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魔女伝  作者: 倉トリック
最終章
125/136

迫る危機

 満身創痍、という言葉がピッタリだろうか。


 結局、あのままジャンヌについて行っても、得られる物は何も無かったのである。


 何も、無かったのだ。本当に、何も。


 あろう事か、ジャンヌに至っては、エルヴィラの事どころか、自分が何者かすら覚えておらず、孤児院で『テレサ』という名前を付けられ、働いていた。


 自分が騎士だった事も、魔法集めを共にした事も、全ての記憶が消失していた。


 エルヴィラは懸命に記憶を戻させようとした。今まで起こった事を、全て話してみた。


 しかし、彼女には何の反応もなかった。何かを思い出しそうになって、頭痛を訴えるとか、何か手応えのようなものがあればと期待したのだが、それすら無くて、どこかの誰かの昔話でも聞かされているような、他人事のように聞いていた。


「なんで、どいつもこいつも覚えてねぇんだよ……」


 努力は虚しく、何も得られず、失意のまま、エルヴィラは数ヶ月ぶりに森の奥の自宅へと帰った。


 魔法で常に清潔に保たれているので、掃除や洗濯などする必要は無い。エルヴィラはなんの躊躇も無く、ベッドに伏せる。


「あー……クッソ」


 手がかりが無さすぎる。敵の目星も、どんな魔法なのかも、何もかもゼロの状態だ。しかも頼れる仲間も居ない、というか、仲間がいるという状態だからこそ、この手の攻撃は効果絶大なのだろう。


 今までなら、誰に忘れられようと、大した事は無かった。


「……違うな、今はヒヨってる場合じゃねぇ。とにかく考えろ、何か手を打たねぇと……」


 とは言え、自分の使える魔法に敵を特定するような効果を持ったものなんて無い。こんな事なら探知魔法ぐらいまともに使えるように特訓しておくんだったと、今になって後悔する。


「待てよ、ペリーヌ! アイツなら何か分かるかも知れない!」


 そういえば、あれからペリーヌには尋ねていなかった。彼女は並みの魔女じゃない。何かを察知して、この無差別攻撃を防いでいたかも知れない。


「というか……そもそも、なんで私は記憶を失ってねぇんだ? いや、それこそ、ペリーヌの家にいた恩恵って事か……? いや待て待て、いつから私は魔法の影響を受けていないと錯覚してる? もしかしたら私にだって失ってる記憶ぐらいあるかもしれねぇ」


 その辺も諸々含めて、ペリーヌに聞いてみよう。わざわざ帰宅してしまったばかりだが、善は急げだ。


 そう思い、エルヴィラは早速出かけようとした、その時だった。凄まじい魔力を背後で感じ、直後、腕を掴まれ足を止められた。


「間に合ったぁ!」


「お前……ジョーン!」


 巨大な檻を背負った魔女、『幽閉の魔女』ジョーンが、顔面蒼白で立っていた。


 どうやらその様子から察するに、彼女は確実に、エルヴィラに用事があって、自分の意思でここまで来たようである。つまり、彼女もまた、エルヴィラの事を覚えている一人という事だ。


「お前は記憶を失ってないのか……そうだ! 忘れ形見の事は」


「貴女馬鹿ですか!」


 突然すごい剣幕で怒鳴られ、エルヴィラは怪訝な顔を浮かべる。


「なんだと? いきなり出て来て馬鹿呼ばわりされる筋合いは」


()()()()()()()()()()()()()()()()()⁉︎」


「……あ? どういう事だ? それの何がまずいんだよ」


「少し考えれば分かる事でしょう! 自分以外の人達の記憶が……ましてや騎士団に至っては事実と異なる組織体制に作り変えられている! はぁ……すみません、強く言い過ぎました……でも、明らかな異常事態……私達の周りだけじゃ無い、国民全て、いや、世界中がこの魔法攻撃の影響を受けている中……何故迂闊に自分は影響を受けていない事を暴露していくんですか!」


「いや、そりゃ……確認ぐらいするだろ? 記憶が変なんだぞ?」


「この攻撃が明らかな敵意をもって仕掛けられた事だとして、その影響を受けていない人物がいると犯人が分かったら、どういう行動を取ると思いますか?」


 そこまで言われて、ようやくジョーンの言っている意味を理解した。そして、今彼女が何の為に自分の前に現れたのかも理解した。


 彼女は言った、間に合った、と。


 それは出掛けるのを阻止できた、という意味では無く、()()()()()()()()()()という意味だという事を、理解した。


「……狙われてんのか」


「今のところは私達二人です……気持ちの悪い人型の魔獣? のようなものが、あちこちを徘徊してて……他の人達には、それが普通の人間に見えてるようなんですけど…そいつら、一般人やその辺の魔女には反応しないくせに……私を見た途端襲いかかって来て」


「どういう事だ?」


「そいつらに襲われたのが、私がこの異常現象の調査をしようとした直後の事なんです。記憶を操作されて普通に人々が過ごしているなか、多分、私の行動は不自然過ぎたんでしょう。つまり、あの化け物どもの目的は、記憶操作の影響を受けていない人物の抹殺だと、とりあえず仮定したんです」


「なるほど……そんな物騒な奴らが徘徊している中、私の行動は自殺行為だったと」


 言うと、ジョーンは頷いて言う。


「途中でゲルダさんに出会ったので尋ねてみたら、エルヴィラさんにも似たような事を聞かれたと言われて……しかもあちこちで同じ質問を繰り返してるって……流石に焦りましたよ」


 ジョーンは興奮気味だった息を整えて、ようやく落ち着いたのか、やれやれと椅子に座る。


「とにかく無事で良かった。なんか、ゆっくり座っちゃいましたけど、のんびり休んでる場合じゃ無いので、すぐにでもここから離れましょう」


「言ってる意味は分かるが、逃げてどうなる? それよりそいつらを操ってる本体を叩く方が早くないか?」


「逃げるんじゃないです、一旦態勢を立て直さない事には、敵の思うツボですよ。向こうには私達に記憶がある事が分かってますけど、私達は敵の正体や目的すら掴めてない……勝てる見込みがありますか?」


 なるほど、と、エルヴィラは頭を抱える。この期に及んで最善の策は逃げる事だなんて。何も出来ないこの状況を、顔も知らない黒幕が笑っているんだと思うと、反吐が出るぐらいムカついてくる。


「一応聞くんだが、ジョーン、お前には全ての記憶があるのか? 忘れ形見とか、七つの魔法とか」


「ありますよ、ジャンヌさんの事も、七つの魔法を必死に探し回った記憶もちゃんとあります……まぁ、私が回収出来たの鳥だけですけど…」


「なんでだ……? なんで私達だけ無事なんだ?」


「一応ゲルダさんにも記憶はありますよ? ジャンヌさんの事や、七つの魔法とかは知らないって言ってましたけど、私達が『最後の魔女狩り』に参加していた事は覚えていました」


「最後の魔女狩り……から後の記憶が丸ごと持っていかれてるって事か? いやでもだから、だとすりゃ、なんで私達だけが無事なんだ?」


「私には『転嫁人』があるので……能力を無効にできたのかも知れませんけど……エルヴィラさんは何故なんでしょう?」


 ダメだ、これだけ考えるだけ考えて、未だ何一つ進展していない。パニックになっているのだろうか、ジョーンの言う通り、一度場所を変えて冷静になった方が良いだろう。


「ジョーン、悪いが別の場所に移動させてくれるか、色々考えたが、お前の案に賛成だ。ここで悶々としていても埒が明かねぇし」


「分かってもらえて何よりです、とりあえず、人の少ない南の方へ行きましょうか」


「『皮剥ぎの魔女』の故郷だろ? 変な地下施設あったし……そこならとりあえず安全かもな、で、ゲルダはどうする?」


「正直欲しい人材ですが、彼女は敵に狙われていませんからね……危険に巻き込む事に、ちょっと抵抗があるんですよ」


「でも、戦闘になるなら、アイツの治癒魔法は必要不可欠だぜ」


 多少強引にでも、ゲルダには協力させるべきだ、と、エルヴィラは思っていた。決断を渋っているのか、ジョーンは考え込んだまま何も喋らなくなっている。今は危険に巻き込みたく無いだとか、綺麗事を言ってる場合じゃないと言うのに、お人好しな魔女だ。


「おいジョーン、気持ちは分かるが、やっぱゲルダは」


「エルヴィラさん……マズいです……今すぐ逃げます、良いですね」


「あ? なんでだよ」


 ジョーンは、両手を震わせながら檻を握りしめて、言う。


「今、連続で自動的に『転嫁人』が発動しました……私が室内にいるから……攻撃されれば自動的に発動するんです」


「攻撃、されれば?」


「玄関? 壁? 分かりませんが……とにかく……今! 現在進行形でこの家は何者かに攻撃されていますっ!」


 しかも多数から、というジョーンの声は、爆音にかき消され聞こえなかった。いや、聞こえていたとしても、既にエルヴィラにそれに対して返事を出来る余裕など無くなっていた。


 壁を突き破って、巨大な掌がジョーンとエルヴィラに伸びる。


 咄嗟にジョーンはエルヴィラの腕を掴み、瞬間移動の特異魔法、『ワープ』を発動させた。


「っぶねぇ!」


 一瞬で、目の前には廃墟が立ち並ぶゴーストタウンが広がった。ここに来るのは二度目だが、特に思い出も無いし、懐かしさとかはさっぱり感じない。


 しかし、とりあえず逃げ切れたという安堵感はあった。


「あれか、お前の言ってた不気味な魔獣みたいな奴らって。どういう事だ、お前の魔法が発動してるのに、なんで家の壁やドアを破壊出来たんだ?」


「分かりません……けど、もしかすると、魔法を強制解除させる能力でも持っているのかも知れません…今までに見た事のない敵です…


「チッ、厄介だな。まぁでも、とりあえずは逃げ切れた」


『対象ヲ発見、速ヤカニ駆除シマス』


 無機質な、奇妙な声が聞こえた。


 振り向くと、人型の石像のような奇妙な物体が、彫られた目でコチラを見つめていた。


 そして、その巨大な腕を振り上げると、一気にコチラに向かって振り下ろして来た。


「おわぁっ⁉︎」


 咄嗟に避けるが、叩かれた地面にはヒビが円形に走り、その振動は避けたはずのエルヴィラにまで伝わった。


「んだよコイツ!」


「分かりません! 私が見た奴とは違う奴です!」


『対象ヲ発見シマシタ』


 驚愕する二人の前に、さらにもう一体、まるでゴーレムのような物体が姿を現した。二体はジリジリと二人に詰め寄り、そして巨大な拳を振るう。


「コイツら! 見たより全然速いぞ!」


「しかも攻撃が的確です! 全然反撃出来ない!」


 ギリギリのタイミングで、避けるのが精一杯だ。しかし、連続で繰り出されるその打撃に、体力が一気に奪われていく。


 エルヴィラを連れてもう一度ワープしようにも、二人の間にゴーレムが立ちはだかる形を取られてしまった。


「クッソ! どーすんだコレ!」


「どうすると言いましても……最早どうにかして倒す、ぐらいしか道はありませんって!」


 自分で言った事だが、ジョーンは、目の前にいる石の塊を倒す術が全く思いつかない。そもそも生物かどうかも怪しいのに、何をどうすれば良いのだろう。


「なんとかワープは使えますし、檻も壊れて無いけど……私の魔法がそもそも攻撃には向いてないのに!」


 ふとエルヴィラを見ると、彼女はそれでも、自分の持てる魔法を駆使して戦っていた。


 暗闇を作って視界を奪い、過去から引っ張り出して来た自分の分身をぶつけて攻撃している。


 しかし、分身の方があっさりと叩き潰されてしまい、そのままエルヴィラも殴り飛ばされてしまった。なんとか防御はしていたものの、おそらく腕が二本とも折れてしまっただろう。


「まずい……まずいまずいまずい! どうすれば……」


 魔法で身体強化して、肉弾戦に持ち込むか? いや、あり得ない。そもそもナイフを弾くほど頑丈な石の体に、たかだか筋力を上げた程度の小さな拳で傷をつけられるとは到底思えない。


 あの体を砕くなら、それ相応に重く、質量のある鈍器のようなものが必要だろう。つまり、このゴーレム達と同じような石の塊。


 しかし、そんなものが都合良くあるわけが無い。


「いや、待てよ? 同じ材質……もしかしたら」


 ジョーンは一か八かの賭けに出るため、エルヴィラに大声で叫んだ。


「エルヴィラさん! なんとかそっちの石像をここまで連れて来れませんか!」


「ああ⁉︎ 出来るわけねぇだろこんなデケェし硬ぇの!」


「お願いします! もしかしたら…」


「なんか勝算あんのか……ああ、クッソ! 待ってろよ!」


 エルヴィラは再び闇を作り出し、三人ほど自分を呼び出して、ゴーレムを攻撃させる。


 視界が効かないゴーレムは、攻撃だけを頼りに、分身のエルヴィラ達を追っていく。


「よし、こっちも!」


 ジョーンは攻撃を避けるのを止め、急いで駆け出し、檻の中に閉じこもる。


 当然、ゴーレムはその檻を破壊しようと、構わず拳を振り下ろした。


「……触りましたね?」


 あえて、ジョーンは『転嫁人』を発動させなかった。その代わりに、檻と、それに触れたゴーレムごと、瞬間移動したのである。


 どこか、それはジョーン自身も試した事のない技だった。


「これでどうですかっ!」


 移動先は、なんと空中だった。


 エルヴィラが誘き寄せた、ゴーレムの真上。


 五階建ての建物ぐらいの高さ、何も無い空間から現れたゴーレムとジョーンは、当たり前に、重力に逆らわず落ちていく。


「同じ材質で、なおかつ十分な質量! ダメージゼロって事は無いでしょう!」


 もちろんジョーンも落ちているわけで、半ば自爆技のように見えるが、しかし、そんな時こそ、彼女にはダメージ完全無効の最強カウンター魔法『転嫁人』がある。


 檻に入っている以上、ジョーンへダメージは無い。


「砕け散れ!」


 ゴーレムとゴーレムがぶつかり合い、鈍い音と共にエルヴィラが相手をしていた側が粉々に砕けてしまった。勿論、ジョーンが落としたゴーレムも無傷では無い。全身にヒビが入り、そこから蒸気のようなものが漏れ出ると、動かなくなってしまった。


「や、やるな……」


「空中への移動、初めて思い通りの場所に出てこれました……こっそり練習した甲斐ありましたよ」


 両腕をダラリと垂らしながら、エルヴィラは動かなくなった石の塊に近付く。


「結局何だったんだコイツら……いてて」


「さぁ? 使い魔にしては妙でしたよね……魔法を使って来ませんでしたし」


 いや、それよりも、と、ジョーンはエルヴィラの腕を見て言う。


「早速こんな大怪我をされるとは……ゲルダさんの勧誘待った無しじゃないですか」


「仕方ねぇだろうが、つーか、だから言っただろうが、アイツの治癒魔法は絶対必要だって」


「でもなんか申し訳なかったんです……あれ?」


 ジョーンがエルヴィラに触れて、移動しようとした時、その異変に気付いた。


 さっきまで横たわっていたはずのゴーレムが、一体立っているのだ。


 ヒビ割れから蒸気を漏らしながら、ジッとこちらを見つめて立っている。


「おい……? 凄まじく嫌な予感がするんだが」


「何が起こってるんですか……これ」


『損傷ヲ確認。データヲ元ニ、アップデートヲ開始シマス。バージョンαカラ、バージョンγヘ移行』


 無機質な声でそういうと、噴き出す蒸気の勢いが増し、直後爆発して、辺りに石片が飛び散った。


 そして、モクモクと舞い上がる爆炎の中から、目を赤く光らせた、まるで死人のように白い体をした全裸の女が現れた。


 彼女は、無表情にコチラを見つめると、感情のこもっていない単調な声で言った。


「バージョンアップ完了。これより対象の駆除を開始します。ウェポンコードη(イータ)を転送、攻撃、開始します」


 そういって、転移されて来たのは、見たことも無い武器だった。


 エルヴィラとジョーンは知るはずもない、それはガトリングガンと呼ばれるものである。


 再び始動した対魔女兵器が、対象に向かって、乱射した。

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