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魔女伝  作者: 倉トリック
蒼い鳥編
120/136

女神の力

 真っ先に攻撃を仕掛けたのは、マシューだった。鋭利な翼爪を突き立て、ジャンヌの体を貫こうとした。素早く、そして正確な攻撃は、ジャンヌの胸に届いた。


 届いた、しかし、それまでだった。


「なん……だぁ……⁉︎」


 確実に、触れているはずなのに、そこから先へ、押す事が出来ない。つまり、突き刺す事が出来ないのだ。バリアのようなものがあるわけでも無い、鋼鉄のように硬いわけでも無い、魔獣のように、魔力のある攻撃を跳ね除けているわけでも無い。


 ただ、漠然と、刺せないのだ。


「不気味な魔法だ……!」


 それならばと、マシューは自分の拳を固め、ジャンヌの顔に打ちこもうとした。しかし、それも失敗に終わる。


 触れる事は、出来る。ジャンヌの柔らかい頬に自分の拳が触れているのは分かる。しかし、それだけだ。そこから振り抜く事が出来ない。首を掴む事は出来ても、締め上げる事は出来ない。


 体などの部位を攻撃しようとしても、そうなる。瓦礫を掴んで殴り付けようともしたが、やはり、瓦礫が触れた時点で威力が消え去り、そこから下へ振り下ろせなくなる。


「なんだ……なんなのだコイツは!」


「ポンコツですねぇぇ! だから人間など無力で非力で無能だと言っているのですよぉぉ!」


 液体化したアレックスが、ジャンヌの口と鼻を塞いだ。


「大方直接的な攻撃を受け付けなくなる、というような魔法でも使っているのでしょう! ですがコレならどうでしょうねぇぇ⁉︎ 威力のある攻撃では無い、ただ呼吸を奪っているだけですからねぇぇ! 防ぎようが……」


 口と鼻を液体で塞がれ、窒息し、もがき苦しむとばかり思っていたアレックスは、ジャンヌの予想外の表情に困惑する。


 笑っているのだ。しかも不敵な笑みでは無く、子供がはしゃいでいるのを見守る、優しい母のような笑みを浮かべていた。


「……もう終わりですか? マシューさん、アレックスさん。貴方達が溜め込んでいた、怒りも悲しみも、こんなものじゃないですよね? 存分に、私にぶつけていただいて構いませんよ」


「舐めるなよ……小娘がぁ!」


 叫んだマシューが、巨大な青い鳥へと変身する。そして天高く舞い上がり、一気に急降下してきた。勢いに任せてジャンヌを踏み潰そうとしたのだ。


 しかし、やはり、と言っても過言ではないほど、当たり前のように、その攻撃も失敗に終わる。


 ジャンヌは潰れるどころか、自分の頭に触れた巨大な鳥の脚をよしよしと撫でていたのだ。


「この……化け物が! おい! アレックス! 貴様……かなり不本意だが! 我に手を貸せ!」


「はああああ⁉︎ 脳まで鳥並みになったんですかぁぁ⁉︎ 何故貴方のような愚者と組まなければならないのですかぁぁ⁉︎」


「この不気味な女がいたままでは、我らの決着もままならんだろうが! 我を殺したいんじゃなかったのか!」


「ぐぬぅぅ……不本意ですがぁぁ……仕方ないですねぇぇ……」


 マシューは思う、馬鹿正直に一人ずつ攻撃しているから防がれるのではないか、と。つまり、ジャンヌが攻撃を無効化できる人数には限りがあって、複数の同時攻撃には対応出来ないのではないかと、とりあえずの仮説を立てた。


 あわよくばアレックスもろとも殺してしまえれば美味しいが、贅沢は言ってられない、優先事項は決めるべきだ。


「お前も鳥になれるだろう? 同時に斬り裂く」


「協力はしますが偉そうに指示しないでもらえますぅぅ?」


 二人で翼爪を振り上げ、首と胴を目掛けて同時に振り下ろした。その攻撃も、無意味に終わる、事はなかった。


「ーーっと」


 ジャンヌが、初めて、両手に握る剣で二人の攻撃を防いだのだ。効果が無いのなら防御の必要は無い、つまり、同時攻撃にはやはり意味がある。


「フンッ、奇妙な姿になって少し驚いたが……驚異的な進化はしていないようだな!」


「すみませんねぇぇ、あまりに簡単に攻略法を見つけてしまってぇぇ」


 兄と妹が挑発じみた笑みを浮かべながら言う。その様子を見て、ジャンヌは


「まいったな……でも、負けないよ」


 と、言って、クスリと笑った。


「余裕ぶってられるのも……今のうちだぞ小娘!」


 マシューは自分の翼から、羽を一枚抜き取った。すると、その羽は形を変え、青い剣へと変化した。それを見たアレックスも、真似をして剣を作り出す。


「お前の得意な剣で勝負だ、完膚なきまでに叩きのめして屈辱の中で殺してやる」


「剣と翼爪、実質攻撃の手は四つに増えましたがぁぁ……はてさて防ぎきれますかねぇぇ」


 呼吸を合わせて、兄妹は襲いかかってくる。どこかで覚えていたのか、それとも魔法の影響なのか、剣の筋は達人そのものだった。速く、そして間合いが絶妙で、普通の人間なら避けきれず、次の手に行くまでに、地面に色んな部位が転がってしまうだろう。


 それに加えて巨大な翼爪が、退避の進路を塞ぐ為、強制的に剣の間合いへと詰め込まれる。そのコンボが、二人分。どれだけ強い特異魔法を持っていたとしても、この攻撃から抜け出す、もしくは防ぐのは至難の技だろう。


 実際、流石のジャンヌも慌ただしく手を動かし、二人の剣撃を弾き返す事で精一杯という様子だった。


 しかし、その顔はどこか満足気である。


「お兄様……割と強かったんですねぇぇ」


 アレックスが、剣を振りながら言う。


「お前もだろうが、目が見えないくせに、よくもそこまで動ける」


 兄妹が同時に蹴りをいれ、ついにジャンヌの腹部に直撃した。小さく嗚咽を漏らしながら、ジャンヌはズリッと後退る。


「入ったな」


「畳みかけますかぁぁ!」


 意気揚々と、まるでずっと仲間だったかのように、兄と妹は互いの呼吸を合わせていく。


 ずっと仲間、だったわけではない。むしろ敵同士だった。でも、それよりも、ずっと昔から、家族だったのだ。小さい家だったけど、いや、小さかったからこそ、そこには家族の近さがあった。


 些細な事で笑って、どんな事にでも自分の事みたいに真剣になれて、喜怒哀楽を、共有できる、本当は、そんな家族だった。


 崩れたのは、魔女のせい。


 壊れたのは、人のせい。


 お互いの認識の些細なズレが、絶望的な亀裂を家族に入れた。母を愛していた、父を愛していた、妹を愛していた、そこは変わらないはずなのに、それでも兄と妹は憎み合った。


 変わってしまったのは魔女のせい。


 狂ってしまったのは人のせい。


 全ての原因が、そこにある。きっと、そう思い込んでいた。


「アレックス!」


 マシューが、ジャンヌを素早く突く。その攻撃を避けた軌道上に、アレックスの翼爪が伸びた。


「わぁっ!」


 連携に対応出来ず、ジャンヌはそのまま腹部を殴られ、吹き飛ばされてしまう。


「よくやった」


「いえいえ、誘導感謝しますよぉぉ」


 兄と妹は、同じ愛を持っているのに、憎み合った。その原因は、それぞれ別のところにあると思い込んでいた。交わる事は無くて、理解なんて出来るはずなくて、だからこそ、もう殺し合う以外の選択肢は無いと思い込んでいた。


 なのに、兄と妹は、今まさに、共闘している。


 互いの攻撃法を理解して、それを活かせるように動いて、遂に奇妙な防御術を使う敵にダメージを与える事に成功した。


 殺し合うしか無いと思っていた相手と、理解なんて出来るはずがないと思っていた相手に、お互いが歩み寄ろうとしている。


「ナイス……コンビネーションですね」


 お腹をさすりながら、ジャンヌは言う。


「チッ……今のでその程度なのか」


「今度は貫きますよぉぉ」


 再び兄と妹が戦闘態勢に入る。


「ええ、期待してます。貴方達が、私を倒せるのを……でも、今度はこちらも反撃させてもらいますけどね」


 ジャンヌも二本の剣を構えて、優しく笑った。


「だから……さっきから何ヘラヘラ笑ってるんだ!」


 マシューが飛びかかり、その後にアレックスが続く。剣と爪が振り下ろされる、しかし、今度は先ほどと違って、ぶつかり合う鋭い音はしなかった。


 ジャンヌが一歩速く、マシューの胸元にまで飛び込んで、両腕を剣の柄で勢い良く突いたのだ。


「ぐぅぅ!」


 痺れるような感覚に、腕の動きが止まる。その隙をジャンヌが見逃すはずも無く、そのまま掌でマシューの顎を打ち、怯んだところに強烈な蹴りを入れた。


 後方に突き飛ばされる形になり、一瞬の出来事だったが故、反応が遅れたアレックスと激突してしまう。


「ぐぅう……貴様ぁぁ!」


「お兄様ぁぁ、攻守交代といましょうかぁぁ、下賤な私の魔法ならぁぁ、打撃は無効化できます故にぃぃ」


「仕方ない……か、任せたぞ、アレックス」


 任せた、その言葉を聞いたアレックスは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに元の笑みに戻り、ジャンヌに攻撃をしかける。


 頼られた。そして、頼る事が出来た。


 協力しあって、信頼しあって、まるで、昔の家族だった頃のように。


 共に戦うことが、出来た。絶望的なまでに距離が離れ、修復不能なほどの亀裂ができ、声も届かないような厚い壁が立ち塞がっていたと思っていた兄と妹は、再び家族として、共に戦う事が出来ている。


 もっと早く、こうする事は出来たのだろうか。


 そうすれば、自分達について来て、死んでいった仲間達が、死ぬ事も無かったのだろうか。


 魔女のせい、人のせい。原因は、あの日の出来事。


 でも、憎しみあって、関係無かったはずの犠牲を生み出したのは、間違いなく自分達。


「……我は……何をしていたのだ」


 マシューの心を覆っていたドス黒いものが、徐々に晴れていくのを感じた。


 同時に、アレックスにも同じ現象が起こり始めた。


 自分達は、一体、なんで、どうして、憎しみあっていたのだろう。そんな事しても意味なんて無かったのに。憎しみに囚われるより、残ったたった二人の家族なのだから、お互いを大切にして、今度こそ失わないように生きていくべきでは無かったのか。


 多くの人を犠牲にして、その上に成り立ったものはなんだろう。そこで得た物は、何か、意味のある物だったのだろうか。


 ピタリと、二人の動きが止まった。


 まるで、夢から醒めたような顔をして、二人は呆然と立ち尽くした。


「……アレックス」


「お兄……様?」


 初めて、お互いの顔をしっかりと見た気がする。


 なんで、そんなに悲しそうな顔をしているのだろう。


「……理由など、明白か」


 大切だったはずの、家族を、自ら殺そうとしていたのだから。今までずっと、自分を見失い続けて来た、そのせいで、多くの犠牲を出してきた。


 許される事でも無いし、償いきれる事でも無い。


 やっと、目が覚めた。


 その途端、襲ってきたのは、激しい後悔。今までして来た事への罪悪感が、一気に襲いかかって来たのだ。


「……どちらにせよ……我らは……もう戻れんな」


「気付くのが、遅すぎましたねぇぇ」


 償いきれるわけがない、でも、この場で取る二人の行動は、誰もが予想出来た。


「こら、変な事考えちゃダメですよ」


 しかし、そんな二人の間に、ジャンヌが入って頬を膨らませながら言う。


「騎士団の団長、お前にも、迷惑をかけたな、すまない事をした」


 突然、人が変わったように、謝罪の言葉を並べるマシューに、エルヴィラとウルは困惑しか無かったし、なんなら罠かと思った。


 しかし、ジャンヌは微笑んで「ええ、許しますよ」と言った。


「ですが、もし貴方達が、死んでお詫び、なんて事を考えているのなら、許しませんよ。貴方達には、ちゃんと裁かれて、罪を償う義務があります」


 ジャンヌは少し困った様子で周りを見ながら言う。


「この有様です、貴方達が死んで、全てが元に戻るなら話は別ですけど、そういうわけにもいきませんよね? 厳しい事を言うようですが、死んだ程度では償えない……だから、生きてください、生きて、生きて生きて、今までして来た悪事の何倍もの善行を積んでください」


 それでも、到底許されないかもしれない。


「だとしても、私は許します。貴方達の行動は、やり方は間違っていたけど、でも、その根本は、誰かを思っての事だったんですから。……貴方達には優しさがある、だから、元通りはいかなくても、いつかまた、たった二人の家族を大切に生きていく事が出来ると思います、そうなるように、私も協力します」


「どうして……そんなに」


 アレックスがいうと、ジャンヌは彼女を抱きしめて言う。


「言いましたよね? 私は全てを守りたい。文字通り、全部です……貴方達がどれだけ許されない悪人だったとしても、その先が後悔にまみれた人生になろうとも、生きててほしい、魔女でも異端狩りでもなく、人として、普通に生きてて欲しいんです。私の完全なエゴなんですけど……それでも、生きてて欲しいから、生きる為に、私は守りたいんです」


 勝手な理由でごめんなさい、と、ジャンヌは言う。


 生きてて欲しい、それは、その気持ちは、痛いほどによく分かる。


 母を目の前で失った時、妹と父の死を知った時、どれほど強く願った事だろう。


 その思いを、彼女は今、自分達に向けてくれている。


「まだ……生きてて、いいですか?」


「もちろんです、私はそれを望んでます、だからまずは」


 アレックスの掌に、透明な剣が突き刺された。


「まずは人間に戻れや……魔女ってのは不便だぞ、何かと」


 オーバードーズを持ったエルヴィラが、そう言いながらアレックスの魔法を回収した。


「さて、次は」


 項垂れているマシューに、オーバードーズを刺そうとした、その時だった。


「ぐ……はぁっ⁉︎」


 マシューが突然血を吹き出し、苦しそうに蹲る。


 その背中から、青い翼が何対も現れ始めた。


「なんだよ……お前っ! まだやるってのか!」


「違うよ! これは、マシューの意思じゃない!」


 マシューの内側から、青い炎と鳥の羽が溢れ出し、その体を包んでいく。


 やがて、それは巨大な一体の青い怪鳥へと姿を変えた。


 怪鳥は、大きく羽ばたいて、恨めしそうにジャンヌを睨みつけている。


「マシューを手放す気は無い……か、貴方の特性も何となく分かったけど……でも、マシューをそのまま貴方のものにするわけにはいかないよ。大丈夫、殺したりしない」


「おい、忘れ形見、どうする気だ」


「心配しないで、すぐ終わる」


 ジャンヌは自分の三対の羽を大きく広げて羽ばたくと、怪鳥の目の前まで飛び上がった。


 怪鳥は、大きく口をあけ、その中に、青い炎を溜め込み始めた。


「貴方は、人の悪意を食べて成長するんだよね。より厳密に言えば、欲深い願いと悪意を食べてる。対象者の願いを叶えるのは、欲を引き立てる為の罠、マシューは願いなんか叶えなくても、貴方が満足するほどの悪意に満ちてた……でも、それが消えちゃったんだよね、私のせいで」


 ジャンヌの翼が光り輝いて、その光の中から、無数の剣が現れる。


「なぁ……あれ、全部オーバードーズじゃねぇか?」


 自分と同じ魔力を感じたエルヴィラは、そのあり得ない光景にただ愕然とするだけだった。


「でも、もう大丈夫、貴方は、本当は、どんな願いでも叶えられる幸せの青い鳥なんだから、特別な力なんていらない、貴方は貴方のままでいればいい……だから、マシューを返して!」


 そう言って、ジャンヌが大きく羽ばたいた。


 その瞬間、無数のオーバードーズが怪鳥に降り注いだ。


 避けきれるはずもなく、魔獣であるはずのその体に、魔剣が次々に刺さっていく。


 白く眩い光に包まれ、後には小さな青い鳥と、横たわるマシュー、そして、その隣に、一本の透明な剣が落ちていた。


 それを拾い上げたジャンヌは、ふぅっと、息を吐くと、エルヴィラとウルに微笑んで。


「これで……七つの魔法、全部回収だね!」


 と、明るく言った。


 唖然とするしか無かったが、結果はどうあれ変わらない。


 七つの魔法。

 二つ、回収完了。


 これにより、全ての魔法の回収に成功。

 争奪戦は収束へと向かう事となった。

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