!」
こればっかりはジョーンの意見に賛成だった。まだこちらの存在に気付いていないのなら、逃げるが勝ちである。奴が瞬間移動でもしない限り、追いつかれるはずが無いのだから。
「なるほどな、あんな奴らに襲われたんじゃ……私の行動が軽率に見えて怒鳴りたくもなるわな」
「ああ、いえ……流石にあんなやばい武器使ってる個体はここで初めて見ましたけど……でも、そうなると厄介ですね、どこに逃げてもアレと同じような奴がうろうろしてるんですよ」
「とりあえず移動し続ければ問題ないだろ、どっかでゲルダを回収して、お前の魔力回復を手伝ってくれれば、ひとまずは逃げ続けられる」
「なるほど、じゃあまずはゲルダさんの回収ですね」
賛成しかけて、エルヴィラは「あ、いや、待ってくれ」と首を横に振る。
「最初に、お菓子の家に寄ってくれないか」
「ペリーヌさんの家にですか? 構いませんけど……一体何用で」
「アイツも、記憶操作の影響を受けていないか心配なんだよ……もし、ペリーヌに忘れられてたら……」
不安そうに頭を抱えるエルヴィラ、そんな彼女の背中を軽く叩いて、ジョーンは静かに、しかし力強く言う。
「その時は、元凶を倒しましょう……頼りないかもしれませんが、私は完璧にエルヴィラさんの事を覚えている、ちゃんとした味方ですから」
その自信に満ち溢れた、とはとても言えない、ぎこちない笑顔のジョーンを見て、エルヴィラは「ヘタクソか」と言って笑った。
「味方ねぇ……『防衛の魔女』復活ってか」
「二人しかいませんけどね、でも目的はあの時と変わりませんよ」
守りたいものを守る為に戦う。あまり大きい事を考え過ぎてはダメだ。あの戦争の、あのテンションを思い出せ。あの時は、もっともっと冷静で慎重だったはずだ。
「でもその為に今は逃げないと、逃げるのもまた戦いのうちです」
だな、と頷いて、エルヴィラはジョーンに瞬間移動する様に促す。
そして移動する、まさにその時だった。
「対象を発見、排除します」
いつの間にか、二人を発見した女が目の前にいた。女は素早くエルヴィラの頭を掴む。
「やばいこの展開は!」
あの時と同じだった。戦争時に、魔女の姉と魔女狩りの弟を死なせてしまったあの時。
ジョーンは再び、敵と共に移動してしまったのである。
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辿り着いた先は、お菓子の家では無かった。しかし、それが良かったかと言われれば、全くそんな事は無い。むしろ、最悪のパターンとも言えた。
女を連れたまま移動した先は、なんと人が密集している街のど真ん中だった。
「なんで……移動に失敗した⁉︎」
そんな事を考える間も無く、ジョーンに重い衝撃が走る。
女が、エルヴィラを投げつけて来たのだ。
「ぐぇえっ!」
「対象を排除します」
身動きの取れなくなった二人に、女は再びガトリングの銃口を向ける。突然現れた全裸の武装女に、人々は騒然としていたが、そんな事は全く気にしていない様子だった。
恐らく、巻き添えにする事も、全く躊躇しないだろう。
「やばい……! 皆逃げて!」
容赦無く、銃弾が嵐のように発射された。
避けられない、避ければ大勢が犠牲になる。檻も壊れてしまったので、魔法は使えない、エルヴィラも動けない。
絶体絶命、本気で死を覚悟した。
「ーーあ」
しかし、銃弾がジョーンとエルヴィラを、ましてや人々を撃ち抜く事は無かった。
放たれた弾丸は、全てその射線に現れた、巨大な氷塊に呑まれ、完全に静止していたのである。
「こ……おり?」
「なにこれ、一体何事?」
険しい表情を浮かべ、人混みの中からゲルダが現れた。彼女が広げた掌を、クッと握り締めると、氷塊は一瞬にしてバラバラに砕け、鋭い氷柱と化した。そして、パチンと指を鳴らすと、無数の氷柱が一斉に女に襲い掛かった。
しかし、それらは全て、女に届く前に、撃ち壊されてしまった。天に向かって撃ったので、その銃撃による犠牲者も出なかったが、そこでやっと自分達の状況を把握したのか、悲鳴を上げながら、人々はその場から去っていった。
「新たな脅威を発見、速やかに……」
そんな事は意に介さず、女はゲルダに照準を合わせようとしたが、どういうわけかガトリング本体が動かない事に気付いた。
「バーカ、今のでその武器がやばい事は分かったんだから、先にそれを使用不能にする方を優先するのは当たり前でしょ」
自慢げにゲルダが指を差す。そこには、地面から伸びた氷が、ガッチリとガトリングを捕らえて固定し、銃口すらも塞いでいた。
「私は氷を操る事ができる『氷結の魔女』なんだよ、そんな私の氷が、砕かれた程度で死ぬと思ってもらっちゃ困るなぁ……地面にばら撒かれようが、空中に漂うレベルで破壊されようが、そこにある限り、何度でも武器として扱える!」
「ηの使用が不可……これより別」
女の言葉はそこで途切れた。突如、何も無い空間から現れた無数の鋭い氷柱が、女の頭部や胸を貫いたのだ。否、何も無かった訳では無い、ゲルダの言う通り、そこにはまだ、砕かれて、空中を漂っていた細かい氷の破片があったのだ。
「油断はしない、徹底的に死んでもらうよ」
女を貫いた氷は更に成長し、女の体内から一気に凍らせていった。やがてそれは女の体を突き破り、氷で出来た巨大な大木のようになって、ようやく動きを止めた。
ガランっと、虚しく武器が転げ落ちる。
「ふぅ……なんとかなったみたいだねー。さて、傷は治してあげるけど……色々事情を説明してくれる?」
「勿論です……というか、ちょうど貴女の助けが必要だったんですよ」
ジョーンは安堵のため息を吐いてから、そう言った。
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「え? マジ? マジで私の記憶いじられてんの?」
目を覚ましたエルヴィラとジョーンの説明を受けて、ゲルダはようやく現状を理解し、二人の証言を信じたのだった。
「お前には『最後の魔女狩り』から後の記憶が無くなってるみたいだけど、結構長い事私らと一緒に魔法集めしてたんだよ、弟がいなくても生きていけるようになったのも、その時だ」
「うわぁ……マジで身に覚えがない。そんな風に言われても全く頭に引っかかるものが無い、これ相当強力な特異魔法では?」
「そうなんですよ……この現象が、この国全体に広がってるんです」
「なぁるほどね、で、敵の正体を掴みたいけど、さっきの連中が邪魔してろくに調査できない、しかも戦闘になれば無傷では済まないから、超強力な治癒魔法を持ってる私を頼ろうと思った、と」
「おおまかな流れはそうだ、分かるか、お前に会えた事以外全く進展してない。私はさっさとこのクソみたいな状況から元に戻してぇんだよ、協力してくれ」
とても人にモノを頼む態度では無いように見えたが、エルヴィラは真剣だった。そして、その気持ちはゲルダにも伝わったのか、意外にもあっさりと、その申し出を受けてくれた。
「それは全然構わないんだ、どうせ暇だし、元の記憶があるというなら是非取り戻したいしね……でも、それでも結局、根本的な問題は変わらないよね? 敵は誰? 目的は何? 国レベルで記憶操作してまでしたい事って? 分からない事だらけはまずいよ、闇雲に戦うしかなくなって、いつか追い詰められる」
ゲルダは、氷の大木化した女を指差しながら言う。
「そもそもアレは何? 魔獣でも無かったみたいだけど?」
「分からないんです……魔獣とは違って明らかに知性がありましたし、でも魔法には巻き込めましたし、でも生物って言うにはあまりに機械的と言いますか……」
「まるで私達を殺す為だけに作られた兵器みたいだったな。最初は石の塊だったのに、ある程度ダメージを受けたら変身しやがった……そしたら、私達の魔法を強制解除とかしやがって」
「なるほど……兵器ねぇ」
二人の話を聞いて、ゲルダはふむふむと考える。
しかし、自分で言っておいて、エルヴィラは妙な点がある事に気付いた。魔法を強制解除して、こちらの攻撃方法を奪ってきたからこそ、エルヴィラとジョーンはあそこまで追い詰められたのだ。なのに、何故ゲルダの魔法は解除されず、あんなにもあっさり倒されてしまったのか。
いや、それを言うなら、そもそも飛んで来た氷柱を撃ち壊して防御する、なんて行為にもどこか違和感を感じる。防御魔法で固めた壁を一瞬で砂のようにしてしまうほど素早く解除出来るなら、氷柱が体に触れた瞬間に液体化させてしまっても全く不思議じゃない。
防御なんて行為そのものに意味が無いように思える。それでも女は、まず先に氷柱を砕いた。直接ゲルダを狙うような事はせず、防御するという行動に出た。
「いや、単純に考えろ……単純に考えて……防御する必要があったから、した」
魔法を一瞬で解除出来るのに、それでも。
つまり、『ダメージになってしまう魔法』と、『無効化出来る魔法』で分かれているのか。
じゃあその線引きは一体どこに。
「だあー、分かんねぇ!」
「ん? 私は分かったよ」
頭を抱えて叫んだエルヴィラの隣で、ゲルダは涼しい顔をして言った。
「あ? 何がだよ」
「だからぁ、敵の正体?」
「あ?」
ゲルダは得意げに言う。
「敵の正体って……どういう事だよゲルダ!」
「何か確信できる手がかりでもあったんですか⁉︎」
「うーん、まだ断定は出来ないけど……でも当たってるんだとしたら、結構おおごとだよ?」
ゲルダは小さくため息を吐いて、見つめる。彼女が見つめる先には、この国を治める王がいる王宮があった。
「おい、まさか?」
「多分ねぇ、こんなに強い兵力を揃えられるって事を考えたら、その辺の魔女とか、魔具持ちのチンピラじゃ無理だと思うのよ。それ相応の人材と、それなりの権力と財力、それら全てを持っている人物って言ったら、必然的に限られてくるんじゃないかなぁ?」
ゲルダはやれやれという風に、肩をすくめて言った。
「敵の正体は多分この国そのものだ。どういうつもりか知らないけど、その魔法集めに関する事実を全て抹消しようとしてるんじゃ無いかな」
悪く言えば、証拠隠滅。
そんな事の為に、命まで奪われかけた。
「まぁ、詳しい事は、本人に直接聞こっか」
あの日みたいに。と、ゲルダが言う。
元『防衛の魔女』三人が、再び王宮へと向かう。
エルヴィラは、怒りと殺意で拳を握りしめていた。




