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魔女伝  作者: 倉トリック
蒼い鳥編
119/136

覚悟

 ジャンヌは、倒壊した建物の中を慎重に進んだ。完膚なきまでに破壊されて、自分がいる場所が何処なのか分からなくなっているが、目的のものを見つける為に進み続けた。


「何処だろう…アレが壊れるとは思えないけど…とりあえずはマシューに見つからなくて良かったと喜ぶべきかな…いや、でもまだ私も見つけてないし…」


 アレは全て、一つの木箱に収めていた。その木箱があった場所は、二階にある自室のベッドの下、の更に床下。秘密の収納スペースに入れておいたのだ。


「私の部屋があの辺だったとして…内側から破壊されて、何処に落ちるだろう…」


 可能な限り、考えられる場所を懸命に探す。


 外では強烈な破壊音が響いている。恐ろしい咆哮に、感情的になった男女の叫び、その度に、辺りが破壊されていく。


 早く止めないと、あの二人の決着がつく頃には、世界が無くなっているかもしれない。


 言い訳するつもりはない、あの二人を野放しにしたのは、結局自分だ、ジャンヌは後悔で押しつぶされそうになる。もっともっと早く、こんな魔法絡みの事件が起きる前から、ちゃんと規制して捕らえておけば、今こんな事にならずに済んだのに。


 街を破壊したのはマシューだが、その原因を作ったのは、自分だ。


 だったら、それを止めるのは当然の義務。なんとしてでも、なにをしてでも、どうなってでも、これ以上の被害を出さないように、あの二人を止める。


 そんな思いを胸に、ジャンヌは必死になって探し続けた。


 七つの魔法を封じ込めた剣を。


 七つの魔法。特異魔法すら超える異質の魔法。まともにやりあっては埒があかない。優位に、とは言わずとも、せめて互角に持ち込む為に、一番手っ取り早い方法は、こちらも同じく七つの魔法で対抗する事だ。


 すなわち、ジャンヌ自身が七つの魔法を行使すると言う事である。


 現在騎士団が回収している魔法は五つ。その中のどれでも良い、どれか一つ、いや、贅沢を言えば二つ、使う事が出来れば、この状況を打破出来るかもしれない。いや、ジャンヌ次第では、すぐにでも解決できるはずだ。


 七つの魔法は、使用者によってその性質を全く別のものへと変える。使用者が今一番必要とする能力、使用者の欲望を叶える為だけの魔法になる。


 ならば、今回ばかりはその性質に甘えさせてもらおう。


 今こそ、超常の力が必要なのだから。


「…あ! アレ!」


 瓦礫の下から、うっすらと光が漏れているのをジャンヌは見つけた。半透明な剣は、外のわずかな光をも反射して、キラキラと輝いている。

 躓きながら、ジャンヌは駆け寄って、瓦礫を退けて、オーバードーズの無事を確認する。


 流石魔剣、と言ったところだろう、傷一つ付いておらず、ソレらは変わらず光を放ち続けていた。


 綺麗だが、良い思い出は無い。


 これだけ回収する為に、何度も死にかけたし、何人も死んでしまった。人の願いが醜い欲望に変わる瞬間も見た、人が狂っていくところも見た、七つの魔法回収の旅は、辛い事ばかりだった。


 でも、それでも、ここまで集められたのは、他でもない、かけがえのない仲間が居てくれたからだ。自分が守るべき、この国があったからだ。苦しさにも打ち勝てるほどの思い出が、この地と人にはある。


 それが今、破壊し尽くされようとしている。


「させない…私が、守るんだ!」


 だから、今だけは、力を貸して。


 そう願った。その、瞬間だった。


「え」


 ジャンヌの胸を、一本の剣が貫いた。転がっていたはずのオーバードーズの一本が、ガタガタと揺れて、一人でに動き、ジャンヌを貫いたのだ。


「なに、これ」


 理解する間もなく、続いて二本目が、一本目と交差するようにジャンヌを貫いた。


 痛みはない、血も出ない。むしろ、逆だ。


「何かが…私の中に…流れ込んでくる…!」


 心臓が破裂するんじゃないかと思うほど、大きく鼓動する。自分が立っているのか座っているのか分からなくなる。起きているのか寝ているのか分からなくなる。呼吸しているのかしていないのか分からなくなる。考えているのかいないのか分からなくなる。


 生きているのか、死んでいるのか、分からなくなる。


 人間かどうか、分からなくなる。


 今までの使用者の例に漏れず、ジャンヌの願いに対しても、七つの魔法は反応した。その欲望を叶えさせてやると言わんばかりに、はち切れんばかりの力をジャンヌの体に流し込んでいく。


「だ…ダメ…やめて…これ…以上は…!」


 力が流れ込んでくる。しかし、それを収めるだけの器を、ただの人間のジャンヌは持ち合わせていなかった。当たり前だ、一つ持つだけでもギリギリなのに、ジャンヌに突き刺さったのは二つ。


 当然の如く、収まりきらない魔力は、ジャンヌの体から溢れ出し、やがて凶悪な姿へと変貌を始める。


 硬い殻がジャンヌの体を覆い、その上から金色の剛毛が生えてくる。


「や、やばい…これ! 魔獣化!」


 気付いた時には、何もかも遅かった。


 ジャンヌの体は溢れ出した魔力に飲まれ、内側に引きずり込まれ、巨大な狼の魔獣を生み出す核にされた。


 意識が朦朧とする。自分の体を、別の何かが無理やり動かすのを感じながら、ジャンヌの意識は、一旦そこで、闇に落ちた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 どれほど経っただろう。いや、実は一瞬の事だったかもしれない。


 ジャンヌは、ハッと目を覚まし、勢い良く体を起こした。しかし、酷い頭痛に襲われて、再び蹲ることになる。


 蹲って、妙な事に気付いた。


「…布団…?」


 慌てて辺りを確認する。


 どうやら、自分は真っ白のベッドの上で寝ていたようだ。どこかの、部屋、らしい。


 全体的に木造りで、小窓が一つ付いている。部屋の真ん中には丸い木製のテーブルがあり、その上には、真っ白な花瓶に、見た事もない一輪の花が咲いていた。


 小部屋、と、いうより、病室のようだった。


「…って、いや、おかしいよ」


 ジャンヌはベッドから降りて、窓の外を確認しようとする。


 しかし、白く曇って外の様子を見る事は出来ない。しかも、鍵もかかっていないのに窓は開かなかった。


「どうなってるの…? ここはどこ? みんなは? 戦いは…破壊された街は、私はどうなったの…」


 ジャンヌは猛烈な不安感に襲われ、部屋の扉を開けようとする。しかし、そこも窓と同様に、まるで空間に固定されているかのように、びくともしなかった。


「誰か…誰かいないの⁉︎ ここから出して! 私はこんなところで休んでる場合じゃないんだよ!」


「ここから出て…どうするつもりさ」


 不意に、背後から声をかけられ、ジャンヌは咄嗟に振り返り、剣を構えようとする。しかし、いつも腰にあるはずの剣は消えており、そもそも自分が鎧すらつけていない事に気付いた。


 それよりも、ジャンヌが驚いたのは、自分に声をかけてきた男の正体だった。そこに居たのは死んだはずの、かつての仲間、ローランであった。


「ローラン…さん? 生きてたんですか…いや、そんなわけない…私は、何か幻術空間のような場所に閉じ込められている、って事ですか」


「半分当たっているが、違うね、閉じ込められているわけではないよ…君は自分から閉じこもっているだけだ」


「…貴方誰ですか、私が閉じこもってる? 私、こんな場所に来た覚え無いんですけど…」


 武器は無いが、警戒は解かず、ジャンヌは相手を睨みながら言う。


「…無自覚だからね、仕方ないよ、人は皆、無自覚に逃げたがるものだから」


「逃げる…って、私は別に」


 ローランは、ジャンヌの言葉を遮るように首を横に振り、窓の近くに来るように手招きした。


「おいで、見せてあげる」


「何をですか」


「君が、無意識に逃げたがってる、証拠」


 ローランが、曇りを取るように、手で窓を拭う。その向こうに広がった景色を見た途端、ジャンヌは窓を強く叩き、絶望したような表情を浮かべた。


 そこには、金色の狼のような魔獣が、マシューとアレックス、だけでなく、エルヴィラとウルまでも襲っていた。


 鋭い刀のような牙や爪で斬り裂こうと首を振り、物凄いスピードで暴れまわっている。


「何アレ…どうなってるの⁉︎ とにかく、二人を助けないと! ここから出して!」


 そう叫んで、ジャンヌが振り返ると、男は冷たい声で「無理だ」と言った。


 目の前に現れたランスロットは、とても軽蔑したような視線でジャンヌを見下ろして、外の様子を指差した。


「ランスロット…さん…? なんで…無理なんですか…」


「アレは、お前だからだ」


 ランスロットの言葉を、ジャンヌは理解出来なかった。


 だって、自分は今ここに居て、別の視線から魔獣を見ている。それに、自分があんな風にエルヴィラ達を襲うわけが無い。


 アレは、自分じゃない。


「…ほらな、逃げてる」


「ち、違いますよ…だってアレは」


「魔女に諭されて、何かを決心した気になって、正義の味方になった気で、で? 何か変わったか? どれもこれも全てお前の意思じゃない癖に、最後の手段ですら魔法頼み、その結果がコレ」


「違う…違いますよ…私の意思です! 戦う事も! 守る事も! 全部私が自分で決めて、その為に力が必要だったから…」


「お前さ…『自分だけは正しく魔法を使える』とか、そんな勘違いしてたんだろ? 今まで回収してきた魔法の元の持ち主達は、自分の欲望の為だけに魔法を暴走させて、だからこそ正しい自分に敗北した、とか、そんな風に思ってたんだろ」


 ランスロットは、ジャンヌの胸ぐらを掴むと、凄まじい剣幕で睨み付ける。


「はぁ? ナメんじゃねぇぞ…全員必死だったに決まってんだろうが…どれだけ願っても届かなかった目標に、ようやく掴めるかもしれない力を得て、それで満足してるとでも思ってたのか…失いたくない、願いを叶えたい、その一心で、自分の命すら燃やして、必死だったに決まってるだろうが」


「…で、でも…その結果で、人を傷つけたりしたら…」


「それも覚悟のうちだ、お前は何様のつもりだ? お前に、今まで魔法を使ってきた連中の何が分かるんだ? 俺らからすればお前の方が最悪なんだよ、よく分からねえ正義感で、邪魔されて、力まで奪われて、挙句ピンチになったからその力を使おうってか? …使えるかって、お前みたいに、必死になれない、覚悟も決めれないようなガキに、俺達の魔法が扱い切れるかよ」


 ランスロットはジャンヌの顔を掴むと、窓の外に強制的に目線を向けさせる。


「見ろ、アレ、制御も出来てない滅茶苦茶な動き…アレがお前が覚悟も決めれてない証拠だ、アレがお前の心を正直に写してるんだよ、ああ? 自分の意思で、戦う事を決めてたなら、あんな風に敵も味方も区別つけずに暴れるわけねぇだろ…」


 ランスロットは、胸に縫い付けた不気味な人形を握りしめながら言う。


「俺達は違った、誰を、何を犠牲にしてでも、成し遂げたい目標があった、やり方が間違ってるとか、力の使い方とか、そんなお利口さんな理論を後回しにしてでも、力があるうちに成し遂げたい事があって、その為に必死だった、世界中を敵に回す覚悟があった、そう決めて、そう動いた…で? お前、今何に対して必死なんだ? 守るとか戦うとか、それらしい事ばっかり並べて、結局何がしたいんだよ? 世界はテメェのおままごとに付き合ってくれるほど優しくねぇし暇でもねぇ、やらなきゃいけない事を、やると決めてやらないと…全部失うんだよ」


「わ、分かってますよ!」


 ジャンヌは、ランスロットの手を振り解いて、必死に抗議する。


「やらなきゃいけない…戦わなきゃいけない! 私だって必死です! 見下したり、バカにしたりするわけ無いじゃないですか! みんなみんな…必死だった、そんなの分かってますよ! でも…だからって、許す事は出来ない…当たり前ですよ…身勝手で、誰かの大切なものを、あるいは命を、奪う行為の、どこに正義があるって言うんですか!」


「俺達は別に正義の味方になりたかったわけじゃない、ただ、自分の為に生きたかっただけだ…背負ってるものが、そもそも違うんだよ、俺達は自分の為、お前は誰のものか分からない正義の為、そんなもんに、俺達は潰された」


「自分の為だけって…寂しいじゃないですか…」


「誰かの為って、しんどいじゃねぇか」


 しばらく、沈黙が続く。


 ジャンヌは、自分の胸に突き刺さる二本の剣の柄をそっと指で撫でる。


 ランスロットが言ったことが、徐々に形を帯びてくる。


 この魔法を使ってた彼らにだって、身勝手だったとしても、覚悟があった。


 ランスロットの言う通りだ、自分は、ただ状況を打破出来れば、そんな曖昧な意思だけで、この力を使おうとしていた。どうしたいか、どうなるか、その結果を全て魔法に押し付けて、無意識のうちに、自分で決める事から逃げてきたのだろう。


 その結果が、魔獣。しかも制御が出来ていない。


「意味は…分かりました」


「そうか、それで、お前はどうする…この魔法を、俺達と同じように使うか」


「いいえ、そうじゃない…そうじゃないんですよ、ランスロットさん」


 ジャンヌは、柄を握り締めながら言う。


「目標が違うってだけで、私達は、誰も間違ってるわけじゃない…必ず何処かに、誰かにとっての不利益が存在する…そんなの、当たり前の事ですよね…私は、認識が甘かった」


「何が言いたい、結局俺に言い負かされただけか、何も決めないのか」


「いいえ、勝手ですけど決めました…ランスロットさんの言った事も、正しい、自分の為に必死になる事は、大事な事です…でも、それでもやっぱり、私は、みんなを守りたい…その為に戦いたい」


 ジャンヌは、ランスロットに微笑みかけて言う。


「貴方の事もです、それだけじゃない、今まで戦ってきた、全ての人…みんなそれぞれに正義があって、私の勝手でそれを潰してきた…その責任も、全て背負います! 私が守りたいものに、例外はありません! 言葉通り、全てを守ってみせる!」


「お前のせいで起こる不利益も、不幸も、怒りも悲しみも憎しみも、全て背負うって言うのか、お前が悪とした者すらも、守るっていうのか」


「そう、全部です。どれだけ考えたって、私がやりたい事なんて、コレに尽きますから…でも、もう深く考えない、とにかく守る、全ての人の全ての願いを背負って…それが、私の、私自身が決めた…覚悟です! その為に、この力を使います!」


 そう言って、ジャンヌは胸の二本を一気に引き抜いた。


 その瞬間、ガチャリと、扉が開いた。


 そこから、吸い込まれるような風が吹く。


「…勝手にすると良い、分かってると思うが、君が決めた事はただの人間に耐えられるとは思えないほど壮絶な事だ」


 聞き覚えのある、懐かしい声がする。


「…せん、せい?」


 綺麗な金色の髪を靡かせて、彼女は優しく笑った。


「…それでも、私は君を応援するよ、君なら正義も悪も関係なく、全てを守ってくれると信じてる…不可能じゃない、だって、君は、不可能を可能にする、魔女の弟子なんだから」


「…行ってきます」


 扉を潜ると、光に包まれた。





「ごめん、おまたせ」


 狼は消え、その中から、ジャンヌが現れた。その姿は、まるで女神のようで、光り輝く剣を二本、両手に持っていた。


「…テメェ…おせぇんだよ…」


「ジャンヌ様…良かった、ご無事で」


 エルヴィラとウルは、生きている。でも、傷付けてしまった、ちゃんと、守らないと。


「二人とも…ここで待ってて、すぐに終わらせるから」


「忘れ形見…お前…まさか」


 ジャンヌはマシューとアレックスに、笑顔を向けた。


「…マシューさん、アレックスさん、もう、やめましょう」


「なんだぁ、貴様…」


「この気配…魔女化されたんですかぁぁ?」


 二人とも、突然現れたジャンヌに困惑を隠しきれないようだった。しかし、構わずジャンヌは言う。


「…貴方達だって、本当は、奪う為にこんな事をしてるわけじゃないでしょう? 癒えない悲しみがあって、貴方達を傷付けるものが沢山ありすぎたから、身を守る為に、そうするしかなかった」


 ジャンヌが言うと、マシューとアレックスは口を歪ませ怒りを露わにする。


「お前に何が分かる! 目の前で何も出来ず奪われるだけだった我の、何が分かる!」


「知ったような口を聞かないでいただきたいものですねぇぇ! 所詮貴女だって! 下賤な私の敵になる癖にぃぃ!」


「いいえ、私は、貴方達の味方ですよ」


 ジャンヌは、ニコリと笑って、言う。


「私は、貴方達も守りたい、救いたい、だから…辛い事があるなら、矛先が分からない怒りがあるのなら、私にぶつけてください、私は全力で答えて、受け止めます、その為の力が、ここにあります」


 さぁ、と言って、ジャンヌの瞳が黄色く輝く。


「笑えないな…その戯言と共に潰してやる」


「救えるものなら救ってごらんなさい…何も出来ずに惨めに死にゆくのが見えますけどねぇぇ!」


 兄妹はケラケラと嘲笑いながら言う。それでも、ジャンヌは笑顔を絶やさない。


「…『絶滅の異端狩り』マシュー…魔女は絶滅させるべきである…お前も殺す」


「『不定形の魔女』アレックス…さようなら、下賤な私の元救世主」


 二人の名乗りを聞いて、安心したように頷いてから、ジャンヌも高らかに名乗った。


「騎士団団長、ジャンヌ! 貴方達を守る為に! 貴方達と戦います!」


 身につけていた鎧がバラバラに砕け散り、ジャンヌの背中から、三体の大きな白い翼が現れた。


 その姿は、魔女でも魔獣でも無く。


 まるで、女神だった。

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