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魔女伝  作者: 倉トリック
最終章
124/136

喪失

 結局、ペリーヌ宅に泊まって、帰宅は朝になってしまった。行き先は伝えているし、別に怒られたりはしないと思うが、もしかしたら心配させてしまったかもしれないと、エルヴィラは少しだけ申し訳なく思ったり思わなかったりした。


 だが、もう過ぎた事。どうにもならない事に頭を悩ませても仕方ないので、エルヴィラはいつも通りの帰路をのんびりと歩いていた。


「…………」


 ふと、あの日の事を思い出した。


 不愉快な男と共に、馬車に乗ってこの街に出て来たあの日。戦争が始まるというのに、何も知らない民衆達に、エルヴィラは、平和ボケしている、という印象を持った。


 あの頃は、仲間なんて居なかった。だから、自分が生き残る為に、誰が死のうが、何が壊れようが構わなかった。


 人や国を守るつもりなんてサラサラ無かった。なのに、いつの間にか英雄視されていた。国も人も守った正義の魔女、なんて、自分には程遠い評価を受けて、語られるようになってしまっていた。


 戦争の後始末をする責任があると、友人に言われた。仕方ないと思って、嫌々始めて、誰かに押し付けようとして、騎士を頼った。


 そこから、また狂っていった。


 いつの間にか仲間が出来た、利用しようと思っていたのに、頼るようになっていた。頼られるようになっていた。


 死なれたら困るから守る、から、死んで欲しくないから守る、に変わっていった。死にたくないから生きる、から、仲間と生きたいから生きる、に、変わっていった。


 たった三年で、何もかも変わってしまった。あの頃のエルヴィラなんて、もうどこにも居なかった。なのに、自分が自分じゃ無くなるのは嫌なはずなのに、全然不快感なんて無かった。


 むしろ、清々しささえあった。


「平和ボケしてんのは……私も一緒かよ」


 でも、多分、師匠が望んでいたのは、こういう自分なのだろうと、エルヴィラには、何故かそう思えた。


 結局あの人が望んでいたのは、魔女として人を救うとか、そんな大きな事じゃなくて、エルヴィラに一人の人間として、当たり前に暮らして、幸せになって欲しかったんだろう。


「はいはい……十分幸せですよ」


 こんなにも穏やかになってしまったんだから、認めざるを得ない。自分は今、幸せなのだと。


「丸くなったエルヴィラさんは、土産でも買って帰りますかね」


 そう言って、エルヴィラは街に並ぶ色んな店を一望する。


 その中の一つに、見覚えのある人影を見つけた。いや、正確には、それは見えていない、ただ、魔力の気配が知り合いの形に似ているのだった。


「あれは……ドールか? 何でアイツわざわざ透明化してんだ?」


 いや、というか、なんで一人でいるのか? 色々思ったが、特に深くは考えず、エルヴィラはドールに近寄って行く。


「おい、どうしたんだよ、こんなところで何うろついてんだ? まさか迷子なわけねぇよな?」


 透明化したとて魔力は感じ取れる。というか、一緒に過ごすうちに、感じ取れるようになったのだ。だから、当たり前に、エルヴィラはドールに話しかけた。


 しかし、ドールは反応しない。全くエルヴィラに気付いた様子は無く、何かを探すように、キョロキョロしているのだ。


「おーい、無視か? 何キョドってんだよ……忘れ形見はどうした? なぁ、おい」


 全く反応されないので、エルヴィラはドールの肩にポンッと手を乗せた。


 すると、ドールは全身をビクッと震わせ、驚いた目でエルヴィラに振り向き、口をパクパクさせた。


「なんだよ、そんなにビビらなくても」


「な、なんで……?」


「あ?」


()()()()()()()()()()()?」


「……は?」


 訳のわからない事を言いながら、ドールは確実に怯えながら、少しずつ後退る。


「お前……何言って」


「な、なんで……⁉︎ わけわかんない……なんで私いきなり知らない場所にいて……しかも知らない人に姿を見られるなんて……特異魔法が効いてないの……? わ、私悪い魔女じゃないから! 本当だから!」


 そう言って、ドールはバタバタと走り去っていった。


「何言ってんだアイツ?」


 意味不明な状況に混乱していると、騎士の一団が街を歩いていた。その中に、いつかの妙な訛りを含めて喋る女、確か、ゼノヴィア、彼女が居るのに気付いた。


「あ、おい、西支部」


 本当はジャンヌに直接言いたかったが、コイツも騎士だしドールの保護ぐらいしてくれるだろうと思い、エルヴィラは声をかける。


 エルヴィラが近寄ると、ゼノヴィアは不思議そうな顔をして足を止めた。


「あー、悪りぃけどさ、ドール……えっと、『不可視の魔女』の様子がおかしいからさ、保護ってほしいんだよな。多分寝ぼけてんだよ、アイツ」


「どうしたんお嬢ちゃん。お友達か、妹ちゃんが迷子になってもたん? それともお嬢ちゃんが迷子かな?」


「ーーあ?」


 再び、訳のわからない事を口走る知り合いに、エルヴィラは怪訝な顔を浮かべる。


「おいおい……いつまでガキ扱いしてんだ、ドールの方ならまだ分かるけど……つーかお前、なんでここに居るんだ? お前の担当は西支部だろ?」


 すると、突然横に居た騎士が、険しい顔をしてエルヴィラを睨む。


「コラ! なんて口の利き方をするんだ! 全く……最近の子供は躾がなってないというか」


「あぁ? こっちはテメェよりよっぽど歳上なんだっつーの!」


「こらこら、落ち着きぃな大人気おとなげないなぁ。お嬢ちゃん、お父さんとお母さんはどこにあるん? 妹ちゃんと一緒に探してあげるわ」


「お前はお前でさっきから何わけわかんねぇ事言ってんだよ! 妹とかいねぇわ! ったく遊んでる場合じゃねぇんだっつーの! もういいから忘れ形見はどこだよ、アイツに頼るわ」


「お嬢ちゃん難しい言葉知っとるねんな、忘れ形見やって、その人も探しとんの? どんな人なん?」


「……あのなぁ、私が忘れ形見っつったら騎士団の団長に決まってんだろ……お前の可愛い後輩兼上司だろうが」


 今日はふざける日なのか、それとも自分がまだ寝ぼけているのかと、エルヴィラは頭を抱えながら思う。


 しかし、直後、ゼノヴィアの口から信じられない言葉が発せられた。


「……なんや、ウチを探しとったんか。()()()()()()()()()()()()()()()()、もしかして、なんか事件があったん?」


「ーーは?」


 至極当然の事のようにゼノヴィアが言うので、一瞬言っている意味がわからず、思考が追いつかなかった。が、そもそも理解出来るはずも無い、だってそれは、事実では無いのだから。


 だって、騎士団の団長は、ジャンヌが務めている。目の前にいるコイツら含め、色んなやつが、ジャンヌの事を団長と呼んで慕っていたのだから。


「お前……どっか悪いのか? 忘れ形見……お前らの大好きなジャンヌだろ? 団長っつったら……私がおかしいのか… ? んなわけねぇだろが、七つの魔法集めたのも、ぶっ壊れた街を元に戻したのも……全部アイツだろうが」


「うーん、やっぱり子供って想像力豊かやなぁ、羨ましい。でもウチはゼノヴィアやし、団長はずーっとウチがやっとるで? そもそもな、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ゾワリと、嫌な予感がした。


 瞬間、エルヴィラはその場から逃げるように走り出し、あちこちを巡った。


「おい、騎士団の団長ってジャンヌだよな!」


 村の村長に聞いた。


「何を言っとるんだ……騎士団の団長はゼノヴィアだろう……そもそもお前は誰だ」


 食堂の店主に聞いた。


「さぁ? ジャンヌなんて子は、ウチに来たこと無いと思うけどねぇ? ところで、お嬢ちゃんは迷子?」


 偶然再会したクロヴィスに聞いた。


「知らないし……そもそも君は誰だ?」


 とりあえず一発殴ってから、桃月郷に行って、カーミラに聞いた。


「はぁ? 知らないわよ、つーかあんた誰よ」


「知らねぇしよぉ……そもそもお前も誰なんだよ? ひひひ」


「知らんな、お前魔女か? 魔女の知り合いなど尚更知らん」


「ゼノヴィア様ですよぉぉ、そもそも貴女こそ誰ですぁぁ?」


「僕の団長はゼノヴィア様です、というか、貴女何者ですか、何故そんな探りを入れるんです?」


 誰だ? そもそも知らない、お前こそ誰?


 知らない、覚えてない、お前は誰だ。知らない、覚えてない、お前は誰だ。知らない、覚えてない、お前は誰だ。知らない、覚えてない、お前は誰だ。


 知らない、覚えてない、お前は誰だ。


「えー? ゼノヴィアって子でしょ? つーか、エルヴィラはなんでそんな事聞くの?」


「お前は……私の事、分かるのか」


 息を切らしながら、エルヴィラは彼女に言う。


「いや、そんな親しくもないけど知り合いっちゃ知り合いでしょ? あのイカれた戦争を生き残ったんだから」


 彼女、『凍結の魔女』ゲルダは、キョトンとしながら言う。


「なんで……忘れ形見の事は覚えてないんだ」


「だって『鎧の魔女』の事じゃ無いんでしょ? じゃあわかんないよー、そんな人この国にいた?」


「いや、いやいやいや……明らかに、おかしいだろ……」


 誰も、ジャンヌの事を覚えていない、いや、それどころか、エルヴィラの事すら覚えていないのだ。ゲルダがようやく、覚えていたが、しかし、話を聞いていくと、やはりおかしなところがいくつもあった。


「一緒に七つの魔法を集めたじゃねぇかよ」


「……七つの魔法って?」


 気が変になりそうだった。


「何か……特異魔法なのか? 誰かに攻撃されている? こんな大規模に?」


 こんな大規模な記憶改竄、そんな事が出来る者など、知り合いどころか『反乱の魔女』や七つの魔法所有者にすら居なかった。


 七つの魔法が無くなったと言うのに、未だにそんな強力な魔法が使える者がいたというのか。だとすれば、何の為に。


「私達に関しての記憶だろ、だったら私達と関係がある奴」


 しかし、その関係者がこぞって記憶を失っているのだから話にならない。


「あー……なんなら手伝おうか? その忘れ形見ちゃん探し」


「頼みてぇけど、お前が覚えてないなら話にならねぇだろ。とにかく私の事を覚えてるならそれで良い」


「そう? なんかごめんね」


 振り出しに戻ってしまった。いや、一歩も進歩が無かったかと言えばそんな事は無いが、しかし、状況は何も変わっていない。


「クソ、何がどうなってんだよ」


 その後も捜索を続けたが、収穫無し、それどころか騎士団を嗅ぎ回る不審者扱いされる始末だった。


 疲れ果てたエルヴィラは、公園のベンチに座り、ただただ困惑していた。闇の魔法をよく使うのに、自分でも制御出来ないそこ知れぬ絶望の闇に飲まれそうになる。


「忘れ形見を探すより……この事態を引き起こした張本人をぶちのめした方が早いか?」


 いや、現実的じゃ無い。そもそも見つける方法が無い。


 しかし、それがダメなら一体何をどうすれば良いんだろう? そもそも、ジャンヌを見つけたとしても、彼女がエルヴィラの事を覚えている保証が無い。


 そうなれば、本当に一人になってしまって、どうする事も出来なくなる。


「詰んでるじゃねぇかよ」


 自分の無力さに、自嘲を浮かべるエルヴィラ。


「どうしたの?」


 すると、公園で遊んでいた少女がエルヴィラに声をかけた。


 見た目は少女なのだから、側からみれば、子供が一人で落ち込んでいるように見えたのだろう。


「別になんでも……私の事は気にすんな」


「でもさみしそうだったよ、みんなであそぼ?」


「ガキの遊びに付き合ってるほど私は暇じゃ」


「いーいからー!」


 そのまま少女に強引に引っ張られ、エルヴィラは子供達の輪の中に入れられた。子供達は、珍しいものを見つけたように、エルヴィラを見つめ、色んな他愛のない質問を次々に浴びせかける。


 よく見ると、その中には、孤児院で出会ったはずの子供もいたが、当然の如く、忘れているようだ。


 地味に心にくる。こんな子供にまで影響が出ている。


「ん、待てよ、孤児院?」


 そこで、エルヴィラはふと思いつく。


「お前ら……全員孤児か?」


「そーだよ、でも、おかあさんはいるよ!」


 恐らく職員の事だろうが、『おかあさん』の話になると、子供達は目を輝かせながら、嬉しそうに語り始めた。


「おかあさんはね、やさしいんだよ!」


「それに、すっごくちからもちなんだ」


「いえのことなんでもできるの! おりょうりはにがてらしいけど」


「きょうもいっしょにこうえんにきたんだよ、いまはとんでいったボールをとりにいってくれてるよ」


 嬉しそうな子供達の顔を見ていると、エルヴィラは少し羨ましくなった。


 子供は無邪気でいいもんだ。


「分かった分かった、お前らのお母さんはすげぇんだな……でもな、私もなかなかすごいんだぞ、なんたって魔女だからな」


「まじょ?」


「おう、例えばな……ほいっ!」


 エルヴィラは、魔力を込めて、少女が持っていた人形を動かした。


「わー! おにんぎょうがうごいた!」


「ほんとにまほうだ!」


「ほんもののまじょだ!」


 しばらく人形を動かしてやると、子供達は大はしゃぎして喜んでいた。前にもこうやって遊んであげたのだが、残念ながら覚えていないようだ。


(こいつらのお母さんとやらが来るまで遊んでやるか)


 そう思っていた矢先、公園の入り口の方からエプロン姿の女が歩いてくるのが見えた、手にボールを持っている事から、十中八九子供達の言うお母さんだろう。


「あー、おかあさん!」


 そう言うと、一斉に子供達は彼女に群がっていった。そうして、我先にと話しかけている。


「すごいんだよ! まじょがいたの!」


「おにんぎょうがうごいたの!」


「わたしまちとおなじぐらいのこどもなのに!」


 あちこちから聞こえる声に、彼女は笑顔のまま頷いていた。


 金髪で、髪を後ろで結んだ、彼女。


 その姿に、エルヴィラは唖然とした。


 彼女がこちらに気付き、近付いてくる。


「貴女が魔女さん? この子達と遊んでくれてありがとうございます」


「お前……何やってんだ……?」


 忘れ形見、と、言おうとしたが、再び彼女は子供達に包囲され、エルヴィラの声は届いていなかった。


 間違えるはずがない、確実に、ジャンヌだった。


 案の定、記憶を失った状態だった。


「マジかよ……もう、どうすりゃ良いんだよ」


 茫然としていると、彼女が子供達に引っ張られながら、エルヴィラの元までやってきて、言った。


「魔女さん、お礼をしたいから、よければ一緒に施設まで来てくれませんか? 子供達も喜ぶと思うので」


 屈託のない笑顔を向ける彼女の提案に、エルヴィラは黙って頷く事しか出来なかった。


 誰も自分を覚えていない、凄まじい喪失感を感じながら、今はただ、この状況に従うしか無かった。

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