あれから
「オォラァッ!」
ドスの効かせた掛け声と共に、エルヴィラが魔狼の顎を蹴り上げる。そして、怯んだところをゲルダの氷魔法で貫いた。
数秒苦しそうにもがいた魔狼は、ダラリと力が抜け、情けなく舌を垂らしながら絶命する。
「ふぃー……十五匹目、大した事ないけど、割と疲れるね」
汗をタオルで拭いながら、ゲルダは仕留めた魔物を指折り数えながら言う。
「おい、相手は雑魚とはいえ、まだいるんだから油断してんじゃねぇよ」
「んー、別に油断してるわけじゃないけど……ただ、ちょっとジャンヌちゃん達が心配になっただけ」
呑気に会話しているが、二人は今、森の奥で魔狼の群れに絶賛囲まれ中である。どう見ても五十匹はいるであろう大群で、その内のまだたった十五匹、狩ったばかりなのである。
そんな中、ゲルダがチラリと森の奥に視線を移す。
「忘れ形見の事なら心配すんなよ、何の為にガキとジョーンを同行させたと思ってやがる」
「まぁね、いざとなったら瞬間移動で離脱するだろうけど、今回の魔獣の魔力反応、地味に高かったじゃん? 魔女で例えたら、『餓狼の魔女』ぐらいは魔力あると思うよ」
「つっっっよ、そんなにあったか? 今回の敵……って、だから、大丈夫だっつーの、それより私達は、この状況をどうにかする事に集中してりゃいいんだよ」
「とは言ってもねぇ、数だけいても所詮魔狼、一人じゃ厳しくても、私達が並んで相手にしてたら、余裕過ぎて気が締まらないんだよね」
なんて中身のない会話をしている最中にも、魔狼は次々と襲いかかってくる。しかし、それをなんなく二人は躱し、ついで感覚で確実に仕留めていく。
まさに流れ作業である。そこに戦いの緊張感、などと言うものはほとんど無かった。
当然だ、敵は魔獣でも無く、異端狩りでも無く、マギアでも無ければ、七つの魔法所有者でも無い。ただの魔狼なのだから。例え数が多かろうと、例え低級ながら魔法が使えようと、今の彼女達にとって、大した問題では無い。
なにより、絶対的な安心感があるのだ。
味方にジャンヌがいる、という、絶対的な安心感。
「ほらみろ、そうこうしてる間に、向こうは終わったみたいだぞ」
森の奥が、明るく光る。
そして、一瞬で彼女が目の前に現れた。
「よかった、二人とも……無事だね!」
「当たり前だろ」
「そっちも当たり前みたいに無傷でなにより」
三対の翼を広げた、女神のような騎士。ジャンヌは、震える一匹の子犬を抱きしめながら、二人に微笑んだ。
突然現れた異形の存在に、魔狼達は困惑する、しかしジャンヌがそのうちの一匹の頭を優しく撫でると、一瞬警戒したような素振りを見せたが、その目から殺意が消え、クンクンと鼻を鳴らしながら、その魔狼は群れを連れて森の奥へと姿を消していった。
「なんだ? 何したんだ?」
その様子を、エルヴィラが首を傾げながら見つめる。
「ん? 話し合ったの、村の人達が怖がるから、あまり人里に出てこないでって、その代わり、村の人達にも、あの子達の住処を踏み荒らさないように説得するからって」
「女神モードだと魔物とも話せるのか」
「うん、あ、会話っていうより、直接気持ちを伝え合うんだけどね」
正直何を言ってるのか分からないが、ジャンヌはアレ以来、女神モードを駆使して様々な事件を解決している。
七つの魔法を回収し終えて、あれから既に半年という月日が流れた。
しかし、それでも、魔法絡みの事件は絶えない。七つの魔法が無くなっただけで、魔法そのものはこの世界に溢れている。人知を超えた超常の力を、自らの欲望を満たす為、周りを犠牲にしてでも行使する輩は、いなくなったりしない。
魔女だろうと人間だろうと、それは変わらない。
だから、騎士団の仕事も変わらないのだ。あの後も、色んな事件が起こり、その度に、騎士団が出動している。今回だって、魔物が人里まで降りてくるからなんとかして欲しい、という村人からの依頼を受けてのものだ。
実質何も変わっていない。変わった事があるとすれば、それは、全くと言っていいほど、こちら側が苦戦する事が無くなった、という事だろうか。
女神モード、と、エルヴィラが勝手に名付けて呼んでいるジャンヌの力。あらゆる魔法が使用可能になり、本人へのダメージは全てカットされる。更に強制的に敵の殺意や敵意を消滅させる力もあるらしく、そもそも女神モードとの戦闘が成り立たないという状態で、一方的に事件を解決している。
苦戦も何もありゃしない。あの頃の緊張感は何処へやら、エルヴィラは正直、退屈に感じていた。
「で、その犬はなんだよ」
「ああ、この子? さっきまで戦ってた魔獣の魔獣化を解除したら、中からこの子が出て来たの。可哀想に、暴走した魔力にずっと体を蝕ままれてたんだね……」
ジャンヌがそっと撫でると、子犬の震えは止まり、安心したように眠り始めた。
「魔獣化の解除って……それ新能力では?」
ゲルダが尋ねると、ジャンヌは照れ臭そうに笑いながら頷いた。
「えへへ……なんか、解除したいなーって思ったら、発現したって感じ?」
「ほんっとなんでもアリだな、とりあえず出てくる敵にはボコボコにされて必死になってるお前の姿が見れないのは、まぁ嬉しい反面、寂しさも感じるぞ」
「えー、酷いなーエルヴィラ。誰も傷付かないで済んでるのはいい事でしょー?」
「いやまぁ、それはそうなんだがな? 一枚も二枚も上をいく敵に、私達が力を合わせてなんとか攻略していくあのワクワク感というか、とにかく最近戦闘らしい戦闘をしてなくて、不完全燃焼っていうか」
「エルヴィラって、そんなに血気盛んだったっけ?」
すると、今度はドールを連れたジョーンが目の前に現れる。
「ジャンヌさん、言われた通り、魔物の住処付近に結界を張っておきました。人と魔物が、必要以上に接触する事は、今後無いと思いますよ」
「ありがとうジョーンさん、村の人達には私から説得するから、みんなは先に帰ってて」
ジャンヌが翼を羽ばたかせ、飛ぼうとする。しかし、その腕をエルヴィラはガッチリと掴んだ。
「……ん? どしたの?」
「暇だから一緒に連れてけ」
「もう、甘えん坊だなぁ」
と言いつつ、ジャンヌも満更じゃ無い様子で、エルヴィラを抱いてそのまま村の方へと飛び立っていった。
そんな様子を見つめながら、ゲルダが呟く。
「あの二人、なんかすっごく仲良くなったよね」
それに対して、半笑いを浮かべながらジョーンが返す。
「ほぼデキてるようなものですからね、同性ですけど」
「それ、エルヴィラが聞いたらすっごく怒るよ、あの子そういう話でからかわれるの滅茶苦茶嫌うからね」
「知ってますよー、この間そのネタでいじったら、ナイフ突き立てられて、サボテンにされかけましたよ」
「二人とも? なんの話?」
ドールが興味を持ち始めたので、ゲルダとジョーンはすぐに会話を中断し、適当に誤魔化しながら、瞬間移動を発動させた。
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「お前、その女神モードになって……どこも異常は無いのか?」
「うん? 特に無いかな、なる前もなった後も……あ、もしかして心配してくれてる? ありがと」
「いや別に……お前は覚えてないかもしれないけど、最初に女神モードになった時は、前工程で魔獣化してるわけだからな、その心配はしてる」
「だとしても、私の事気遣ってくれてるんでしょー? 嬉しいな」
「なんだこのポジティブ女」
呆れて肩をすくめるエルヴィラ。彼女が心配している内容に嘘はない。しかし、かなり言葉が足りていない。
正確には、魔獣化したジャンヌと戦って、無事に元に戻せるか、よりも、ちゃんとジャンヌが元の姿に戻るのかどうか、が心配なのである。
今のジャンヌが異常なだけで、本来魔獣化なんて普通に解けるものではない。
そのジャンヌ本人が魔獣化した時、いったい誰が彼女を元に戻せるのだろう?
戻せなかったら、どうやって静める?
どんな事態でも、それがジャンヌの身に起こった場合、自分達には、対処できないかもしれない。
全てを守りたいと言ったジャンヌ。その言葉には、常に付き纏う、ありきたりだが、なによりも重要で、対策すべき問題がある。
ジャンヌが全てを守るのなら、一体誰がジャンヌを守ってくれるのだろう。
(ああくっそ、もうデカい戦いは終わったってのに、嫌な不安ばかり湧き上がる)
誰かを殺す事に、躊躇した事なんて無かったのに。今は自分を抱えて飛ぶ、人間の女たった一人が消えるのがたまらなく怖い。
(かと言って、女神モードをあんまり使うなって言っても、聞くわけねぇよなぁ)
この力のおかげで、ジャンヌの、全てを守り誰も死なせないという目的を果たせているのも事実。
彼女は、少なくともその力を悪用したりしていない、だから、能力の使用を制限する権利なんて、エルヴィラにはどこにも無かった。
「あー、くっそ」
「? どしたの?」
つい声が出てしまい、ジャンヌが不思議そうにこちらを見つめる。
「別に、大した事じゃねぇよ……腹減ったなーって」
「あー、確かに。じゃあ、これが終わったら、何か食べよっか、何がいい?」
「サラダサンド」
「たまにはお肉と食べないと、力でないよ? というか、エルヴィラちょっと痩せ過ぎだよ? なんでも食べないと、大っきくなれないよ?」
「私魔女なんだがぁ? お前設定を色々忘れてんのか?」
「縦に成長しなくても、横には膨らむでしょ? ちょっとはお肉つけた方が健康的なんだから」
「はいはい、気が向いたらな」
他愛の無い会話をしているうちに、村にたどり着き、そしてあっという間にジャンヌは村人達を説得してしまった。森の奥へと追い返したが、討伐はしていない。もうちょっと揉めるかと思ったが、むしろ感謝されていた。
(こいつすげーな)
なんでも完璧にこなしてしまう。
料理以外は。
なんだかんだ言って、こいつなら大丈夫か、とさえ思ってしまう。
全てを守る、その全ての中には、自分の事も含まれているのかもしれない。
女神なら、やってのけるかもしれない。
「終わったよ」
「みたいだな」
「帰ろっか」
ジャンヌが笑顔で言う。エルヴィラもそれに頷いたが、しかし、「あ」と、何かを思い出したように両手を合わせる。
「すまん、今日ちょっとペリーヌんとこに用事があるんだわ」
「そうなの? 珍しいね」
「ちょっとな、だから先に帰っててくれ」
「分かった、また後でね」
そう言って、二人は、なんとなく、そこで別れた。
ジャンヌの発した、「また後で」が果たされるまでに、彼女達は久しぶりに苦戦というものを味わう事になる。
そして、それが本当の意味で、魔女達の最後の戦いになるのだった。




